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異世界でチートだが万能ではない  作者: 杏栄
第一部 森の中で
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3.魔術/試み

前回のあらすじ。魔素を認識できるようになって、昏倒した。


 ベッドの中でまどろみを意識すると、即座にあの感覚が周囲を把握し始める。まだ目をあけていないので視覚との混乱は生じていない。半覚醒状態であるのをよいことに、泰雅はこの新たな感覚を手懐けようと試みた。あるがままのものとして。半ば投げやりに。

 先程は強く意識しすぎて失敗したばかりだ。2日に2回――1日1回の絶叫は、多すぎる。どんな理不尽異常事態に直面したとして、わめき、騒ぐのは自分のイメージにそぐわない。たとえここが異世界であろうとも。

 家の中は静まり返っている。黒猫はいない。あれだけ強い光彩は、幾重の壁を経ても、この狭い家の中に隠しおけるものではないだろう。

 もう1体、2時の方向にぼんやり感じられるのはフィービだ。あの角――光彩の2つの突起は何だったのだろう。鬼が人に化けているのだろうか。そうだとしても、フィービからは悪意や害意の類は感じられない。この異世界で角が邪悪の徴と決まったものでもないか。

 願望や憶測を含めた、あいまいな思考が綾なし続ける。

 家の中にはフィービのほか誰もいない。

 感覚の輪を広げていく。家を囲む森の木々は、うっすらと淡い光彩を纏っていた。木々の向こうは伺えない。この感覚から逃れるには、生体の後ろに隠れなければならないのかもしれない。たとえば瀕死の重傷者の陰に隠れたとして、息をひきとったら透けてしまうのか。ひとつひとつの臓器の活動停止まで隠れていられるのか。あるいは動物の皮革には隠蔽効果があるのか。死んだ植物や鉱物では身を隠すことができないようだ。

 目を開ける。少し饐えた臭いのする毛布は近すぎて粗い布目も見えない。視覚はこんな薄い布1枚で妨げられてしまう。あの感覚は、毛布はもちろん壁でさえ透視できるが、単調だ。

 最前の混乱は、情報がひとつ増えたことよりも、得られる情報の範囲があまりに違いすぎてうまく統合できなかったためだろう。

 新しい感覚の方が広い以上、こちらを基準に詳細は視覚情報を貼りつける方が理にかなっている。問題はこれまで泰雅が視覚を中心に外界の情報を得ていたため、おいそれとその習慣が捨てられないことにある。

 待てよ。

 だとしたら視覚を封印して、しばらくこの感覚を使って生活してみればいいのではないか。魔術講義の第1歩として身につけたのだから、この感覚に慣れることは今後不可欠に違いない。

 泰雅は再び目を閉じる。

 やってみよう。


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