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君は、


友達はそれなりにいる。

親友と呼べる子もいる。


だけど同じ毎日を繰り返す日々に

どこかつまらなさを感じていた。


そんなモノクロだった日々が

色を付け、輝きはじめたのは



太陽みたいに笑う、君に出会ったからでした――。





あ…また、だ。

休み時間の賑わう廊下。その反対側から歩いてくる一人の人物と()が合った。

ドクン、ドクン、と少し早くなる鼓動。そんな心臓を落ち着かせるために小さく深呼吸。

1年の秋ぐらいからだろうか。

彼と、瞳が合うようになったのは。

それはまるで魔法にかかったかのように、彼の瞳から視線を逸らすことができなくなるから不思議だ。

微笑みかけるわけでもなく、声をかけるわけでもない。


ただ、数秒。


互いの瞳にそれぞれを映し出す。

いったい彼の潤いに満ちた黒に、私はどういう風に映っているのだろう。

すれ違った刹那ふわり、と彼の香りが鼻をくすぐった。

彼の名前は、日向大地(ヒナタダイチ)

廊下で会うたび瞳が合う男の子――――。






もし彼氏ができたら、一緒にお弁当を食べたいな、なんて淡い期待を胸に入学した高校も2回目の春を迎えてしまった。

高校生になれば少なくとも好きな人なんて自然に出来るだろうと思っていた。

だけどそれは間違いだった。



「美空どうすんの?このままだと高校生活、何もないまま終わっちゃうよ?」



机を向かい合わせにして座る莉奈が少しニヤニヤしながらプチトマトを口にした。

高校で知り合った莉奈とは、2年連続同じクラスで、いつも一緒にいる子だ。

綺麗な平行二重の奥にある瞳、吸い込まれてしまいそうな程綺麗な黒をしており、肩につくぐらいのボブの髪も同じく綺麗な黒色。



「分かってる。分かってるから、それ言わないで。本当にそうなりそうで怖いんだから」

「いつまで恋に恋してるのさ」



今度はため息混じり、呆れ顔でそう言うと莉奈(リナ)は紙パックのストローを口に含む。透明な筒をオレンジ色の液体が通って莉奈の口に運ばれていく。

やけくそだっ、と言わんばかりに、私も小さな紙パックに入っているオレンジジュースを飲んだ。

いつも飲んでいる抹茶オレが無かったので、仕方なくオレンジジュースを買ったのだが、久しぶりに飲んだそれはいつもより美味しく感じた。



「まぁ、恋愛も大事だけど目先の勉強のほうが大事だよ!食べたら英単語覚えなきゃ」



莉奈の言葉に方に重りがのっかったような重圧がかかる。

せっかくの昼休みが5限目にある英単語のテストのせいで丸潰れだ。

もっと言えば、この英単語のせいで月曜日が大嫌いだ。

英語なんて無くなってしまえと、この世界から犯罪が無くなるのと同じぐらい、ありえない事を願ってしまう。

毎週月曜日の5限は英単語のテストがあると分かっていて、勉強してこなかった私が悪いのは重々承知だ。

厚い英単語帳を片手でパラパラと捲るが、苦手な文字が並んでるのを見てため息をついた。



「無理~。これをあと20分で覚えるとか。もう毎日文化祭の準備だけしたいよー」



高校の昼休みというのは長いようで短い。

クラスで友達とお喋りをする人。課題の答えを必死に写す人。先生に見つかれないようにスマホを弄る人。睡眠時間を確保するもの。

貴重な時間を皆、多種多様に過ごす。

そんな中、机の片隅に置かれた単語帳を見ないフリをして莉奈が口を開いた。



「そういえばね、また日向大地に告白した子がいるんだって」

「え、また!?」



――――――日向大地。

学年で彼を知らない人は恐らくいないだろう。

いわゆる彼は“学年の人気者”という存在だ。

無造作にセットされた黒髪、切れのある奥二重に、笑うとクシャっとする小さな顔は異性にとっては魅力的なものだった。

そんなに容姿端麗だと一見近寄りがたく思われるが、彼の人見知りをしない性格なのか、女の子達でも気軽に話しかけられるほどフレンドリーらしい。

女の子から人気があるとなると、同性から嫌悪されそうだが、それどころか彼の周りにはいつだって人がいる。廊下から聞こえてくる彼の声はいつだって笑い声だ。

この学年の廊下は、彼のためだけにあるかのように、彼が廊下に出て誰かと喋れば、すぐに人が集まる。



「あの人って本当にモテるんだね~」



莉奈がうんうん、と頷く。



「ひなた、だいち。・・・か」



小さく呟いた慣れない名前。それは賑やかな教室の笑い声に、溶けて消えた。

クラスが違う私は名前を知ってるだけで、後は情報通の莉奈がくれる情報しか知らない。無論、彼が私の名前を知ってるかも定かではない。

そういうわけだから、接点は何も無い。

あ、でも体育が3クラス合同だからその時ぐらいかな。男女別だから姿を見るぐらいだけだけど。

だから関わりがあるなんて言えるには皆無で、そんな彼と瞳が合うのはきっと偶然。

…だと思ってたのに彼と廊下ですれ違うたびに、必ずと言っていいほど瞳が合う事に最近は疑問を覚える。

もしかしたら、私が彼のことを変に意識しすぎて、見ているせいなのかもしれないけど。



「日向大地ってね、女の子からの告白ぜーんぶ断ってるんだって」

「え!なんで!?」

翔也(ショウヤ)から聞いたんだけどさ、一度も彼女いなかったらしいよ」



驚きのあまり目を見開きながら、もう一度オレンジジュースを口にした。口の中で果肉がプチプチとはじける。

あれだけの人気者なのに、彼女いないんだ…。



「翔也が言うには、日向大地は女の子には、一線引いてるんだって。鈍感そうに見えて、意外に自分に好意を持つ女の子のことわかるんじゃない?」

「へー…それなのにモテるってすごいね。もったいないな~」



モテた経験が無い私からしたら、何とも羨ましい話だ。

これこそないものねだり。



「サッカーに集中したいんじゃない?ほら、皆あの人の事“未来のエース”って言ってるじゃん?」



なるほど~、と思わず相槌をうつ。

私の通う東高校は県内でも有名なサッカー強豪校。

そんな中1年生の頃から沢山の試合に出て、東高校未来のエース、とまで称されるほどなのだから相当上手いのだろう。

そんな彼だから恋愛に興味がないというのはある意味あってるのかもしれない。

まあ、私には関係のない話。

お弁当を食べ終えた私には、まだやらなければいけない事が残っている。

見ないようにしていた英単語帳に手を伸ばし、今日の範囲を開く。

しかしそれを阻止するものが。



「あ…!」



莉奈がどうしたの、という顔で私を見る。

私は人差し指を立てて上、上、と莉奈に合図を送った。

「この流れてる歌、凄く好きなんだ」

昼休みには毎日、私たちを舞台の主人公にするかのように、音楽が流れる。スピーカーから降ってくるメロディーに莉奈も耳を傾け、暫し聞いていた。

クラスメイトの声に混じって放送から聞こえてくる音楽に私も耳を澄ます。



「美空この歌手好きだもんね」



莉奈の言葉に頷くと、ちょうどその時。



「莉奈ー」



窓からひょこっと顔を覗かせる一人の人物。

彼もまた、学年で知らない人はいないほどの有名人であり、莉奈の彼氏でもある平松翔也君。

身長182㎝、細身でモデル体型の彼。他の男子と比べても、背が高く、元からのブラウンの髪は少しくるっとしていて猫毛だ。天然パーマらしく、少し気にしているらしい。平行二重の瞳は、笑っても綺麗なままで、女の子なら誰もが羨むだろう。そんな彼がよく一緒にいるのが、日向君なのだ。



「数Ⅱの教科書貸して!」

「またぁ?いい加減持って来てよね」



そう呆れながら言うと莉奈は席を立ち上がり、ロッカーに教科書を取りに向かった。

そんな様子を頬杖をつきながら、ぼんやりと眺めていた。

頭上から流れてくる音楽は、まるで二人のためにあるかのようなラブソング。

そういえば、と廊下からする二人の喧嘩口調の声を聞きながら思い出した。

二人がもうすぐ1年記念日だったことに。

いいなー…。いつか私も、誰かを大好きになったり、誰かにヤキモチ妬いたりするのかな。

その誰か、が想像もつかないのだから、到底分かるはずもない。



「…はぁ、」



駄目だ、私の青春終わってる。

そりゃ、だけが青春の全てとは言わないけど、やっぱり莉奈達を見てると羨ましくならないわけがない。

自分を好きでいてくれる人がいるって、どんな気持ちなのだろう。


(すきなひと、か~・・・)


なんて心の中で呟いてみたものの、浮かび上がる人物像が誰一人といない事に虚しさを覚える。

本日二度目の小さく呟いた溜息は「おーい、大地」という声にかき消されてしまった。

呼ばれたその名前に思わずドキッとする。

先程まで会話のネタになっていたからなのか、彼を意識していたからなのかはわからない。

彼の名前を呼んだ葉月(ハヅキ)君のいる、教室の後ろのドアに視線をチラリと移す。



「よっ、葉月」



そこには笑顔で教室に入って、近くの席に腰を下ろす日向君の姿が。

次第に彼の周りには数人の男子が集まりだした。

他クラスの男子が来ても、普通だったら用がある人以外は集まったりしない。

…本当、莉奈が言ってた通り“学年の人気者”なんだな。



「で、お前A組に何しに来たんだよ」

「平松が教科書借りに来たから俺もついでに」

「女子かよ!」

「とかいって俺らに会いたかったんじゃねーの?」



ハハハッとその場に明るい声が響いた。

普段から明るいクラスだが、彼が加わる事でそれは2割増しになる。



「はぁ?んなわけねぇよ」

「照れんなよ大地ー」

「お前立とんうざいな!ってか平松遅くね?」



囲まれている男の子たちの隙間から見えた彼は、キョロキョロと教室を見回していた。

きっと平松君を探しているんだろう。

そんな様子を無意識のうちにボーッと見ていたようで。



「…―――、」



気が付けば、彼と瞳が合っていた。

うわ、ヤバイ!と、瞬時に彼から視線を外し、その先にあった単語帳に手を伸ばし、髪で顔を隠すようにうつむく。

焦点が合うまで時間はかかったものの、彼にしてみればずっと私が自分の事を見てたと思われるわけで。

あーもう!見るつもりなかったのに。

なんて思いながらパラパラとそれを(メク)る。

見たって単語が頭に入ってこないことは分かってるのに。



「美空、英単語やってるの?」

「え、うわ!莉奈」



戻ってきた莉奈に後ろから話しかけられ、思わず肩が上がる。

そんな私を見て、莉奈は笑いながら席に座った。

それは平松君に教科書を渡し終えた事を意味するわけで、教室の後ろ側にいた彼の姿は気が付けば無くなっていた。



「美空?」

「あ、ごめん。ボーッとしてた」

「後ろに何かあるの?」



そう言って振り向く莉奈だが、そこには持ち主が不在の机と椅子があるだけで不思議そうな顔で私を見た。

それに気づかないふりをして、単語帳とにらめっこを続けたものの、結局その日の単語テストは悲惨な結果に終わったのは言うまでもない。




――――――――・・・



「よし、今日はそろそろ終わるか!」



クラスの男女が顔や手に様々な絵の具をつけ、賑やかな声が響き渡るクラス。

学級委員長の一声で、皆がそれぞれ片付けを開始し始めた。

異装カフェをやる事になった私達は、文化祭の準備で放課後は大忙し。

私と莉奈も教室の片隅で、クラスメイトと一緒に教室の壁に貼る壁紙を作っていた。

クラスメイトみんなで集めた段ボールにレンガ調に下書きをして、そこに絵の具で色をつけていくのが私と莉奈の仕事だ。



「今日は私たちもキリがいいから終わろうか」

「そうだね」



ちょうど完成した段ボールを廊下に立てかける。

美術部の子が書いてくれた下書きに沿って色を塗るだけだから、不器用な私でも我ながらうまく描けたと思う。



「文化祭楽しみだね」

「本当!高2の文化祭はやっぱ特別だよね!出し物も出来るし、受験生じゃないから勉強気にしなくていいし!」



そう笑顔で話す莉奈の頬に白色のペンキが付いている。

笑いを堪えきれず、それを指摘すると。



「美空はちょびヒゲみたいに黒いのついてるよ」

「えぇ!?嘘~恥ずかしい」



他の人に指摘される前に、早めに水道に行かなきゃ…。

その前に置きっぱなしのペンキを片付けるため、ペンキを二人で持ち、廊下にあるロッカーの上に置きに行こうとすると。



「莉奈」



呼ばれた莉奈の名前に、莉奈だけでなく何故か私もつられて振り向いてしまった。

そこには――――。



「ぇ!?な、え!?」

「…」



驚きのあまり自然と足が後ろに下がり、滑って転びそうになるが何とか踏ん張る。ここでペンキを零したら大惨事だ。

驚く私に比べ、莉奈は声さえもあげない。それどころか冷静に口を開いた。



「なーにやってんのよ、健人」

「ちぇっ、少しぐらい驚いてくれたっていいじゃねーか」



そう言いながら、どこからか持ってきたのかわからないお化けの被り物を外す葉月君。

以前莉奈が教えてくれたのだが、莉奈と葉月君は幼馴染らしい。



「相川の反応はナイスだったぜ!」

「ぇ、ぁ…ありがとう…?」

「それに比べてお前はなぁ・・・」



いつもワックスでツンツンとセットされていた髪の毛は、被り物のせいで潰れてしまっていた。

それを直すかのように彼は髪の毛をクシャクシャと弄る。



「こっちは重たいペンキ持ってるの!零したらどうするのよ!」

「少しぐらい驚けよなー」

「だいたいアンタはすーぐ他クラスに遊びに行っちゃうんだから!それどこのクラスの道具よ」



莉奈が指差すと葉月君は、血まみれのグロテスクなマスクの中に腕を入れ、グルグルと回し遊び始めた。

ゴム製なのか、葉月君が回すたびにぐにゃんぐにゃんと形が変わり原型をとどめていない。



「これ?大地のクラスから借りてきた!」

「ってことはC組かぁ・・・。そっか、C組はお化け屋敷だからか。ってそう問題じゃないでしょ!少しは自分のクラスの出し物の準備手伝いなさいよ!」

「はいはい。うるせーな。大阪のオバチャンみてぇだな。よく平松がお前なんかと付き合ったよな~」

「なんですってぇ!?」



なんて言いながらも葉月君は、私と莉奈が持っていたペンキ缶をさりげなく持ってくれた。



「あ、ありがとう、葉月君」

「ぶっ、相川お前…」

「え?」



急に吹き出す葉月君に頭の中は疑問符で埋め尽くされる。



「よく見れば莉奈もだな」

「何がよ」

「お前ら顔、悲惨すぎ」



ヒーヒーと笑う葉月君を横目に、莉奈のほうに顔を向けると。



「「あ!」」



二人して声が重なり合った。

顔にペンキがついていることをすっかり忘れていた私達。

そんなに可笑しいのかまだ笑っている葉月君。



「早く水道行って来いって」

「言われなくても行きますよ~っだ」



ペンキをそのまま葉月君にお願いして、水道に莉奈と向かう。

他のクラスも文化祭の準備が終わったのか、部活へ向かうため練習着の人、そのまま帰るのか制服の人、いろんな人たちが下駄箱に向かっていくため私たちとは逆方向に進んでいく。



「水性でよかったね」

「うん、助かったよ~」



冷たい水道水でペンキを洗い落とし、タオルで顔を拭いていると、楽しそうな笑い声が後ろから聞こえてきた。

振り返るとそこには2-Cと書かれたプレートのあるクラス。

C組はお化け屋敷だから、暗幕が教室の片隅に置かれており、真っ黒に塗られた段ボールが多数作られていた。

そんな教室内では“彼”を中心に男女が楽しそうに笑いあっている。



「やっぱ日向大地がいるから賑やかだね、C組は」


「うん。あの人がいるだけで教室の雰囲気がガラッと変わるからビックリしちゃう」



暫く二人で顔を拭くのも忘れて、楽しそうに笑う彼らを眺めていた。

すると。



「大地ー。このマスクさんきゅーな」



そう言いながら、ペンキを片付けてくれたであろう葉月君がC組のドアをあけた。

教室、というのは自分の教室以外は、どこか他人の家のような感じがして落ち着かないのに、それを全く気にせずC組に入っていく葉月君。

葉月君の呼ぶ声に、輪の中心から簡単に抜けて、ドアの近くで話し始める二人。



「お、葉月!どうだった、クラスの自慢の傑作品」


「おーそれがさ、」



特に気にせず、戻ろうと足の向きを変えると。



「わっ!?」



いきなり葉月君が私の手を引っ張った。

そしてそのまま肩に手を回されて言葉がでなくなる。



「相川にはすっげー効いたぜ!めちゃくちゃビビッてた!」



そのまま力強い葉月君の腕に逆らう事はできずグイ、と引っ張られ日向君との距離が一気に縮まった。

うわぁぁぁぁああ。

ど、どうすればいいんだろう。

真正面にいるよ、あの日向君が。

と、とりあえず笑っとけばいいかな。

なんていろいろ頭の中で考えを張り巡らせていると。



「ちょっと美空が迷惑そうでしょ!その手話なさいよ、健人」

「はいでたー。大阪のおばはん」



莉奈のおかげで、葉月君は私を解放してくれたが、それでもこの立ち位置は変わらないままで。

私と日向君を他所に、またも口論を始めた二人。

更にこの状況に困った私に、莉奈は気づいてくれない。

チラリ、私より数10cm高い日向君を見上げると視線が交わった。

いつも見ている、あの黒だ…。

新品のお皿のように綺麗なそこに映っている自分。

戸惑いながらも少しだけ口角を上げるが、今の笑みは絶対不自然だったに違いない。

慌てて顔を床に向ける。

二人の上履きの距離は50cmほどだろうか。

二人の間に気まずい沈黙が流れる。

しかし、相変わらず幼馴染二人組みは口論の真っ最中。

助け舟は当分やってこなそうだ。

何か言わなきゃ。

何か。何、か…。

考えれば考えるほど、私の言葉の引き出しは勝手にカギをかけはじめる。



「俺、日向大地!」



全ての引き出しが閉じられてしまった時、突然の自己紹介に俯いていたままの顔をパッと上げた。

そこには屈託の無い太陽のような笑顔があって、しかもそれは私だけに向けられていた。

どうすればいいか分からずとり合えず。



「相、川…美空です」



自分の名前を彼同様に言えば、彼は顔をクシャっと崩させて笑った。



「よろしくなっ!」



突然の出来事にまだ頭がついていかないが、何とかワンテンポ遅れて言葉を搾り出す。



「あ、うん。よろしくね」



引きつりながらもなんとか彼の瞳を見て、笑顔で言えた。

しかし耐え切れず、すぐに視線を逸らしてしまう。

あぁ・・・早く、早く教室に戻りたい・・・っ!

緊張と恥ずかしさから、穴があったら入りたいぐらいだ。

だけど莉奈はまだ、葉月君となにやら言い合っている。

莉奈早くしてよ・・・!なんてひたすら懇願していると。



「はい、そこまでー」



そんな二人の間に割って入ってきたのは、莉奈の彼氏である平松君。

窓から入り込む風によって、彼の柔らかそうな茶色の髪の毛がふさふさと揺れている。

彼は冷静に、いがみ合う二人を少しだけ引き離した。



「葉月、さっさと片付け終わらせてこいよ。この後部活あんだから」

「へいへい」

「美空ごめんね。あたし達も戻ろう」



この瞬間を待っていたのだ、私はずっと。

先程からC組の女の子達がこちらをチラチラ見ている上、目の前にはあの日向君がいるのだ。

この息苦しい空間にはもう耐えられそうにない。



「うん!」



莉奈が「じゃあ行こう」と言うと、私は大きく頷いた。



「俺達も部活行くか」

「…」

「おい、大地??」

「あ、おう…!」



私達が背を向けた後、彼がこちらをずっと見ていたなんて知らずに、私はただただ火照る頬を隠すのに精一杯だった。





―――――・・・




「あ、日向大地だ」


バンバンッ、キュッキュッ、という音が体育館に響き渡る。火曜日の5限目は体育だ。

生憎の雨のため男子と女子共同で体育館を使っている。

そのためネットの向こう側では男子達がバスケをしていた。

お昼休みの後の体育は眠気を吹き飛ばしてくれるが、運動が苦手な私にとって体育の授業はあまり好きにはなれなかった。



「本当だ。平松君もいるよ」

「あいつはいいよー。どうでも」



よくないでしょ、と思いつつも女子のバスケよりも男子のほうに目が行ってしまう。

他の女子たちも、男子のバスケが気になるようで、女子の試合を見るフリをして男子バスケを見ているのが分かる。



「ぁ・・・」

「決めたね」



ゴールネットに吸い込まれるように、日向君のうったシュートは綺麗な弧を描き、ゴールに入っていった。

その瞬間周りの女子も少しだけざわつく。

いろんなところから日向君の名前が聞こえてくる。

莉奈も周りと同じように、彼の名前を口に出した。



「日向大地、サッカー以外もできるんだ」



莉奈の言葉に私は小さく頷いた。

シュートを決めた日向君は屈託の無い笑顔で友達とハイタッチをしている。

そんな彼に昨日の出来事もあってか視線がいってしまう。

いや、無くてもいってた…かな。

なんて考えているとピピーッ、と大きな笛の音が鼓膜を震わす。



「あ、」



女子の試合は継続して行われているので、笛の主は男子の体育の先生というのは一目瞭然。



「日向大地大丈夫かね」

「ね…」



笛が鳴る数秒前、日向君がボールをとるときに接触があり、相手選手と互いに転倒してしまったようだ。

手首を押さえている日向君に対し、謝っているのは葉月君だった。



「おーい。女子のほうに保健委員いるかー」



体育の先生の大きな声がこちらまで響き渡る。

保健委員って私だけど…。

というか私が行くってことは、また日向君と話すっていう事になるよね?

私なんかが、また日向君と話すなんて…。

それに私なんかより、日向君と話したい女子は他にも沢山いるはず。



「いないなら日向、この俺が手当てしてやろう」

「ええ、マジっすか!?手首折られそうな気がするんで遠慮しときます」

「なんだと!?」



日向君と先生の茶番がこちらまで聞こえてくる。

その内容がおかしくて思わずクスっと笑ってしまう。



「相川!!」



突然呼ばれた名前にビクッと肩をあげながら振り向けば、緑のネットに手をかけ、葉月君がこちらを見ていた。

いや、葉月君以外の男子もこちらを見ていた。

突然注目された事に驚きと恥ずかしさを隠せず、隣に座る莉奈の体操服を少しだけ握る。



「頼む!今日保健の先生いないらしいから、来てくんね!?」



体育館の屋根を打つ雨音が、少しだけ激しくなった気がした。




――――――――…





「軽い打撲だと思うから、安静にしてればすぐ治ると思う。家でもシップは張り替えてね」

「相川さん、ありがとう」



視線を合わせないように、立ち上がって包帯を片付ける。

包帯を彼の手に巻いている時の、私の心臓の加速度は尋常じゃなかった。

あれはマラソン大会で8キロ走り終えた時と同じと言っても過言じゃない。

終わった今、やっと落ち着いてきている。



「ごめんな大地。まあ、足じゃなくてよかったぜ」

「足だったらお前殺してた」



鋭い瞳が葉月君を捉える。

それに怯えず眉を寄せて、ごめんと顔の前で手を合わせる葉月君。

葉月君と日向君も、本当に仲良しなんだな~。

救急箱蓋を閉じると、授業の終わりを告げるチャイムが保健室に鳴り響いた。



「相川悪かったな!」

「ううん。気にしないで」

「お前が怪我したせいで」

「誰のせいだよ…!」

「俺です、はい」



二人の大きな笑顔を見たら、毎日本当に楽しんで学校生活を送っているんだろうな、なんて勝手に思ってしまうぐらい、こちらまで笑顔になってしまう。



「相川さんって、手当て上手いよね」

「…え!?」



急に会話の矛先が自分に向けられたことに目を見開く。



「それ俺も思った。何の躊躇もせず、適切な手当てするもんな。俺らのマネージャーでさえ対応少し遅いのに」



二人の言葉に何て返せばいいか分からず、視線を二人から足元にずらして「ありがとう…」と小さく返した。



「サンキューなっ」



日向君の声に顔をあげると、ニッと白い歯を見せて笑う彼の笑顔が。

苗字にぴったりの、ひまわりのような大きくて、存在感のある笑顔。



「う、ん…」



その笑顔は、反則だ。

固まる私と反して、保健室のドアが動いた。



「大地、大丈夫だったかー?」



そこには体操服のままの平松君の姿が。

莉奈も来てくれたようで、大きな平松君の後ろからひょこっと体を出した。

二人は保健室に入ると近くにあったい椅子に腰掛けた。



「うわー日向大地、派手に怪我したね」



莉奈は躊躇することなく、立っていた日向君の右手を掴んでマジマジと見た。

あ、あんなに簡単に異性に触れるなんて…!

変なところに驚きを覚えてしまう。


「え、ちょ、なんで俺フルネームなの?・・・って、おい!!痛いわ平松の彼女!!」

「アンタこそその呼び名は何よ!あたしには中野莉奈っていう名前がありますー!その代名詞やめてちょうだい!」

「うおおー!いってぇぇ!!平松やめさせろ!」



この二人は接点が何もなかったのだろうか。

何も無かったにしては、テンポ良く話をしている感じがする。

莉奈の気さくな性格からか、彼のフレンドリーな性格からなのか分からないが、何の壁も無く話している二人。



「莉奈そこまでにしとけ」



平松君の仲介が入り、やっと手を離した莉奈。

痛がる日向君を見て楽しんでたに違いない。


「ったく…。まあ、平松に免じて、俺のことは大地でいいから」

「何でそんな上から目線なのよ」

「何なら大地様でもいいんだぜ?」

「はあ!?ムカつくー!!健人よりちょびい奴だとは思わなかった!」

「ちょっと待て莉奈!それは俺に失礼だ!」



保健室にドッと今日一番の笑いが起こる。

降り注ぐ雨に負けないぐらい、大きな声がそこに響く。

平松君は頭を押さえながら小さく溜息をついた。



「平松君も大変だね」

「お互い様、な」



私達が小さく笑ったのに、三人は気づいてない。






その日の夜の事だった。

ベッドの上に放り投げていたスマホが、音を立てたのは。

ディスプレイに指示されたのは知らないアドレス。

迷惑メールかな、と思いながらそれを開くと。




――――――――――――――――

Date 05/20 21:32

From soccer_no1player@dogomo.ne.jp

Sub 無題

――――――――――――――――


日向大地だけどいきなりごめん!

今日はありがとな!



――――――――――――――――


指でそっとなぞるアドレス。

画面に表示された文字の解読に、10秒ほど時間がかかった。

日向君、から・・・・・・?



「・・・え!?」


静かな部屋に響く、自分の声。

もう一度文面を読み返すも、そこには同じ文字が浮かぶだけ。

混乱する頭を落ち着かせるため、とりあえず一回ホーム画面に戻して深呼吸。

そしてもう一度メールボックスを開くと、やはりそこには知らないアドレス。

それを開けば、やはり日向君の名前が。

どうして彼が私のアドレスを知っているのかも、どうして彼が私にわざわざメールを送ってきたのかも、考えてもそんなの分かりっこなくて、とりあえず返信をしようと返信ボタンを押す。

件名に表示された「Re」の文字。

流行りのLIMEではないという事は、まだ日向君はスマートフォンではないのか。

ベッドの上にダイブして、スマホを眺めるものの、元からメールは得意じゃないからなんて返せばいいのか分からず固い頭は余計に固くなる一方だ。

とりあえず【どういたしまして】と書いて、なるべく可愛らしい顔文字をつけみる。

そして何度もメールの文面を読み直し、たった八文字の中に打ち間違えがないかを確認して、やっとのことで返信ボタンを押した。

それと同時に小さくため息をつく。

なんだか全神経を使った気分だ。

最近は皆LIMEに変わってしまったから、メールなんて滅多に使うことがなかったし、久しぶりな感じに少しだけドキドキしていた。



「返信、来るかな」



ジッとスマホと睨めっこ。

時折『新着メール受信』ボタンを押しては『新着メールはありません』の文字とご対面する。

私が見たい文字はそれじゃない、とすぐに同じボタンを押しては同じ文字が表示される。

諦めて、スマホを充電器に繋いだ。

メールが来たら分かるように、マナーモードを解除する。

そしてそのまま電気を消して、瞼を閉じた。

その日の夜は、一度も瞼を開ける事はなかった。




―――――――――――…




「あぁ、それあたし」



次の日の昼休み。いつも通り莉奈と机を迎え合わせにして食べるお弁当。

昨日の事を話すと、莉奈は平然とそう答えた。

卵焼きを口に運びながら、納得している自分もいた。



「じゃあ日向君にアドレス教えたの、やっぱり莉奈だったんだ」

「勝手にごめんね。許可取ろうかと思ったんだけど、美空も承諾済みだと思ってたもんで」

「あ、ううん。気にしないで」



今日こそは買うことができた抹茶オレを一口。

まろやかな味が口に広がった。



「で、昨日メールしたの?」

「・・・した、っていうか、それがさ・・・」



たったの一通しか来なかった事を伝えると莉奈は大きく目を見開いた。



「は!?たったの一通!?!?」



驚きを隠せない莉奈にコクッ、と首を縦に振る。

ありえない、とでも言いたそうな莉奈に必死に言葉を探す。



「でも、私も返信のしにくい内容だったし、ほら、返すほどの内容じゃないメールって読んでそのままにするじゃない。返信に時間かかっちゃって、夜も遅かったし」

「そうだけどー・・・」



頬杖をつきながら莉奈は、あたしの机から「もーらいっ」と言って抹茶オレを奪っていった。

二ヒッと悪戯そうに笑う莉奈。

それが可愛くて、私はついつい許してしまう。



「あー、もう!」

「美空が飲んでると飲みたくなっちゃうんだもん」



いつものことだししょうがないか、と諦めていると急に莉奈が立ち上がった。



「そうだ!日向大地に会いに行こ」

「・・・・・・え?」



今日は私が主人公なのだろうか。

構内に流れる音楽は、有名な応援ソングだった。



「いーっよ!やめようって!」



そう言いながら莉奈の手を引っ張るも、進むことをやめない。

逃げようにも莉奈が私の手首を掴んでいて逃げれないのだ。

猪突猛進型の莉奈は、こうなると私でも止める事ができない。



「やっぱりちゃんと謝ろう。昨日は返信遅くなってごめんって。せっかくあの日向大地と関りが出来たんだから!」



私の話なんか聞いちゃいない莉奈はグイグイとC組に私を引っ張りながら近づいていく。

あまりの力の強さに、反抗するも莉奈と落書きしあったスリッパが脱げそうになる。

しかしお構いなしの莉奈。気が付けばもうC組の前だ。



「日向大地は・・・っと」



お昼休みのC組。女子グループがいくつか輪になってお弁当を食べており、男子は数人が教室の後ろでまとまって食べているだけだった。昼休みが始まってからしばらく経っているので、もしかしたらいないかもしれないと、ひそかに期待する。

扉が閉まっているため、窓の外から必死に探す莉奈。

私が逃げないようにとまだ手首を掴んでいる。



「あ、いた!!」



莉奈が指差す方向に視線を送ると。

教室の後ろにいた男子の輪の中心に、友達と楽しそうに笑う日向君の姿が。

先程は人と被っていて気が付かなかった。



「あちゃー・・・人多すぎだね。これじゃ呼び出すと注目浴びちゃうよ」



そりゃそうだ。今は昼休み。

むしろ人気者の彼の周りに人がいないほうが珍しいだろう。

莉奈もこれなら諦めるかな、と思った矢先。



「あ、立ち上がった!」

「え・・・!?」



友達に囲まれていた彼だが、一人立ち上がり、黒板のほうに歩き出したかと思うと、身体の向きを変えてドアの方に向かってくる。



「ほら、美空!」



トンッと軽く背中を押される。

莉奈を見ると大丈夫、とでも言いたげに頷いた。

ちょうどその時、昼休み終了5分前のチャイムが鳴り響いた。

次の時間の教科書をロッカーに取りに来る生徒達の賑やかな声が廊下に響く。

今なら注目を浴びる事もないだろう。

そう思い意を決して扉を開けた。



「っ、あ、あの日向君・・・・・・っ!」



扉を開けると、一瞬目を見開いた日向君。

どうやら口にはガムか何かを含んでいるようつで手にはそのゴミが。

彼はドアの近くのゴミ箱に私と目を合わせながらそれをそのまま捨てた。

何、と言わんばかりの彼の視線。いや、これは私自身の勝手な被害妄想だけど、そう思われてもおかしくないだろう。

一瞬頭が真っ白になるも、これは言うしかない。



「昨日はメール遅くなってごめんね。メール、ありがとう…っ」



緊張のあまり早口になる言葉。

あー・・・もうっ!私のバカ!

顔から火が出そうな程、体温が上昇していくのが分かる。

また心臓がマラソンを走った後のように、激しく波打つ音が聞こえてくる。



「…おうっ!俺も急にごめんな!」

「っ」


白い歯を見せた彼は、そのまま私達の横を通り抜けて、廊下にあるロッカーに行ってしまった。

私の中で時が止まる。瞳と瞳が合う時のように。

その場から動かない私を、莉奈がまた引っ張って教室に連れ戻してくれた。

自分の席についた私は、机に崩れ伏せる。



「緊張した~…」

「喋れてよかったね」

「カッコよかった…」

「お!?」

「ち、ちが…っ!」



慌てて顔を上げた時には、ニヤニヤとほくそ笑む莉奈が。

チャイムが鳴ったので莉奈はそのまま自分の席に戻っていってしまった。



その日の放課後になれば、非日常の時間が訪れる。

クラス皆で水色のお揃いのTシャツを身に着け、机と椅子を教室の後ろに運び、広くなったそこで作業を行っていく。

ダンボールにペンキを塗りながら莉奈と今日の文化祭準備を進める。



「日向大地がカッコいいのはもうこの学年じゃ常識だけど、でも美空がそんな事言うなんて初めてじゃない?」

「そうかな?」

「だってあたしがカッコイイって言った人を見てカッコイイとは言うけど、それっきりじゃない」

「・・・そうかも」



でもそれは莉奈とタイプが違うからだろうけど・・・。

それを言うとめんどくさくなりそうなので止めておいた。


が。



「日向大地の事、気になるんだー」



言わなくても痛いところを突いてくる。

それが莉奈だった。

少しニヤニヤしてる莉奈をチラっとみて、すぐに視線を逸らした。



「そういうんじゃないってー」

「一目惚れ、とか!?」

「だからー「はいはい、ごめんごめん」



そりゃあカッコイイとは思うし、いい人だとも思う。

だけど一目惚れなら、一年生の時に好きになってるはずだ。

だから“好き”っていうわけじゃないと思うんだよね。

ただ、なんていうか・・・。



「忘れられない、のかな」



あの時の――――――――――――彼の笑顔が。



「何が?」

「ううん、なんでもない」



そんな事、恥ずかしくて莉奈には言えるわけないけどね。







―――――――・・・



「え・・・」




それは、本当に予想にもしてなかった。

自分の部屋で課題をやっていると、静寂の底に響き渡る着信音。

メールBOXを開けばそこに表示されたのは彼の名前。

そこに指示された名前に戸惑いながらも、何度もディスプレイのその文字を見つめる。

それはもう、穴が開くんじゃないかってくらい。

だけど何度見ても指示されてるのは同じ名前。



「日向君、から・・・」



見るのが怖いような怖くないような、不思議な気持ちに押しつぶされそうになりながらゆっくりとメールを開く。





――――――――――――

Date 05/21 20:10

From 日向大地

Sub Re:Re:

――――――――――――


ごめん、寝ちゃった!



――――――――――――




変わることなんてない、と。

進むことなんてない、と。

そう思っていた。

だけど、たった一通のメールから私たちの関係は、さらに動き出した。







君は、学年の人気者。





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