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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第二章 天使編
38/208

32 Knockin' on heaven's door 7

 私とマァゼが同時に動き出す。

 私は駆け出し、マァゼは飛ぶ。

 2対1という状況ではあるけど、主天使がそう簡単に攪乱されてくれるはずもない。


「消えろ」


 【天墜】が飛んでくる。頭上からの攻撃は避けにくい。常に見上げていないと回避のしようがないからだ。

 ズドドドド、と次々に光の柱が私を狙って降り注ぐ。

 マァゼは……避けてはいるみたいだけど正直言って苦しそう。

 封印結晶の欠片に当たって消滅させられたら完全に詰むから、それも気にしなければいけない。


「あはぁ~!」


 マァゼが器用に大鎌をクルクルと回しながら主天使に突っ込んでいく。

 細い【天墜】なんかは大鎌で防げているあたり、あんな動きにも意味があるようだ。


 私の方はというと、もう足がもげそう。マァゼみたいに飛べないから地べたで頑張ってる。

 光に焼き切られて物理的にもげることもあった。

 その度に無理やり体を動かしたり【転移】で移動したりしたんだけど。


「その移動魔法の弱点は見抜いているぞ」


 不意に主天使と目が合った。


「音による隠密性の無さもそうだが……貴様は一度それを使った後、必ず何秒かの時間をおいている。10秒といったところか。つまり移動してから10秒の間、貴様は連続で移動できない」


 その通り。

 この【転移】は万能だと思うけど、弱点もある。

 主天使が言ったように、この魔法は連続で使おうとすると10秒のクールタイムがあるのだ。戦闘中において10秒は大きい。

 流石に使いすぎた。手の内がどんどん晒されていく。

 いや、このこともさっきの本で見た? あの本が何か分からない以上どれも推測の域を出ない。普通に見抜かれただけかも。


「そして封印結晶を持っているのはそっちの紛い物だな?」


 主天使の攻撃がマァゼに集中する。

 まぁそりゃ布を1枚羽織ってるだけの私よりかは隠せる場所も多いだろうし、常識的に考えればそうなるか。


 細い【天墜】で狙っているということは、まず動きを止めてから消滅させようという腹積もりか。

 させるわけにはいかない。この戦いは2人でなければ主天使に封印結晶を叩き込むのは難しい。どちらかでも欠けてしまえば可能性がぐっと下がる。


 魔力弾を連射。牽制程度にでもなってくれればいい。

 そのまま走り、高く跳ぶ。

 無論【天墜】による雨はちっとも降りやんでくれないので、視界を覆う眩しさに目を開けるのも一苦労だし、避けきれなかった分が容赦なく体を抉ってくる。

 【超速再生】にものを言わせるゴリ押し。マァゼにはこんな無茶はさせられないから私がやるしかない。


 私の無茶を見て、主天使はますますマァゼを仕留めんと魔法陣を描く。

 よし、ここだ。


「【氷墜】!」


 大質量の氷塊を足下に出す。一度の跳躍では主天使のもとへたどり着くまでに勢いが死ぬ。

 だから氷を足場にし、跳ぶ。魔力剣を右手に出す。


「負けないのね!」


 マァゼはエデミナ大森林で私に見せたことのある大回転で【天墜】を避けるように迂回しながら近づいている。

 私たち2人の攻撃、どちらかが当たればいい。


 が、やはり相手は強い。


 まずマァゼが主天使の腕の払いだけで大鎌ごと弾かれて吹き飛ばされ、次に私の右手首を掴まれた。


「っ……!」

「黒では私に傷ひとつ付けることはできん」

「なにを……!?」

「銀に至らぬ貴様らでは勝負にすらならんということだ」


 私の手首が粘土細工みたいにグシャリと潰された。

 なんつー握力。魔力剣も霧散した。


 そして主天使の空いた手が、私の顔を掴めるほどの距離で広げられる。

 文字通り目の前に構築される魔法陣。

 ああ、これは無慈悲だ。


「なっ、くっ!」

「抵抗は無意味だ」


 私に至近距離の【天墜】が撃たれ――


 ない……?


「……」

「え……?」


 主天使の顔を見れば、少しだけしかめられていた。舌打ちでもしそうな雰囲気だ。

 同時に一瞬だけ、絶え間なく降り注いでいた【天墜】の雨が止まる。


 この時の私は気付いていなかったことだけど、島は既にかなり天柱に近付いており、【天墜】を撃てば私を突き抜けて天柱にも当たっていたことだろう。

 天柱を主とする天使がそのようなことはできず、故に躊躇ったのだ。


 まぁ私はそのことに気付いていないわけだから、主天使が不自然に動きを止めたようにしか思えない。こんな状況で振り返るわけにもいかないし。


「お姉さま!」


 その隙を逃がすマァゼではなかったようだ。

 翼を使い一瞬のうちに主天使との距離を詰め、頭上に躍り出る。


「ッ!」


 はっと我に返ったような主天使がマァゼに魔法陣を展開する。

 頼むからここでやられないでくれと願う。いま封印結晶を持っているのはマァゼなのだから。


「あはは!」


 マァゼが何かをバラ撒いた。

 キラキラと光るそれらは、日光を反射してこの場に相応しくない幻想的な光景を見せてくれる。

 これは……私が先ほど足場に使った氷塊だ。細かく砕かれ、ぱらぱらと落ちてくる。


 その大きさは封印結晶の欠片と同じくらいのものが多いようだけれど、まさかこの中に封印結晶を混ぜたとか言わないわよね?

 緑色だから分かるとは思うけど、流石に紛らわしすぎてすぐ判別がつくかどうか。


 主天使も同じ思いのようで、目を凝らして氷の雨の中に緑色が混じってないか見ているようだ。

 もし混じっていた場合、私が先に見つけて掴まないとすべてが水の泡になる。


「小賢しい」


 見つけ出すのは諦めたようだ。

 主天使は掴んだままの私を思い切り上に投げた。


 私が軽いというのもあるだろうけど、凄まじい力だった。

 空中でマァゼに受け止められ、互いにわぷっとなる。

 と、同時に私の手に何か握り込まれた。


「くすくす」


 マァゼは意味深に笑うと、ギュンと私を置いて主天使に向かっていった。

 これは、そうか。やれってか。やるしかない。


 そしてマァゼは今回もまた、私と戦った時と同じように仕掛けをしていた。

 この戦いの中、ずっと【天墜】の雨を避けながら設置していたのだ。魔力起点を。

 それがいま発動する。


「っ、AMエリアか」


 マァゼの捨て身を伴う切り札。

 この空間すべてが強い魔法減衰効果を持つ。【天墜】もその例に漏れない。これで問答無用で全身を消滅させられるような攻撃は封じたと言っていいだろう。


 しかしこうなるとマァゼの飛行能力も失われ、魔力武器も出せなくなる。再生速度も著しく落ちるだろう。

 いま彼女は、姿勢制御も無く直線的に主天使に突っ込んでいる状態だ。

 対して主天使の翼は失われていない。【砕魔結界】の中でも消えなかった物だ。AMエリアでもどうしようもないらしい。


 ここで私も、マァゼの後ろから続かなければならない。

 マァゼとの共闘は連携とはとても言えないものだったが、ここだけは決めなければ。

 まぁこれからやるのが彼女の狙い通りかどうかは知らないけれど、利用させてもらう。


 ありったけの魔力を込めて【風砲】の魔法陣を背中に出す。狙いは私自身。

 空気の大爆発で軽い私の体を無理やり空中移動させる。

 AMエリアの減衰に見舞われながら、それでも私をマァゼ以上の勢いで主天使に向かわせてくれた。


 そして私はマァゼの背中に足を向け、ドロップキックの形で勢いそのままに思い切りぶつかる。

 結果、マァゼごと主天使に突っ込んだ。


「……!」


 勢いの強さに回避が遅れた主天使が私たち2人を受け止め、地上に落ちる。

 瓦礫に着地した主天使は、AMエリアを気にすることなく【天墜】で反撃に出始めた。


 もはや自らも範囲内に入ることを厭わない、死なば諸共みたいな規模。

 おそらく私や天使長を消滅させたものと同じ威力を放ったつもりだろうが、AMエリアの減衰により、瞬時に焼き尽くされるほどの威力ではなくなっている。


 それでもメチャクチャ痛い。体の表面から徐々に焼かれていく感覚。

 私は顔を歪めながら主天使を睨み、間に挟まるマァゼの背中に思い切り拳を突き入れた。


「が……ッ! え、へへ……お姉さまが私の中にぃ……」


 マァゼの体を突き抜ける私の拳、そしてその中には封印結晶がある。

 主天使からすれば、自分に掴みかかっていたマァゼの腹から突然手が生えてきたように見えるだろう。

 この不意討ちが、私たちの最後の手段。


 ……だったのだが、封印結晶が主天使に触れる前に、手首を掴まれた。


「無駄だ。届かない」


 デジャヴが襲う。また手首を折られる。そして封印結晶が手から零れ落ち、私たちの勝ちが潰える。そんな光景がやけにリアルに思い浮かぶ。


 しかしそれは訪れなかった。

 視界がグラリと斜めになる。

 一瞬主天使になにかされたのかと思ったが、彼女も「なにっ」と声を漏らしている。


 地面が傾いていた。いや、地面というよりも島。

 島自体が大きく斜めに傾いていたのだ。いやなんで?


 私たちは突然の傾斜に姿勢を保てなかった。主天使の手が私の手首から離れ、腕がマァゼの胴体から抜け、3人がそれぞれ離れていく。

 とても立っていられず、揃いも揃ってゴロゴロと倒れて転がる。それほどにキツい傾き方だった。




 □□□□□


「ああぁぁ! もう天柱にぶつかります!」

「やむを得ん、ヘブンズコートを傾けろ! そうすれば避けられる!」

「し、しかしそれでは各フロートが……!」

「崩壊しようと構わん! 天柱にぶつかるよりはマシだ!」

「は、はい!!」


「ぐ……おおぉ……!」

「こ、これ以上の傾きは……!」

「頼む、避けてくれ!」

「…………し、室長! 抜けました! 回避成功です!!」



 □□□□□



 こうして私たちは、島を傾けることで天柱を回避しようとした天使たちのことなど知るはずもなく、わけも分からずガラガラと地面を滑ったり転がったりする瓦礫たちに巻き込まれる。


 私はなんとか立ち上がり瓦礫を避けるので忙しい。

 マァゼは……あ、死んだな。

 腹に風穴が空いた状態でまともに動けず、瓦礫に巻き込まれたのだろう。AMエリアも消えたし。


「くっ、どうなっている……!」


 主天使が4枚の翼を羽ばたかせ、飛ぼうとしている。

 まずい。ここで逃がしたら確実に終わる。


 傾いた地面で、私は足場にちょうどいい瓦礫を探す。

 運のいいことに、いい感じの瓦礫を見つけた。

 私に迫る他の瓦礫を避けながら、その瓦礫に飛び乗り、主天使を見据える。

 よし、気付いてない。


 【転移】は使えない。音でバレる。

 ここから直接跳んで叩き込むしかない。


「(多分、ただ突っ込むだけでは駄目……今の私より、もっと速く……)」


 私は願う。私自身に。私自身の中に。


「(お願い、一瞬だけ……一瞬だけでいい、から!)」


 一か八か。私は跳んだ。

 足に力を込め、全身をバネのようにして。

 そして、僅かに回復していた聖剣氣で身体強化をして。


「なっ……!」


 ものすごい勢いで、一直線に主天使に飛び掛かる。

 やっと彼女の驚いた顔が見られたかもしれない。


 私自身、使えるかどうかは賭けだった。

 模造聖剣ミアで完全に使い切った私の聖剣氣。ただでさえ少ないそれがこの短時間でどれだけ回復しているか、私自身分からなかった。

 けど、跳ぶ一瞬だけならば使えた。回復していた。私は賭けに勝った。


「くっ!」


 主天使が私を見据え、叩き落とそうと魔法陣を作る。

 私も構築速度には自信があるが、主天使の速さには目を見張るものがあった。こういったところでも生き物としての格の差を感じる。


 2つ目の賭け。私と主天使、どちらが速いか。

 時間にして1秒に満たないが、そこには確かにひとつの戦いがあった。


 すべてがスローモーションに感じる。


 一瞬の身体強化で跳んだ私は、目で追いきれないほどの速さをもって主天使に突っ込んでいる。

 対する主天使は、【天墜】を放とうとしている。AMエリアが消えた今、魔法を妨害するものはなにもないのだ。


「(……ああ、だめかも)」


 僅差で【天墜】が勝つ。そう直感した。

 届かない。彼女の言った通り、私では届かない。

 彼女に触れる前に、光によって消滅させられる。手に持った封印結晶ごと。


 悔しさとか無力感とか、そういうのすらも感じずに消える。私の負け。



 ――そう思ったのもつかの間、主天使の顔に何かが当たるのが見えた。

 あれは、魔力弾だ。私が撃ったものではない。そんな余裕はない。

 あれを撃てるのは天使のみ。


 通り過ぎた瓦礫の間に、隙間から手を伸ばす銀髪が見えた。


 本人は悪あがきのつもりだったのか、それとも嫌がらせか。

 それは一瞬だけ、主天使の魔法陣構築を阻んだ。

 その一瞬が、私の命運を分けた。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫びながら特攻する。

 風を追い越して跳ぶ私は何も考えず、主天使の胸に飛び込んだ。


「ぐっ!」


 ダメージは入っていないだろうけど、主天使を壁に叩きつけられるだけの勢いはあった。

 すぐさま私は封印結晶を主天使の胸倉に押し付ける。

 確かな感触がそこにはあった。


「はぁっ、はぁっ……はぁっ……! っ、あっ……はぁっ……! 私の……勝ちよ……!」

「……そのようだな」


 苦々しく吐き捨てる主天使の顔を見て、私は声に出さず「ざまぁみろ」と言ってやった。

 いつの間にか、島の傾きはゆっくりと戻っていた。


「はぁ……っ、はぁっ……さて……"交渉"を、っ、始めましょうか……!」

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