26 Knockin' on heaven's door 1
英字サブタイの時は基本的にエレーナ(ミア)視点となります
案内役の天使が出ていき、私は広いドームの中で目の前にいる天使長と2人きりになった。
私も色々と訊くつもりだったから、向こうからこういった場を設けてくれるのはありがたい。
「やぁ、エレーナ・レーデン。近くに来たまえ」
その言葉に、私の表情は険しくなったと思う。
開口一番かいっ。
向こうが何も知らなければ、ミア・ブロンズの仮面を被ったままでいられたというのに。
「何をしている、早く来たまえよ」
いや、大丈夫。話をするだけ。それだけ。
まずは落ち着いて、近づかないと。
進めば進むほど、白一色の背景にポツンと備えられたテーブルの上にある物が目につく。
ワインの瓶、盛りつけられた果物。
天使はそういうものとは無縁だと思っていたけれど、いやに俗な感じがする。
「もてなす物は無いのではなくて?」
「人間どもにはな。お前は別だ、天魔族」
私はテーブルを挟む形で、天使長と向かい合い用意された椅子に座った。
椅子はフカフカ。貴族が使うような品物。
よく見ればテーブルも、職人が作ったような高級品だ。
きっとワインも高いのだろう。
天使長が差し出すワインを断り、果物にも手を付けずに足を組む。
無礼と怒られる所作だけど、礼を尽くす相手でもないし。
「マァゼから聞いたの?」
「……? ああ、あの失敗作か、いちいち名前など覚えてられなくてな。報告はすべて私に上がってくる。聞いたと言えば聞いたということになるか」
いちいち嫌味ったらしいわね。
まぁ知っているなら話が早い。
「あなた達の目的はナギサでしょう? あの黒髪の冒険者」
「そうだ。あれは天使が保護しなければならない」
「保護? はっ! 天使が保護ですって? なんの冗談かしら」
「我らは天柱と女神に仕える身。保護するのは当然だろう」
天使長がパチンと指を鳴らすと、テーブルの横に大きな何かが現れる。
半透明な、なにか。宙に浮かぶ窓のようなそれには、天柱が映し出されていた。
これも天使が持つ超常技術のひとつなのだろう。
「これは?」
「あの日の天柱だ。ここを見ろ。小さいが見えるか?」
目を凝らしてみれば、天柱から何か影らしきものが落ちていくのが見えた。
それはまるで人影のようで、今までの話から正体を察せてしまう。
「ナギサ……?」
「実をいうと、我々にもこの者の正体は分かっていない。この者が出てきた箇所に天使を向かわせたが、天柱には扉や窓の類は確認できなかった」
「本当に天柱から……」
「お前がナギサと呼ぶ個体は、間違いなく天柱から出てきた者だ。だからこそ保護する必要がある」
天使のお墨付きをもらってしまった。
まさか本当に『天柱の人』などというものが実在したとは。
故にやはり気になる。
「どうして排除するのではなく保護なの? ナギサの存在を天柱教が知れば、人間たちは大いに驚いて……最悪教会内でいざこざができるかもしれないわよ。殺しておいた方がいいと思うけど」
「天柱の者を殺せるわけがない。それに、勿体ないではないか」
「勿体ない?」
「我々は天柱の女神に仕える身であるが、その実、天柱のことを何も知らん。かの者が何か知っていれば、聞いてみたくもある。それに……」
天使長がワインをクイッとあおる。
空になったグラスがテーブルに置かれ、少し身を乗り出したように思えた。
「かの者は人間に高く売れそうではないか」
耳を疑った。
人間に売る? 何を言っているのか理解できない。
「は?」
「かの者の価値くらい、私にも分かる。天使から遣わされる天女……人間どもが見たらどう思うかな」
「大統領や勇者に並ぶほどの影響力を持つでしょうね。ナギサにとってそれがいいかどうかは分からないけど」
「そういう者を、喉から手が出るほど欲しい人間もいるだろう。何を見返りにしてでも欲しがる者はいるだろうなぁ」
なに、その言いぐさ。
まるで奴隷商人のような物言いに、私はいたく違和感を覚える。
これが天使? 話と違うじゃない。
「まるで分からないという顔をしているな、天魔族」
「ええ。分からないわ。あなた達は天使よね? 人間と話している気分なのだけれど。天使は世界の秩序を守る存在、ただそれだけではなかったの?」
「かつてはな。しかし私は違う。甘い蜜の味を覚えてしまえば、それに浸りたいのは……人間でなくても人情というものだろう? このワインや果物もそうだ。こんな何もない島にいては、こういうのにもありつけん」
天使長が林檎を手に取り、かじりつく。
「食い物の旨さ、商売女の手練、何も知らぬ生娘を犯す征服感……それらをあの馬鹿共は知らぬ。ただ信仰されるのには飽いたのだよ。人間どもの権力者に一言告げれば、何もかも手に入るというのにな」
「笑えるわね。信仰されている天使の長からそんな言葉が出てくるなんて」
「無論、天使としての仕事はしてやっているさ。いま世界は人間だけが繁栄し、安定している。その人間どもにどうしようもない混乱が起きれば、我らの出番。代わりに私が少しばかりいい思いをしようというのは、なにも間違っていないだろう?」
私は天使をもっと高潔な存在だと思っていた。
私欲はなく、ただそこにある自然現象のようなものだと。
目の前にいる天使長は、そういうのからかけ離れた者だ。欲があり、それを満たし、貪る。天使のはずなのにどうしようもなく人間らしい。
「他の天使は知っているの?」
「知らぬさ。知る必要もない。この会話も盗み聞きはできん。そう命令しているからな。天使長の私の命令は、考えることを放棄し使命にだけ従う奴らにとって絶対よ。もし知ったとしても意味はない。使命にだけ盲目になる使い勝手のいい駒に、考える頭などないのだよ」
この天使長が何故こういう思考に至れたのか、それはどうでもいい。
分かるのはただひとつ。この男は。俗物だ。
「散々『天柱に仕える』と言っておいて、肝心の天柱から出てきた人間にそんな扱いをするとはね」
「魔族には建前も分からんか?」
「そもそもナギサには記憶が無い。戻る保証もなければ、そこらの小娘と変わらないわよ。あなたはただの一般人でも天女として売り込むつもり? まぁ天使が言うなら詐欺でも信じる人間はいるんでしょうけど」
「ほう、そうなのか。では記憶が戻るまでは、やはり保護して隔離してやらんとな。私以外の者が利用するのは看過できん。いっそ私があれを持ち上げて天使の支配体制を築くか、はは」
冗談のように言っているけど、きっと心の中では冗談で済まさないのでしょうね。
「その言葉、女神が聞いたらどう思うかしらね」
「フン、女神を信じているようには見えんが?」
本音を言えば、別に私はナギサが悪人に利用されようと、世界から隔離されようと、殺されようと構うことはない。
今を生きる者たちへの干渉は、私の望むところではないから。
でも私はナギサと出会い、曲がりなりにも助ける形になってしまった。
今は彼女のために動いていると言ってもいい。でなければわざわざ天使に関わるなんてしたくないから。
最後まで筋は通さなければならないと思う。
それに話して分かった。
コイツらにナギサは渡せない。
秩序を保つなんて嘘っぱち。この天使長はいつからか欲望にまみれ、人間どもと癒着してその私腹を肥やしている。
今もナギサを私利私欲のために利用しようとしている。
そのためなら下界の人間たちなどどうでもいい。世界がどうなろうと知ったことではない。なんて欺瞞。
「それで、どうだ? あの者はお前が匿っているのだろう? 寄越したまえ」
「お断りよ」
「ほう……世界の敵たる魔族風情が、私に逆らうと?」
「いつの話をしてるのよ。今や世界の敵はあなたでしょう。欲の権化に成り下がった天使が」
これでもう、天使に渡してやる道は無くなった。
あとは敵対が残るのみ。
ナギサもきっとこんな奴らに身を差し出すなんてしないでしょう。
「私は天使への命令権を持つ。この意味が分かるか? 私の一声であの残った魔族どもを皆殺しにもできるのだぞ」
「ならそうなる前にあなたを殺すわ。天使を殺すのは初めてじゃないもの」
天使長の眉間に皺が寄る。
煽られ慣れてないようで、怒りを抱いているのがすぐに分かる。
「ここには話し合いに来たつもりだったけど……」
「ふっ、もしやこれを"交渉"だと思っているのか?」
天使長が指を鳴らす。
同時に私の背後から、胸を椅子越しに突き刺す物があった。
「っ……」
「天使を統べる天使長の命令だ、天魔族。あの者を寄越せ」
魔力武器。控えていた天使の仕業だろう。
これじゃ話聞かれない? ああ、天使って基本的に上の者が絶対だから見て見ぬふりか。
ああ、また制服の申請しなくちゃ。
「あぁ、もし交渉がしたいのなら、私とて考えなしではない。魔族を助けてやれる道は残すぞ」
「へぇ、何かしら」
ずっと胸に槍みたいな魔力武器が刺さっていてめちゃくちゃ痛い。
けどここで苦痛を顔に出すわけにはいかない。
強がらなくては。
「エレーナ・レーデン、我が物となれ。そうすれば魔族も、あのナギサとやらも見逃してやる」
「へぇ、ずいぶん破格なのね」
「どれだけ手を尽くしても手に入れられなかった【超速再生】だ。1000年前からずっと焦がれていたよ。あんな失敗作よりも、やはりお前を手に入れるのが一番だな。お前にはそれだけの価値がある。極上の待遇と快楽を約束するぞ?」
「気持ち悪い」
さっきからコイツの目つきが気持ち悪いし、言動も気持ち悪い。私の根幹の部分が、お近づきになりたくないと言っている。
下衆な男に付き合うのも、もう飽きた。
「話にならないわね。確かに交渉じゃないわ」
既に正体はバレている。
私が最も懸念していた魔族への飛び火も匂わされた今、確かにここで私がこの男に膝をつけばすべてが丸く収まるかもしれない。
けれどこういう手合いに従って、言われた通りに進むわけがない。それくらい私にでも分かる。
話し合いで済む相手ならよかった。出されたワインを飲むくらいはしてやれた。
けどコイツは駄目。少し話しただけでそう判断できる。
魔族を引き合いに出したことも許せないし、私自身に執着されるのはもっと許せない。私は貞淑なの。
もういい。
殴ってやりたい。
ああ、私ってやっぱり野蛮な魔族なのかしら。
「私、やっぱり天使は嫌いだわ」
「ッ、やれ!」
私の魔法陣構築を察したのか、天使長が手で何かを支持する。
すると私の胸を貫く槍が増え、同時にドームの窓らしき場所が開いて2人の天使が入ってくる。
マァゼのように、翼を使って直線的に飛来してくる。黙ってやられるつもりはない。
【雷撃】を同時に四方に展開。
天使長に向けたものには、特に魔力を込めすべて放つ。
雷がテーブルを破壊し、天使長に襲い掛かる。
それが開戦の合図となった。
「ちっ、結構強めに撃ったのに」
「私は天使長だぞ? 天使序列1位という言葉は飾りではない」
天使長のAMフィールドに、あっけなく私の【雷撃】は防がれた。
エデミナ大森林でマァゼに放ったように、フィールドを突き破って殺せるくらいには強くしたつもりだったけど、はるかに強い魔力で張られている。
他3人の天使も同様、AMフィールドを張って防いだようだった。
おかしいわね。私そんなに弱くないはずだけど。まぁいいか。
傷口が広がるのも厭わず、私は席を立つ。槍は抜けた。
敵は背後に1人と入ってきた2人、天使長で計4人――
「はぁっ!」
いや、5人。
先ほど私を案内した青髪の女天使が、天使長の背後から飛び掛かってきた。
持っているのは剣の形をした魔力武器。私のと違い、普通に打ち合えるくらい丈夫そうな剣だ。
「仇討ちをさせてもらうぞ、エレーナ・レーデン!」
AMフィールドを張り、剣を防ぐ。
防ぐといっても止められるわけではない。マァゼの時のように、少しだけ抵抗してから破られる。
けどその少しの時間があれば、回避は容易。
身を屈めて横薙ぎを潜り抜ける。
後ろから槍使い天使が迫ってくるのが分かった。
翼を広げて向かってきている。右にも左にも1人ずついて、こちらに向かってくる。
青髪天使は、既に次の太刀のモーションに入っている。
逃げ場のない四方からの攻撃。
「ちっ」
【転移】を使い空中に逃げる。
予備動作のない瞬間移動は天使でさえも追いかけきれない。
都合よく天使長以外の4人が一塊になってくれた。
「ずいぶん硬いようだけど、これは防げるかしら」
ひとつの魔法陣を構築する。
【雷撃】が防がれるなら、もっと強い魔法をぶつけてやればいい。
上級魔法【雷墜】。
構築難易度も高く、上から下に落ちる性質がある上級魔法たちは、フレキシブルさには欠けるが威力は十分。
天より飛来する極大の一撃の威力は、【雷撃】の比ではない。
「消えなさい」
轟音と共に、ドームの床すべてを巻き込む勢いで【雷墜】が炸裂する。
私は勝負が決まったという顔をしたけど、それはすぐに改められた。
「ぐ、ぅっ……!」
「ぎっ……!」
天使たちは耐えていた。
AMフィールドの減衰すら誤差に入るほどの威力を撃ち込んだはず。
並みの兵士なら鎧ごと消し炭にする雷だというのに、原形を保っている。
一応全員にダメージは与えたようで、2人ほど床に倒れ伏しているが、再生能力を持つ天使には大した意味はない。
少なからぬ驚きがあった。
「ふっ、馬鹿め。このドーム内では我ら天使の魔力が増幅されるのだ。いかに膨大な魔力量を誇ろうと、数の利は覆せんぞ」
なにそれ。このドーム全体が奴らを強化するということ?
ならドームを破壊してやれば……
「ドームを破壊しようとしても無駄だ! このドームは元々訓練施設でな、どんな魔法を撃ち込んでも魔力を吸収する。脱出も叶わんぞ!」
「なら、とっとと全員倒せばいいのね」
私には天使のような翼など出せないので、滞空能力が無い。
一瞬作り出せた上下位置も、私の着地と共に入れ替わる。
「さぁお前たち、天魔族に挨拶したまえ」
「天使序列7位、リィリン! 貴様は私が倒す!」
「天使序列16位、ゲィン。手合わせ願うぞ、『魔王の騎士』」
「天使序列20位、ポォロク!」
「天使序列25位、レィミ!」
あーはいはい、ご丁寧にどうも。
人間にも腕の覚えのある者は名乗ってきたりしてたけど、なんなのかしらあれ。これから死ぬというのに、覚えていてほしい的な? 全員を覚えられるほど私の頭はでっかくない。
うざったいったらない。
改めて敵を確認する。
さっきから何もしてこない天使長。
これは自分は動かず部下にやらせるタイプね。逃げようとしない限り放っておいて大丈夫。
私を仇と呼ぶリィリンなる青髪天使。
序列がどういう意味かは分からないけど、おそらく天使長を除いた他の3人よりも強い。
ゲィンと名乗った槍使いの男天使。
私をさっきめった刺しにしてくれた不届き者。よくも制服に穴をあけてくれたわね。
ポォロクとニィミという女天使は、【雷墜】で倒れた2人。あれは一般的な天使の強さだと思う。
「念には念を入れようか。お前は確実に手に入れたいしな」
天使長が指を鳴らせば、ドームの天窓が開かれ、何か大きな物が飛び込んでくる。
地面が揺れるほどの衝撃のある着地だった。重量のあるそれは、見たことのあるものだ。
「あら、懐かしいわね。まだこんなものを使っていたなんて」
3mほどある巨体。
人の形をしているが、これは人ではない。頭部は無く、大きな胸部は人が座ってすっぽり入るサイズとなっている。
中に天使が入り、魔力によって動かす巨大鎧。天使が持つ未知の技術力の結晶のひとつ。
確か1000年前に名前を言ってたはず。確か……ヘブンズアーマー。
《天使序列26位、ディミ! 叩き潰してあげるわ!》
知らない素材で作られた巨大鎧に乗った女天使が子供のように吠える。
厄介なのが来た。
「さぁエレーナ・レーデン、どうする? 【超速再生】を持っていようと痛覚はあるだろう。痛い目を見たくなければ、今のうちに身を差し出せ」
「そうしてあなたの娼婦になれと? お断りよ。あなたにはナギサも私も渡さない。魔族にも手を出させない。あなたは天使ではない。ただのクズよ」
「私は天使さ。紛れもなくな! まずはその口から塞ごうか!」
重い音を立て、ディミなる天使が乗ったヘブンズアーマーが一歩踏み出す。
他の天使たちも、魔力武器を私に向ける。
天使は強い。負けるつもりはないけれど、たったひとりでも驚異だ。
天使長を勘定に入れずに5対1。
数だけなら1000年前の時よりも不利。環境的にも不利。端的に言えば最悪。
しかもただ殺しただけでは再生する。私が言えた義理じゃないけど、反則よね。
でも、首を垂れるわけにはいかない。
始まりはもらい事故気味だったとはいえ、私は首を突っ込んでしまった。
ならば終わり方くらいは決めさせてもらう。
「天使長、私はあなたの下卑た思惑を否定する。その欲望を破壊する!」
白い制服を着た私と、黒い修道服を着た天使たち。
それはどこまでも交わることのない対極の二色に思えた。




