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アーケイン・フロント  作者: メグメル
【サンライズ作戦編】第十章:余響
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余響③

了解。ナロー貼り付け用に、余計な空白を消して、段落・会話・内心の間隔を整えた版です。


連邦成和高等学校の教師陣の中でも、嘉信羅伊吹ほど恐れられていた者はいない。


背が高く、威圧感があり、無駄を嫌う。青い鬼族のその教師は、成績表も教室も保護者面談も、何年にもわたって震え上がらせてきた。苦情を黙らせ、甘やかされた貴族の子弟ですら背筋を伸ばさせる類の男だ。相手が寄付者の子だろうが、高位貴族の坊ちゃんだろうが、追放された帝国貴族の娘だろうが関係ない。


授業が始まれば、黙って聞く。あの男は、それを徹底させるだけの力があった。


「……森田龍己。久しぶりだな」


……今でも、やっぱり化け物だ。


カシンラ先生は教室の前をゆっくり歩きながら、小さく頷いていた。いつものように、言葉を測っていた。その足が前列の机のひとつで止まる。机の上には花瓶が置かれていた。


……佐藤の机だ。


「——それとも今は、“アッシュフォール伍長”と呼ぶべきか?」


「モリタで構いません、先生」


姿勢を正しながら答える。


「前と同じです。『アッシュフォール』は羽田宇宙港のあとで、連中が勝手に言い出しただけなので」


モリタ伍長はカシンラ先生から目を離さないまま、教室の反対側、自分の昔の席——窓際へ向かった。ゆっくり、一定の歩幅で。鬼族相手に気を抜けるほど馬鹿じゃない。自分の席に手が届く位置まで来て、なおかつ教室全体が視界の端に収まるところで止まる。


教室は……ほとんど記憶のままだった。ほとんど、だ。花瓶があちこちの机に置かれている。全体の五分の三近い机が、それで埋まっていた。


……自分の机は、空だった。


「お前のことは色々と聞いている」


ようやくカシンラ先生が口を開いた。


「まさか、自分の教え子が連邦に英雄と呼ばれるとはな」


「できることをやっただけです、先生」


先生は一度頷き、少しだけ唇を結ぶ。それから視線を教室に流した。理由もなく言葉を発する人じゃない——そしてあの顔の裏では、もう次の一手を測っている。


元NGD。いまはこの区画の救援を束ねる男。


校長はどうした。ほかの教師たちは。こいつは、自分だけ生き延びるためにあいつらを切ったのか。FEO-66のとき、自分たちを差し出したみたいに。


……いや。カシンラ先生はそういう男じゃない。少なくとも、そう信じていた。


「花沢。東棟に頼まれていた物資を届けてくれ。コンテナにはFF-2とあるはずだ。お前の元の教室にある」


リア兵長は顔を上げ、頷き、静かに教室を出ていった。


カシンラ先生が再びモリタ伍長へ向き直る。


「ついて来い」


伍長は背筋を伸ばした。片手はベルトへ、もう片方はライフルのスリングへ落ちる。一度、重みを測る。もう一度。それでも男の腹は読み切れない。


「……断る選択肢は?」


カシンラ先生は息を吐き、一度だけ頷いた。


「答えだ」


「お前にも、いくつか……聞きたいことはあるだろう」


……思っていた以上に、だ。N15での一年は、思い出して愉快になれるようなもんじゃなかった。


あの鬼族はもう扉の外にいた。待っている。分かってやがる。くそ、分かってやがる。自分が何を求めているか、何を聞きたいか、全部分かったうえで、こうして引っ張っていく気でいる。


モリタ伍長は小さく息を吐き、ライフルのスリングを直してから後に続いた。


……待つ気すらないらしい。


カシンラ先生の後ろを、モリタ伍長は半歩遅れてついて歩いた。静かな自信を帯びた足取りが廊下を進むたび、すれ違う者たちが振り向く。会話は自然と途切れ、誰に言われるでもなく道が空く。何人かは短く会釈し、「先生」「Sir」とだけ告げて、すぐに持ち場へ戻っていった。


誰もその歩みを止めようとはしない。衛生兵も、兵士も。


角を曲がったところで——


「彼女はどうだ」


カシンラ先生は振り向きもせず、背中越しに問いを投げた。かすかに流れた視線だけが、唯一の仕草だった。


誰を指しているのかは明らかだった。


「カティア、ですか」


「……違ったか?」


「いえ」


モリタ伍長は事務的に答えた。


「あいつなりにやっています。少なくとも、N15での暮らしは何とかやれていました」


「N15……お前たちはそこにいたのか」


「はい。そこへ送られました」


カシンラ先生の歩幅が、ほんのわずかに緩む。視線が近くの窓へ流れ、その下の中庭へ落ちた。噴水のまわりにはテントが張られ、朝の光を受けておたまや金属トレーが光っている。野外炊事場らしい。民間人と負傷者が集まり、カレーライスらしきものの入った椀を囲んでいた。


……へえ。炊き出しに立っているの、あのカレー屋の——少なくとも、奥さんの方は。


「どれくらいだ」


……あんたが思ってるより、ずっと長い。


「“コミュニティセンター”って言葉の意味が、嫌でも分かるくらいには……です」


カシンラ先生はそれには答えなかった。そのまま向きを変え、屋上へ続く階段へ向かう。天文部のたまり場だった場所だ。扉の前でIDカードを取り出し、センサーにかざす。


電子音が鳴り、鍵が外れた。


「部の連中とは会ったか」


……残っていた連中と、なら。


「アラタさんだけです。ほかは……助かりませんでした」


カシンラ先生は一度だけ頷き、扉を開けた。


冷たい空気が一気に流れ込み、古い埃と錆びた鉄、それに澱んだ水の匂いを階段の下まで運んでくる。どうやら郷愁にも匂いはあるらしい。扉の向こうには、晴れた青空の下に屋上が開けていた。


モリタ伍長は一歩踏み出して、足を止めた。少し狭く見えた——いや、がらくたが増えたせいで、前より広く見えなくなっただけかもしれない。壊れた屋上フェンスは見覚えがない。だが、それ以外は、端に寄せられたキャンバステントも、貯水槽の脇に置き去りのままの工具も、記憶のままだった。


……二年経っても、取りに来る奴はいなかったらしい。


モリタ伍長はカシンラ先生のあとに続いて外へ出た。ブーツがコンクリートをかすかに擦る。呼吸を整える。冷たい空気が肺の奥へ入り込み、一瞬、呼吸の仕方を忘れた。フェンスの向こうには街が広がっている。前より瓦礫は増えていた。だが、それでもこの街は変わらない。


広大だ。


穏やかだ。


静かだ。


その青空を新電IIIの編隊が横切った。屋上のフェンスが震えるほどの音を立てながら、青を切り裂いて飛んでいく。できすぎた景色に添える、最後の仕上げみたいなものだった。


昔ベンチがあった中央には、以前はなかったものが建っていた。木と石と金属で組まれた、黒板を囲うような小さな造りだ。風雨除けのタープが張られ、そこから線香の匂いが流れてくる。祠、か——いや。


カシンラ先生はもうその前に立っていた。両手を胸の前で合わせる。異世界から流れてきた者たちが、祈るときによくするあの仕草だ。


……祠だ。正確には、慰霊のためのものだ。


水の入ったコップ。細い香炉。安物の花がいくつか。つい最近、誰かが替えたばかりらしい。


そして、名前。


ただ名前だけが、黒板に整然と並んでいた。1-A、2-B、3-C——そんなふうに。


カシンラ先生は3-Cの列に並ぶ名を指でなぞり、それから黒板の下に置かれた白チョークを取った。ひとつに線を引く。次に隣——3-Eの列へ移り、もうひとつに線を引く。


森田龍己。


カティア。


自分の名前と、あいつの名前だった。


「……それで」


カシンラ先生がようやく口を開いた。


「聞きたいことがあるんだろう?」


カシンラ先生はゆっくりとこちらへ向き直った。両手は背中の後ろ。顔の険しさは崩れない。その鋭い目には間違いも踏み外しも見逃さないあの警戒がまだ残っている。それなのに……


……


……それなのに、今はどこか違って感じられた。


モリタ伍長は気づくより先に少しだけ肩の力を抜いていた。


……くそ。


二年前なら、あの鬼族の姿を見ただけで背筋が伸び、どれだけ騒がしい口でもおとなしくなった。さらに拗れれば、手の甲がひとつ飛んでくるだけで十分すぎる説得になった。カシンラ先生は手の届かない存在だった。教師であるのと同じくらい、自然の猛威が人の形をして歩いているような男。問いが口にされる前から答えを知っているような男。


漁船の群れに混じった戦艦。


……だが、机に置かれた花瓶がそうではないと告げていた。


モリタ伍長はゆっくり息を吸った。


「……生徒たちを追っていたんですか」


「誰かがやるしかなかった」


カシンラ先生は答えた。


「大半の教職員はまともに動ける状態ではなかった。入隊した者もいる。寝返った者はさらに少ない」


肩越しに祠へ目をやる。


「収容された者たちの足取りを追うのは骨が折れた。だが不可能ではない。行方不明者も同じだ」


指先が、まだ線の引かれていない名の上で一瞬止まった。


「死者は、もっと簡単だった」


……


……ふざけんな。


カシンラのような男が、ほかの大勢と同じようにただ残酷か、ただ臆病ならどれだけ楽だったか。違う。これは罪悪感だ。それだけだ。


……本当にそうか?


伍長は視線を逸らし、歯の裏で小さく舌を鳴らした。罵声は出てこない。嘘も同じだ。あの鬼族は強硬派で、理想家で、裁定者だった。日和見主義者ではない。そんな都合のいいものに逃げ込む男ではなかった。


視線を戻す。


「……二年前」


伍長は口を開いた。


「ISBとその手先がこの学校に来て、異界人と、その味方をした連中を反逆者だと決めつけた。あの日、あんたは公民の教師としてそこにいた。統合だの、協調だの、犠牲だのを語っていた。あんたは俺たちの教師だった。実質、死刑宣告みたいなものとのあいだに立っていた、唯一の存在だった」


噛みしめた口の中に金属みたいな味が広がる。


「俺たちは信じてた。カティアも、リアも——いや、俺だって信じてた。なのに、どうして——」


伍長は鋭く息を吸った。


「どうして、あいつらに俺たちを連れて行かせた?」


カシンラ先生はその視線を黙って受け止め、両手を背中で固く組んだままだった。顎がわずかに強張り、鼻から息を吐いて、一度だけ首を振る。


……なぜか、怒鳴られるよりそっちの方が堪えた。くそ、怒りの方がまだ楽だった。


「私が、行かせたからだ」


伍長の肩からライフルのスリングが滑り落ち、手が反射的に銃を半ばまで持ち上げる。カシンラ先生はその場を動かない。向きだけを変え、上がった銃口に正面から向き合った。


「ここがどこか理解しろ。——そのあとに待つ結果もだ」


……


モリタ伍長は握る手に力を込め、それから抜いた。ライフルを下ろす。


……何をやってるんだ、俺は。


「暴力のある生き方に、ずいぶん慣れたようだな」


「黙れ……」


伍長は低く唸った。


「やるべきことをやっただけだ。カティアが——いや、俺たちが自分の人生を取り戻すには、それしかなかった」


「私も同じだ」


カシンラ先生は一歩横へ動き、そのまま外周フェンスの方へ歩いた。下の人波を静かに見下ろし、やがて続ける。


「連邦は秩序を誇る。論理を誇る。手続きを誇る。私たちは、自分たちが『旧秩序』の不合理を超えたところにいると信じたがる——ましてや、帝国の狂信的な迷信などなおさらだ」


あの鬼族はもう一度、伍長へ向き直った。


「そのくらいは、もう分かっているはずだ」


……


モリタ伍長は口を開いた。だが言葉は喉で死んだ。あの鬼族は間違っていない。むしろ、連邦が何年も食わせてきた公民の講義そのものだった。磨き上げられた言葉と、閲兵式めいた論理で飾り立てた、あの口ぶり。


それが一番、醜かった。


「言い訳でお前を愚弄するつもりはない、モリタ」


カシンラ先生は落ち着いた、測るような調子で続けた。


「お前たち全員を収容へ追いやった決定について、謝罪するつもりもない」


あの鬼族は祠の脇を通り過ぎ、またそのそばで止まった。


「FEO-66は、ISBがこの学校に来るよりずっと前に決まっていた。成和が表立って抵抗していたとしても、連邦は生徒だけで済ませはしなかっただろう」


「連邦は冷徹で合理的だって、あんたが言ったんだろ」


モリタ伍長が遮る。


「あれのどこが合理的なんだ——」


「——制度は冷徹で合理的だ」


あの鬼族は言葉を費やさなかった。掌をひとつ動かしただけで、伍長の言葉を鋭く断ち切る。


……また授業が始まった。


「だが、制度も結局は人間でできている。感情にも理性にも支配される個人の集まりだ——そして人は、自分たちが作った制度ほど合理的ではない。そこに恐怖が加わる——」


目がわずかに細くなる。


「恐怖は人をもっと小さなものにしてしまう。政府も例外ではない」


そこで言葉を止めた。大半の人間は、いつもの鉄面皮の下にある変化など見落とすだろう。だが初めて、その揺るがない声の奥にわずかな張りがあった。かすかに。


「怯えた社会はひどく醜いことまでできる」


モリタ伍長はゆっくり息を吸い、握る手の力を抜いた。ライフルはスリングに吊られ、肩口へ収まった。片目だけはあの鬼族に据えたまま——用心と不信が半々——思考を探っていく。


……まだ、あの鬼族を恨んでいるべきだった。なのに、説いていたことを今も実践しているのを見てしまうと、それが思ったより難しくなる。


……


恐怖、か。そう考えてみること自体は悪くない。正直、前にも何度か頭をよぎったことはある。


「……恐怖? 何に対してですか」


止めるより先に、問いが伍長の口から出ていた。


「帝国ですか? 異界人が寝返って、連邦を焼くかもしれないって?」


カシンラ先生の唇の端に、かすかな笑みが浮かんだ。


「少し違う。それほど単純だったなら、連邦はコミュニティセンターからの募兵にそこまで熱心にはならなかっただろう」


背筋を伸ばし、また歩き出す。


「答えてみろ。連邦最大の功績は何だ?」


……ああ、またこの質問か。伍長は小さく毒づいた。答えは知っている。何しろ、昔の授業で一度出てきた問いだ。


「……統合、ですかね。異界人かどうかに関係なく、“ひとつの人類”ってやつです」


カシンラ先生は首を振った。笑みは唇に残ったままだ。


「お前はいつも、答えの周りを人より多く回る。そして、滅多に踏み込まない」


……くそ。


「連邦が恐れていたのは、お前が考えたような帝国や異界人ではなかった」


あの鬼族は話を再開した。


「少なくとも、大多数が信じていたような意味ではない」


その笑みが少しずつ消えていく。


「連中が恐れていたのは、自分自身だ」


……


「……何ですって?」


「政府というものは外敵には耐えられる。とくに、厚い予備戦力と強い軍を持つ政府ならなおさらだ。帝国は外部からの、軍事的脅威にすぎない」


足を止め、伍長へ向き直る。


「耐えられないのは、自国民が同じ国をもう信じていないと知ることだ」


カシンラ先生はフェンスの端へ目をやった。中庭から上がる声が高く響く。その中に、インターステラー語が混じっていた。


「FEO-66の前の数か月を覚えているか」


伍長は瞬いた。よりによって、あの鬼族がそんなことを訊くとは思っていなかった。頷く。


「まあ……少しは」


「なら、あの頃を支配していた議論も覚えているな?」


……『異界人問題』。異世界から移住してきた者たち、あるいはそれに似た特徴を持つ者たちを、人類の一部と見なせるのか。見なすべきなのか。それをめぐる議論。戦争が始まると、その話題をめぐる空気は週が経ち、月が経つにつれて激しくなる一方だった。忘れられるはずがない。


カシンラ先生は話を続けた。


「抗議。告発。異界人を狙う自警団。異界人の生徒を学校から排除しろと要求する保護者。調査を求める評議員。隣人を帝国への共感者だと告発する市民」


視線が空へ移る。ポールのそばで揺れる、破れた連邦旗へ。


「問題は、連邦が異界人を信じていたかどうかではない、モリタ。連邦が、連邦を信じていたかどうかだ」


……つまり、連中は古い分断が戻ってきたと思った。恐れたのは——


……


……違う。違う。見方が違う。


FEO-66は最初から異界人や帝国の問題じゃなかった。


モリタ伍長はため息をつき、首を振った。答えはそこにあった。統一戦争以来、すべての公民の教科書に印刷されてきた答え。あまりに痛いほど明白で、ほとんどの人間が見なくなっていたもの。かつて国家は血で、土地で、言語で、信仰で分かたれていた。人類は違う旗の下で互いを喰らい、その分断を文明だと勘違いした。連邦が埋葬したと主張してきた、すべてのもの。


あの鬼族の目を見る。澄んでいた。誇らしげでさえあった。


「……父祖の罪を恐れたんだ。『旧秩序』が連邦の内側で這い戻ってくると思った」


カシンラ先生は笑った。


「よくできた」


「それでも、俺たちを兵に採った理由の答えにはなっていません」


モリタ伍長は続け、目を細めた。


「連邦が『旧秩序』を——少なくとも、その思想をそれほど恐れていたなら、なぜコミュニティセンターから人を引っ張ってきてライフルを持たせたんですか。閉じ込めた相手に、なぜ市民権を約束したんですか」


あの鬼族はその問いを受け止めるように、かすかに頷いた。たぶん本当に受け止めたのだろう。袖に留めた黄色い腕章を軽く引き、答えた。


「占領下でNGDの結成を合法化したのと同じ理由だ。使われない人的資源——まして封じ込められただけの人的資源では、戦争には勝てない。それがなぜ真実か、分かるか?」


伍長は黙った。ひどく恋しかった懐かしい試練の中へ、思考を走らせる。歴史の小ネタ。有名な言葉。思い出せるものが次々に押し寄せてきた。ある意味では……穏やかだった。ほとんど。


「俺たちの封じ込めは、時間を稼ぐためでした。恐怖に駆られた社会に、問題はもう見えない場所へ置かれたという錯覚を与える」


あの鬼族はまた頷き、続きを促した。


「でも、それにも限界があった。戦争は、俺たち全員がよく知っているように、食い尽くすものです。やがて専門家——敵の言語、文化、やり方を知る人間——の必要性は、無視できなくなった。だから俺たちを役に立つものにした」


……


……いや、違う。今のは少し違う。


モリタ伍長は言葉を止め、舌を鳴らした。カシンラ先生が眉を上げる。当然だ。そんなものは表面を撫でただけだ。


「俺たちを、見えるものにした」


言い直した。あの鬼族は満足げに頷く。


「NGD、異界人兵士……従軍は、世間に分かりやすいものを与えた。制服、階級、戦死者名簿、勲章。俺たちがまだ属していると証明する機会を——」


「——機会を慈悲と取り違えるな」


カシンラ先生が静かに訂正した。


「従軍は忠誠を可視化した。それが機能だった。恐怖に駆られた社会は、抽象的な無実を信じない。目に見える犠牲を信じる」


「——そして可視性が許可を買った」


伍長は続けた。


「……つまり、FEO-66の論理を否定することなく、閉じ込めていた相手に武器を持たせることを連邦に許した。そういうことですね?」


カシンラ先生は頷いた。


「正しい。連邦には、閉じ込めた者たちを負債から資産へ変換できるか試す方法が必要だった。コミュニティセンターの志願者から編成された部隊は、その目的に使われた。実験が失敗しても、損失は封じ込められる。成功すれば、連邦は兵士と象徴と証明を得る。NGDの各セルも、否認可能な補助戦力として同じ役割を果たした」


「つまり、使い捨てですか」


「政治的にはな」


あの鬼族は人差し指を軽く伍長の肩に押し当てた。


「軍事的には、お前たちはそうではないと証明した。お前たち全員がだ」


モリタ伍長はその指を見下ろし、それから、その指を置いた男へ視線を戻した。カシンラ先生からの称賛……学業優秀で柏葉付きの金章をもらう方が、まだあり得るくらいだ。先輩たちなら分かるはずだ。


封じ込め可能な損失。政治的リスク。そのすべての冷たい計算を考えるだけで頭がくらくらした——正直、侮辱されたと思うべきだった。


……へっ。まったく、あの鬼族は。結局のところ、あの人は一度も教師であることをやめていなかった。そしてこちらも、完全にはあの人の生徒であることをやめていなかった。


「……あんたがやったことのあとで、いつかあんたを捕まえたら何を言うか、何をするか、数え切れないくらい考えました。収容所にいた頃の話ですけど」


伍長は息を吐いた。


「でも、こうして来てみると……まあ、よく分からなくなりました」


「期待していたものは見つかったか」


あの鬼族が訊いた。肩の力が、ほんの少しだけ抜けていた。


モリタ伍長は小さく笑い、後頭部を掻いた。


「いいえ」


認めた。


「臆病者がいると思っていました。命令の陰に隠れた蛇かもしれない。あまり深く考えなくても憎める相手を」


伍長は笑った。視線が祠へ流れ、それからカシンラ先生へ戻る。


「代わりにもっと悪いものがいた」


……忌々しいほど冷徹な強硬派。答えが間違っているかどうか最初から分かっているみたいに、問い続けることをやめない男。自分と何百人もの人間を完全な隔離生活へ追いやった男。その二年後にも、ひとりひとりの顔を忌々しいほど残らず覚えている怪物。感傷的なろくでなしで、くそ忌々しいことにまだ耳を傾ける価値のある相手。


最後まで教師だった。


カシンラ先生は小さく笑い、息を吐いた。


「では、この授業を終える前に少し助言しておこう。男から男への言葉だ」


こちらへ向き直る。


「この戦争を……トリフェクタ最高評議会は必要性の戦争と呼んでいる。複数形だ。ひとつの必要性なら疑える。だが、千あれば? 政策になる」


伍長の目が細くなる。


カシンラ先生は続けた。


「それが、この言葉を危険にする。必要性は、理性的な男たちに、自分たちは糾弾するものに成り下がることだけはないと思わせる。覚えておけ。FEO-66を実行したのは愚か者ではない。臆病者でも、嗜虐者でもない。もっと悪いことを防いでいると信じた者たちだ」


……地獄への道。善意。そういう古い知恵の類。人類史上、初めてのことじゃない。たぶん最後でもない。


「いつか、お前にも同じ種類の理由を差し出す者が現れる。それは規律正しく聞こえるだろう。論理的に。必要なことのように。おそらく、本当にそうかもしれない。だからこそ、そのときが一番危うい」


あの鬼族の視線が一瞬、祠へ流れた。


伍長は小さく息を吐いた。


「覚えておきます」


ぼそりと呟く。


「まあ、少なくとも懲罰部隊なら、そういう難題で悩む必要はなさそうですし」


カシンラ先生は眉を寄せ、首を振った。


……冗談だった。陰気な冗談ではあるけど、明らかに外した。


「先ほど引き金を引いていれば、その違いはすぐに学べた。試してみるか?」


……いや、外してなかったのかもしれない。くそ、この鬼族は……


「……いいえ、先生」

メグメルです!


ここまで『アーケイン・フロント』を読んでいただきありがとうございます!


かなり久しぶりの更新になってしまいましたね。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。


今回の章は個人的になかなか苦戦したエピソードでした。特に嘉信羅という人物をどう描くべきか、かなり悩みました。また、初登場時の第1〜3章と比べて森田の人物像もだいぶ固まってきたので、そのバランスを取るのも大きな課題でした。


その間、過去の章も後半のクオリティに合わせて少しずつ手直ししていたのですが、ご覧の通り、思った以上に時間と気力を持っていかれました(笑)。


それでも楽しんでいただけているなら嬉しいです。


物語はいよいよ《テラン戦役》全体の終盤へと近づいています。そしてその先では、これまでのミリタリー色の強い展開から、よりファンタジー色の濃い戦いへと舞台が移っていくことになります。


どうぞお楽しみに!


それでは、また次回!

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