解雇すれば数字は良くなる
都市鉄道財政安定化案
職員削減
412人
見込み年間純節減額
1,560,000,000 C
財政安定性
+14
運営効率
+8
黒瀬悠真は画面から目を離せなかった。
管制センターから戻った後。
市長室には悠真と結衣だけが残っていた。
机の上には都市鉄道公社から受け取った資料が広げられていた。
412人。
15億6,000万クレジット。
数字だけ見れば強烈だった。
今日一日かけて運行表を作り替えて節約した金が4,900万。
滞納企業と2時間以上交渉して受け取った金が1億500万。
なのに。
人を減らせば。
年間15億を超える。
悠真が画面を再び見た。
政策シミュレーション機能はまだロックされたままだった。
今表示されている数値は、システムが未来を計算して出したものではなかった。
都市鉄道公社がすでに作成していた構造調整報告書。
システムはその中の数字を見やすく表示しているだけだった。
悠真は報告書の原文を開いた。
下のほうに小さな文字がもう少しあった。
構造調整前提条件
縮小運行体系の維持
一部業務の外部委託
退職者業務の再配置
新規採用の中止
非常勤務人員の縮小
悠真の目が細くなった。
「純節減額?」
結衣が向かいで資料を見ながら言った。
「外部委託や追加勤務手当のような費用を除いて、実際に減る金額という意味だと思います」
「つまり412人の月給全体が15億という意味ではなくて?」
「はい」
悠真はうなずいた。
数字がおかしいと思っていた理由があった。
人を412人減らしても。
彼らがやっていた仕事が全部なくなるわけではなかった。
誰かが代わりにやらなければならない。
外部業者を使うにしても。
残った人が追加勤務をするにしても。
他の部署から人を移すにしても。
結局コストはまた発生する。
悠真は次のページをめくった。
見込み副作用
正常運行復帰時に人員不足の可能性
事故・故障同時発生時の対応人員減少
整備人員の熟練度低下の懸念
労働紛争の可能性が高い
悠真がつぶやいた。
「普段は持ちこたえても、問題が起きたら弱くなるということか」
結衣が言った。
「報告書上ではそうなっています」
悠真は椅子に背を預けた。
財政安定性 +14。
運営効率 +8。
数字だけ見れば良くなった。
だがその数字を作るために。
事故が起きたときに駆けつける人が減った。
故障した列車を直す人が減った。
後で運行を正常化するときには。
人をまた雇わなければならないかもしれなかった。
悠真は報告書をさらにめくった。
そしてもう一度、手を止めた。
構造調整実施見込み期間
最低45日
退職精算および契約調整が必要
短期流動性改善効果
限定的
「45日?」
悠真があきれたように笑った。
給与支払日まではもう3日ほどしかなかった。
「じゃあこれを今始めても、今回の給料日には間に合わないってことじゃないですか」
「そのとおりです」
悠真はシステム画面をにらんだ。
財政安定性 +14。
最初見たときは正解のように見えた。
だが基準を変えると、まったく違って見えた。
1年後には役立つかもしれない。
3日後には役に立たない。
悠真はゆっくりと言った。
「数字が間違っているわけじゃないのに」
結衣が悠真を見た。
「何がですか」
「見せてる部分だけ見れば、正解に見えるんですね」
ゲームもそうだった。
赤字が膨らめば。
人件費を下げる。
施設をなくす。
税金を上げる。
数か月経てば。
グラフはまた上向く。
その間に誰が職を失ったかは表示されなかった。
悠真は構造調整案を閉じた。
「412人削減案は今すぐには進めません」
結衣が聞いた。
「長期的にもですか」
悠真は首を振った。
「そこまで今決めることはできません」
人を絶対に切らないと言い切るのも無責任だった。
都市が完全に潰れれば。
412人どころか、もっと多くの人が職を失う。
悠真はもうそれも知っていた。
「必要な構造調整なのかどうかから、もう一度見るべきですね」
一瞬言葉を止めてから付け加えた。
「赤字が出るという理由だけで、412人から消すことはしません」
結衣は何も答えなかった。
*
翌朝。
緊急財政会議が再び開かれた。
財政局。
人事局。
都市鉄道公社。
施設管理公団。
上下水道部門。
公共医療機関。
複数の部署の責任者が会議室を埋めた。
高橋均組合長も出席した。
悠真は正面の画面に一つの数字を映した。
給与支払日見込み現金不足額
575,000,000 C
5億7,500万。
鉄道に4,600万を緊急支援したことで、再び増えた金額だった。
悠真が言った。
「412人の構造調整案は、今回の給与問題の解決策から除外します」
藤原誠一鉄道公社社長が聞いた。
「長期的な構造調整まで中断するという意味ですか」
「いいえ」
悠真が首を振った。
「今回の支払日までに必要な金と、長期的な赤字問題を切り分けて見ます」
財政局長が悠真を見た。
悠真が続けた。
「45日後に効果が出る政策で、3日後に足りない金は解決できませんから」
誰も反論しなかった。
「だから今必要なのは」
悠真が画面を叩いた。
「3日以内に現金支出を減らす方法です」
人事局長が言った。
「これ以上減らせる一般運営予算は多くありません」
「わかっています」
広報費。
イベント費。
出張費。
不要な事業費。
すでにかなりの部分を削った。
公用車と遊休資産も整理し始めた。
回収できる滞納額も集めている。
それでも。
5億7,500万が足りなかった。
悠真は給与資料を映した。
「それで一つ聞きます」
会議室の視線が集まった。
「給与は全部同じ日に支払わなければいけませんか」
高橋均組合長の表情がすぐに硬くなった。
財政局長が先に聞いた。
「給与支払いを先延ばしするという意味ですか」
「全部ではありません」
悠真が給与資料を拡大した。
「給与が低い職員まで先延ばしにすると、すぐに生活の問題が出ます」
彼は昨夜から考えていた案を映した。
緊急給与支払調整案 — 草案
低賃金区分
正常支払
中間所得区分
一部支払猶予
高所得区分
支払猶予比率の拡大
公共機関役員級
大幅支払猶予
市長給与
全額支払猶予
会議室に小さなざわめきが起きた。
悠真が言った。
「金を払わないというわけではありません」
高橋組合長がすぐに聞いた。
「では、いつ払うんですか」
悠真の言葉が一瞬止まった。
「財政が安定次第——」
高橋組合長の表情が硬くなった。
悠真はすぐに言葉を直した。
「いえ」
数日前までなら、そう言っていたかもしれない。
できるだけ早く。
状況が良くなり次第。
努力する。
だが今は、その言葉が約束にならないことを、少しはわかっていた。
悠真が財政局長を見た。
「現実的に、支払期限をどれくらいに見ればいいですか」
財政局長が計算資料を確認した。
「現在の歳入スケジュールどおりなら、60日以内が最も現実的です」
「60日」
悠真はしばらく考えた。
そして言った。
「では最大60日に設定します」
高橋組合長が聞いた。
「それを市が保証するんですか」
悠真が答えた。
「保証できる方法まで含めて案を作ります」
「方法がなければ?」
悠真はすぐには答えられなかった。
高橋組合長はそれ以上聞かなかった。
その沈黙のほうがかえって重かった。
悠真は財政局長を見た。
「こう支払いを調整すれば、今すぐ必要な現金はどれくらい減りますか」
「区分別の比率を今の案どおり適用すれば」
計算が始まった。
しばらくして。
数字が現れた。
支払日当日の現金負担軽減見込み
128,000,000 C
悠真の視線が止まった。
1億2,800万。
小さくなかった。
画面の数字が変わった。
支払日当日見込み現金不足額
575,000,000 C
↓
447,000,000 C
4億4,700万。
まだ途方もない金額だった。
だが。
一度に1億以上減った。
悠真は考えた。
滞納額をさらに回収する。
もっと先延ばしにできる契約代金を探す。
今すぐ使わなくてもいい金をもう一度探してみる。
そうすれば。
可能かもしれなかった。
少なくとも412人を送り出すよりはましに見えた。
悠真が聞いた。
「この案で詳細案を作ってみましょう」
そのとき財政局長が慎重に言った。
「市長」
「はい」
「一つ、区別しなければならないことがあります」
「何ですか」
「1億2,800万を節約しているわけではありません」
悠真が彼を見た。
「今、支払わないだけです」
「わかっています」
「60日後には、その金も支払わなければなりません」
悠真はうなずいた。
「それでも今必要なのは時間ですから」
財政局長はそれ以上何も言わなかった。
悠真は再び画面を見た。
447,000,000 C。
まだ遠かった。
だが最初に7億2,000万足りなかった頃と比べれば、かなり減った。
資産を整理し。
滞納額を回収し。
鉄道運行も調整した。
今回は給与支払時点まで調整する。
一つずつやっていけば。
なんとかなりそうだった。
悠真が言った。
「反対意見はありますか」
会議室が静かになった。
誰も先に口を開かなかった。
悠真はしばらく待った。
そのとき。
右側から手が一つ上がった。
悠真の視線がそちらへ向いた。
白石結衣だった。
一瞬。
悠真が目をしばたたかせた。
結衣は市長秘書だった。
これまで誰よりも近くで悠真を助けてきた。
発電所でも。
病院でも。
水道の問題でも。
財政危機でも。
そんな結衣が。
みんなの見ている前で手を挙げていた。
悠真が聞いた。
「結衣さん?」
結衣はいつもと変わらない顔で言った。
「私は反対です」
会議室の中の視線が二人に集まった。
悠真がゆっくりと聞いた。
「理由は何ですか」
結衣は悠真をまっすぐ見つめた。
そして口を開いた。
「市長は今。」
一瞬止まった。
「なくなったお金と、先延ばしにしたお金を、同じものとして見ています。」




