31 城下町デート(4)
「あー……お腹空かない?」
宝飾品店『月の雫』を出て少し歩き、伸びをしたら盛大にお腹が鳴った。
既にエスコートではなく、普通に隣を歩いている。
アベルとしては腕を組んだまま歩いても良かったのだが、リョウは店が見えなくなるとそそくさと手を離してしまった。多分恥ずかしかったのだろう。
「…私もお腹空いた」
リョウが隣でお腹を押さえる。
時刻は昼過ぎ。飲食店は一番混む時間帯だ。
本当はもう少し早く昼食を摂るつもりだったが、イヤリングを選ぶのにかなり時間が掛かった。
「屋台で良いかな?」
「うん」
ニルダに勧められたサンドイッチを買い、少し離れた公園のベンチに腰掛ける。
「はい、リョウの分──どうかした?」
サンドイッチを受け取るリョウが、何だか浮かない顔をしている。
アベルが首を傾げると、あ、とリョウは目を見開いた。
少し視線を彷徨わせ、
「その…アベル、人気あるんだなって」
「あー…」
今度はアベルが視線を泳がせる番だった。
歩いている最中も、何だったら今も、道行く人々の視線を集めているのは事実だ。
そういえばそれが嫌で街に出ないようにしていたんだった、と、今更ながら思い出す。
ただし、今日の視線の半分はリョウに向けられたものだ。
この国にも美人は多いが、リョウは普通の美女とは少し違う──妙に視線を集めるのだ。
本人は全く気付いていないが。
(気付いて欲しいような、欲しくないような…)
複雑な内心を悟られないよう、軽い動作で肩を竦める。
「まあほら、俺もそれなりに有名人だし」
「そうなの?」
「俺に限らず、特殊部隊員はみんな有名かな」
自分だけではないと主張してみる。
実際、ブラウやモーリス、他の隊員たちも街では結構人気がある。特殊部隊、という名前が謎めいていて注目を集めがちなせいもあるだろう。
「重犯罪者の捕縛とか、そういうので駆り出されることも多いからね。目立つんだよ、うちの部隊は」
「そうなんだ…」
リョウもその一員なわけだが、あまりその自覚は無いようだ。
気を取り直して、サンドイッチにかぶりつく。
種類が多くて選べなかったので、店員おすすめのミックスサンドを頼んだ。
野菜多めで、中に甘辛く味付けした炭火焼きのチキンが入っている。
お供は甘めのジンジャーティーだ。今日は少し肌寒いので、温かさにホッとする。
「これ、結構良いね」
「うん、美味しい」
どうということもない会話が、何だか嬉しい。
昼食後、また目的もなく街を歩く。
イヤリングが出来上がるまでの時間潰しだ。隊舎に帰っても良かったのだが、それは勿体無い気がした。
(折角だから…ね)
リョウは相変わらず興味深そうに周囲を見渡している。
裏通りは小さな店が多く、大通りとは少し雰囲気が異なる。
アベルもこんな所まではあまり来ないので、こうして歩くのは新鮮だ。
「あ、ケットシー」
リョウが塀の上を見て呟いた。
見上げると、塀の向こう、2階の屋根の上で白いケットシーが昼寝をしている。大胆にもお腹丸出しになっているが、あれは生き物としてどうなんだろうか。
「幸せそうだね」
「無防備過ぎない?」
「平和ってことだと思う」
リョウが驚くほど穏やかな表情をしているので、あのケットシーには感謝しておこう。
さらに歩くと、大通りの手前に古びた店があった。
足を止めたのは、通りにまで商品が盛大にはみ出していたからだ。
道を半分ほど塞ぐ商品は、大部分が鉢やジョウロなどの園芸用雑貨。中には人が入れそうなサイズの陶器鉢もある。
「これは…」
入口を覗くと、中も雑貨でいっぱいだった。
室内はさらに雑多で、食器に古めかしい本、小物入れのようなものに花瓶らしき何か、バッグに傘、靴、スカーフ、その他布切れ、よく分からない置物のようなものもある。
「…」
リョウがじっと見ているので、入ってみることにした。
「いらっしゃい!」
店番をしていたのは少年だった。この国では子どもの就労は基本的に認められていないから、家の手伝いだろうか。
元気良く挨拶した後は、すぐに手元に視線を落とした。
メモ書きのようなものを読んでいると思ったら、かなり古ぼけた本だ。どうやら、商品の一つを読んでいるらしい。
こちらとしては変に注目されずに済んでありがたい。
「アベル、こっち」
リョウは何故か迷うことなく奥へと歩を進めた。
その目に緊張の色を認め、すっと背中が冷える。
「…何かあった?」
「…これ」
目の前には、少し大きな花瓶が2つ。
どちらも同じデザインで、乳白色の陶器の表面に明るい色の花が描かれ、所々に金彩が施された上品な作りだ。
リョウは、向かって左側の花瓶を見ていた。
「──呪術の気配がする」
「…!」
落とされた囁きに、ひゅっと息が詰まった。
──これに、呪術が掛かっている?
「…ここに居て大丈夫なの?」
というか、こんな万人が手に取れるような場所に置いてあって大丈夫なのか。
訊くと、リョウは小さく首を横に振った。
「多分。でも、放置しておくと危険かもしれない」
「…」
アベルは改めて2つの花瓶を見た。
多少形や絵柄の違いはあるが、何の変哲もない花瓶に見える。
これは──このまま置いておいたら、誰かが買って行ってしまうのではないか。
「…回収しておいた方が良いかな」
「…出来れば」
リョウが頷く。
アベルは少し考えて、花瓶を2つとも手に取った。リョウが少しだけ驚いた顔をする。
「両方持って行くの?」
「ほら、こういう見本があれば、呪術が掛かっている物を探す手掛かりになるじゃない。もしかしたら、気配とかで呪術を判別できる人がうちの部隊に居るかも知れないし」
今までは現物が無かったので、感知系の異能持ちでも呪術の有無を判別できるかどうかが分からなかった。
しかしこれがあれば、少なくともこの花瓶に掛かっている呪術を感知出来る者が選出できる。上手く行けば、探索が大きく前進するだろう。
リョウにひそひそと説明し、2つの花瓶を持って少年の方へ向かう。
目の前に立ってようやく、少年は顔を上げた。
不思議そうな顔でこちらを見上げ、花瓶を見てぱっと表情を輝かせる。
「まいど! この花瓶2つで良いっすか?」
「うん、頼むよ」
「承知!」
ノリが軽い。
少年はアベルから花瓶を受け取り、古紙で一つ一つ丁寧に包む。その作業中、嬉しそうに呟いた。
「いやー、まさかこれを買ってくれる人が居るとは。置いてみるもんですねー」
売れることが意外だとでも言いたげだ。
「買ってもらえるとは思ってなかったの?」
「いやいやいや。これ、帝国産の有名な工芸品なんですけどねー。見た目は綺麗なんだけど、ほら、なーんか変な気配しません? 片方。──ああいや今のナシナシ」
ノリも軽いが口も軽い少年は、聞き捨てならない事を口走る。
「変な気配?」
「変っつーか、何かこう、背中が冷える感じ? 視界に入れたくない、みたいな。最近入荷する帝国由来の品って、たまーにこういうのあるんスよ。好事家が結構買って行くんだけど」
だから店の奥の方に置いてあったのか。
しかし、重要なキーワードがぼろぼろ出て来る。
最近入荷する帝国産の品。たまに混じる、おかしな気配のもの。そして、好事家が買う。
「…」
リョウの目に厳しい色が宿る。
少年はそれに気付かず、アベルから代金を受け取って笑顔で商品を渡して来た。
「はい! まいどどうも!」
「ありがとう」
花瓶を受け取って店を出ると、もはやデートという雰囲気ではなくなってしまった。
早くこの花瓶を持ち帰りたい。
予定よりかなり早い時間ではあるが『月の雫』に立ち寄ると、丁度加工が終わったところだった。
笑顔のクロエから2セットのイヤリングを受け取り、アベルとリョウは帰途に就く。
ちらりと見遣ると、リョウはそっと自分の胸に手を当てていた。
その目がひどく真剣で、アベルは声を掛けることが出来なかった。