あの日の出来事-―帰ってきたガリガリ眼鏡!
【これまでのあらすじ】
ドーナツ・トランペットの望みはただひとつ――王様になること!
荒れ果てたコモドールホテルを、誰も見向きもしない廃墟から“王の城”へ。マンハッタンの頂点を狙うドーナツは、高級ホテルチェーン・パイアットに大胆な提携を持ちかける。
だが、金も信用も足りない――交渉は一筋縄ではいかない!
ハンバーガー101個のタイムリープで、ドーナツはハチャメチャな人生を駆け上る!
「トランペット・オーガナイゼーションは、パイアットグループと提携。コモドールホテルを再建することとなりました!」
ジェイとの会談から数ヶ月後。
俺はパイアットグループと共同で記者会見を開いた。
だが、やってきた記者はわずか数名。
会見をする側の方が多い有様だ。
このところ、新聞やニュースを埋め尽くしているのは、ニューヨーク各地で起きている連続殺人事件のことばかり。未来のマンハッタンの王である俺を差し置いて紙面を独占するとは犯人め、許しがたいヤツだ。
「次は市役所との交渉だ。すぐに資料をまとめるぞ」
記者会見を開いたものの、パイアットとは、あくまでも仮契約にすぎなかった。王なのに仮契約。腹立たしいが、俺がマンハッタンの王だと証明してやる必要がある。
そんな俺の前に、コーンフレークが一枚のインビテーションカードを差し出した。
「この後は、俺に付き合え」
黒地に金色の書体で『キング&クイーン』の文字が踊っている。
最近、オープンしたばかりの会員制ディスコからのインビテーションカードだった。
「遊んでるヒマはない。やることは山ほどある」
「これも仕事だ」
怪訝な顔をする俺に、コーンフレークはにやりと笑った。
「ここに集まるのは、マンハッタンでも今一番ホットな奴らだ。この場所で王になりたいなら、コネは作れるだけ作っておけ」
キング&クイーンの前には、店に入りたくても入れない連中が列をなしていた。正直、踊りなんて興味はない。それでも、周囲の羨望の視線を浴びながら中に入っていくのは快感だった。これこそ王の日常だ。
そのときだ。俺を見つめる一人の女と、視線が絡み合った。
モデルみたいな長身。ブロンドの長い髪。東欧系の美女。
俺のタイプ、ど真ん中だ。
「ヘイ、ゴージャス!」
と、声をかけてから、ハッとした。この展開――前にもあった。
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8年前――
ミリタリースクールでスパイの容疑をかけられた俺は、パクドナルドでバーガーとコーラをやけ食いしていた。
そのとき、窓の外をとびきりの美女が通りかかった。
俺は有頂天で後を追った。
「ヘイ、彼女。俺と王様ナイトに繰り出さない?」
すると、女は信じられない言葉を口にした。
「もしも世界がひっくり返って、アンタがアメリカ大統領になったって、絶対にアンタには服従しない。分かった、ドーナツ・トランペット」
まさか、アイツがこんなセクシー美女に?
忘れたはずの記憶が、怒涛のように押し寄せる。
背骨を小虫が這いまわる――。
次の瞬間、美女を押しのけるようにして、一人の女が現れた。
痩せっぽっちの体。
化粧っ気のない顔。
手にはデッキブラシ。
黒いビニールのエプロン。
そして――黒ぶちの眼鏡。
「ナンパまで王様気取り?」
「ガリガリ眼鏡!」
ガリガリは、デッキブラシで濡れたアスファルトをゴシゴシとこすり始める。そこは、小さなオンボロ魚屋の前だった。
「リブ・スタインって名前があるんだけど」
言われなくても覚えていた。
音楽室で俺を殴り倒した女。
393回タイムリープしても、殴り返せなかった女。
そして――。
「まだ恨んでるのか?」
「何を?」
「それは……」
なぜか一瞬、口ごもった。
なぜだ。俺は何も悪いことはしていないのに。
「お前たち家族を、親父のアパートから叩き出したことだ」
「ああ。あれね。家賃を払ってなかったのは事実だから」
あっさりした声だった。
「その通りだ。悪いのはお前たちだ」
「まあ、子供のケンカに父親を使うなんて卑怯だと思ったけど。まさか、昔のことを恨んで、ナンパの邪魔をしたとでも思ってる? そんなワケない。ただ――」
リブは肩をすくめた。
「王様なんて、恥ずかしくて聞いてられなかっただけ」
俺はムッとした。
この女、小学校の頃からまるで成長していない。
俺が王だと、まだ認められないのか。
「王のどこが悪い」
「最悪」
「だから、何が悪い!」
「命令するところ。他人を支配しようとするところ」
「オンボロ魚屋が偉そうに――ヒイッ」
次の瞬間、拳が飛んできた。
思わず目を閉じる。
だが、痛みはなかった。
恐る恐る目を開けると、リブの拳は、俺の頬の寸前で止まっていた。
「私は支配されない。もう二度と。アンタにも、他の誰にも」
そう言って笑うと、リブは店の奥へ消えていった。
それだけだ。
それが、あの日の出来事だった――。
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はっと我に返る。
俺は、クラブの前に立つゴージャス美女の周りを確かめるように、ぐるぐると回った。そんな俺を見て、ゴージャス美女が面白そうに笑う。
「何? どうしたの?」
「よし!」
周囲にガリガリ眼鏡はいない。
俺は、とびきりのハンサムフェイスで微笑んだ。
「ヘイ、ゴージャス。俺と一緒に王様ナイトに繰り出さない?」
「イグアナよ。イグアナ・マリエ・ジェリーオランジェ。友達も一緒でいい?」
「もちろんさ。イグアナ」
ゴージャスなウサギちゃんたちが歓声を上げる。
俺は彼女たちを引き連れ、ディスコへと入っていった。




