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第2話

あれから、さらに数年が経ちました。


その間に、びっくり仰天なことが起きたのです。


なんと、あのリサさんが、この都市を治める伯爵様のご子息に見初められ、婚約を結んだのです。


平民と貴族の婚約。


平民のみなさんからは、リサさんが希望の星のように見えるそうです。


あと、興味がなかったのでちゃんと聞いていなかったのですが、この地を治める領主様はリコリス伯爵というそうです。


そういえば町の人たちがそんな名前を言っていた気もします。


でも、特に興味がなかったので、今まで気にも留めていませんでした。


ですが、つい先日まで同僚だった治癒士仲間のひとりが婚約するというのであれば、さすがに私も関心を持ちました。


「本当におめでとうございます。リサさん」


私が満面の笑みで、仲間たちとともにリサさんを祝福しに行くと――なぜかリサさんは顔を真っ赤にして怒り出しました。


「なによ!!馬鹿にして!!私は貴族になるのよ!あなたなんかの手の届かない存在になるの!!」


わたしは訳が分かりませんでした。


お祝いを言っただけなのに、どうして馬鹿にしたことになるのでしょう?


勇者を経験していたとはいえ、本当に私は世間知らずだったのですね・・・・。


私が神妙な顔で反省していると、隣にいた治癒士仲間が小声で教えてくれました。


「気にすることないわ」


「リサってば、ずっとあなたのことをライバル視していたのよ。てっきり、あなたの悔しがる顔を見られると思っていたのに、満面の笑みで祝われたから、馬鹿にされたと思ったのね」


なぜ私が悔しがると思ったのかは、さっぱり分かりませんでした。


ですが、分かったふりをして、ありがとうございますとお礼を言っておきました。


そんなやり取りを見て、さらに怒り出したリサさんは、とんでもないことを言い出しました。


「決めたわ!!そんなに私を馬鹿にするなら、私にも考えがあるわよ。あなたを伯爵家のメイドとして雇うわ。命令よ!!」


治癒士としての仕事は、すでにほとんどなくなりつつありました。


今なら、私ひとりが抜けても問題にはならないでしょう。


伯爵家のメイドとして雇われるのも、ありかもしれない――そう考えていると、リサさんはさらに言いました。


「覚悟することね。伯爵家のメイドとしてこき使って、擦り切れるまでいびり倒してやるんだから!!」


なんでこんなに怒っているのかなあ。


怒らせないように、目立たないようにしているのになあ。


経緯はともかく、こうして私は都市を治めるリコリス伯爵家のメイドとして雇われることになったのです。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


リサさんは、リコリス伯爵子息と婚約すると同時に、伯爵家の屋敷で暮らすことになりました。


婚姻式までは半年あいており、その間に次期伯爵夫人としての教育を受けるのだそうです。


そして、なぜか私も伯爵家の屋敷へメイドとして雇われ、日々、先輩メイドたちに教わりながら仕事に追われることになりました。


幸いというべきか、リサさんからあからさまないじめはありませんでした。


というより、彼女は次期伯爵夫人としての淑女教育で、それどころではなかったようです。


もっと言えば、貴族として最低限のマナーを身につけるだけでも大変そうでした。


この世界では、平民と貴族の間に大きな身分差があります。


その違いのひとつが、マナーです。


男爵や子爵でもそれなりの作法が求められるのに、さらに上の伯爵ともなれば、それ以上に厳しいものが要求されます。


私は勇者として活動していたころ、貴族たちが集まる夜会に出席する機会も何度かありました。


ですが、特別な存在ということで、必要最低限のマナーだけで許されていたらしいのです。


それでも、十分に窮屈でした。


きっとリサさんも、大変な思いをしているのでしょう。


だけど、上昇志向の強い彼女のことです。


死に物狂いで食らいつき、次期伯爵夫人の座を手放さないはず。


是非とも頑張ってもらいたいものです。


私はそう思いながら、今日もメイドとして屋敷の中を走り回っていました。


私がリコリス伯爵家のメイドとして雇われて、一か月が経ちました。


大きな出来事といえば、愛する子供グレーが天寿を全うしたことです。


私は創造神様から連絡を受け、グレーの屋敷へ向かい、ペンダントを受け取りました。


そして、その後、グレーは亡くなったのです。


悲しいです。


悲しいですが、この世に生きるすべてのものは、いずれあの世へ還る仕組みです。


グレーも創造神様のもとへ行ったのだと思い、私は前を向くことにしました。


今日も私はリコリス伯爵家の屋敷でメイドとして働いているのですが、最近の日課があります。


夜、自分の部屋へ戻り、柔らかなシーツの敷かれたベッドにそっと腰かける。


そして、首にかけているペンダントを取り出すのです。


そのペンダントは、一見すれば何の変哲もない品です。


ですが、私にとっては大切な人との思い出の品でした。


私はいつもそれを手に取り、ホワイト君との思い出に浸る。


それが、今の私の日課なのです。


ちなみに、このペンダントは、さまざまな付与効果を持つ魔道具でもあります。


身代わりの効果や、攻撃力・防御力を増大させる付与が施されていました。


かつて、この身代わりの効果によって、ホワイト君の命の危機を救ったこともあります。


しかし、この付与効果も、使い続けるか、あるいは何十年も経てば消えてしまうでしょう。


もちろん、たとえ付与効果が消えたとしても、私にとって大切な思い出の品であることに変わりはありません。


ですが、私がお仕えする創造神様から、このペンダントについてひとつ忠告を受けておりました。


――このペンダントを手放しなさい。


そう言われていたのです。


私と、ご主人様であるホワイト君をつなぐ大切な思い出の品。


いくら創造神様のお言葉とはいえ、そう簡単に従えるものではありません。


なぜ創造神様がそんなことをおっしゃるのか。


それは、自分だけがご主人様との思い出の品を持っていると、かえって自分がご主人様にとって特別な存在なのだと思い込み、使徒としてふさわしい行動が取れなくなるかもしれないから――という理由でした。


たしかに、そうかもしれません。


実際、私はそう考えていましたので。


さらに創造神様は、こうもおっしゃいました。


「自分だけの特別な品物を持っていると、たとえばご主人様が別の女性を愛し、その女性に仕えなければならなくなった時、その女性に対する嫉妬を抑えられなくなるでしょう」


「そういった感情は、ご主人様にすべてを捧げて仕える我らには不要なもの。それゆえ、我らはその感情を捨て去らなければなりません」


「このわたくしとて、ご主人様の御寵愛を受け、子供を身ごもったうえに、ペンダントのやり取りまでしたあなたに、嫉妬の感情が無いとは言いません」


「ですが、私の使徒となり、ご主人様にお仕えするメイドとなるからには、ご主人様の過去世の思いにしがみつくことは、あなたのためにもなりませんよ」


「私はあなたが惜しい。惜しいがゆえに、そのペンダントを手放せないのであれば、手放せるよう人間を使って仕組みます」


ここまで言われても、私はまだこのペンダントを手放すことができませんでした。


それだけ、私のご主人様――ホワイト君への思いが強かったのだと思います。


だけど、創造神様のお力は、私の想像を超えていたのです。


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