25 天空のエレーナ・レーデン
後の設定に矛盾するため「エレーナに長い船旅の経験がない」という部分を削除修正しました
一の刻を告げる鐘が鳴り響く中、港で彼らは天使と出会う。
アイリア学園、生徒約60人と教師陣。
目の前には大きな船と、出迎える1人の天使がいた。
「全員ですね?」
「ええ」
それは先日、宿舎を訪れた天使だった。
同じようにギルベルトが主に対応し、生徒たちが船内に案内される。
客船のような木造船は、『港の国』をせわしなく出入りする他の船とそう変わらない。
そして間もなく出航。
波と風を切り、すいすいと海上を進む。
「天使の島というのは、どこにあるので?」
「すぐ着きますよ」
「外魔が出るほど外海へは行きたくないものですが」
「その心配は不要です」
陸から遠く離れた外海には、人類大陸を囲むように外魔という化け物が生息している。
外魔は魔物ではない。数千年前に当時の魔王が生み出した魔物と違い、太古の昔から存在するものだ。
自ら人類生存圏に入ることはないが、まるで人類に蓋をするように存在する。
魔族大陸の間にさえも外魔がいたほどで、今の大陸残滓と人類大陸の間にも外魔は住みついている。
人類でも魔族でも、外魔の力はこの世でもっとも恐ろしいものとされている。
手違いで外海に出てしまった船は例外なく餌食となるし、人類が外の世界を目指そうと外魔を突破するべく大規模な軍を派遣しても全滅した、などという歴史がある。
外魔には絶対に触れてはいけない。この世界に生きるすべての生命の常識なのだ。
「ほら、見えてきましたよ」
出航から数時間、外魔の生存領域にほど近いと思われるほどに遠くまでやってきた。
そこにあるのはひとつの島。町がひとつすっぽり入りそうな大きさだ。
「アレか!?」
「すっげー!」
「こんなところにあったんだ!」
甲板に出ていた生徒たちも島を見つけ、はしゃぐ。
その島は外縁部こそ自然が見えたものの、中央には何かの白い人工物が見える。
遠目から見ただけでも、どの文明とも違うものだというのが一目で分かった。
「まもなく到着します。準備をしなさい」
「ミアちゃ~ん、はい、お水~」
「あ、ありが……うぷっ!」
ミアはそれどころではなかった。
彼女にとって船など数えるほどしか乗ったことがないものだ。さらに言うならば船旅にロクな思い出はない。
どうしようもない気持ち悪さと吐き気は【超速再生】でもどうにもならない。
同じように船酔いを訴える生徒はそれなりにいた。
彼らと横並びに甲板の端に立ち、手すりを放さず海だけを見る。
時折吐く者のことを、誰も責められない。
「おいおい、大丈夫か?」
「ラル……」
「てっきりクレアが看病してるのかと思ったが、いないんだな」
「そう、ね……うっ!」
なおミアの周りには、なにを拗らせたのか『美少女の嘔吐に萌える』などというふざけた生徒たちが一定数いた。
「喧嘩でもしたのか?」
「さぁ、分からないわ……」
「大丈夫かい? みんな」
船酔いした生徒を心配したリーパーもまた、彼らのもとへやってくる。
リーパーは何か力になれることはないかとやってきたが、船酔いは自分との戦い。誰もが助けを求めるがどうしようもなかった。
いつもなら「失せろ」と言っているであろうミアも、酔いには勝てず憎まれ口が出てこない。
「ところで、クレアさんはどうしたんだい?」
「知らないわよ……」
「あっちで遠巻きにミアさんを心配そうに見てたけど……彼女なら付きっ切りで見るはずだし、そうじゃないということは何かあったのかい?」
「分からないっての……!」
「ホントだ、クレアあんなところにいる」
ラルが見たクレアは、遠くの角から顔を覗かせてミアを見る、まるでストーカーのような姿だった。
「もし何かあったのなら、早く話し合うことをオススメするよ。どれだけ近くても、突然話せなくなってしまう……なんてこともあるからね」
なにやら影を感じさせるリーパーの物言いだが、それはそうだと言える。
ミアとてクレアの様子がおかしいことを問いただしたいところだが、今はそれどころじゃない。
小さく「分かってる」と返すことしかできなかった。
一瞬何かを思い出すような寂し気な顔をしたリーパーは「お大事に」と言うと、他の生徒の背中をさすりに行った。
ラルも「もうちょっとだから頑張れ」と残し去る。
それから少しして、生徒たちはようやく船から降りることができた。
□□□□□
「ここが……天使の島……」
「なんか、神聖な感じがする」
誰かがそう言った。全員が同意する。
鳥獣の類が一切いない森はどこか作り物のようで、不自然に静かだ。
「こちらです。ついてきなさい」
天使に導かれるがままに森を進めば、土は床へと変わった。
石畳とも大理石とも言えない、不思議な材質の地面。次第に見えてきた建造物はやはり、未知のもの。
「す……っげ……」
「わぁ~」
誰もが感動した。
森を抜け、開かれた場所には町のようなものがあったからだ。
その町は白一色。太陽に照らされ、まるで輝くように鎮座する立方体の建物たち。
たまに見える黒い修道服のような人影や、空を飛ぶ何者か。誰もが天使である。
本当に天使の領域に足を踏み入れたのだと改めて認識するには足りる光景だ。
案内する天使が通りかかった別の天使を呼び止める。
「人間たちを連れてきた。天使長様に報告と、浮上の準備を」
「はい」
「ではこちらです。大聖堂へ案内します」
白い町の中を進み、大聖堂と言われた建物へ案内される。
無機質な立方体が立ち並ぶ中で、唯一豪奢な意匠が施された建物だった。
扉の無い大きな門から入れば、中は天窓から降り注ぐ光が神々しさを演出する、まさしく大聖堂。
感嘆の一言。町並みを含め、見学という意味合いならば既に誰もがじゅうぶん感動できる体験だった。
誰かが息を呑むのは一度や二度ではない。
ほぼ全員が、天使という神々しさに触れ、感動していた。
奥の講談らしき場所には、他の天使とまた違う、一目で偉い人物なのだと分かる司教服を着たような者が、生徒たちを出迎える。
「天使長様です。跪きなさい」
「よく来てくれた。聖剣氣を持つ者たち。そして導く者たち」
司教といわれて遜色のない風体の恰幅の良い中年男性。それが天使長と呼ばれた者だった。
「膝をつかずともよい。招いたのはこちらなのだから。代表の者は?」
「アイリア学園の教師を務めております、ギルベルト・ファーソンです」
「そうかそうか。招待しておいてなんだが、もてなせるようなものが無いのだ。その代わりに、自由に見ていくといい」
ただ、と天使長はひとつ付け加える。
「この第4フロート以外には、足を踏み入れてはならぬ。よろしいな?」
「第4フロートというのは……?」
「この大聖堂と、先ほどの町並みを示す区画のことだ。他の区画への道は天使を立たせている」
挨拶もそこそこに、天使長は長い説教をするわけでもなくその場を後にした。
この中の誰が気付いただろうか。彼の目が獲物を追い詰めた狩人のそれだったことを。
そして突如、地面が揺れる。
地震かと思った人間たちはたじろぐが、天使たちは涼しい顔。
先ほどまで案内していた天使が「心配なされるな」と言い放った。
「これは浮上による揺れです。何が起きているか知りたければ、こちらへ」
自由に見ていけと言われたが、そんなことを言われてはついていかずにはいられない。
全員がついていき、大聖堂から続く地下への道を進む。
「えっ!?」
「嘘だろ!?」
辿り着いたのは、展望フロアと言えるものだった。
全面が分厚いガラスで出来た床で、下の様子が見える。
そして下には、海面がどんどん遠ざかっていく光景が広がっていた。
島が浮いていた。
どんどんと遠くへ離れていく海、やがて雲を超えたはるか上空で浮上が止まる。
「これが普段のここの姿。天より下界を見下ろす、我らの島です」
「うわぁ~! すご~い!」
「これは……どういう仕掛けですか?」
「この超常の力は、我らが天柱より与えられし物のひとつに過ぎません」
ローリスなど教師陣も含めて興奮する生徒たち。
その中でミアは戦慄していた。
島をひとつ浮かべるなど、聞いたことがない。
どんな魔法か、どんな技術か、いくらなんでも現実離れしすぎている。
自分が何を相手にしているのか、若干の恐ろしさが湧いてきた。
「天使長様もああ仰ったことですし、この第4フロートは自由に見て構いません」
ほどなくして生徒たちは思い思いに散らばる。
ここに残り下界を眺める者、大聖堂に祈りを捧げに行く者、好奇心を隠すことなく町を回る者。
現在この島は、高度を保ちながら移動している。
移動はゆっくりであるが、人類大陸の方へ向かっているということだけは分かった。
「クレア、いい?」
「っ、ミア……なにかな? 見学は友達と先約があって……」
「分かってる。だから、後でいいの。話をしたいわ」
「話って、何を?」
「さぁね……何でもいいわ。くだらなくても。話したい」
それはクレアが初めて見る、ミアからの歩み寄りだった。
ミアとの距離感が分からなくなり、どう接するべきか悩んでいたクレアにとって、おそらく解決の糸口になるもの。クレアからは踏み込む勇気が出せなかったこと。
自分はどう思っているのか、どうしたいのか。ミアと話せばそれらを決められる、そんな気がした。
ミアの提案に、思わず嬉しくなってしまう。
「っ、うん!」
友人らの元へ足取り軽く駆けていくクレアを見て、ミアは安心する。
断られなかった。嫌われたわけではなかった。と思える。
少し心が楽になった。
「そこの人間、来い」
だからこそ、これからの展開には気を張らなければならない。
おそらく天使は、ミアのことをもう知っている。こうした呼び出しがいつか来るとは思っていた。
「何か?」
「天使長様がお呼びだ。分かっているな?」
「……ええ」
とうとうやってきた。
ここが勝負所。1000年前にも体験したことのない未知の領域。
天使についていった先に、それがある。
「ミア・ブロンズ……?」
なにやらひとりで天使についていく同級生。それをたまたま近くにいたパルラス・インフィーフィヴは見てしまった。
怪しさもあるし、気にもなる。
好奇心を抜きにしても、こっそり後をつけるにはじゅうぶんな理由だった。
□□□□□
カツカツという靴音だけが響く。第4フロートを抜け、誰もいない白い道をただただ歩く。
ミアを呼んだ天使の歩みについていき、やがて前方に白い大きなドームが見えてくる。
大聖堂と違いそのドームには扉があった。
扉の前で振り返る天使。
飾り気のない長い青髪の女性が、ミアに問いかける。
「私を覚えているか?」
「えっ?」
当然、ミアはポカンとする。
が、すぐに察する。
以前に会ったことがある、そう思っていなければこのような質問はしないだろう。
つまり目の前にいる青髪の天使とミアは、会ったことがあるのだ。
1000年前に、どこかで。
「……初めて会うはずよ」
しかしここにいるのはミア・ブロンズ。そう答えるしかない。
女性天使の目が細められるが、それ以上の追及は無かった。
「そうか……天使長様がお待ちだ。入れ」
ミアはひとつ息を整え、肩を上下に動かし、目を長く閉じ、開ける。
意を決し、扉を開ける天使に続く。
ドームの中には、やはり天使が待ち受けていた。




