42 大会のエレーナ・レーデン 5
「まさか既に2人も脱落しているとは……!」
オーソーの苦々しい声が空に消える。
いつの間に現れたのか知らないが、上空にはひとつの窓が浮かび上がり、そこには各代表生徒の名前があった。
そしてそこに書かれていない者もいる。どういうことかはすぐに分かった。
ミアはセリビンという貴族が脱落しているのは特に何も思わないが、レンファンの名前が早々に消えていることを少し残念に思う。
それなりに……多少行き過ぎかもしれないコミュニケーションをとっていた後輩だ。彼女の活躍を見てみたかったというのが本音。
何故今になってこの窓を見つけたかと言うと、オーソーからの提案で、ミアたちは建物の屋根伝いに進むことになったからだ。
少し目立つが、上から奇襲されるよりはマシ。さらに遠くを見ることができるから、高い建物が多いこの町全体を見ることができる。
空との間に障害物が無くなったことにより、何かが浮かんでいるのはいやでも目に入った。
「ミア君、見えるか?」
「ええ」
2人は屋根から屋根へ飛び移りながら、遠くを見る。
建物が不自然に飛び出したり、傾いたりしている場所がある。おそらくそこで誰かが戦っていて、今も続いている。
まさにこの瞬間にも、轟音をたてながら建物がひとつ倒れるところだった。
「派手にやっているな。僕らもあれに合流しよう」
「そうね。けど……」
「ああ」
屋根の上にいるのは、ミアたちだけではない。
高い位置に行けば町を見渡せるというのは、誰でも考え着くことだ。そして屋根の上にいるというのは、目立つ行為でもある。
そのリスクを承知でこの場所を行くことを選んだのだから、こうして誰かと遭遇することも覚悟の上だった。
「…………」
「えへ、えへへへへ……!」
先ほど撃退したリセ・トロイと、また新しい黒服の女生徒――キスノ・ローズが立ち塞がるように、数軒離れた屋根に立っている。
「キスノ……頑張って……」
「うんー! オクスリもバッチリだしぃ! リセちゃんは私が守ってあげるぅ!」
入場時と変わらずハイテンションかつどこかタガが外れたようなキスノは、ゆらゆらとした足取りで屋根を飛び越え、ミアたちの方へと向かう。
「我々に突っ込んでくるとは、舐められたものだ!」
オーソーが背負っていた槍を手に持ち、迎え撃つ態勢をとる。
同時にミアは【烈風】を発動。リセの薬紛散布を警戒した。
ミア自身やオーソーの邪魔にならない程度の強風では、突っ込んでくるキスノを止められない。
明るくも濁った眼を光らせ、次々と魔法陣を構築している。その速度は速い。
聖剣氣持ちに対抗できるように、アザルが地獄のような選抜を施した結果だ。オーソーが身体強化で踏み込む前に魔法が放たれる。
「甘いッ!」
屋根の上は地上よりも足場の自由がきかない。
にも拘わらず、オーソーは常人とかけ離れた動きですべてを避け、いなし、キスノに自ら接近し槍を突き出す。
肩を狙ったその突きは、簡単に突き刺さった。
キスノの足が止まる。が、動きは止まらない。
「うひ、ひひはひゃひゃ」
「なにっ」
気味の悪い笑い声と共に、キスノが魔法陣を描く。
じゅうぶんに手加減をしたが、確かに槍は刺さっている。それなのに痛がる素振りを微塵も見せず、それどころか変わらず魔法を使おうとしてくるキスノに、オーソーは一瞬たじろいだ。
これが1対1の戦いであれば、オーソーはこのまま放たれた魔法をもろにくらっただろう。
しかしここは2人の世界ではない。
あとは発動するだけという段階のキスノの魔法陣は、何もなかったようにかき消えた。
「あれぇ?」
「悪いわね」
反転陣を描いたミアが2人の間に割って入り、片手でとんとキスノを押す。
槍が抜け、傷口から血が舞う中、押したミアの手にはひとつの魔法陣が完成していた。
【風砲】が発動し、圧縮された空気をぶつけられたキスノの体が後方へと飛ぶ。
反動はミアにも来たが、後ろのオーソーを巻き込まないよう足を屋根にめりこませながら踏ん張った。
本気の【風砲】であればミアは吹っ飛び、腕もズタボロになっていたところだが、威力を殺したおかげでそこまでの衝撃は訪れない。
キスノは吹っ飛びながらリセの【水壁】に受け止められ、彼女の近くに倒れ込む。
「大丈夫……?」
「うん。でも反転陣は意外~」
「怪我は……してない……ね……あの人……かなり、手……抜いてる……」
リセがキスノの体をぺたぺたと触る。
マッサージですらないその動きは、普通なら痛みやダメージで立てるはずのないキスノをすぐに立ち上がらせるものだった。
「あのリセというやつの魔法……確か薬を作るものだったな。痛み止めかなにかを作ったのか?」
「ううん……キスノに痛み止めは、必要ない……」
「そういうことぉ!」
再びキスノが向かってくる。
先ほどの光景の焼き直しのようだったが、今度はミアも積極的に迎撃した。
敵の魔法には反転陣を作りながら、【雷撃】の魔法陣を作る。
といったところで、ミアの魔法も不発にされる。
「ちっ、あっちもか」
今度はリセが反転陣を使っていた。
戦闘中に反転陣を使うということは、戦いの中で相手が構築する魔法陣を見極め、対応する反転陣を描く必要がある。
かなりのレベルが要求される行為だが、まさかあんな小娘が使えるとは。ミアは舌を巻いた。
「【雷撃】」
「【雷撃】……」
ミアとリセ、2人の口頭による【雷撃】がぶつかり合う。
魔法がぶつかり合った場合、せめぎ合ってどちらが勝つかは魔法の相性や使い方、それに魔力量による。
同じ魔法であれば、単純な魔力量勝負だ。そしてミアの魔力量は誰よりも多い。
リセの雷はすぐさまミアのそれに飲み込まれた。
「私に魔法勝負を挑むのは間違いだったわね」
「【水壁】、【炎柱】、AMフィールド……」
水と炎の壁が雷撃を防ぎ、それでも突き抜けたものをAMフィールドで強く減衰させる。
単純な攻撃で倒れてくれるほど、魔法学園の生徒というのは容易くはないらしい。
「あなたは……倒す……」
「そう、頑張ってね」
言いながらミアは横を走るキスノに【雷撃】を放つ。
素早くAMフィールドを張ったキスノだが、減衰されてもそれなりの威力を保つ雷を防ぐには足りない。
「もらった!」
その隙に今度こそ気絶させるべくオーソーが槍の石突で殴ろうとする。
素早い突きを、キスノは今度も躱せない。【雷撃】が止むと同時に彼女の腹に石突がめりこむ。
今度こそキスノは脱落するだろうと、ミアもオーソーも踏んでいた。しかしその予想は簡単に裏切られる。
「ひひひ……ひひひ、うぷっ、【炎墜】!」
オーソーとミアは2人して「バカな」という感想を抱いた。
身体強化による、常人なら悶絶して気絶するような突きだ。
だというのに、肩を刺された時と同様、キスノは笑顔を絶やすことなくすぐさま反撃の魔法を撃つ。
そして今度は口頭魔法。
反転陣を使う余地もなく、伸ばされたキスノの手から大きな炎の塊が生まれ、上に向かう本来の炎の性質とは真逆に、下へ向かう魔法の炎はオーソーを巻き込んで建物の屋根を突き破る。
火はたちまち建物全体を突き抜け、いたるところに延焼した。
「なっ、殺す気なの!? 【流水】!」
こんな場であんな魔法を生身の人間に撃つなど正気の沙汰ではない。
たとえ身体強化した聖剣氣持ちであっても、冗談では済まされないダメージが与えられることだろう。
大火事となっている建物目掛け魔法で滝のように水を流したが、鎮火できたのは表面の部分だけだ。
「ぐ……ぁ……!」
オーソーたちが立っていた屋根がなくなり、そのすぐ下の階――どうやら建物の内部も作り込まれているようだ――で、制服を焦がし火傷を負いビショ濡れになったオーソーが呻いた。
「早くそこから離れなさい!」
「すまない……!」
「あれ、気絶してない。じゃあもう一発ー!」
「させないわよ」
「だめ……【雷撃】」
リセからの【雷撃】は咄嗟のAMフィールドで防げる。
それだけではミアを止めることはできない。
しかし、魔法でなければ、AMフィールドで片手間に防げない攻撃であれば、ミアはそれに対応せざるを得なくなる。
「あはぁ~!」
ミアは自分の頭上から聞こえてくる甘ったるい声に、過敏なほど反応した。
どこから現れたのか。青空をバックに満面の笑みを浮かべるマァゼが現れたのは、忌々しいほどに最高で最悪のタイミングだった。
「マァゼ!?」
「ていーっ!」
いつぞやのお返しなのか、マァゼのドロップキックがミア目掛けて突っ込まれる。
ミアは両腕をクロスさせるように前に出し防御するが、その両腕の骨が砕けるような痛みと共に吹っ飛ばされた。
「くっ、【雷撃】!」
屋根から身が投げ出され、下へと落下していく。
せめてもの仕返しに手加減なしの【雷撃】をお見舞いしてやったが、マァゼはAMフィールドを張りながら素早く退避。
行き場をなくした【雷撃】はその場にあった建物の屋根部分のほとんどを破壊し、青空に見せかけた空間の天蓋部分にまで届き、空間全体を揺らした。
普段なら落下の間に【転移】でもしてすぐに戻るところだ。
しかし衆目に晒されている今はそんな真似はできない。
【転移】はエレーナ・レーデンが使う技だと、人間の歴史書に書かれているのを知っているからだ。確かに人間との戦いの中で何度も使った覚えがあるから、下手に同じ魔法を使っていらぬ疑いをかけられたくない。
【水壁】をクッション代わりに出す。あとは【烈風】も織り交ぜて落下時のダメージは誤魔化せるはずだと思ったところで、上から誰かが降ってくるのが見える。
マァゼが追いかけてきたのだろうと再び本気の【雷撃】を口頭で撃とうとし、その正体が違ったことに戸惑った。
飛び降りてきたのはリセだった。
まるで飛び降り自殺でもしたのかと思うほどフラッとした落ち方。
人間相手に本気の【雷撃】はどうあっても相手を殺してしまう。ミアはすぐに口を噤み、リセから何かがポタポタと落ちてきて、それが自分に当たるのを感じる。
「らいげ――ッ、ガハッ!?」
液体が体に染みこみ、ミアは激痛とともに血を吐いた。
これがリセの作り出した液状の毒だと気付くには少し遅かったようだ。
ミアは苦しみながら自ら生み出した【水壁】と共に落下し、リセもまた同じように水と風を駆使して着地した。
□□□□□
「あららぁ、先を越されちゃったのね。マァゼはお姉さまと1対1で戦いたいのに……でもいいのね。どうせお姉さまが勝つだろうし」
キスノの【炎墜】、マァゼの乱入、ミアの落下、1分にも満たない出来事だったが、戦況は目まぐるしく変化していた。
マァゼは手持ち無沙汰になったことを悟りながら、興味なさそうにキスノの方を向く。
そこではまた新しくやってきた白服の生徒が、【炎墜】の魔法陣を完成させるよりも前にキスノを思い切り蹴り飛ばしているところだった。
「おまたー! 遅れてゴメン!」
「リレル先輩!?」
「動ける? 手ぇ貸そっか?」
「大丈夫です……!」
洒落にならない威力の魔法をくらい体中が痛いオーソーだが、リレル・アンチュブの変わらない物腰の軽さが今は頼もしいと感じる。
キスノは今度も痛みに顔を歪ませるということもなく、蹴り飛ばされた先ですぐに立ち上がった。
「オーっちひとり? よくこれだけの人数相手にできたね」
「いや、ミア君が……さっき下に落ちてしまった」
「げ、マジ? まぁミアっちも魔法使いだし大丈夫っしょ。つーわけであれはウチが貰うからね!」
リレルはすぐさま動く。
反転陣を使う者がいなくなったことでキスノは自由に魔法を使える。
しかしその魔法をかいくぐるように、リレルは数秒しない内にキスノに肉薄し、両手に持つトンファーを振るった。
「ぎっ! ひ、ひひ……! 痛くないよぉ!」
「そ、でも体は正直じゃん」
キスノの固有魔法は【感覚操作】。これを常時発動させることにより痛みを遮断し、クスリをキメたような快楽を得ながら戦っていた。
聖剣氣持ち相手に果敢に飛び込んでいけるのも、他の感覚を研ぎ澄ませているが故の芸当だ。
しかしリレルの言う通り、感覚をいかに操作しようと体に与えられたダメージは、リセが薬を塗らなければ蓄積されたまま。
そのリセがこの場にいない以上、キスノはただ痛みを感じないだけの常人に過ぎない。
そして懐に入られてしまった。身体能力が常人の域を出ない魔法使いと身体強化を施した超人では、何もかもの速度で負けてしまう。
魔法陣を描こうとすれば手をトンファーで叩かれ、口を動かそうとすれば顔を叩かれる。
魔法使いは懐に入られると、身体強化を施した人間に太刀打ちできない。これが例年の勇魔大会の光景だ。
リレルがキスノを圧倒しているのは、誰もが見たことがあり、また今年もこうなるだろうというものだった。
この流れに持っていくまでに時間がかかったのは、やはり今回のシェリア魔法学園は一味違うと言えよう。
「ア……ひ、へへ……」
「ごめんね、女の子の顔を殴るの、自分でマジでドン引きだけど」
痛みを感じない中、キスノは自分の足がおぼつかないことに気付く。
「オーっち燃やした仕返しってことで!」
2つのトンファーが同時にキスノの胸を強く打ち付け、通りの向こう側にある建物まで吹っ飛び、壁を突き破り、彼女は建物内でグッタリと動かなくなる。
この瞬間、空中の窓からキスノ・ローズの名前が消えた。
「ふうっ……! 仇はとった!」
「いや、僕はやられてませんが……とにかく助かりました」
オーソーはなんとか動けるようだ。
屋根に這いあがり、リレルに頭を下げる。
「いーっていーって! それより、まだ残ってんじゃん?」
「あはぁ~?」
仲間がやられるのを黙って見ていたマァゼに、リレルとオーソーの2人が構える。
「悪いけど子供でも容赦しないから、降参するなら今のうちだよ?」
「今度は僕も無様は晒せないな……!」
マァゼはそれに笑顔で答えた。
聖剣氣を持つ者と戦うのは初めてではないが、ミアと違って純粋に身体強化を使ってくる相手は初めてだ。
ミアの戦いが終わるまでの暇つぶしにはなるだろうと、マァゼはクスクスと笑いながら2人が飛び掛かってくるのを見た。
□□□□□
クッションがあったとはいえ、地面に叩きつけられたミアは、いまなお体を蝕む痛みが消えないことに顔をしかめる。
フラフラと立ち上がるも、視界が定まらない。相当強い毒を受けたのだと分かる。
【超速再生】はあくまで体の傷を素早く元に戻すものだ。体を内部から破壊されるような毒にもある程度働いてくれるが、あくまでダメージを受けたら元に戻るだけ。
傷を受けてからの後出しでしかない【超速再生】は、こうして苦しみを与え続けるタイプの攻撃には大した効果を持たないのだ。
あくまで死なないだけであって、毒による苦しみは受け続けてしまう。
つまり、リセの固有魔法に対して、ミアの【超速再生】はひどく相性が悪い。
「今なら……多分、死なない……降参、して……?」
「はっ、冗談……」
指は動くし口は回る。
たとえ致死量の毒を与えられても苦しむだけで死にはしない。
痛みに耐えかねて気絶する可能性もあるが、そんなヤワな精神力ではないはずだとミアは自分を奮い立たせる。
こんなに苦しい思いをするならさっさと脱落したいところではあるが、ナギサやアデジア、クレアらの前でカッコ悪いところは見せたくない。
かといって本気を出して瞬殺してしまうような目立った真似はしたくないと思いながらも、勝つには真面目にやるしかない。それも【超速再生】があると人々に悟られないように。
骨が折れることだが、それほどにシェリア魔法学園の生徒たちは強かった。
魔族という敵がいた時代ではないというのに、ここまで強いことはハッキリ言って驚愕に値する。
両者が動き出そうとする瞬間に、通りのどこかの建物から大きな音が聞こえてきた。
キスノがリレルに吹っ飛ばされ建物に突っ込んだ音だが、ミアとリセはどちらも相手から目を逸らさない。
「……お願い」
不意にリセが小さく呟いた。
同時にミアの足に激痛が走る。
「ッ!?」
地面から飛び出した何者かの腕が、手に持った大きな針でミアのふくらはぎを貫いていたのだ。
「これは……っ!」
腕に対し【雷撃】を撃とうとするが、リセの反転陣で封じられる。
すると2本目の腕が飛び出し、もう片方の足にも針を突き刺してきた。
ミアが両膝をつくと同時に、腕の主がまるで水面から顔を出すように地面から現れる。
「へっへっへ、捕まえたぜぇ! 地中にまでAMフィールドを張るなんて誰もしないからなぁ」
真っ先に目に入ってきたのは特徴的なモヒカンヘア。爬虫類のような顔をした、一言で言えばガラの悪い男だった。
魔法学園の制服を着た男、ソーギス・ケンカンである。
彼が得意とする戦法は、固有魔法【潜土】による地中からの奇襲。
まず足を狙い、動けなくなったところで相手にも同じ魔法をかけ、地中に引きずり込んで嬲るというもの。
先ほどリセがひとりでミアたちと戦っている時に、【雷撃】を受けそうになった彼女を地中に引っ張ることで助けたのもソーギスだ。
セオリー通り、彼は【潜土】をミアにかける。彼女の脚がゆっくりと沈み始めた。
無論、ミアも抵抗する。地に手をつけ、引きずり込まれまいと踏ん張る。
しかし抵抗よりも魔法が勝ち、徐々にミアが沈んでいく。地中に潜らせてしまえば、ミアは動けずされるがままになるのだ。
「ああ、そうか、思い出した……あなた、『戦の国』の人間ね」
「ほう、よく知ってるな!」
「ええ。そりゃあね。だからコレをどう破ったかも思い出したわ」
ミアは抵抗をやめ、地中へと引きずり込まれる。
足に針が刺さったままだが、どうやらソーギスはミアから離れたらしい。ひとり海の底にでも沈んだかのような錯覚に陥る。
そこは地面の中というよりも、また別の空間のように、何もない暗闇だった。
【潜土】の使用者でない限り、この空間で自由に動くことはできない。手足をいくら動かしても、水中のように移動することはかなわない。視界も意味をなさず、ソーギスがどこにいるかも分からない。
しかし攻略法はある。
殺されても死なないような者でなければ破れないが、1000年前にミアはこの固有魔法を使う者と戦っている。
「あなたは先祖に似てるわね。品の無い感じとか、薄汚い感じとか」
「あん!? テメェ痛い目を見てぇようだな!」
敵の手中にあるというのに挑発してきたミアに、ソーギスは青筋をたてる。
「せいぜい病院に行くまでに死なねぇことを祈りな! テメェは終わりだ!」
声と同時に、ミアは腹に突き刺さる冷たく細いものを感じた。
ソーギスの針だ。レイピアの先のような大きさのそれは、確かにミアを貫き、腰から切っ先が突き出る。
だがそこがミアにとっての勝機だった。
この【潜土】の空間内は、ソーギス以外の誰の目にも触れられない空間。
つまりミアがどれだけ傷つこうと、【超速再生】の現場は見られない。
「捕まえた」
針の先にいるであろうソーギスの腕を掴む。
「術者をこうして捕まえておけば、空間を破壊しても術者本人に逃げられる、なんてことにならないからね」
「なっ、テメェ痛みを感じねぇのか!?」
「痛いわよそりゃ。でも残念。あなたの痛みでは私は折れない」
ミアは手をかざし、魔法陣をひとつ作り上げる。
「安心して、殺しはしないから。でもまぁ、死ぬほど痛いけどね」
そして空間全体に【雷墜】が放たれる。
外にいるリセは、目の前の地面が円形に光るのを見た。
漏れだす雷光。まるで地面が抉られるようなその光は徐々に大きくなり、スプーンで掬ったようなクレーターが路上に出来上がる。
その中心にいるのは、何事もなかったかのように立つミアと、気絶したソーギスだ。
リセはほんの少しだけ動揺を表に出す。
同時にミアは一跳びでリセに肉薄。小さな体を地面に押し倒した。
「っ……!」
咄嗟にリセは先ほどの毒液にまみれた手でミアに触れる。殺しても構わないと言わんばかりの量。
ミアは苦しみに悶え血を吐きながら、ニッと笑った。感情が乏しいリセの瞳に驚愕の色が浮かぶ。
「ざん、ねん」
指がとんとリセの平坦な胸元に置かれ、小さな魔法陣が現れる。
反転陣を使う余裕がないほど慌てているとリセが自覚すると同時に、小さな【雷撃】は彼女の胸を貫いた。
そうして上空の窓から、ソーギス・ケンカンとリセ・トロイの名は消えた。
「っつぁぁぁー……!」
「(この子、なんて物を……! 私じゃなきゃ死んでるんだけど……!)」
ミアはその場に倒れ込み、呼吸すらままならない状態になった。
痛みと苦しみと気持ち悪さで体の中がグルグルする。
血は吐くが嘔吐だけはしまいと気合を入れる。
その横に、勢いよく何かが落ちてきた。
「っ……?」
ぐわんぐわんと揺れ霞む目でそれを捉える。
それは白い服を着た男――オーソーの姿だと辛うじて分かった。
さらにもうひとり、今度は足で着地する誰かの姿。
今度は姿を判別するまでもない。
甘ったるく耳にまとわりつく声は、毒の影響で狂った耳にもよく届く。
「あははっ、お姉さまボロボロなのね。大丈夫~?」
「ま、ぜ……!」
「この子すごいのね。負けちゃったけど、こんなにお姉さまを追い詰めるなんて。でも追い詰めても負けちゃうあたり、お姉さまは『終着点』なのね」
マァゼは首根っこを掴んでいたリレルをポイと放り、オーソーの近くへと投げ捨てる。
どちらも意識は無く、既に窓からも名前は消えていた。




