未来を思い出す
メイドに髪を梳かされ、上品な和服に袖を通す。鏡で見た自分の姿はどこに出しても恥ずかしくない、どう見たって良家のお嬢様だ。
最初は外国かなにかだと思っていたこの屋敷も、和服を着た自分を通して見ると、レトロモダンという言葉がしっくりとはまる。どうやらここは日本……らしい。
「よくお似合いですよ、柘榴様」
口に紅を引き、メイドは嬉しそうに微笑んだ。自分も笑い返すが、おそらくぎこちなかっただろう。
「しばらくはお部屋でおまちください。時間になりましたらお声がけさせていただきますわ」
「ああ……ええ、ありがとう」
ぺこり、一礼してメイドは部屋を後にした。……時計をちらりと見、早速棚を開く。捜索開始だ。
自分が何者かを知らなければならない。
そうしてわかったこと、そのいち。
どうやら俺の体はまったく他人の女性の体になっており、名を明堂院柘榴と言うらしい。
そのに。
明堂院柘榴という女は、家の中では素直な良い娘のようであったが、その本質は悪女らしかった。
「……えげつねぇ」
可愛らしい手帳をぱらぱらと捲る。上品な字で人の弱みがずらりと書き連ねられていたので、さすがにうんざりとしてしまった。手帳を棚の中にしまいなおす。
いままでこの情報で好きに生きてきたのだろう。このつんとした瞳が意地悪そうに笑うのは、まるであつらえたと思うほどしっくりとはまった。
しかし、なんだ。
「どこかで見た気がするんだよなあ、この名前と顔……」
さらさらの髪をかき分け頭をかく。なにかが頭をよぎりそうになった瞬間、柱時計の音がそれをかき消した。
「あ、やべ、……時間か……」
もう間もなく、明堂院柘榴の婚約者がお見えになるとかなんとか。なぜ自分が行かなければならないのかといいたいが、今の自分は明堂院柘榴なのであった。はぁ、とため息をついた、同時に戸が叩かれる。
「柘榴様、お時間ですわ。客間へいらしてください」
「四条晶と申します、柘榴殿。本日はお招きいただき、光栄です」
にこりと笑う彼とは対照的に、柘榴の体はこおりついた。
ばれないように振る舞うだとか、せめて女性らしくだとか、そんなことがすっぽりと頭から抜け出してしまう。
目の前の男に見覚えがあった。なんなら恋に発展しかけたこともある。……ゲームの中で。
四条晶。名前なんてすっかり忘れていた。姉から借りていたゲームのメイン攻略対象の名前ではないか!
その彼が婚約者とは、意味するところは一つである。言葉がつながるように、自分の正体にいきついた。
明堂院柘榴は、そのゲームのライバル。つまり、悪役令嬢であった。
「……柘榴殿?如何されました?」
は、と我に返る。目の前の男、四条晶が心配そうに顔を覗き込んでいた。思わず後ずさってしまうが、すかさず取り繕う。
「あ……いいえ、失礼、殿方とお話するのは、緊張してしまうもので……」
ほほほ、とわざとらしく笑う。不自然なものではあったが、晶も微笑みを返した。
「可愛らしいお方ですね。そう緊張なさらずとも、大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます……」
そういえばこのキャラクターは少しきざな男であった。いままで言われたことのないセリフにこそばゆくなりつつも、とにかくこの時間を早く終わらせたくて、とにかく話を先に進める。
「ええと、あちらに……食事を用意させておりますわ。ご一緒していただけますか?」
「ええ、もちろん。ありがとうございます」
にこりと笑うその顔がきらきらと眩しく見えて、きゅうと目を細めた。
四条晶は正義感がつよい男だ。それゆえ、明堂院柘榴は彼の手で悪を暴かれる。
その未来は、避けなければならない。なんとしても。