いいえ1-1 撚り合って
短めのお話を数話、という幕間です
凄惨な事件が起き、戦争の引き金化した勇魔大会の後、クレア・プレトリアは悩んでいた。
原因は主に2つ。
ミア・ブロンズが落ち込んでいること。
覚えのない記憶がおぼろげに残っていること。
ミアが落ち込んでいる理由はすぐに分かった。
勇魔大会の後、3週間もの間連邦に身柄を抑えられていたレンファン・シンウーである。
彼女は学園に戻ってきたが、めっきり不登校になってしまった。
叔母が反連邦であり、しかもそれを自分の手で殺めたとなれば、彼女を襲う精神的な負荷は大きいだろう。
それは少し察すれば容易に想像できるからまだいい。
しかしそれによってミアまで落ち込むとは思わなかった。それもとんでもなく。
まるで見えない刃物で体を切り裂かれているような、痛そうな顔をするのだ。
心配して声をかけても、本人は「大丈夫」の一点張りなので、取り付く島もない。
1年以上共に過ごしてきたクレアにとって、その言葉が虚勢であることなどとうに気付いていた。
共にした時間もそうだが、ふと見ることも多かった。
酷い時には毎日毎日誰かしらが声をかけるほどの美貌は嫉妬という概念すら置き去りになり、朝に弱く、今はそれほどでないものの常識などにも疎いところがあるのは目が離せなかった。
王都に来て初めて出来た友達ということもあってか、クレアの時間のほとんどはミアと共にあった。
クレア自身は学園内の交友関係も広いが、周りはミアとクレアでセットに捉えている。
だからだろうか、ミアに近付きたい者の中にはクレアを邪魔に思う者もいた。別にクレアが周りから彼女を守っているわけでも隔てているわけでもないのに。
極稀に、陰口が聞こえてくることもあった。
ミアに嫉妬するいつものではなく、「何故クレアなんかがミアと一緒にいるのか」というものだ。
クレアはそういったものは聞き流すことができる。しかしミアに聞こえてしまった日には、殺気の籠った目を発言者に向ける。
クレアにはそれが嬉しかった。
陰口自体は別にいちいち気にすることもないが、ミアがクレアのために怒るという事象に胸が高鳴った。
普段は可愛くて美しくて自信満々でちょっと抜けてるのに、かっこいい時もあるのはズルい。とはクレアの明かさない内心である。
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クレアを悩ませるおぼろげな記憶にも、ミアがいた、気がする。
おそらくは勇魔大会の最中、ウェンユェが魔法を発動している間のことだろう。
夢だったのかとも思えるが、夢と違って頭から消えてはくれない。
様々な世界でミアと何か悲しいことが起きて、果てにはミアの前で自殺未遂をした、気がする。
クレアを見るミアの泣きそうな目も、夢と違って頭に残っている。
だがそれだけだ。どんな会話をしたか、何故そんなことになったのかまでは分からない。
試しにミアに尋ねても、答えは得られなかった。
不思議な夢だったと忘れた方がいいのかもしれないが、夢の中でもミア一色だったのが微笑ましいと同時に恥ずかしい。
悩んだ結果、やはりミアに相談することにした。
「覚えてないの?」
驚いたような、ホッとしたような表情で訊き返してくるミアに首を捻りながらも、「それならいい」と言われてしまうと気になる。
しかしミアが明かさないものは無理に訊かないことにしている。きっとミアは2人の間に不必要なものは話さない。だからこそ今の関係でいられる。
無論、それでも知りたいという思いはある。
彼女の事ならばなんでも、どんなことだろうと知りたいという思いは増えることはあっても減ることはない。
そっか、と流しても、諦めるわけではない。
クレアは聞き分けがいいから、一度は引き下がっておくのだ。
そんなクレアであっても、やはり知らずにはいられないものもある。
それが、レンファン・シンウーとのことだ。
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ある日の下校時間、ミアがナギサに頼ってから数日の後の夕方、クレアは遅刻の罰として社会奉仕という名のゴミ拾いをするミアに付き添い、尋ねた。
「ねぇミア、どうしてレンファンに会いに行ってるの?」
「……それはあの子が」
「うん、聞いた。不安定だって。ミア以外会わない方がいいって。でも、ミアはどうして、そこまでするの? あの子はなんでもないんでしょ?」
しばらくの沈黙の後、彼女から「ええ」と漏れる。
クレアから、周りから見たレンファンは、少しオドオドした少女で、ミアを過剰に慕っているというだけの少女だ。
今となっては真実を知るのはミアとナギサだけしかいない。
常にミアの隣にいたクレアには、ミアが彼女にここまでする理由がよく分からないのだ。遠慮しない言い方をすれば、迷惑していたはずなのに。
「だったら」
「私のせいよ」
一通りゴミを籠に入れ終えたミアの手が、クレアの首筋に触れる。
突然の急接近にドキリとしたクレアのことなど知らず、喉仏の辺りをさするミアの指には慈しむような感情が見て取れる。
「あなたのここも、私のせい」
本人すら気付いていない、凝視しなければ見えないようなすぐ消える傷を、ミアは眉尻を下げて見つめる。
成長期のクレアに置いていかれるように、ミアの身長は初めて会った頃から伸びていない。
見上げるミアの顔が近づき、顔の各部位にいやでも注目してしまう。
「(や、やばい……口小さい……睫毛長い……! 目、目が見れない!)」
一瞬で心臓が飛び跳ねたような。
思わず後ずさり、数歩で壁に辿り着く。
「み、ミア」
「ごめんなさい、くすぐったかった?」
ミアはすっと手を引き、「片付いたわね」と帰ろうとする。
クレアは慌てて後を追う。
結局なにも聞けていない。
首に触れられただけで、話が終わってしまった。
「……ミア、レンファンのこと好きなの?」
「なに言ってるの?」
「あ……いや、ごめん。今のナシ」
沸々とした心が口から零れてしまっていた。
後ろ髪をガシガシとまさぐって誤魔化すが、乱された心は簡単に整わない。
ミアがレンファンのことをどう思おうが関係ない。
自分はどうこう言える立場にない。
頭では分かっている。
何度も自分に言い聞かせている。
それなのに、胸の中に燻ぶるもやもやしたものが晴れることはない。
これまでは故郷の村の中での人付き合いしかしてこなかったクレアが、学園の中でもうまくやってきた彼女が、16歳になる彼女が、初めて抱くもの。
知覚しただけで粘ついたものが胸の中を占めるようで、不機嫌になる感情。
クレアは嫉妬していた。




