44 大会のエレーナ・レーデン 7
また予約投稿の設定を忘れていました
【氷界】で氷一色に染まった町の一角。
魔法で炎を出し暖をとる黒服が3人と、寒さを感じていないかのように立ちつくす白服が1人。
上空の窓から3人分の名前が消え、シェリア魔法学園に残された代表が1人のみとなってから数分、そこに合流する白服がいた。
「……終わってたのか」
アイリア学園5年生、グダン・ガシュ。
試合が始まってから持ち前の方向音痴を思う存分発揮し町をさまよい続け、遠くで聞こえる戦いの音を頼りに走っているうちに戦いが終わっていたという、影の薄い感じになってしまった男だ。
「おいおい何してたんだよ……もうほとんど終わってるんだが~?」
「す、すまない……恥ずかしながら、ひとりで目的地に行けたためしがないんだ……」
試合前から巻いていたマフラーで顔全体を隠そうとしているのは、氷の世界がもたらす寒さのせいだけではないだろう。
「残るはマァゼとかいう奴だけだな。こっちにはあたしとオマエ、それにミアも残ってるし楽勝だろ」
「そう上手くいくといいですがね」
「あん?」
ようやくガチガチと顎が上下せずに済むまで暖まったセイドが、余裕の笑みを浮かべる。
「ハッキリ言って、マァゼが残るのは当然とも言えましょう。それくらい彼女は強い。あの見た目は、絶対何かの間違いだと思えるほどにね」
「あたしが言うのもなんだが、アレはそんなに強いのか?」
スーヤの見た目はこの中で――いや、アイリア学園の生徒の中でも特異なほどに幼い見た目をしている。
アイリア学園に入学できる年齢は、入寮して一人暮らしができるかどうかという歳、せいぜい10歳といったところだが、スーヤはどう見ても年齢一桁の少女にしか見えない。
そのスーヤより少し年上……それこそ10歳ほどの見た目をもつマァゼが代表に選ばれているというのは、彼女を知らないアイリア学園の者たちにとって、にわかに信じられないことだ。
「戦えば分かりますよ」
「うむ……」
「然り」
ドレッドとカンジスも頷く。
シェリア魔法学園の代表選抜という熾烈な戦いを経験した者にとって、マァゼの実力は疑う余地のないものだ。
彼女自身は一応天使であることを隠しているのか、魔力武器や魔力の翼は使っていない。単純な自力と魔法によってこの代表に選ばれている。
「……これは答えてくれなくてもいいが、仮に俺とスーヤ、あとはミアか。3人で勝てると思うか?」
グダンの質問に、一瞬だけ「敵に何を聞いてるんだコイツは?」という表情を浮かべたセイドだったが、すぐに視線を逸らし、神妙を顔に張り付かせる。
「同じ魔法使いとしてプライドが傷つくところではありますが、マァゼが勝つでしょうね。彼女の強さは魔法だけではない。得体が知れませんよ」
セイドが主張するのはただひとつ。マァゼは強く、スーヤたちでは勝てない。ということ。
その割には要領を得ない口ぶりだが、これも「戦えば分かる」というものだろうかと2人は思うことにした。
「状況から見るに、ミアはそのマァゼを相手にしてる感じかもな。脱落してないってことはそういうことだろ。道に迷ってるわけでもあるまいし」
揶揄うようにグダンを見れば、やはり彼はマフラーで顔を隠して目線を合わせようとしない。
小突いてもっとダル絡みしてやろうかとしたスーヤの悪戯心は、遠くから歩いてくる誰かの気配に消え失せた。
「ミア……じゃねぇな」
「黒い制服……」
普通に歩けば滑りそうな氷の地面を、しっかりと、軽やかに歩く少女。
彼女はスーヤたちを見つけると、嬉しそうにはにかんだ。
「みーつけたぁ」
チャームポイントの額をアピールするような真ん中分けの長い銀髪を2つの大きな三つ編みにまとめた深紅の瞳の少女。
試合前に見たのと変わらぬ少女は、いまさら紹介の必要もなく、前口上も鬱陶しいと言わんばかりに、氷を踏みしめて駆け出す。
「へっ、正面からたぁいい度胸だ」
スーヤは牽制に【風刃】と【雷撃】の魔法陣を描く。が、すぐさま無効化された。マァゼの反転陣だ。
やはりこの黒服集団は相当な使い手どもだと思うと同時に、すぐさま口頭魔法に切り替える。
「【氷結】!」
【氷界】で染まった上からさらに氷を出す。狙うはマァゼの足。凍らせて地面に縫い付けたところに何かを叩き込んでやろうという魂胆。
しかし、いや予想通りというべきか、マァゼは簡単に止まらない。
当然のように【氷結】は回避されるわけだが、その回避方法までは予想外だった。
マァゼはダンッと地面が砕けるほどの強い力で跳躍し、一気に間合いを詰めてきたのだ。
スーヤとグダンは呆気にとられる。
それこそ身体強化したかのような跳躍力だったのだ。眼前の黒服少女は間違いなくシェリア魔法学園の魔法使いだというのに、明らかに常人のそれではない動きに反応が遅れる。
「あはぁ~!」
「くっ……!」
スーヤを狙ったマァゼの跳び蹴りは、いち早く動いたグダンの持つ幅広の両手剣の腹で受け止められた。
そしてグダンはまたもや驚く。ただの人間の蹴りで、剣を持つ手が痺れたのだ。
しかし剣を落とすわけにはいかない。
上級生として、道に迷って今までまったく役に立てなかった失態を払拭すべく、この年端も行かぬ少女に負けるわけにはいかない。
「わざわざ近づいてくるとは迂闊な奴!」
魔法使いにとって近すぎる間合いは命取り。
この肉薄同然の距離ならば、優位に立つのは身体強化を持つグダンだ。
多少力が強いようだが、聖剣氣を持たないマァゼにインファイトで負ける道理はない。
「ッ、グダン下がれ――」
そのはずだった。
「【雷撃】~!」
言葉と共に、マァゼが拳を振りかぶり、打つ。
避ければスーヤに当たるだろうと考えたグダンは、再び剣の腹で受け、手から伝わるのが痺れどころの騒ぎでないことに思わず呻いた。
「ぎ、ぐおおおぉぉぉぉ……!!?」
マァゼの口頭魔法は、拳を剣にぶつけると同時に発動する。
ミアと違い、手加減に慣れていないマァゼの魔法は身体強化を使うグダンでさえも、全身を包む強力な雷魔法に耐えられない。
一撃で動けなくなるほどのダメージが、もろに入った。
「よっ……と。こんなもんなのね?」
「ガ……ハッ…………」
「大丈夫~? 死んでない? マァゼってば手加減苦手なの」
グダンが膝をつく。彼の肩に手を置いて心配しようとしたマァゼだったが、先に置かれた別の小さな手に「ん?」と間の抜けた声を出した。
「【風刃】」
庇うように立ち塞がったグダンへの労いを右手に込め、左手に乗せた敵意を目の前の相手に向けるスーヤの魔法が、不意を突かれたマァゼに当たる。
鋭利な風の刃に切り裂かれ、小さな体から血が飛び散った。
「やりすぎだオマエ」
この【風刃】は別に体を真っ二つに両断するほど強くはしていない。だが深い切り傷を与えるほどの威力を放った。
傍から見ても殺す気じゃないかと思うほどの【雷撃】を撃ったのだ。そんな相手にはこれくらいがちょうどいい。
殺すことはなくても、深手は負わせられる。
倒れた少女に、見た目通りの扱いをしてやろうという気はもう無い。
「おいグダン、大丈夫か?」
「っ、あ、ああ……!」
「あららぁ? 意識があるなんて驚きなの。お兄さん頑丈なのね」
スーヤは普段の彼女からは考えられないほど素早い動きで動いた。
【風刃】は確かに当たったはず。常人ならば痛みに悶えて立てないような傷を与えた手応えは、確かにあった。
しかしマァゼは立っている。体からダラダラと血を流しながら、楽しそうなその笑顔だけが変わっていない。
「おいおいマジかよ……」
「でももう動けなさそうなのね。やっぱりさっきの人たちみたいに魔法なしで戦った方が楽しそうなの」
「さっきだぁ?」
「えっとー、槍使いのお兄さんとー、トンファー使いのお姉さん! 2人とも強かったけどマァゼの方が強かったのね!」
スーヤのボサボサな黒髪に隠れた眉間に皺が寄る。
ハッタリでないなら、この少女は魔法も使わずにオーソーとリレルを倒したと言っているのだ。
方法はどうやって、などと言うのも無粋。
先ほども少し見せた身体能力が、聖剣氣持ちですら倒せると語っている。
普通ならばありえないことだ。
説明するなら簡単だ。マァゼは天使、さらに言えば天魔族。単純な強さでいえば、ただの天使よりも秀でている。
人間とは生き物としてのスペックが違うのだ。
だがそんなことを知らないスーヤをはじめとした人々は、この少女の形をしたナニカに多かれ少なかれ慄く。
「本気でやっちゃったらすぐ終わってつまらないのね。だからこれからも魔法は使わないであげる!」
「なるほどな……戦えば分かる、確かにその通りみてーだな」
セイドたちの言葉の意味が分かった気がした。
彼らの歯切れの悪さも、底が見えない彼女を表す言葉が見つからなかったからだろう。
「グダン、休んでろ。めんどくせーが、あとはあたしがやる」
マァゼを相手にするには、スーヤも少しは本気を出さなければならない。
戦わないに越したことはないが、話が通じるタイプでないことはなんとなく分かった。
場所を変えなければ、大きな魔法を撃った時に巻き込んでしまう。満身創痍のグダンに流れ弾でも飛べばかなり危険だ。
そう気を利かせたつもりだったが、スーヤは自身の肩に置かれた手に足を止めた。
「ムリすんな」と声をかけても、隣で立ち上がるグダンは止まらない。
「後輩に頼り切りなど……っ、先輩として情けないからな……!」
「……ちっ、暑苦しい奴だな。マフラー取れよ」
「はは、こだわりなんだ」
「あはは! すごいすごい! じゃあ2人いっぺんに遊びましょ!」
言うや否や、駆け出すマァゼ。
その動きはやはり速い。身体強化している2人でさえ、遅れず反応するよう気を付けなければならない。
「【炎柱】!」
スーヤとマァゼとの間に大きな炎の柱が現れる。
避けて接近してくるとすれば右か左か。2人のうちどちらかが対応できるはず。
「あはぁ!」
嬉々とした声と共に、マァゼは一直線に炎を突っ切ってきた。
炎の熱さも、髪や服が焦げることも、お構いなしだ。
やはり頭のどこかが外れている、と思ったスーヤだが、なんとなくそう来るような気もしていた。
それはグダンも同じようで、動揺のひとつもなく剣を振るう。
ダメージを負っているものの、その剣速はアイリア生徒としての矜持すら感じるほどに速い。
「【氷結】!」
横薙ぎを「おっと」と屈んで避けたマァゼの足を氷漬けにする。
果たしてこれで動きを封じたのかという不安はあるが、一瞬でも動きが止まればグダンはそこに追撃を加えることができる。
「死ぬなよ!」
グダンは上から下へと剣を振り下ろした。
そのまま斬れば一刀両断。しかしその剣は横向き、つまりは幅広の腹でマァゼの脳天を殴ることになり、マァゼはそれを受けた。
「ぎっ……!」
斬れないにしろ、言うなれば金属の板で思い切り殴られたのだ。それも身体強化をした人間の力で。
気絶を通り越してちょっとマズいダメージを与えたのではと心配になる。
いや、相手は色々と規格外らしい存在だ。グダンはおそるおそる剣を持ち上げようとし――
小さな手で、刀身を掴まれた。
「ッ!?」
「あ、はぁ、ぁ~!」
頭から血を流し、その愛らしい顔を赤に染めながら、開かれたくりくりとした丸い両目は閉じられていない。
剣がどかされ、深紅の瞳と目が合う。
「くそっ、【風刃】――」
「ふふふっ」
風の刃が放たれようとした瞬間に、マァゼは掴んだ剣を引く。
剣に引っ張られ、グダンの体も前へと引っ張られる。
このまま【風刃】を撃ってしまえば、グダンもただではすまない。スーヤは咄嗟に魔法を中断した。
「ばいば~い!」
剣を引いた勢いそのままに、マァゼは拳を振りかぶる。
踏み込みは必要ない。足は地面に固定されているのだから。それに、上半身の力だけでも足りるのだ。
グダンはすぐさま踏みとどまろうとしたが、既に遅かった。一瞬でも与えてしまった隙を、この怪物は見逃さない。
制服越しに、小さな拳が鋭く腹に突き刺さる。
ミシミシという嫌な音が体内から聞こえた気がして、グダンは痛みよりも死の接近を感じながら意識を途絶えさせた。
やはりパンチには地を踏みしめるということも必要だ。マァゼは無意識にそれを行い、その力に耐えられなくなった氷が砕け、彼女の足は自由になった。
マァゼは手加減が苦手ではあるが、本気を出していれば拳は体を突き抜けていただろう。
そう考えれば、グダンをはるか後方まで吹き飛ばすほどで済んだのはじゅうぶんに手加減していると言えるかもしれない。
相手が生きているか死んでいるかは置いておくとして。
「くそっ、グダン!」
「次はぁ――」
「ナメんな! 【烈風】!」
咄嗟の暴風がマァゼ目掛け吹き荒れる。
いくら強いといっても、彼女は小さく、軽い。
スーヤの魔力によって大の大人すら易々と吹き飛ばすほどになった魔法の風を正面から受け、マァゼ建物の壁に突き刺さる勢いで飛ばされた。
「一生寝てろボケ」
グダンの一撃をまともに受けて何故立っていられるのか、聖剣氣も持っていないくせに何故あれほどの力を持っているのか、そもそも先ほど【風刃】で与えた切り傷が何故なくなっているのか。くそ、ミアのやつどこにいやがる。何してんだアイツは。
疑問は売りたいほどあるが、それどころではない。
特に交流があるわけでもなかったが、同じ学園の代表仲間だ。スーヤの意識はマァゼへの興味よりも、グダンの安否を優先する。
グダンはいまだ溶けぬ氷の地面に倒れ伏していた。
駆け寄り、脈を確認する。
「……生きてる、な。ふぅ……」
とは言っても大怪我だ。
拳が突き刺さった瞬間の嫌な音はスーヤにも聞こえた。今はまだ息があっても、すぐに治療しなければ危ういかもしれない。
スーヤに医学の知識は無いが、容赦という言葉を知らないようなクソガキに思い切りやられたのだ。本当に重体でもおかしくはない。
彼の安全を考えるのであれば、やらなければならないのはただひとつ。
この大会をとっとと終わらせる、それだけだ。
「ホント、人間は脆いのね」
まるで自分が人間じゃないみたいな言い方だな。そう言いかけて、スーヤは口を噤んだ。
彼を一撃でこのようにした元凶は、やはり何事もなかったかのように歩き、近づいてくる。
頭から流れた血で顔を濡らしながらも、その笑顔は絶えない。
「でもいい暇つぶしにはなったの! 次はあなたなのね!」
「はぁーー……」
スーヤはため息をつき、立ち上がる。
「あたしはさ、ぶっちゃけどーでもいいんだよな。この大会も、出たくて出てるわけじゃねーし、学園長とかオーソーとかに頼まれたのを断れなかったってだけなんだけど」
「んー?」
「ましてオマエは別に同じ学園の奴でもないし、何か言うのもアレかもだけどよ、やっぱ言うわ。オマエ、いっぺん痛い目みろ」
何を言いたいのか、マァゼには分からなかったが、スーヤにやる気があるというのは分かった。
少し戦っただけでもスーヤが強い魔法使いだというのは分かるし、この氷まみれの光景を作ったのも彼女だ。そんな彼女が相手。そう思うだけで、マァゼは胸が高鳴るのを感じる。
かつて天使長の命令で人を殺していた頃は、戦いになることはあっても一方的にマァゼが惨殺するというものだった。
しかしこの魔法使いなら、お姉さまと戦った時のような興奮を、届かないにしろ近い物を与えてくれるかもしれない。
マァゼが笑顔を浮かべる理由にはじゅうぶんだ。
「場所変えんぞ。来やがれ」
「えへへぇ、いいよぉ! その方が周りを気にせず――あらぁ?」
「あん?」
マァゼは視界に入ったなにかに意識を向けた。
今さらこんな引っかけをすることもないだろう、そう思いスーヤも釣られてそちらを向く。
ふと、スーヤは思い出す。
そういえば近くにいた魔法学園の3人はどうしただろうと。
巻き込まれないよう移動したか、それともどこかから見ているか。
答えはすぐに分かった。まだ近くにいた。
3人とも、倒れていた。
傍に誰か居る。
白い制服、アイリア学園のものだ。
それが誰か、残った人数を考えれば答えは簡単だろう。
だがそこに居る彼女は、答えとは違う人物だ。
亜麻色の髪に灰色の目を持つ、2年生にもなって誰かに起こされないと寝坊するアイツではない。
「オマエ……」
ふと、瞬きの間に、そこに居た人物が消える。
「槍拳……」
スーヤの耳に、小さく聞こえてきた。
声がした方を向く。そこはマァゼが立っていた場所だ。
マァゼは目を見開いていた。
その胸を刺すのは、いや貫くのは、白い制服の彼女の手。
口から血を吐くマァゼから拳を引き抜いた彼女は、続けざまに蹴りを放つ。
細い体はされるがまま、宙を舞う。
突然の凶行に、スーヤは動けずにいた。
彼女のことは知っている。しかし、何故ここにいるのか。
血に濡れた彼女の手を見る。確かにマァゼはあの手に貫かれた。正確に心臓を打ち抜いていた。信じられない。目の前で殺したのだ。彼女は、人を。
まるで別人だ。
別に親しかったわけじゃない。だが傍から見ているだけでも、それなりに分かった気でいた。
何もかもの感情が抜け落ちたような冷たい顔の彼女など知らないし、簡単に人を手にかけるような彼女もしらない。
そして、敵意を感じさせる視線も。
「刃蹴」
その瞬間、スーヤの体から血が舞った。
肩から脇腹まで、まるで剣で袈裟斬りにでもされたような傷から出た血が、凍った地面を赤く染める。
「な……ッ!?」
あまりに唐突で、致命的な一撃だった。
スーヤが足から崩れ落ちる。
抱き留める者はいない。誰も彼も、倒れてしまった。
「て、めぇ……!」
氷の世界は、主を失ってもただ凍てつくのみ。
目の前の彼女も――レンファン・シンウーも、ただ冷たく見下ろすのみ。




