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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第三章 舞台編
64/212

51 風下のエレーナ・レーデン

 大統領暗殺事件は、その真偽に関わらず大陸中を震撼させた。

 反連邦組織『リャーヴェ』を名乗る組織は、ウェンユェに呼応するように蜂起。連邦打倒を掲げ、軍縮を重ねてほとんど無防備となっている各国への侵攻を開始した。


 同時に、かつて天使長が敢えて放置していた勢力もまた、この機を逃すまいと『リャーヴェ』への合流を図る。

 後に『リャーヴェ動乱』と呼ばれる反乱により、多くの国が陥落し、中には見せしめに滅ぼされる町もあった。


 『リャーヴェ』の筆頭は、『戦の国』の首長、ガラニカ・カンカリオ。

 人類大陸の西部に位置するこの国は、かつてよりカンカリオ一族が独裁支配する国家であり、連邦のいち州となった現在も、内情は大きく変わっていない。


 首長の、絶対的強者の意思こそが国の意思。

 『戦の国』そのものが反乱を起こした連邦は、魔物討伐などの軍備をかの国に頼っていたために、まともに対応できる戦力が無かったのだ。


 彼ら反連邦の掲げる理念は、『連邦制を廃し、再び己の力で己を確立する時代にする』というもの。

 連邦という大樹に寄り添い守られてきた人々にとっては、この言葉は狂人のものに聞こえるだろう。

 しかし、そうでない人々――枯れそうな枝葉、大樹そのものを望まない人々もまた存在し、真っ二つとはいかないまでも、人類は二分されることになる。



 □□□□□


 勇魔大会から2週間が経ち、ミア・ブロンズは変わらぬ日常を過ごしていた。

 この日常というのは、学園に通う毎日のことである。

 しかし、変わらない彼女とは裏腹に、周囲の環境は変わっていく。


 まず、クラスの人数が1~2割ほど減った。


「ピネア君、来てないね……」

「アイツは『河の国』出身だったからな……故郷の家族が心配っつーことで、休学届を出したそうだ」

「ルーズキンはどこ行ったんだ?」

「『戦の国』の奴だぞ? 今頃反乱軍だよ」


 アイリア学園もまた、『リャーヴェ』の侵攻による影響を受けていた。

 大陸中から生徒が集まるこの学園には、当然、現在戦火に巻き込まれている国出身の生徒や、反連邦に身内がいる生徒もいる。


 前者は休学届を出すなどして、あるいは志願兵として、故郷へと帰る。

 後者は身柄を確保される前に『柱の国』を抜け出す。


「ウチの学年からも志願兵出たんだって?」

「ああ。1組のクーフと、2組のアーバンチ」


 アーバンチという名前は、ミアにも聞き覚えがあった。

 修学遠征の時に同じ班になった、ラル・アーバンチのことだろう。

 彼は将来騎士になりたいと語るほどに、誰かを守りたいという思いが強い少年だ。その思いは、危険と知りながらも志願兵として自ら戦火に飛び込んでしまうほどなのだった。


 聖剣氣を持つ生徒は、身体強化を持つ時点で並みの兵士より優れている。

 連邦、反連邦、どちらに付くにせよ、敵の脅威となる存在だ。

 連邦としてはそのような者たちは囲っておきたいところではあるが、そう上手くはいかない。


 屈強な戦士の国である『戦の国』は、ただでさえ強力な軍隊を備える国である。

 そこに聖剣氣を持つ者たちまで揃えば、どうなるかなど想像に難くない。


 しかし聖剣氣持ちの数でいえば、連邦側の方が多い。

 学園を卒業した騎士や、連邦の虎の子ともいえる『準勇者部隊』なる者たちもいる。

 だが戦いは数だ。

 ハッキリ言って、連邦は苦戦していた。



 幸い、大統領を喪った後の内政機能は、致命的な麻痺にまでは至らなかった。

 元々そういう政治構造なのか、大統領代理や他の上層部の人間がまとめているらしい。


 だからこそ、アイリア学園も授業ができている。

 と言っても、教師の一部も戦線に送られてしまっているため、完全な体制ではないが。


「……」


 ミアは自分の机に座りながら、無意識に持ち歩いてしまっている数枚綴りの手紙を握りしめた。



 □□□□□


 勇魔大会での事件直後、ミアは意識を取り戻したリセ・トロイの手により、難なく解毒された。

 普段なら文句のひとつでも言ってやるところであるが、色々あったせいでそんな気持ちも湧いてこない。


 ナギサはどう声をかけるべきか分からないといった顔で心配してきた。

 アデジアはいざという時に力になれなかったことを泣いて悔やみながら、その日のうちに【転移】で大陸残滓へと送り返された。


 当日は病院で過ごしたミアだったが、毒が無くなれば健康そのもの。入院とまではならなかった。

 寮の自室に戻ったミアを待っていたのは、届いていた一通の手紙である。


『ミアちゃんへ。どうか、レンファンをお願いね』


 そこには、誰が書いたかがすぐに分かることが書いてあった。

 自分が反連邦の手先であること、レンファンだけは巻き込みたくないということ、自分が死んだ後はミアにレンファンを託すということ、どうか残された彼女を案じてほしいということ。


 ミアからすれば身勝手で、厚顔無恥も甚だしい内容がそこには書かれていた。


 あの叔母と姪の関係は、ハッキリとは分からない。

 羅列された言い訳のようなウェンユェの心情。

 しかし嘘は感じられない。嘘だとすれば白々しいにもほどがあるような内容だ。


 そこに大きすぎる愛があることは、この手紙を読むだけでも痛いほど伝わってきて、ミアは怒りに支配された。


「ふざけんな!!」


 机を叩き割り、壁に穴を開けた。

 ここが寮であることを思い出しすぐに止まったものの、怒りが収まるわけではない。


「なんで……っ、私なのよ……!」


 ミアの声に応えるように、手紙は最後のページへと移る。


「……ガラニカ・カンカリオ?」


『あなたは、何故自分がと思うでしょう。何故私があなたのことを知っていたのかと思うでしょう。それは彼が教えてきたから』


 『リャーヴェ』のトップであり、『戦の国』首長でもある男の名前と共に、手紙には彼がミアのこと――エレーナ・レーデンのことを知っていたということが書いてあった。


 ガラニカ・カンカリオという人間とは面識が無い。それがどうして、エレーナのこともミアのことも知っているのか。

 得体のしれない悪寒が背筋を走った。


 ミアに答えを手探るための材料はない。

 今さら考えたところで、何が変わるわけでもない。

 分かっているのは、顔も名前も知らなかった奴が一方的にミアのことを知っていてウェンユェの耳に入れたという、うすら寒い事実だけだ。



 □□□□□


 あれから結局、レンファンの姿を見ていない。

 彼女はこの反乱の立役者の身内だ。色々と取り調べがあるのだろう。

 物々しい連中は、ミアにも色々と尋ねてくることがあった。


 現場にいた誰もが停止する中で、ミアとレンファンだけが知っているあの出来事。

 取り調べでレンファンが何を言うのか、言ったのかは分からない。

 ミアが話す内容は決まっている。


 ――レンファンがウェンユェを殺して止めた。

 ――レンファンは反連邦組織ではない。


 ウェンユェが最期の力を振り絞った演技のこともあってか、ミアの言葉は素直に受け止められた。



 □□□□□


「師匠、思ったのだが我が付きっ切りで師匠を守るというのはどうだ?」

「なにアホなこと言ってんの」


 なお続く学園生活の合間を縫って、ミアは大陸残滓でアデジアと話すことが増えた。

 人類大陸での情勢の報告など、随時教えておくべきことはそれなりにある。


 このような世迷言を言えるくらいの緩い空気ではあるが、真面目な話だ。


「人類は今頃大変だな」


 お土産の砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを飲みながら、対岸の火事を眺めるようにアデジアが言う。

 実際、対岸の火事だ。

 人類大陸と大陸残滓との間には海があり、そこには外魔が生息している。普通に船で行き来できるような位置関係ではない。


「なぁ師匠よ、もう潜入の必要は無いのではないか?」


 アデジアの言葉に、ミアは目を見開いた。

 驚いたのだ。

 そんな発想が出てくるとは思わなかった。


「なん、で?」

「ん? 人類はいま内輪揉めの真っ最中だろう。仮に魔族のことを認知していても、遠く離れた我らに構うことなど奴らにはできまい。向こう数世代は安泰だと思うが」


 言われてみれば、分からなくもない。

 今の魔族のことを知らないならそれまで。知っていても、人類には余力がない。

 わざわざ潜入してまで探ったところで、それ自体が無意味になるかもしれないのだ。


「考えもしなかったわ……」


 小さく漏らした自分に、ミアはまた驚いた。

 そう、考えていなかったのだ。


 1年以上過ごしてきた学園生活が日常となったミアは、このタイミングで自分が学園からいなくなるなど、思いもよらなかった。

 それほどまでに学園が、あの日々が当たり前になっていた。


「どうだ? 帰ってきたらのんびり暮らすというのは」

「……ありがたいけど、ごめんなさい。まだ、帰れない」


 ナギサの監視、託されたレンファン、やらなければならないことは残っている。

 それも継続的なもの。

 さらに言えば、これは口には出さないだろうが、『帰れない』というよりも『帰りたくない』という思いが、ミアの中には無自覚にあった。


 アデジアは残念そうながらも、「そうか」と素直に従った。


「確かに、ガラニカ……なんとかだったか。師匠のことを知っている人間がいるというのはおかしな話だ。我でさえ師匠が何をしているのか、寝る前に考えるだけだというのにそれを知っているなど……!」


 そのことも気になる。

 こればかりは本人に会って直接訊くしかないのだろうが、相手は世を騒がせる反連邦のトップだ。

 まず会うことはないだろう。


「ところで師匠、今日は泊まっていくのか?」

「いいえ。もう戻るわね」

「む、そうか……」

「心配してくれてありがと」

「お、おう!」


 相変わらず単純な男である。

 アデジアの嬉しそうな顔を見て、ミアも顔を綻ばせる。

 以前であれば、このような砕けたやりとりも、互いに笑顔を見せるということもなかっただろう。

 確実な変化が、エレーナには訪れていた。



 □□□□□


 勇魔大会から3週間。

 連日報じられる噓か誠か分からない情報が王都を飛び交う中、生徒たちはこの状況を日常として受け入れ始めていた。


 ある日の昼、馬車が校門の前で停まり、そこからレンファンが出てきたのが、生徒たちのもっぱらの話の種になった。


 交友の広いクレアが話を整理してみたところ、なんでも一言も発さず下を見るばかりで、寮にすら手を引かれないと移動できなかったらしい。


「今にも消えちゃいそうな雰囲気だったみたいだよ」

「そう、なのね……」

「後でお見舞い行く?」

「そうね……」


 ミアはそれを聞いて「マズい」と直感的に思った。

 覚えのある状態だった。

 それを聞いてしまえば、確認せずにはいられない。

 レンファンが自分を傷つけてしまう前に、最悪の事態になる前に、会わなければ。


「(……会って、どうするのよ)」


 ウェンユェからの頼みを果たすのか。

 自分の命すら引き換えにした姪の未来という、とても背負切れないものを、背負いに行くのか。


 いや、既に背負ってしまっている。

 レンファンを庇った時点で、もう乗ってしまっている。

 いまさら逃げることは不義理だ。


「ねぇクレア」

「どうしたの?」

「私って馬鹿ね」

「どうしたの!?」

「馬鹿だから今日はもう休むわ」

「えっ、まだ授業残ってるけど……おーい!?」

「ごめんなさい」


 そう言い残し、ミアはフラリと姿を消した。

 残されたクレアは、なんとなく彼女がどこに行くか分かっていたが、遠回しな「ついてくるな」というメッセージを守るべく、少しだけ頬を膨らませて次の授業に赴いた。



 □□□□□


 昼下がりを少し過ぎた頃だというのに、レンファンの部屋は暗い。

 カーテンを閉め切り、部屋の主はベッドに座り込み、両膝を抱えてただただ呼吸だけをしている。


 断ってから扉を開けたが、そんな来訪者には目もくれたくないのだろう。

 ミアがレンファンのすぐ傍に近付くまで、両者の目が合うことはなかった。


「(やっぱり……これは)」


 覚えがあった。

 封印結晶から解き放たれて間もない頃。

 何もせず、抜け殻のように過ごす日々。


 今のレンファンは、その頃の自分とどことなく重なるものがあった。

 おそらく、取り調べのために留置されていた時も、ずっとこのような状態だったのだろう。


「レンファン」

「…………ぁ」


 声を聞いてミアだと判別したのか、ようやくレンファンの顔が上がる。

 そこに見慣れた化粧は無く、彼女の本来の顔があった。

 いや、これは本来のものではないのだろう。

 やつれて、くまを作り、見るからに水気を失った彼女の顔は、14歳とは思えないほどに見えた。


「……」

「……」


 どう言葉をかけるべきか、分からない。


 よくもこの前は襲い掛かってきてくれたな……などということは言わない。大体の動機は分かっているし、今さらそれを責めるつもりはない。


 大丈夫か……大丈夫ではない。論外。


 ウェンユェのこと……絶対よくない。


「ぁ……あ、あぁぁぁっ!!」


 しばらく見つめ合って、やがてレンファンが発狂したように叫び出す。

 かと思えば、シーツに大きなしわを作りながら、ベッドから身を乗り出し、ミアを押し倒してきた。

 床に背中が打ち付けられ、上からはレンファンが跨り、挟まれたミアは肺から一気に抜けていく空気に呼吸もままならなくなる。


「っ、ぐっ……」

「お前が、お前がぁぁぁ!!」


 首に両手をかけられ、力を込められる。

 一切の躊躇もないその行動に、ミアの首の骨はいとも簡単に折れた。

 その音は驚くほど部屋に響き、ゆっくりと手が離れ、すぐさま首は回復する。


「ゲホッ、ゲホッ」

「ッ、ああぁぁぁぁっ!!」


 次に、顔面に拳が降ってきた。

 避けることもせず、黙って殴られる。


「お前が、っ、返せっ! お前のせいでぇぇ!!」


 もう一発、もう一発。

 レンファンの体力が尽きるまで、ミアは黙ってされるがままとなる。


 拳と罵声の雨が止んだのは、カーテン越しにうっすらと西日が差してくる頃だった。

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