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第3話

「リサ、お前との婚約を破棄する!!」


そんな爆弾発言をしたのは、リコリス伯爵家のご子息でした。


食事の場で伯爵家の家族がそろう中、何の前触れもなく、彼はリサさんに向かってそう宣言したのです。


ご家族はもちろん、使用人たちも唖然としていました。


言われた当人のリサさんも、気の毒になるほど真っ青な顔をしています。


「何を馬鹿なことを言っているのだ!!」


「止めないでくれ父上。私は真実の愛に目覚めたのだ」


そのあと、食堂は大混乱に陥りました。


家族は口々にご子息をいさめ、リサさんは暴れ、侍女たちが必死に取り押さえて退室させる。


食堂には転がった食器と、息をのむ音だけが残りました。


いったい、どういうつもりでこんなことを言い出したのでしょう。


私たちメイドが、リサさんが暴れたあとの片づけをしていると、リコリス伯爵家のご子息が私のそばへ近づいてきて、こう言ったのです。


「今までよく我慢したね。これからは私がすべて守るよ」


思わず私は周囲を見回しました。


いったい誰に向かって言っているのだろう、と。


そうです。


よりにもよって、この私に言ってきたのです。


真実の愛の相手とは、私のことだったようです。


「でも、私、50になる子供がいる年増ですよ。全然ご子息様と釣り合いが取れません。どうか婚約者のリサ様を大事にしてくださいませ」


私はそう答えました。


いったい、この事態をどう収めたらよいのでしょう。


私が伯爵家を出れば済む話なのですが、実は私は回復魔法が使えるという理由で、伯爵夫人に専属で仕えるようになっていたのです。


伯爵夫人はひどい腰痛を抱えており、それを私が回復魔法で軽くしていました。


そういう事情もあって、私は簡単にはこの伯爵家を出られない。


しかし、このままではリサさんがご子息と結婚できるかどうかも分かりません。


あれこれ考えているうちに、リコリス伯爵様が場を収めてくださいました。


「お前はしばらく頭を冷やせ。婚約者であるリサを大事にするのがお前の務めだ。それに彼女はワシの妻の侍女を務めている」


「そして何と、50歳の息子を持っていると言うではないか。それでは彼女は七十近いということだ。そのような者をお前の妻に許すわけがない!!」


それに対し、ご子息は食い下がります。


「お言葉ですが、父上。仮にそうだとしても、彼女の声や身体の動きをよく見てください。とても年を取った者のそれではありません」


「むしろ非常に若々しい。されど経験豊富で、私を立ててくれる。そんな彼女は私の理想なのです!」


あらら。


この方は、私の声やしぐさをよく見ていたのですね。


実際、私の肉体は17、8歳ほどの若さを保っているのですから、そう見えて当然なのでしょう。


だけど――このままでは、いけませんね。


その後、ご子息様は部屋で謹慎となり、頭を冷やすことになりました。


リサさんも部屋に引きこもったままです。


とりあえずリコリス伯爵家は箝口令を敷き、使用人たちにも余計なことは口外しないよう厳しく命じられました。


それからほどなくして、私も通常のメイド業務へ戻りました。


ですが、そこから本格的に、リサさんからのいじめと思われる攻撃が始まったのです。


実行しているのは、リサさんの取り巻きともいえる侍女たちでした。


「伝えておいた」と言われた話が伝わっておらず、私が故意に怠ったように見せかけられる。


そんなふうに、私の評判を下げることをされるのです。


ついには、私の部屋から私物がなくなるようにもなりました。


そのことに気づいた私は、一番大事なペンダントを部屋の隅に隠しました。


ですが、それさえも、いつの間にかなくなってしまったのです。


胸にぽっかり穴が空いたようでした。


ああ――これは、「手放せ」という創造神様からのお示し。


そんなふうに考えていると、リサさんが得意げな顔で言いました。


「あらら。あなたがすごく大事にしていたペンダント、なくなったの? それはかわいそうね。でも、お母様より年上のババアのくせに、泥棒猫みたいな真似をする人には当然の報いじゃないかしら?」


「ふふふ。悔しい?悔しい?でもね、私のほうがもっと悔しかったのよ。その苦しみの十分の一でも味わいなさい!!」


「ああ、あとねぇ。あなたのペンダントは自由市場に売り払っちゃったわ。笑っちゃうくらい安かったわよ。紅茶一杯分にもならないくらいね。所詮あなたの大事なものなんてその程度よ」


「あっははははっはは」


間違いなく、リサさんが取り巻きの侍女を使って、私の大事にしていたペンダントを盗ませたのでしょう。


魔物や人間の騎士たちを相手にするのなら、たとえ千人でも滅する力を持つ私ですが――こういう女の嫉妬や陰湿ないじめに対処する術は、持ち合わせておりません。


私は、リサさんが憎しみの目で吐き捨てる言葉を、そのまま聞くしかありませんでした。


ペンダントを売り払われたことは悲しかった。


ですが、この騒動そのものが、私からペンダントを取り上げるために創造神様が仕組んだことなのだ、と気づいてしまったのです。


創造神様は唯一絶対にして全能のお方。


地上に生きる者すべてが、その御手の内にあるといってよいでしょう。


だから私は、リサさんにも、その取り巻きの侍女たちにも、腹を立てる気にはなれませんでした。


あのペンダントは、ホワイト君が旅立つ前に私へ渡してくれた思い出の品。


けれど、もうホワイト君はいない。


そして、創造神様の使徒となったからには、ホワイト君のことをホワイト君とは呼ばず、ご主人様と呼ばなければなりません。


創造神エクレア様から、たとえ思い出の品であっても、それに執着してはならないと言われたことを思い出しました。


だから、今回のことは良いきっかけなのかもしれない。


私たち使徒は、ご主人様に身も心もすべて捧げ尽くす存在にすぎない。


たとえ私がご主人様と愛し合い、子供を授かるほどの寵愛を受けていたとしても。


私はそう考え、ペンダントの行方を探すのをやめることにしました。


きっと創造神様も、ペンダントへの執着を捨てなさいとおっしゃっているのでしょう。


ただ、あのペンダントに付与された効果は、一般人が扱うには強すぎるはずです。


その効果が続く間、誰かに悪用されるかもしれない――そんな危惧はありました。


けれど、そうなった時はそうなった時。


これ以上考えるのは、やめることにしました。


ペンダントを売り払ったあとも、リサさんからの執拗ないじめは続きました。


今度はどこから聞きつけたのか、私の容姿まで調べたようで、黒髪であることを貶してくるのです。


普段、私はローブを深くかぶり、認識阻害魔法で目立たなくしているため、これまで素の容姿は知られていませんでした。


「あなたの髪、黒いんだってね。いつも地味なローブをかぶってるから分からなかったわ。そうやって、その見苦しい髪を隠していたのね」


「かつてこの世を救ってくださった伝説の勇者様。あなた、その方にそっくりな黒髪と黒い目をしているらしいけど――」


「ふん、あなたのそれは似ても似つかない汚い色だわ!」


「そうやってあの人を誘惑したんんでしょ。ブスでババアのくせに。勇者様に比べたら、あなたなんか汚らわしい存在よ。この伯爵家から出ていきなさい!」


もう何度聞かされたでしょうか。


同じ言葉で罵倒され、出ていけと言われ続ける。


ちなみに、伯爵子息様はあの時の暴言を咎められ、王国騎士団へ鍛え直しのために放り込まれていました。


ですから、リサさんを止める者は誰もいなかったのです。


私も伯爵夫人に「出ていきたい」とお願いしていたのですが、そのたびに「いてほしい」と懇願されてしまう。


いくら私でも、ここまで嫌な言葉を聞かされ続ければ、心が弱ってしまいます。


そんな時でした。


創造神様から思念が来たのです。


「空の勇者ラベンダー。あなたは私の大事な使徒。そんなあなたの様子をずっと見ていましたが、あなたはよく耐えました。ゆえに、この修行を終える時が来ました」


「リコリス伯爵家の秘密をあなたにお伝えします。これを使って、あなたがリコリス伯爵家の最後を見届けなさい」


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