第三章エピローグ
結局ミアが頼ることになったのは、ナギサだった。
本当であれば自分で抱え込むつもりだったのだが、先の事件のことを気にしているのだろう。
わざわざ学園に来てまでミアに会い、憔悴したように見える彼女にお節介を焼いた。
それからはナギサがレンファンを見に行っている。
ミアとしても、仇敵が毎日顔を出しに来るよりはマシだろうと任せている。
少し心配なところもあるが、ナギサはこの前の事件で正気を保っていた唯一の関係者だ。
素直に甘えることをよしとしないミアを、ナギサは熱心に「私に任せて!」と言って背負い込んだ。
おかげでミアの生活には少しばかりの心の余裕が戻った。
勇魔大会が終わってからの月日はあっという間で、いまだ戦火の及ばない『柱の国』の王都は平和そのものだ。
たとえ大陸で反連邦勢力が猛威を振るっているといっても、人々はそれをどこか対岸の火事のように捉えている。
「(平和ボケ……か)」
それでも、日常の中に戦火の余波は見え隠れしている。
例えば、『河の国』が反連邦の手に落ちたために一部運河での物流ができなくなり、陸路での輸送が増えた。
例えば、『穂の国』が巻き込まれているために麦の価格が高騰。このままでは数年後にはパンが高級品になると唱える者も出てきた。
ブームとなっていた演劇も、そんな余裕はないと言わんばかりに多くの劇団が活動を縮小、中には休止するところも現れ、全盛期に比べたらすっかり下火になってしまった。
他国出身の者は、態度にも如実に表れている。
仄かな不安、仄かな焦燥。仄かな恐怖。
もしこのまま連邦が押され続ければ、それらは膨大なまでに人々の間を伝播し、恐慌に陥るだろう。
「(…………)」
別に人類がどうなろうが知ったことではない。
だが手の届く人々が戦火に巻き込まれたとして、それを放っておけるだろうか。
「(いや、放っとく。絶対……絶対)」
心の中で絶対と唱えるほど、日常と化したこれまでの学園生活を思い出し、揺らいだ。
□□□□□
人類大陸で起きた混乱に、ヘブンズコートは不干渉を選んだ。
主天使曰く、天使は滅びの可能性がない限り人類同士の争いに関与しない。
その意思は天使全体の意思になる。
地上にいる戦乱に巻き込まれそうな天使には帰還を促し、器用に巻き込まれないよう立ち回る能力のある天使は残した。
マァゼは前者である。
戦いそのものを楽しむことができるマァゼは、何も言わなければ嬉々として参戦してしまうことを危惧した主天使自ら呼び戻したのだ。
「ねぇ主天使様ー」
そのマァゼは、畏れ多くも主天使の部屋にずかずかと入り込み、勝手に居座っている。
何度も注意するうちに、主天使自身も呆れ果て、ついに許してしまった。
「マァゼね~、なんでマァゼがあの学園に入ってあの戦いに出たのか、なんとなーくわかる気がするのね」
「私の思考を読もうというのか?」
命令に意味を見出すつもりか、と釘を刺す視線は、マァゼに通用していない。
「だって他の天使には、自分が天使だってバレちゃいけないって言ってるのに、マァゼには何も言わずに暴れていいだなんて優しすぎるの」
今回は不発に終わってしまったが、マァゼが本気で暴れようものなら『港の国』でナギサを捕えようとした時のように遠慮なく天使の魔力武器を使うだろう。
それを主天使が勘定に入れないわけがない。マァゼ自身もそう思ったからこその疑問であった。
「実は主天使様が気にしてたのは、お姉さまのことなの?」
顔は動かさないものの、『書庫』をめくる主天使の手が一瞬止まった。
「ありえんな」
「えー? でもでも、主天使様ならお姉さまがあのゆーまたいかいに出るのは分かったのね? お姉さまがそんなすっごいのに出たら、正体がバレちゃうかもしれないの。だから主天使様は私に行かせて、みんなの視線をマァゼに独り占めさせようとしたのね?」
どうだ正解だろう、という顔と共にマァゼは胸を張る。
主天使は『書庫』を閉じ、息を吐いてドヤ顔銀髪少女を見る。
「貴様に考えることを許可した覚えはない。何も言わず命令に従え、天魔族」
「むぅ、お姉さまを守ろうとしたって認めないと首を縦に振ってあげないの!」
「私が『そうだ』とでも言えば満足か? くだらん。下がれ」
それでもあーだこーだと言い続けるマァゼに対し、主天使は【天墜】の魔法陣を見せることで黙らせた。
うるさいのがいなくなり、ひとりとなった部屋の中で、主天使が呟く。
「……私とて、全能ではない」
復帰してからの主天使は、情勢把握に努めていた。
地上に潜む天使たちからの報告を聞き、まとめる。
魔族と隔絶され繁栄した人類。燻ぶる反連邦の火。
それが『リャーヴェ』によって激しく燃え盛ることは予想できた。
だが勇魔大会のタイミングでウェンユェ・シンウーが行動を起こすことまでには目が届かなかった。
そもそも不干渉を貫くつもりなのだから、いちいち人類の誰がどこで何をしようと興味はない。
故に人類全体のことは把握しながらも、個人レベルのことまで『書庫』で暴こうとはしなかったのだ。
しかし、例外はある。
例えばエレーナ・レーデン。
彼女の日々更新される記憶は、主天使も定期的に確認する。
彼女を取り巻く人々の記憶も、少しだけ。
そして最近の記憶にあったガラニカ・カンカリオという名前。
『戦の国』の首長で、自身も戦闘特化の魔法を持つ、戦いのために生まれてきたような男だ。
何故彼が、エレーナを知っているのか。それも、まるでこれまで彼女を見てきたかのように。
主天使はガラニカの記憶を『書庫』で開き、見る。
……なかなかに波乱万丈な人生のようだ。
しかし答えは得られない。
明確にエレーナのことを知ったという時期を見つけられない。
「まぁいい……問題はこれからだ」
これからエレーナに降り掛かる未来を思い浮かべ、目を閉じる。
「貴様は変わる。否応なしに」
進むのか、折れるのか。
その時が来て、それでも変わるなら。
未来を選べるのなら。
「至ることができたなら、その時は認めてやろう」
彼女をあるべき場所に。
それが残された自分の使命。
「……お前も、そうしようとしているのか? ……まさかな」
独り言は、無機質な部屋の中で煙のように消えていった。
第三章はここまでです
ここまで読んでくださりありがとうございます
面白いと思っていただけたらブクマや評価等よろしくお願いします




