おならと小隊
森に迷い込んで何日が経っただろう。
タクミとヒナは、干し肉と僅かな保存食でしのぎながら歩き続けていた。
「なぁタクミ……ほんとに街なんてあるの?」
「さすがにあるだろ。人がいなきゃ、この森に道なんかできねぇ」
そう言ってタクミが指さした先には、土が踏み固められた一本の道が延びていた。轍のような跡が続き、確かに人か馬車が通った形跡がある。
ヒナの目に希望が差す。
「……ほんとだ! これなら絶対人がいるよ!」
「よし、この道を行こう」
二人は顔を見合わせ、疲れた足を引きずりながら進み始めた。
やがて、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
道を塞ぐように現れたのは、荷馬車を数台連ねた商隊。馬を操る御者と、剣を構えた護衛たち。
「止まれ! お前たち、どこから来た!」
鋭い声に、タクミとヒナは慌てて事情を話す。
「森の奥で……気づいたらこの世界に……」
「馬鹿な……この森を子供二人で抜けたってのか?」
護衛の男たちは警戒を解かず、商人たちも訝しげな目を向ける。
どうやら、ただで街まで連れていく気はなさそうだった。
「連れていけと言うなら代価を払え。道中は危険だし、飯も馬もただじゃない」
ヒナの顔が青ざめる。
その時、タクミは思い切ってリュックを漁り、あるものを取り出した。
「……これじゃ、ダメか?」
彼が差し出したのは、真っさらな学生ノート五冊。
「これは……紙だと?」
商人の一人が目を見開き、ページをぱらぱらとめくった。
「な、なんだこの白さ……滑らかさ……!」
「羊皮紙十枚以上の価値があるぞ……いや、もっとだ!」
この世界では紙は高級品。庶民が簡単に手にできるものではないらしい。
商人の顔がみるみる笑みに変わる。
「いいだろう! その紙五冊と引き換えに、お前たちを街マティーニまで保護してやる!」
ヒナは安堵の息をつき、タクミは心の中で「……ちょっともったいなかったかな」とため息をついた。
馬車に同乗させてもらい、二人は護衛の兵士や商人たちと話をする。
「この世界……なんか中世ヨーロッパっぽいな」
「ヨーロッパ? 何を言っているかは分からんが、俺たちは代々こうして商売をしてる」
兵士の一人は笑いながら、剣を見せてくれた。
見慣れたファンタジーの世界と違い、魔法は存在しないらしい。
「魔法? そんなものは昔話だ。力と技術、それだけがものを言う」
タクミは心の中で(よかった……魔法バトルに混ざらなくて済むかも)と安堵する。
一方ヒナはというと、護衛の木の棒を借りて軽やかに構えた。
「えいっ、やっ!」
突き、払い、蹴り返し――流れるような型を披露する。
兵士たちが目を丸くした。
「すげぇな! 武芸者か?」
「う、ううん……実はなぎなた部で」
「ナギナタ……? 聞いたことのない武器だが、その腕なら十分通用するぞ!」
タクミはぽかんと口を開けた。
「お前……そんな得意だったのかよ」
「えへへ、ちょっとだけね!」
ヒナは得意げに笑い、タクミは妙に頼もしさを感じた。
その日の夕方、商人が二人に包みを差し出した。
「紙のお礼だ。お前たちが丸腰では心もとない」
包みを開くと、中には簡易な冒険装備。
丈夫な革鎧と靴、小さな短剣がタクミへ。
ヒナには革鎧と、なぎなたの代わりになる長柄の武器。
「わ、すごい! 本物の冒険者みたい!」
ヒナは喜び、タクミは試しに短剣を握る。
「……思ったより軽いな」
「それで少なくとも野盗には対抗できる。街に着いたら冒険者登録してみるといい」
兵士の言葉に、タクミは複雑な顔をした。
(おならスキルでどうやって冒険者やれってんだよ……)
五.夜のキャンプ
焚き火を囲み、商隊と共に夕食をとった。
温かいスープを口にするだけで、文明のありがたさを痛感する。
「タクミ、こういうの……久しぶりだね」
「……ああ。やっぱ人のいる生活って落ち着くな」
兵士の一人が酒をあおりながら笑った。
「明日の朝にはマティーニの街が見えるだろう。いい街だぞ。冒険者も多い」
タクミは曖昧に笑う。心の奥には、自分のスキルを秘密にしている罪悪感と、不安が渦巻いていた。
翌日。
街まであとわずかという場所で商隊が休憩を取った。
「よし、馬を休ませろ!」
タクミは「トイレ行ってくる」と森へ入った。
その瞬間――大気を震わせる咆哮が轟いた。
「グオオオオォォォォォッ!!!」
空を裂いて降り立ったのは、漆黒の鱗をまとった巨大なドラゴン。
炎を吐き、森を焼き払う。
商人たちは悲鳴を上げ、兵士たちも蒼白になった。
タクミは振り返り、目を見開く。
「……マジかよ……!?」




