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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第三章 舞台編
52/212

41 大会のエレーナ・レーデン 4

 『拳の国』は山脈に囲まれるように位置するため、国土の広さ自体はそれほどでもない。さらにどの土地にも起伏がある。貴重な平野には決まって主要都市が構えられる。

 そんな物理的に狭い国だからか、この国の建造物は広さよりも階数を重視した3階以上の建物が多い。

 逆に平屋建てを構えることは、国内のトップ層であることの証とされている。

 ウェンユェが作った舞台セットもまた、同じ様相だった。


 誰もいない町の中、特徴的な景観オブジェの上にポツンと座る少女がいる。

 晴れ舞台だからといって飾ることもない、ボサボサの長い黒髪は、白い制服と相まってよく目立つ。

 アイリア学園3年生、スーヤ・ルーニャは気だるそうな態度を隠すことなく、ただひとり、たそがれていた。

 元々ダウナー気質な彼女は、誰かに見られている舞台だとしてもその態度を改めようとはしない。


「はぁー……だる」


 空を見上げてみる。

 ドーム状に闘技場の舞台を覆ったウェンユェの魔法は、中から外への干渉を拒む作りになっている。

 青空は見えるものの、それは限りなくリアルに作られた舞台セット。

 時折聞こえてくる歓声は、もう遥か彼方で鳴っている雷のように遠い。


「こうなったら作戦だのなんだのも関係ないな……あーあ、寝ちまうか」


 座るだけでは飽き足らず、ゴロンとオブジェの上に寝転がる。

 本当に寝てしまったら寝相で落ちそうだが、その時はその時だろう。


 が、静寂を破る者は現れるものだ。


「やっと見つけたぞ! おい、起きろ!」

「あん?」


 やってきたのは、アイリア学園の生徒。

 貴族クラスのセリビン・ベバレスク伯爵嫡男。


「まったく、なんなんだこの空間は。端に行ってみたが行き止まりだったぞ」

「だろうな」

「貴様もこんなところで寝ている暇はないぞ! 私と共にあのゴキブリどもを退治しに行くのだ」

「はぁ~? んなダルいことしなくても、頑張りたい奴らで頑張ればいいじゃねーか。あたしは寝る」


 セリビンに見向きもしないスーヤの態度に、彼は眉間に皺を寄せる。


「ならもう一度言おう。ベバレスク伯爵家が跡取りである私が命じるのだ。私と同行しろ」

「ことわーる」

「貴様……その態度が学園に泥を塗る行為だと気付かないのか?」

「さぁね。あたしにはどーでもいいことだし。頑張らなくても居られるのがこの学園だし」


 人並みに勇者を崇めるセリビンの眉が跳ねる。

 それでもスーヤに彼の言うことを聞く気はない。伯爵家と言うが、実際のところ連邦とかそういった広い範囲で言えばルーニャ家の方がはるかに立場は上なのだ。セリビンはそのことを知らなければ、スーヤもそのことを指摘する気も無いが。


 怒気を露わにし、再三にわたる命令を出そうとしたとき、むくりとスーヤが起き上がった。


「頑張るのもいいけど、敵の気配くらい察してくれよ」


 その瞬間、セリビンのすぐ横を風が吹き抜ける。

 スーヤの放った【風刃】だ。

 かまいたちに似た風の剣が、地面スレスレに飛び、やがて建物に当たり切り傷を残す。


「避けたか」

「敵か!」


 セリビンが振り返り、剣を抜く。

 路上には誰もいない。ならば建物の影か、上。

 それは屋根の上に居た。

 他の建物より数階高い、見上げなければならないほどの家屋だった。


「天柱は与えた、実りある大地を。天柱は与えた、強固なる山を。天柱は与えた――」


 右手に経典を持ち、ブツブツと唱え続けるスキンヘッドのシェリア魔法学園生徒、カンジス・アムススである。


「天柱は与えた、役割を。我らは果たし続けている――」

「気色の悪い男だな。そこから引きずり降ろしてやろう!」


 駆け出すセリビン。6年生である彼は、この6年間で身体強化を自由自在に扱えるようになっている。

 その力を使えば、カンジスのもとへ跳ぶことも、すぐさま彼を倒すこともできるだろう。

 スーヤは援護することなく見守ろうとしたが、やはりそう上手くいかない。


 セリビンが跳躍する前に、カンジスの乗る建物の窓という窓から、黒い縄のようなものが飛び出し、まるで意思を持つようにセリビンの四肢を拘束したのだ。


「なにっ、なんだこれは……!」

「天柱は与えた、知る機会を。ならばこそ、拙僧も与えよう。我が固有魔法は【魔縄(まじょう)】」

「魔力の縄か。切れるか確かめてやろう」


 スーヤが【風刃】の魔法陣を構築し、放つ。

 先ほどと同じ牽制程度の威力であるが、意外と切ることはかなわなかった。


「硬いな。ベバなんとか、大丈夫かー?」

「何をしている! 早くこの縄をどうにかしろ!」

「ここでオマエを脱落させたら、もうお守りの必要もなくなると考えちまったー」

「ふざけるな! 早くしろ!」


 本当に見捨てようかとも思ったが、やれやれとスーヤは魔法陣を描く。

 同時に、彼女は自分の頭上に冷たい何かが迫っていることに気付き、瞬時に構築中だった魔法陣を破棄。AMフィールドを張りながら、【炎柱】を真上に放って防御した。


「【氷墜】かよ……殺す気か?」

「この程度で倒せるとは思っていないですがね」


 これまた建物の屋根にいた人物。おそらくシェリア魔法学園代表メンバーの実質的なリーダー格、セイド・アンブスジッドだ。

 彼の出現にセリビンも反応する。


「ッ、アンブスジッド……!」

「侯爵様をつけろ、伯爵家風情が」

「自分もまだ家を継いでいないくせに、よく言う……! この大会は無礼講、たとえ侯爵家の嫡男だろうと――」

「フンッ、地に縫い付けられているのはどちらかな。それに私は木っ端貴族に用はない」


 同じ『柱の国』の貴族同士、セリビンにとってセイドは身分が上であるため、自分が下剋上のように彼を倒してやろうという欲があった。

 しかしセイドの目は、スーヤから動いていない。

 そしてセリビンに対するのとは真逆な、丁寧な物腰で彼女へと語りかける。


「同じ魔法使いとして、一度お手合わせしたく思っておりました。スーヤ・ルーニャ様」

「あん?」

「『教の国』至高の血筋、ルーニャ家のご令嬢のあなたには、こうした機会でもなければ振り向いてもらえなさそうなので、ね」


 セイドが恭しく礼をすると同時に、スーヤの足場であったオブジェがグラグラと揺れる。いや、オブジェだけではない。地面そのものが揺れている。

 地震かとも思ったが、この人工空間でそんな自然現象が起きるよりも、誰かが何かをしていると考えるべきだ。


 その予感は的中し、オブジェのあった地面は次々と上へ上へと飛び出し、石畳を崩し、建物に迫るほどの高さへと盛り上がっていく。


 スーヤは軽い自分の体を【烈風】で器用に浮かし、その場から移動した。

 今度は移動した先の地面が盛り上がり始める。

 たまらず再び【烈風】を使用。今度は建物の屋根へと上ったが、建物ごと地面を持ち上げる強力な現象に、スーヤはしばらく逃げに徹することになった。


「固有魔法か」

「いかにも!」


 そしてセリビンから少し離された路上に降り立つと、今度は至近距離から声が聞こえてくる。


「【水壁】!」


 悪い予感がしたスーヤが咄嗟に口頭魔法を使い、声の主との間に分厚い水の壁を作る。

 高水圧の壁に何かが当たる音。横目にそちらを見て見れば、何故か上半身を裸にした褐色の筋肉達磨がそこにいた。


 『砂の国』出身と思われる褐色の大男が丸太のような腕を振りかぶり、拳を打ち降ろしてきていたのだ。

 その拳はどぷんと水の壁にはまり、勢いを殺され、スーヤがそこから退避する余裕ができる。


「流石はルーニャ家、強力な魔法よ! 我が名はドレッド・サラー! そして我が固有魔法は、【隆起】!」

「おいおい、3人も集まってきてるのかよ。早すぎないか?」


 カンジスの【魔縄】といい、馬鹿正直に説明するのかよというツッコミは口にしないまま、スーヤは攻撃ではなく、逃げを選択する。牽制に魔法を何発か撃ちながら、【烈風】で先ほどまでいた通りを目指す。

 義理があるわけではないが、セリビンがどうなっているかは気になったのだ。


 が、既に遅かったようだ。

 引き離されている間に、セリビンは倒れていた。

 何かに吹っ飛ばされたように建物を崩しながら気絶している。

 【魔縄】で拘束された彼は、避けることも防ぐこともできずにやられたようだ。


「ゴミは掃除しておきましたよ。これでお相手願えますかな?」


 いつの間にか建物から降りていたセイドが、ドレッドとカンジスを従えるように佇む。


「天柱は与えた、挑む機会を。これもまたとない機会。スーヤ・ルーニャ、手合わせ願おう」

「誰であろうと、倒す!」


 スーヤはほとほと呆れる。

 彼女がルーニャ家を嫌う理由のひとつは、こうした過度なルーニャ信仰にある。

 ルーニャといえば、魔法使いで知らぬ者のないほどの有名な家系だ。『教の国』での揺るぎない地位を誇っているわけだから、信仰されるほど偉いといえば偉いのだが。


 スーヤはそれを嫌う。めんどくさいのだ。そういうのは全部。


「はぁ……ほんと、ロクなことねーよな」

「3対1とは卑怯だと思いますか? それならひとりずつ相手になりますが」

「あん? 誰に口きいてんだオマエ」


 黒い制服に身を包み、アザルの厳しい指導のもと数年を費やして魔法戦闘の技術を磨いてきた3人が身構える。

 それほどのプレッシャーが、不可視の圧力のような魔力が、年端も行かぬ子供にしか見えないスーヤを取り巻いているのを彼らは幻視した。


「まさかオマエら、たった3人ぽっちであたしに勝てると思ってんのか?」



 □□□□□


「あーっと! セリビン・ベバレスク、気絶により脱落です!」


 早速始まった戦いとそれを盛り上げる司会の実況に、闘技場は熱気に包まれる。


「これまでの、魔法も使えずにあっという間にやられてた連中とは違うよ。侮らないことだね」

「ふむ……まぁ大怪我していないならいいが」


 嫌味をたっぷり含めたアザルの言葉を、ラビスは聞き流す。

 アザルはそれに苛つきながらも、これからも同じようにアイリア学園の生徒が倒れていくのを想像し、ほくそ笑んだ。



 ウェンユェは「ふむ」と顎に指をあて、やがて新しく魔法陣を描く。


「これだと、あの子たちには誰が脱落しているか見にくいですね。手を加えましょう」


 ドーム状の魔法空間の上に、またひとつ窓が増える。

 それは舞台内で戦う14人の生徒の名前が連なる、巨大な名簿のようなものだった。

 ただ、セリビンの名前が薄くなり、消える。


「おおっ、これは分かりやすい! ウェンユェ様、ありがとうございます! ……って、おお?」


 客席から見ていた者たちも、ひとつの違和感に気付く。

 ハラハラしながらミアを見ていたクレアもまた、気付く。


「あれ……レンファンは?」


 アイリア学園側の表示からは、セリビンだけではなく、レンファンの名前も消えていた。


「おおおおっと!? レンファン・シンウーの名前がありませんが! これはどういうことでしょうか!」

「あそこには、脱落せずに残っている生徒の名前が表示されていますわ。つまりレンファンは……」

「だっ、脱落したのでしょうか! しかし一体いつの間に!? シェリア魔法学園にそれほどの強者がいたということでしょうか!!」


 実況の質問に、彼と同じく【拡声】を使って答えるウェンユェ。

 自分の姪が早々に脱落したことを、彼女は特に残念がっていないようだった。



 そんな開始直後の波乱をよそに、アデジアは周りと同じくテンションを上げ、声も上げる。


「ミアーーー!! 立てーーーーー!! やってしまえーーー!!」

「頑張ってーー! ミアーーー!!」


 ナギサもまた、アデジアに負けず劣らずの声量を飛ばす。

 周りの観客は、2人の(主にアデジアの)異様な熱気に思わず引いた。



 □□□□□


「それじゃあ……トドメ……」

「甘いわね」


 さらに何かの薬を散布しようとしたリセより早く、ミアが言い放つ。

 同時に【雷撃】がリセの目の前の地面を打ち付けた。


「AMフィールド……?」

「魔法使いの弱点は指と口。そのどちらも塞がないなんてね」

「魔法使い……でも……どうして……あなた……ルーニャじゃない……」

「スーヤ以外にも魔法使いがいるってわけ」


 AMフィールドを張った影響か、ミアは脚の痺れが少しずつ解けていくのを感じていた。

 おそらく吸い続けることで効果を発揮する薬だったのだろう。医学薬学に縁遠いミアに詳しいことは分からないが、動けるようになれば負ける気はしない。


「そう……でも……あなたも、なんで今の……当てなかったの?」

「当てたら死んじゃうからよ」

「…………そう」


 ある程度痺れのとれたミアが立ち上がると、リセは再びなにかの薬を撒く。

 まるで紫色の霧がかかっているような光景に彼女の姿を見失いそうになるが、ミアはとりあえず倒れているオーソーに近付き、AMフィールドの範囲内に入れた。


「じゃあ……頑張って防いで……吸い込み続けたら……死んじゃうよ……」

「その心配は無用よ。その前にあなたを倒すから」


 毒と化した薬粉の霧を巻き込んで、ミアの放った【烈風】が吹き荒れる。

 場の視界が晴れ、リセの姿を捉える。


 そしてすぐさま【雷撃】を放つ。

 AMフィールドで防がれたとしても気絶するほどの威力だ。

 そのまま当たった時のことは考えないようにした。


「……っ?」


 すると、リセがきょとんとしたような顔を浮かべながら()()()()()()()()()()()


「……は?」


 【雷撃】が空振りに終わり、ミアは僅かな間呆気にとられる。

 地面に穴を掘る時間はなかったはずだし、そもそもリセが消えた地面に穴は空いていない。

 となると【転移】のような移動魔法か……しかしそんな魔法は知らない。


「ミア君、もう大丈夫だ。世話をかけたな」


 オーソーが麻痺から解放されたことで、思考を中断する。


「逃げたのか……?」

「どうでしょうね。案外すぐ襲い掛かってくるかも」

「とにかく移動しよう。遠くで凄い地鳴りもあったし、他の場所でも戦いが始まっているのだろう。合流するぞ!」


 まだ痺れはあるだろうに、パシンと脚を叩いて走り出すオーソーの速度は、身体強化でかなりのスピードになっている。

 身体強化の一回でも惜しいミアは、魔族の身体能力だけでそれについて行った。

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