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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第二章 天使編
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第二章エピローグ・魔

 天使の島から帰ってきたその日、『港の国』は沸き立っていた。

 どこで噂が流れたのか、人々が「天使が勇者候補たちを祝福した」などという話が広まり、アイリア学園の生徒たちは元々の知名度に加え一躍有名人となった。


 生徒たちもトラブルはあったものの、天使に会い、招待されるなどという人類史に残る事に興奮した。

 急遽『柱の国』や学園にも使いを出し、修学遠征はしばらくお休みの自由期間となり、観光しつくすぞと意気込む者や鼻を伸ばすのに勤しむ者が続出している。


 先日の通り魔事件も、この熱狂にすっかり忘れ去られる。

 沖合いでの謎の巨大落下物や光の柱は流石に危険視されたが、天使が関わることということで人間にとやかく言うことはできない。


 今回の事は『天使の招待』として人類史に刻まれていくことだろう。



 □□□□□


 夜、ミアは【氷結】で過ごしやすい温度にした宿舎の自室にて、クレアと共にベッドに入っていた。

 どうしてこうなったかと言うと、天使の島で交わした「じっくり話し合おう」という約束のせいである。


 本当の恋人ではないが、2人にとって思うところのあった最近の状況も話すことから、部外者のいない時にしようとした結果、クレアがミアの部屋に突撃することを敢行した。


 ミアも流石に疲れているから目を閉じたらそのまま寝てしまいそうである。

 それでも気合で起きていた。


「さぁ! 話そう!」


 意気込むクレア。至近距離で大声はやめてほしい。


「何を話しましょうか」

「えっ? あー、そりゃ、お天気のこととか」

「明日も晴れよ」


 意気込んだはいいが、クレアは自身の思いを言語化するのを忘れていた。

 故にたどたどしく、気持ちを吐露することになってしまう。


 くだらない話でもいい、とミアは言っていたが、クレアはつい気持ちが先走って本題に入ってしまうのだ。


「……あの、ね、私、ミアに嫌われちゃうかなって思ってたんだよね」

「どうして?」


 ミアはきょとんとした。

 コミュニケーション能力に長けるクレアには嫌われる要素などないだろうとも思っているミアは、突然の言葉に純粋な疑問が浮かぶ。


「……ミアって、自分の事、話したがらないから……どこで何してる、とか今まで何してた、とか、訊くべきじゃないな、って思って……で、でも……私、知りたいなって、思って……」

「つまり、私のことを知りたいってこと?」

「そ、そう……でも、悪いかなって。嫌われたくはないなって……だから、ミアとどう接したらいいか、分からなくなってね。あはは、なんか変だよね」


 そういうことかとミアは腑に落ちた。

 潜入中の身で自分のことをペラペラ話すわけにはいかない。

 しかしクレアは知りたかった。その思いを無視して明かさなかったのは自分だ。

 それが燻ぶって、よそよそしい態度になっていたのか。


 ミアは唸る。

 どこまで話すべきか。虚構を織り交ぜるべきか。

 今までそういう話をのらりくらりと躱していた自覚はある。

 しかしここにはミアとクレアの2人しかおらず、物理的な逃げ場もないベッドの中。


「私は…………ミア・ブロンズ」

「うん」


 言葉が止まる。ただの自己紹介になってしまった。

 正体は何が何でも隠すのは当たり前だが、クレアに対しては誠実でいたい自分もいる。


「(って、なに真面目に相手しようとしているの! こんなの嘘ついて――)」


 嘘を、つけない。

 クレアに対しては、そうしたくない。


「あれ……?」


 ミアは自分で自分が分からなくなった。

 どうしたいのか、見失う。


 『嘘をついて騙す』という明確な安牌があるにも関わらず、それに手を伸ばせない。

 何故だ。何故だ。どういうことだ。

 自分の中の理屈と理屈じゃないところがせめぎ合っている。


 『自分のこと』よりも、まず『自分がどう思っているのか』を見つけなくてはならなかった。


「私…………あなたをどう思ってるの?」


 そう言われたクレアが見たミアの姿は、迷子になった幼子のようだった。

 泣きそうなわけでもなく、キョロキョロと周りを見回すわけでもないが、頼りなくクレアを見る彼女の灰色の目は、どこかを彷徨っていた。


「分からない。だから聞きたい。知りたい。ミアのこと、ミアが私をどう思ってるのか」

「私は、とも、だち……友達? 友達って、なに……?」

「……私にも、分からないなぁ」


 『友達だと思ったら友達』という価値観を持つクレアでさえも、今のミアの問いには気安く答えられない。


 2人はどうしようもなく足りない合いだった。


「……ごめんね? ミアのこと知りたいばかりで、私のこと話すの忘れてた」

「クレアのことは知ってるわ。よく話してくれるから」


 『柱の国』のはずれにある田舎、猟師の家の出身。家族構成は父母に弟が2人、妹が1人。

 小さい頃から無意識に聖剣氣の身体強化が使えたから、狩りの腕は負け知らずだった。一番の思い出は、難産だった妹が無事生まれてきたこと。


 どれもクレアが日常の中で語ってくれたこと。

 ミアは全部覚えていた。


「へへ、ありがと。じゃあおさらいしよっか」


 覚えていても、また話してくれる。

 くだらない話。それがミアにはありがたいし、心地よい。

 しばらくクレアの身の上話が続いた。


「いつかミアもご招待したいな。田舎だけどいいところだし」

「そう……そうね。いつか行ってみたいわ」


 クレアはやはりクレアだ。ミアはそう思った。

 自分のことをオープンにし、なんでも話してくれる。

 陽をたっぷり浴びたシーツのように包み込んでくれる。そんな感覚を覚えるのがクレアという少女だった。


 そんな彼女と比べて、自分はなんて不誠実で暗いのだろうとすら思ってしまう。

 クレアに嘘をつきたくないからこそ、嘘をつくか隠すしかない自分のことを恨む。


 こんな気持ちになるなんて、入学当初のミアは想像もしていなかった。

 封印期間を除いて約20数年。そのほとんどを戦いの中で過ごしてきたミアの青春は、こうした平和な人間関係への経験値が圧倒的に足りていない。


「それでね! あはは、もう全部言っちゃったかも」

「ええ。全部覚える。クレアのこと……ありがとう。今度は私の番ね」


 決意は固めた。

 どうすべきか。どう伝えるべきか。

 足りない人生経験を駆使しても時間がかかる。

 クレアは待った。ミアの口が開かれるのを。


 そして答えが出る。


「……ごめんなさい。やっぱり、私のことは……何も言えない。私、私は」

「ミア?」

「ごめんなさい、ごめんなさい……私には何もないの。家族のこと、生まれたところ、私の全部は、言えないの」


 口から出たのは、嘘も欺瞞も無い、追い詰められたような謝罪だった。

 ミアは自分の頬を伝うものに気付く。


「あれ、私……泣いて……?」


 この答えを聞いて、クレアがどう思うか。

 怒るだろうか、嫌いになるだろうか、偽装恋人どころか友達ですらいられなくなるのか。そんなのは嫌だ。でも嘘はつけない。だから『何も言えない』ことを打ち明けるしかない。


 無自覚だった。けどこうして明るみに出た。否応なしに自覚させられてしまう。

 自分はクレアのことを、いつの間にか大切な者だと思っていたことに。

 泣くほど失いたくないと思うほどに。


 嫌われたくないだなんて、お互い様だったのだ。


「ミアの泣いてるとこ、初めて見たかも」

「私も……久しぶりに、泣いた」


 シーツの中で、クレアがミアの手をとる。

 迷子を案内するように、探し物を一緒に見つけようと言ってくれるように。


「でも、でも私、クレアのことは好きなの。友達だと言ってくれたクレアが。それは本当で、好きだから、嘘、つきたくなくて、クレアにはちゃんと、だから、私……」


 今度はエレーナが両手でクレアの手を掴む。

 離したくない。離れないでほしいという意思が伝わってくるようだった。


「……うん。分かったよ。ミア、私のこと好きなんだ」

「ええ。私の、初めての友達だから……」

「分かった。私も、なんか分かっちゃったなぁ」


 クレアがはにかむ。

 どこか荷を降ろしたような顔だった。


「私もミアのこと、好きみたい。ううん、好き」

「本当? 私、クレアみたいに自分のこと何も話してない。クレアは話してくれるのに、知りたいって言ってくれるのに……! 何も返せないのに……!」

「それでも、ミアは向き合ってくれた。嬉しかったんだ、好きな人に『好き』って言ってもらうの」


 クレアも認める。

 友情か愛情か分からないが、とにかく自分はミアのことが好きだ。


「私ね、ミアの好きなところ沢山あるんだ。綺麗な顔でしょ? さらさらな髪でしょ? 変に負けず嫌いで意地っ張りなところとか、嫌いな食べ物残すところとか」

「え、ちょクレア?」

「お菓子食べたいのにぷにってなるの気にするところとか、たまにだらしなくなるのに可愛い寝顔とか」


 急な羅列に、ミアは顔が熱くなるのを感じる。

 隠していたつもりのないものが、まさかそこまで見られているとはと恥ずかしくなる。


「意外と気遣ってくれるところとか、私のこと頼ってくれるところとか」

「も、もういいから! やめて……!」

「なんか並べてみると、私、ミアのこと結構知ってるみたい」

「そうね……! いらないところまで知ってるわ」

「じゃあ、私が知ってる部分は、それでいいのかなって」


 たとえ昔のことを知らなくとも、いま相手にしているミアは、自分の知るミア・ブロンズである。

 今を生きているのだから、今の彼女を知っていればいい。

 そう思うと、クレアは胸が軽くなるのを感じた。


「わ、私だって……! クレアは毎朝起こしてくれるし、寝床貸してくれるし、文句言っても付き合ってくれるし、都合がいいし」

「私、都合いいだけの?」

「ああ違う! 優しくて、面倒見がよくて、誰とでも仲が良くて、太陽みたいで、か、可愛い! 私だって、教えてもらわなくてもクレアのこと知ってるのよ」

「あはは、そっかぁ」


 どこか余裕そうなクレアに、むっとなるミア。

 確かに負けず嫌いである。


 ふと、クレアがミアの頭を抱きかかえた。

 ほどほどの膨らみを顔に受け、籠った熱でのぼせてしまいそうになる。


「なんか、話してみたら悩むほどでもなかったね」

「私は悩むほどだったわよ……」

「友達だって言ってくれたけど、友達なのかなぁ? これ」

「何言ってるの。私たちは恋人でしょう?」

「ミア、私が恋人で本当にいいの?」

「ええ。恋人はクレアがいい」


  『偽装』という言葉が抜けているが、わざわざ訂正することはしない。

 ミアもクレアも、友愛なのか恋愛なのか分からない曖昧な『好き』を受け入れた。


 シーツの下から部屋を冷やす【氷結】が追加される。

 そうでもしなければ、この熱さは寝苦しかった。


「明日は自由時間になっちゃったし、海行く?」

「あ、ごめんなさい……明日はちょっと」

「えー! じゃあ明後日は?」

「明後日は……ええ、いいわよ。行きましょう」

「よーし! じゃあ水着選んであげるね!」

「嫌よ。裸みたいな布切れじゃない」

「水着はそういうものだよ。ていうかミア、天使の島で裸同然だったじゃん!」

「あ、あれは仕方なくて――」


 夜はもう少しだけ、長くなりそうだ。

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