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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第二章 天使編
23/208

19 港町のエレーナ・レーデン

 森での2週間、幸運なことに、大きなアクシデントは起きなかった。

 ここは学校と違い、座学や放課後といったものがない。一日中リーパーやクレアがあれこれと教え、実戦の中で磨かれるうち、ラルは身体強化を身に着けていた。

 その潜在能力たるや、聖剣氣が少ないながら身体強化の使い方が飛びぬけているクレアに匹敵するほどである。


 ルートは事前に決めていた通りの場所を問題なく通れたし、生傷は絶えないながらこれといった怪我は無い。

 ミアたちの班は無事、人類非生存圏の縦断を達成した。


 エデミナ大森林の南側にも、北側と同じような町がある。そこが集合地点だった。

 2週間の間に抜けられなかった班も多かったようで、生徒全員の姿は確認できない。

 パルラス・インフィーフィヴの班はどうやら無事通過できたようだ。


「それじゃ~、先生たちは~森にみんなを呼びに行ってくるね~」


 引率の教師陣が森に入り、生徒たちは数日待たされる。

 特色のないこの町は、好奇心旺盛な若者たちを満たすような娯楽はなく、暇を持て余す生徒が絶えなかった。

 数日して、教師陣が残りの生徒を連れてきてようやく『港の国』への道のりを再開した。


「班分けはここまでか。みんなありがとうな! おかげで聖剣氣も使えるようになったよ!」

「僕も戻るよ。3人ともありがとう」


 ラルとリーパーが別れ、ミアとクレアが自分たちの馬車に乗る。

 馬車の中では、他の班の生徒たちが森でのサバイバル自慢を競っていた。


 ここからまた長い時間をかけた旅路が続く。

『柱の国』から出発して1ヶ月とすこし。とうとう一行は、人類大陸南端、『港の国』へとたどり着いた。



 □□□□□


「あっづー……制服脱ぎたい~……」

「天柱に近いと、何故か暑いのよね……」


 ミアと同じ馬車に乗った人間は幸運であった。【氷結】で作り出された氷で涼むことができるのだから。

 それを見た他の馬車の生徒が駄々をこね、ミアが出張することになるのはご愛敬。


「天柱から東西にかけてが一番暑いらしいよ~。ミアちゃ~ん、氷もっとちょうだ~い!」


 『港の国』に入ってから数日、首都の港町へやってきた生徒たち。

 潮風にどこまでも続く海。それらを初めて味わう者が思い思いの感想を叫ぶ。


「うわっ、船がいっぱい……! アレ全部漁船?」

「そうよ。多分」


 クレアが目を輝かせる大量の漁船と、それを受け入れる大きな港。『港の国』はそれを国中に構え、大陸の食糧事情の一端を担っている。


 一行は街の入り口で馬車を降り、活気あふれる街中を歩いた。

 地元民と観光客が入り混じる大通りで、多くの統一された白い制服の人間が歩くのは相当に目立つ。

 あっという間に注目を集めながら大通りを抜け、建物のない海辺の道へと出る。


「みんな~、これから教会に行くからね~。その後に宿舎~」


 この街の教会は、街から少し外れた岬にある。現在の人類大陸でもっとも天柱に近い場所だ。

 巡礼者だけでなく、観光客にも人気のスポットであり、教会にしては珍しく、常に人が出入りする賑やかさがある。


「よくぞ参られた。聖剣氣を持つ者たちよ」


 教会の横にある特別なホールで出迎えたのは、偉そうな黒い司教服を着た老人。天柱教の中で、上から数えた方が早い地位にいる者だ。


「こちらから天柱を間近で見ることができる。といっても、船で行くにしても結構かかる距離だがね」


 案内されたテラスに行けば、そこには絶景とも言うべき光景があった。

 見上げれば首が痛くなるほどどこまでも、どこまでも伸びる巨大な塔。

 遠くから見れば空にある線にしか見えないようなものでも、近くで見ればあまりに大きい。

 その直径は、町がひとつ丸々入るような長さがある。


「(天柱……)」


 1000年前を生きたミアでさえ、天柱のことはよく知らない。

 明らかに何かの建造物であるが、出入り口の類は無く、窓もない。材質も分からない。ただただ天と地を繋ぐ柱にしか見えないのだ。

 かつては根元が陸地にあったが、海水位の上昇により下部は海に沈んでしまっている。


「祈りを捧げましょう。天と地を繋ぎ、すべてを司る天柱に」


 老人が拝み、教師や生徒たちが続く。

 天柱教は天柱を信仰するが、天柱自体が何かをしたという記録は人類史に無い。その柱は、ただそこにあり続けるだけだ。

 教会は天柱を神格化するための色々な話を作り、経典に書き連ねた。それが天柱教。


 簡単に言えば何か分からないがそこにある柱にあやかって求心力を得る集団である。

 斜に構えてみれば割とうさんくさい宗教であるが、連邦の国教だ。それは人類そのものが崇めるものである。

 それに天柱はこうして実在するし、女神も天使も実在するとされている。なんなら天使くらいはミアも見たことがある。

 故に一概に噓八百だと言えない底知れなさが天柱教にはあった。


「長い旅路、お疲れさまでした」

「いえ! 天柱の近くに来られることは光栄でありますから! この度は時間を割いていただき、ありがとうございます!」

「は~い、それじゃあみんな宿舎に行くよ~! 今日はそれで解散~!」


 ギルベルトが礼を言い、ローリスが皆を先導する。

 影の薄い第2クラス担任のキラミル・ソトレイナスは、ローリスの後ろにこっそりついていくように移動した。


「えー、もう終わりかよ」

「天柱の近くに行けないの?」

「街に天柱近くまで船出してくれる業者いるんだってよ!」

「マジか行こうぜ!」


 既に五の刻を告げる鐘は鳴り、夕焼けを直接浴びた海と街はオレンジに染まっている。

 宿舎への移動中、ミアは不自然に空を見上げたり、辺りを気にしたりしていた。

 それにクレアが目敏く気付く。


「ミア、どうしたの? 探し物?」

「ああいえ、別に……久しぶりに来たから」


 ミアの中には、自ら手にかけた同胞――ボーデットの言葉があった。

 入学して数日の頃、彼が死に際に言った言葉は、天柱に近いこの街に来たところでどうしても気になる。


「(あの時ボーデットは、天柱付近で天使を見たと言っていた……)」


 天使。それは人間の姿をしながら、人間と違う種族だ。

 1000年前、天使は人間側についていた。つまり魔族と敵対していたということ。長い時が過ぎたにしても、その存在に注意するに越したことはない。


「(まぁ2ヶ月以上前の話だし、今はいないのかしら……それにしても何で天使が……)」


 天使が普段どこに住んでいるかは分からないが、道楽で人間たちの生息圏にやってくるほどではない。

 彼らが下界に降りるのは、『世界の秩序を乱す存在が現れた時』である。

 ミアもそういう存在認定されたことがあるし、戦争が終わってからも、連邦の大規模な内乱が起きた時にその姿を現したという記録がある。


 つまり天使がわざわざ出てくるということは、"何か"が起きていることに他ならないのだ。


「(まぁ、今さら私みたいなのが気にすることもないのかしら)」

「あっ! ねぇミア! 水着売ってるよ!」


 通りかかった観光客向けの店には、胸と腰回りしか隠さない布地があった。

 数年前訪れたときにはビックリしたものだ。ミアの認識する水着は、全身を覆うようなものだったからだ。


「私着ないわよ。肌を露出するなんてはしたない」

「なにその貞操観念! あーやっぱお嬢様なんだねミアは」

「そういうのじゃなくて、一般常識よ」

「私は買うもーん。明日は一日自由なんだし、せっかく海に来たなら泳がなきゃ!」

「コラお前ら! はしゃぐんじゃない!」


 クレアに限らず、ウィンドウショッピングをしながら歩く生徒は多い。

 生徒たちにとっては観光気分だが、街の人間や観光客に見られているという意識はあまりない。ギルベルトが叱咤するのも無理はない。


「お前らは聖剣氣を持つ者だぞ! その白い服を着て歩くのは恥を晒すためでないことを思い出せ!」

「まぁまぁ先生~」

「フィリス先生からも何か言ってやってください!」

「あ~……制服暑いし~、明日からは涼しい格好に着替えてね~!」


 フィリスの注意になっていない注意に、生徒たちが気の抜けた返事をする。

 宿舎に着いたのは陽が沈んでからだった。どちらにせよ買い物は翌日になりそうだ。


「宿舎も寮と同じく個室だ。各自部屋割りを確認するように!」


 60人とプラスアルファを迎える宿舎は、ホテルと言っても差し支えない大きさだった。

 実際、この時期以外は高級ホテルとして営業しているらしい。そのサービスを無料で受けられるのは、アイリア学園の生徒の特権だ。


「ミア、なんでついてくるの?」

「あ、ごめんなさい。寮と違ってここはベッドがあるんだったわ」

「帰った頃には替えのベッドもあるだろうし、もう私の部屋に来なくても大丈夫でしょ?」

「あらクレア、寂しいの?」

「ミアこそ毎日起こしてあげられるなんて思わないでよ! 今さらだけど!」

「そう言いながら毎日起こしてくれるものね。愛してるわよ」

「そっ、そういうの軽々しく言わないの! 明日は海行くし起こしてあげないから!」


 その日は夕食に名物の魚料理を食べ、各自就寝となった。

 ここで生徒の夜遊びは禁止されているが、この日はギルベルトが監視に立たずとも、旅の疲れで誰もがすぐに眠ったようだった。



 □□□□□


「う……あつ……」


 翌日、ミアは寝苦しさから目を覚ました。

 既に日は高く、昼時だ。遅刻という概念が存在しないこの日は、何の妨げもなく惰眠を貪れる。

 部屋に【氷結】で氷を出し、一気に温度を下げる。


「ああ、そういえばクレアは海だったかしら」


 個室の窓から外を見る。

 小高い丘にあるこの宿舎は、立派なオーシャンビューを誇っている。海も港も浜辺も丸見えだ。

 いくら払えばこれだけのランクのホテルに泊まれるのか。ミアは学園様様だと思いながら下界を見下ろす。見下ろす仕草がよく似合う少女だ。


「お腹空いた……3食はここで用意されるけど、他の料理も食べに行ってみたいわね。あ、その前に着替えを買わないと」


 ミアの持っている私服は、かつて愛用していた黒のゴシックドレスのみ。今は寮のクローゼットに眠っている。

 なにか着替えを買わなければ、この暑い制服で過ごすことになる。

 いくら【超速再生】を持つ魔族であっても暑さや寒さくらいは感じるし、気を付けなければ熱中症などの症状も出てしまう。涼しい服を買うのは急務だった。



 □□□□□


「ね、ねぇ君! その服、アイリア学園の!?」

「俺と釣りしない?」

「漁船に興味ないかい!?」

「水着に着替えないかねチミィ!?」


 ここでもミアの容姿は際立ってしまった。

 地元では見る機会の無いであろう学園の白い制服。誰もが振り返る美貌。

 暑さでテンションが上がった男どもが気軽に声をかけてくるのだ。


 断りを入れ、それでも食い下がってくるなら逃げ、追ってくるなら……【雷撃】の出番。

 人目のない路地裏にわざと誘い込み、気絶させる。そうすれば二度と声をかけてくることはないだろう。


「はぁー……旅をしてたときはこんなになったことはないのに……やっぱりこの服、目立つのね」


 ミアは地元の店などは知らない。目についた観光客向けの店に入り、色々とお高いその値段設定に辟易する。

 しかもどれも派手な意匠。それが観光地ノリというやつなのだろうか。「この値段でこんなダサいの買いたくない」という思いが真っ先に来る。


 数件まわってようやく無地の白いワンピースを手に入れることができた。

 観光客が多い通りを避けたら偶然地元の服屋を見つけ、そこで買ったのだ。

 8千ダラウするダサい服と、6千ダラウのワンピース、圧倒的に後者の方がいい。


「ここで着替えていくかい?」

「ええ。今着てるのは袋に入れるわ」

「お嬢ちゃん可愛いからねぇ、500ダラウでこの帽子もつけてあげるよ」

「えっ……? あ、ありがとう……ってお金取るの?」


 店主の老婆になんか帽子をオススメされた。大きなつばの付いた、ワンピースと合う白い帽子だ。

 さっと顔を隠すのにちょうどいいかもしれない。500ダラウならまぁ手ごろな値段だろう。


 試着室を利用して着替えてみれば、制服を着ているときより幼く見える姿の出来上がりだった。

 ノースリーブで肩が出てしまうのが痛い。元々14歳ほどの見た目だったものが、1~2歳若く見える。

 これはナンパよりも迷子を心配されて声をかけられるかもしれない。ミアの注意が増えた。


 さらに夏用の寝間着と替えの服を買い、計2万ダラウ弱もの金が吹っ飛んだ。

 いちいち微妙に高かった。しばらく節約することを誓う。


「持ってきた着替えじゃ足りなかったわね……ここの暑さナメてたわ」


 少しズッシリする袋を持ち、次はどうするかを歩いて考える。

 食べ放題に行くのもいいが、天柱に触れる距離まで近づく船というのも気になる。

 案外、ひとりでも観光しようとすればできるのかもしれない。


 根っからぼっちが板についたミアは、とりあえずこの邪魔な服たちを宿舎に置いてから考えようと歩き出し、角から飛び出してくる人影を避け損ねた。


「ああっどいてー!」

「えっ?」


 飛び出してきたのは、いかにも冒険者という風な少女だった。少女とはいえ、ミアより何歳も年上に見えるが、危険と隣り合わせな職業とはとても思えない。そんな少女だ。

 向こうは角から飛び出してきた。ミアのことなど認識もしていなかっただろう。

 お互いに重なって、ドシャリと地面に叩きつけられる。


 袋がミアの手から離れ、中身が数着散らばる。

 擦りむいてしまった怪我は【超速再生】で治るが、上に覆いかぶさった黒髪の冒険者少女は、彼女がどかない限り重いままだ。


「……どいて」

「えっ? ……あ、ご、ごめん!」


 慌てて少女が横にどけば、目の前に飛び込んでくるのは、よく晴れた青空……そして黒い刃を振り下ろさんとする修道服姿の何者かだった。

 その刃は、冒険者の少女を狙っている。少し移動しただけでは避けることなどできないだろう。


「あははは!」

「ッ、馬鹿!」


 ミアは少女を蹴飛ばし、代わりに刃を受けた。

 買ったばかりのワンピースを割き、何者かの甘ったるい笑い声と共に腹部に大きな刃が食い込む。

 それは鎌だった。それも大きな、人の身長ほどある柄と幅広の刃。戦闘用の大鎌だ。


「が……っ、はっ!」


 一切の躊躇も容赦も無い無慈悲な振り下ろし。

 名前も知らない少女を貫こうとしたその刃が、咄嗟に庇ってしまったがために自分に突き刺さっている。

 ワンピースの腹部が真っ赤に染まっていくのを見る。ミアは6千ダラウが吹っ飛んだことを悟った。

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