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いいえ1-2 ほどけないように

 またクレアに嘘をついている。

 またクレアに隠し事をしている。


 話すべきことはない。

 すべてを話してしまえば、きっと離れてしまう。

 彼女の気持ちが、立場が。


 失いたくはない。


 百歩譲って――譲れるほど心境が変わったと言われれば否めないが――正体を明かし、これまでのことを明かし、今回の事件のことも明かしたとしよう。信じてくれたものとしよう。


 それで何が変わる?

 変わらない。背負わせるだけだ。


 彼女には故郷がある、夢がある、未来がある。人生がある。

 そのすべてを投げ出して自分についてこいとでも言うつもりか?

 打ち明けるとはそういうことなのだ。


 すべてを打ち明けてもなおクレアは友達でいてくれて、寄りかかる相手になってくれる。

 そんな理想など、あるわけない。


 だから隠す。

 心が痛くても、彼女のために隠す。

 いや、言い訳だ。

 今の関係を変えたくないから、傷つきたくないから隠す。


 弱い心を守るために、彼女に責任をなすりつけながら安寧のふりを続ける。

 ミアはそんな自分に嫌気がさした。



 □□□□□


 誰にも言えない。明かすつもりもないことを知っている少女がいる。

 そういう存在がいるから、ミアは吐き出せる。

 そういう存在がいるから、中途半端に希望を持ってしまう。


「レンファンはどう?」

「変わらず。まぁご飯は普通に食べてる」


 冒険者組合からほど近くのナギサの家。

 近頃はここに足を運ぶことも増えた気がする。


 レンファンのことを報告してもらうという名目だが、実際のところは本当の自分を知る人物と会うことで安定を図ろうとしているのかもしれない。


「あの子、ナギサにはどうなの?」

「口数は少ないよ。話さない日もあるし。暴力を振るわれたことはないかなぁ」

「そう、よかった」


 ナギサはわざわざ寮に通ってくれている。

 冒険者としての生活もあるだろうに、可能な限り時間を割いてくれているのだ。

 ミアは頭が上がらなかった。


「ここ最近はその日のうちに帰れる依頼だけ受けてるからいいけど、どうしても今度一日空けなきゃいけない依頼があるんだよね……」

「いいわ。その日は私が会いに行く」

「大丈夫なの?」


 ナギサにはすべて話している。

 そのため、ミアがまた延々と殴られ続けるのではないかと心配しているのだ。


「大丈夫よ。いくらやられても治るから」

「そういうのじゃなくて……」

「大丈夫」


 安心させようと、子供をあやすようにナギサの頭を撫でる。

 普段ならしないような接触にたじろいだ彼女は、口を尖らせて抗議の声を止めた。


「放っておけないの」

「……私の時もそうだったよね。ミアってお人好しすぎない?」

「すぎない。義務感よ」

「それが……いや、いいや」


 今度は逆にナギサが微笑み、ミアが眉をひそめるのだった。



 □□□□□


 翌日、クレアはオキと話すミアを見て駆け寄った。


「先生と何話してたの?」

「今日の罰を免除してもらってたのよ。レンファンのお見舞いに行くから」

「え……」


 厳しいと評判の生活指導オキ・オーシーは、話せる教師だった。

 彼女も流石にレンファンのことを心配しているのか、ミアの頼みを意外にも二つ返事で了承したのだ。


「だから今日は学校休むわね。どんどんみんな来なくなってきてるし誤差でしょ」

「いや、そのみんなは戦争行ってるんだけど……」

「最近はずっとナギサに任せきりだったから、会うのは久々だわ」

「えっ、ナギサ……?」

「会ったことあるわよね?」


 クレアは記憶を手繰り寄せる。

 確か以前デートしたときに遭遇した黒髪の少女だ。

 妙にミアと親しげだったから覚えていた。

 そもそもクレアのあずかり知らないところでミアが交友関係を広げていたのに驚いたのだ。

 その事実にまたモヤモヤする。


「う、うん」

「ナギサが遠出するから今日は私ってわけ」

「ねぇ、そのナギサさん? はレンファンのこと知ってるの?」

「色々あってね」


 色々というのが聞きたいのだ。

 クレアは疎外感を覚えた。

 自分よりミアやレンファンに近いナギサのことを思い浮かべ、また胸の中のドロドロが泡立つ。


 今回の出来事において、クレアはずっと蚊帳の外だった。

 まるで機を失してしまったかのように、ミアはクレアの知らない話をする。


「ねぇ、ミア。私も今日休む」


 驚くミアの反論を聞かず、クレアは無理やり彼女についていった。



 □□□□□


 しばらくぶりに訪れたレンファンの部屋は整理されていた。

 ナギサが世話を焼いているのだろう、ミアが通っていた頃の常に荒れていた部屋とは大違いだ。

 部屋の主は椅子に腰かけて本を読んでいたが、来訪者の顔を見ればあからさまに態度を悪くした。


「二度と来ないと思ってたのに」


 クレアは驚いた。

 記憶の中の彼女とはまるで別人だ。

 化粧はしていないし、髪も整えていない。

 寝間着のままの頬はこけている。


「本、読んでるのね」

「あの人が置いていったんです。ホントお節介」

「それに……口数も」

「……なら黙りますよ。私は話すことないので」


 なにより、ミアの顔を見てこのような表情をする彼女が、レンファンとどうしても結びつかなかった。


「レンファン、だよね?」

「ああ……そういえば、演技じゃない私は初めましてですね」


 すべてを吐き捨てるような言い方も、あの気弱そうで芯のあった子とは思えない。


「これが私です。あなたと会っていた頃は演技してました」

「そ……っか、だからミアは私に会わせたくなかったのかな?」

「クレア先輩が私に会うのは都合が悪いですもんね、あなたはおばさまを――」

「レンファン!」


 レンファンから飛び出した言葉は、ミアの妨害虚しく響き渡った。


「殺したんですから」


 ミアが歯を噛む音を奏でそうなほどに顔を歪める。


「この女はおばさまを殺した罪を、私になすりつけて……!」


 共にその時のことを思い出しているのか、レンファンの言葉に怒気が混じる。

 しかしこれ以上言っても栓無いことだと分かったのだろう。言葉は尻すぼみとなった。


 クレアは動揺こそしなかったものの驚いた。

 どういうことか知らないが、あの事件の場でウェンユェを殺したのがミアなのだ。


 人が人を殺すことは悪いこと。

 だがあの場では仕方ないだろう。

 なによりミアが人を殺さなければならない事態になった。

 クレアの天秤は諸々の色眼鏡もあって、ミア側へと傾く。


「そ……そう、なんだ……ミアは聞かれたくなかったよね」

「……ごめんなさい、黙ってて」

「ううん! 仕方ないよ、そういう事情も知らなくて……じゃあミアは、罪滅ぼしのためにレンファンのところに?」


 迷惑でしかない、というレンファンの小言と共に、ミアは頷いた。


 やはり現実味がない。クレアはフワフワと投げ出される心持ちだった。

 あのレンファンの豹変ぶり、ミアがあの事件を収め、かつそれがレンファンがやったことになっている。

 事情は色々あるのだろうが、やはりすぐ嚙み砕けるような内容ではない。


 辛うじて、クレアは精一杯の口を開く。


「レンファンは、これからどうするの?」


 長い沈黙。

 既に本は栞と共に閉じられており、誰もが黙り込む。

 誰かの息遣いが鮮明に聞こえるほどの静寂の中で、レンファンはゆっくりと、諦観をもって口を開いた。


「さぁ、どうするんでしょうね」

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