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レーツェルは走っていた。
王宮内をドレス姿で走るなんて、マナーの教師が見たら卒倒ものだろう。しかも同じ場所を目指して走り出した騎士達の誰より速いのだ。
護衛用のドレスで色々と普通の令嬢が着るドレスとは造りも軽さも違うのだが、それでも長さはある。転ばず、そのスピードで疾走するレーツェルを見て、彼女のしばらく後に走ってついていく騎士達を見て、王宮内の者たちは何事だと振り返る。
そんな視線をものともせず、王宮東口の庭に向かってレーツェルはとにかく走っていた。
先ほどの伝令――
――アルフォンス殿下が負傷されました!――
何故?どうして?そんな思いが心の中で繰り返し響いている。
今日は危険はないと、点検と強化だけだからと、朝いつも通り手を振っていた。彼程の魔力の持ち主が、防御に関してもこの国一番のはずの彼が怪我をするなんて、一体どのような状況なのか。剣術に関してもレーツェルの相手が出来るほどの腕前なのだ。一体、何故?
陛下の執務室前で一報を聞いてから、頭が真っ白になり一瞬身体が動かなかったが、東口の庭に帰ってくると聞き、意識が戻る。陛下が指示を出す。
「回復魔法の使い手をすぐに派遣しろ、私も向かう。レーツェルも向かってくれ、これを」
陛下が自分の腰に付けていた2本の剣のうち、1本をレーツェルに渡す。その意味を理解し、エルゼに離れから持ってきて欲しい物を頼み、レーツェルは走り出した。
王宮東口の庭に入るとちょうど馬から降ろされるアルフォンスが見えた。テオも一緒に行っていたらしく、どうやら彼に抱えられて馬で帰ってきたようだ。
1人で騎乗出来ないほどの怪我であるようだ。とりあえずその場で治療を始めるらしく、周りが慌ただしく準備にとりかかる。
「アルフォンス殿下!」
レーツェルが叫び近くに行くと彼は目を開けて微笑んだ。
「ああ、レーツェルか。心配かけてすまない、ちょっと油断した」
返事が出来る事にホッとしたレーツェルにテオが言う。
「油断って、あれはちょっと避けるのは無理ですよ。急に火蜥蜴の群れが現れたんです。」
「火蜥蜴の群れ?」
「はい、村に近い位置で急に10体ほど。私達だけなら良かったんですが」
運悪く村人が何人か近くにいたと言う。子供もいたため足が竦んで動けなくなってしまった村人達を守ろうとして広範囲用の攻撃魔法が使えず、一瞬の隙をつかれて攻撃を食らってしまったらしい。村人達をかばってと言うのが彼らしいが。
今日は本当に点検目的で簡単な隊員編成で、回復魔法の使い手がアルフォンス以外にいなかったため、急いで王宮まで帰ってきたらしい。
「ちょっと火傷しただけだ」
「1人で馬にも乗れないくせに。ちょっとじゃないでしょう!」
執事だが乳兄弟でもあるテオはアルフォンスを叱れる数少ない人間の1人だ。
言葉遣いは荒いがその顔色から心底心配しているのが見て分かる。アルフォンスを寝かして治療のために準備を始める。
そうこうしていると陛下と魔道士達が何人かやってくる。
「アル、大丈夫か?」
「陛下、申し訳ありません」
「詳しくは後で聞くぞ、治療を開始してくれ」
魔道士達が回復魔法で治療を始める、もうこれで大丈夫だろう、とホッとしたレーツェルが陛下に借りた剣を返そうとした時、何かを感じた。
――何か、くる!
先ほどアルフォンス達がやってきた方向から飛んでくるのが見えた。
火蜥蜴だ!
「先ほどの10体は倒してきたんですが、群れの仲間が残っていたのか!」
テオが叫ぶ。仲間を倒されたからか、それとも魔物の特性の1つである美味しそうな強い魔力に惹かれてやってきたのか。
確かにとても強い魔力を血とともにダダ漏れで走ってきたのだからアルフォンスを追いかけてきてもおかしくはない。
防御壁も弱まっていることだし。回復魔道士は呼んでいたが、攻撃魔道士はこの場にはいない。今から呼んでも間に合わない。レーツェルがとる行動は1つだ。
「陛下はお下がりを。アルフォンス殿下の回復を頼みます」
「レーツェル、待て!」
アルフォンスが叫ぶが、レーツェルは陛下に借りた剣を右手に握りしめ前に出る。
「大丈夫です、殿下は回復に集中してください」
火蜥蜴は5体。1番大きいので1メートルくらいか。レーツェルは息を整えて後ろからの声が聞こえないほどに集中する。
護衛用に足に仕込んであった短剣を3本、左手に構えて右手に長剣を持ち前に踏み込む。
レーツェルが踏み込むと火蜥蜴は一斉に向かってくる。
短剣3本をとてつもない精度で火蜥蜴3体の目に命中させ、一瞬怯ませる。無傷の2体に対して左下から右上に向けて斜めに右手の長剣を振り上げる。
片眼の視力を失った3体は勢いがなくなっているため、一体ずつ確実に長剣でとどめを刺していく。
あっと言う間に火蜥蜴は動かなくなった。レーツェルはふぅと息をついた。あっけなくついた決着に呆然としながら周りで見ていた騎士達にあとの処理を頼むとアルフォンスの元に向かった。
「流石だな、レーツェル」
陛下が治療を受けているアルフォンスの隣から声をかける。
「5体ならなんとか、これ以上同時は厳しいかと」
と借りていた剣を陛下の後ろに控えていたカールに汚して申し訳ありません、と返す。
「役に立てて何よりだ。アルフォンスももう大丈夫かな?」
と話をしていると、先ほどレーツェルにお願いを頼まれたエルゼが駆けてくる。
離れから持ってきてくれたレーツェルの剣を帯剣ベルトごと渡す。ありがとうとお礼を言って装着する。
もう一つ頼んであった緑色の液体が入った小瓶を受け取り、アルフォンスの顔の近くに屈む。
魔道士の治療により火傷の方はわからない程度にまで治っている。
「アルフォンス殿下、こちらをお飲みくださいね」
有無をいわせない微笑みでレーツェルが語りかける。
「……もう治ったから大丈夫だ……」
とても王弟殿下とは思えないほどの嫌悪感丸出しの顔で答える。
「殿下……」
「……だってそれルカリスティア公爵家の薬瓶だろう?」
前国王のお抱え薬草師達が作った、いろんな意味での最強ランクの回復薬である。回復力はもちろんだが、見た目も味も匂いも、最凶、である。
一度でも飲んだことがある者は回復力は抜群だが二度と飲みたくないと評価する薬である。
レーツェルとアルフォンスが飲んで飲まないを繰り返していると、横から笑いながら陛下が口を出してきた。
「今回はレーツェルに心配をかけたアルが悪い。大人しく飲みなさい」
「……陛下まで」
「私にも心配をかけた罰だと思え」
にっこり笑って命令した。
仕方なくアルフォンスは薬瓶を受け取って蓋を開けて中身を飲み干した。横からテオが抜群のタイミングで水を渡してきた。彼もまた飲んだ事のある1人なのだ。
飲み干したのを確認して顔色も戻ってきたのを見てやっと一息ついた感じがするレーツェルに、すまなかったな、と彼女の左頰に手をあててアルフォンスが言葉をかける。
「……次は一緒に連れて行ってくださいね?」
お護りしますから、とレーツェルが告げると
「護られるのは性にあわない、護りたい」
「殿下はどちらかというと護られる立場ですからね?無茶はやめてくださいよ」
側にいる立場の者の事もお考えくださいね?と顔色が良くなったテオも会話に入ってきた。
立ち上がって自分で歩けるようになったアルフォンスが陛下に詳しく説明をするため、皆で王宮内に戻ろうとした時に、それはやってきた――




