昼前の劇場で炒り豆を注文する
昼前、食事の準備ができる間に劇場で演劇が始まった。
いや、食堂に行くのかと思ったら劇場に行った、ってだけでわけわからんのだが、食事の準備時間の間だけでも見てほしい、って言う話らしい。
毎回手が込んでる食事が出るからな、時間が予定以上にかかるのかもしれない。
ふむふむ、普通に演劇して時々歌と踊りが突然始まるミュージカルってやつだな。
実際クラスメイトのテンションの上がり下がりは毎回激しいから、学校のシーンは違和感がなさすぎて面白い。
休み時間とか急に立ち上がったり回ったり謎の行動があるから、最初はかなりびっくりしたもんだ。
平和に激しいクラスメイトとの交流のあと、旅に出て行くレオノーラ、普通に見送るみんな。
しばらくして精霊からの神託でレオノーラに危機が迫っていることを知って、皇子が追いかけることを決める、皇子に追われるのはやっぱり同じか。
かなり話が進むの早い気がする。普段演劇とか見る機会があんまりないから普通がどうなのかわからんけど。
まあ今回はタダで見れるし飲み物とお菓子まで付いてきたからありがたく見て楽しもう。美味いなこの炒り豆。あとでおかわりもらっとこう。タダだし。
それにしても、レオノーラ役が上手いな、クラスメイトのテンションについていけないのも、皇子役が来ると毎回恐怖で固まるのも、カー様を握りしめて金のありがたみに浸るのも、実際見てたんじゃないかって思うくらいの演技だ。すごいなプロってやつは。
皇子役は、ちょっとだけ動きとセリフが大げさかな、それでも本物の謎の迫力がなくなってる分おとなしく感じる。あとはレオノーラを守るって言う感じのセリフが多くあるけど、当時のレオノーラが主に恐れてたのは皇子だからなー。皇子に守られても、って感じだな。
あの時の皇子を忠実に再現すればお前を逃がさないって感じのセリフがもっと多くなるだろうけど、子供もみてる演劇でそういう怖いセリフはまずいのはわかるし、これは仕方ない改変だろうな。実際の皇子もこのくらいだったら良かったんだけどな。あれをここで再現してたら観客の子供が泣くぞ恐怖で。
お、また場面が変わった。舞台の端と端で、お互い背を向けてレオノーラ役と皇子役が立っている、実際はまだ遠くにいるっていう設定なんだろうな。
『レオノーラ、どんなに離れていても、君の危機に駆けつけると、私は誓った。
ならず者など、この手が届けばひと息で薙ぎ払えるのだ。
だが、今は時間が惜しい。君のもとに手が届かない。
急がなくては、無事でいてくれ、レオノーラ・・・!!』
『アルベルト様、どんなに離れていても、あなたは必ずここに来る。
この龍徴金貨、これを目印に、必ず彼はここに来る!
だから、私は今は隠れる。彼が来るまで、少しでも長く、生き延びなくては。
母様、今も見守ってくれていますか・・・?』
レオノーラ役が姿を消した後に、レオノーラ役が消えた方向に向かって皇子役が走り出した。
レオノーラを探して追っている場面だな。
うーむ、演劇でも皇子の追跡能力は変わらないんだな。
でも、皇子に見つかったら終わりだと諦めてるあたり、演劇のレオノーラは根性が足りないな。それでも金貨は手放さないあたりは守銭奴精神は持っているようだが。
おっ、皇子役の周りに敵がたくさん出てきた、いいぞ敵、がんばれ敵。もっと皇子を足止めするんだ。具体的にはレオノーラ役がアル様役と出会う時まで。
「そこだ、がんばって!
あっ危ない!」
「あらあら、やっぱりお芝居でも心配になるのかしら?」
隣の席にいたビアンカさまが小声で話しかけてきた。こっちを何度もちらちら見ていたから、トイレにでも行きたいのかと思ってたけどそうでもないっぽいんだよな。わからん。
「そうですね、見るとドキドキしますから。あっ、演劇を見てる間は静かにしないといけませんでしたね。ごめんなさい、こういうのは慣れていないもんで。」
売り子のバイトする時には演劇の間は休憩時間みたいなもんだしな。拘束時間は長いけど、客は開演前と終演後とあとトイレ休憩の時間にまとめてくるの以外はまばらにしか来ない、だから、真面目にしてるような顔をしながら休憩できるわけだ。
「レオノーラが思わず声が出たくらいなら、誰も迷惑には思わないから大丈夫よ。逆に喜ぶと思うわ。
でも、ちょっと複雑ね、もしお兄様が見ていたら、皇子役を心配するレオノーラに喜べばいいのか嫉妬すればいいのかわからなくなりそう。
あら、もうこんな時間。楽しんでるところ悪いのだけど、そろそろ移動の時間になるわ、食事の準備もできているでしょうし。休憩時間のうちに抜け出して食堂に向かいましょう。」
「そうでした、途中で抜けて食事会の予定でしたね。続きも気になりますけど。炒り豆おいしかったからもう一袋頼んでから行っても大丈夫ですか?」
「いくらでも買っておきますから、まずは食事にしましょうね。」
「はい、では行きましょう!」
(この次の場面はレオノーラが悪漢の手に落ちてしまうところですから、本人に見せるわけにはいきませんわ。途中で離席するということは皆に伝えてありますし、演劇の内容が聞こえなくなるところまで早く連れ出さなくては。)