希望
「僕は…怠けたかったわけじゃありません。期待に応えようと一生懸命にやりました」
声は震えていたが、言葉は止まらなかった。
「皆と働きたかったんてす。上司の期待にも応えたかった…でも、あの環境では…僕は壊れるしかなかった」
上司が顔をしかめる。正木は上司に顔を向ける。
「それから、給料泥棒と言われたこと、僕は絶対に許しません」
その姿は、これまでの弱々しい正木ではなかった。
委員会は終了し、会社側の二人とあっせん委員が先に会議室を出た。正木と福寿が部屋に残る。
正木が背もたれに体を預けるようにのけぞった。大きく深呼吸をすると、ペットボトルの水を一気飲みする。
「はぁ…」
思わず呟いた。
福寿は何事もなかったかのように、資料を鞄にしまっている。
「福寿さん…すごい…」
福寿は正木を見て微笑んだ。
「そう?普通よ。普通の事を言っただけ。私の立場としてね」
「だってあの人…何も言えなくなってた」
「論点を外させないこと。それだけよ」
「論点…どういうことですか…?」
「会社側は、あなたの努力が足りなかったという話にしたいのよ。根性だの気合が足りないだのって。そして『当社はそれが普通』って言ってたでしょう。でも、それは論点じゃない」
福寿は笑みを表情から消した。
「普通じゃないのは会社の方」
「僕、今まで何やっていたんだろう…ずっと自分の努力が足りない、至らないって思ってきました」
「そこに気づいてくれた?」
福寿が優しい微笑みで正木を見た。
「よく言えたわ、最後に自分の言葉で」
正木の顔が明るくなり、大きく頷いた。
結局、会社側はこれ以上の紛争が公になることを恐れ、福寿が提示した四つの要件を受け入れた。さらに高額の解決金と謝罪を行った。
その後、正木は「自己都合退職」ではなく「会社都合」として、退職をすることにした。
全ての案件が片づいた後、正木は福寿の事務所をお礼に尋ねた。なかなか買えないという、人気のチョコレートをお土産にした。
「気を遣わなくて良いのよ、私の仕事なんだから。でも、ありがたく頂戴します」
福寿は受け取った後、外の喫茶店へ正木を誘った。
「晴れた空なんていつ以来だろう。夜明け前に家を出て、真夜中に帰って…」
歩きながら、正木の言葉を福寿は聞いている。
「会社と揉めたらいけない、仕事が出来ないのは自分の能力が低いからだって思っていました。権利を主張できる立場にないどころか、それすら忘れていました」
「努力するのは大切なことよ。でも、だから酷い扱いを受けても良いことにはならない。あなたには、あなたの素晴らしい人生を送る権利があるのだからね」
「はい!」
正木は、これまでに見せたことのない晴れやかな笑顔になっていた。
終




