幕間――食欲のナギサ・バーガーバーガー
『港の国』の首都は、国の名前通り、港町である。
毎日水揚げされる魚は、他の海に面している国のどこよりも多く、連邦の海産物産業の約5割を担う。
長い月日をかけて造られた運河によって船の輸送も盛んであり、1000年もの間、致命的な不漁に陥っていない。
魔族大陸が沈んだことにより、海流が変化して人類大陸の南側には多数の魚がやってくることになったためだ。
さらにこの国は、天柱にほど近く常夏である。
旅をしてでもこの国のビーチリゾートに来ようという金持ちや貴族は多く、観光業は水産業と並ぶ収入源となっている。
とはいえいい面ばかりある国かと思えば、そうではない。
この国のすぐ近くには『ラゾ山脈』や『古都ジラジジー』といった複数の人類非生存圏がある。
そこから溢れ出る魔物が人類に害をなす前に防御しなければならないし、物流が妨げられるわけにもいかない。必然的に軍や騎士、冒険者といった職種に需要があった。
これらの地域は、勇者による魔物討伐と一帯の殲滅が優先して行われるべきだが、複雑な地形が行軍を邪魔し中々攻め込めないということから、人類による解放は遅々として進んでいない。
いかに勇者が魔物に対して強いといっても、誰も彼に単身突っ込めなどとは言えないのだ。
そんな『港の国』の首都に、ひとりの冒険者がいた。
年の頃は16か17程度。うら若き少女だ。
一目で冒険者と分かる軽装備に、この辺りでは珍しい黒髪に透き通る銀色の瞳を持つ少女は、この街に行きつけの店を多く持っていた。
「おっちゃーん! 今日も来たよー!」
「うげっ! 今日もかよ……! お前だけ金額は3倍だぞ!」
「えーひどーい!」
「酷ぇのはお前の大食いだ! お前相手に食べ放題なんてしてたら店が潰れるんだよ!」
「ちぇー……いいもーん、報酬入ったから懐は温かいし」
少女はここが定位置とばかりに一番大きなテーブルに座り、ウキウキと料理を待つ。
出されるのは地元の魚を使った料理の数々。食べ放題の店なため、いくら食べても料金は定額。
すぐさまバクバクと食べ始める少女。スレンダーな彼女の腹に一体どれだけ詰め込めるのか、初めて見る者はイリュージョンマジックを見た者と同じ反応をすることだろう。
「うーん美味しい! おかわりー!」
「くっそー! 勘弁してくれよ!」
間違いなく元を取れる食欲を誇る彼女に泣かされた店は多い。
この街は食べ放題を売りにする料理屋が多いが、大半は彼女を出禁にしている。それほどの大食いっぷりだった。
「仕方ないじゃーん、たくさん食べないといけないんだから。私だって好きで大食いじゃないんだよ」
「嘘つけ!」
彼女は事前に店に行くことを知らせたりはしない。フラッと現れては食材を食い尽くす勢いで食べまくる自然災害のようなものだ。
店主は突然の災害に涙を流しながら料理を作り続けるしかない。
しばらく食べ続けた少女は、腰に下げた道具のうちひとつを手に取り、頷いた。
「よしっ貯まった。おっちゃんお会計ー!」
「や、やっとか……助かった……」
「おっちゃーん?」
「お、おう……さっき言った通り3倍……いや4倍払いやがれ……!」
「えー!?」
抗議の声をあげる少女だが、しぶしぶ財布を開く。
他の客ならば許されざるぼったくりであるが、少女はそれだけ規格外な量を食べるし、彼女自身がそれを自覚している。
少女が口を尖らせながら金を出したとき、店の扉が慌ただしく開かれた。
入ってきたのは、肩で息をするひとりの騎士。走ってきたのだろう。
「バーガーバーガー! ここにいると聞いた!」
「はーい、超有能大型新人冒険者ナギサ・バーガーバーガーはここですよ~」
「街に魔物の群れが近づいている! 小規模だが、万が一のことを考え冒険者にも協力を要請しているんだ。来るよな!?」
「はいはい、行きますよー。なんてったって私はすごく強いからねー」
「その通りだ、期待しているぞ! さぁ来い!」
ナギサ・バーガーバーガーを名乗る少女がやっと出て行ってくれることに安堵した店主だったが、彼女の発する言葉は彼を再び絶望に落とした。
「あっ、終わったらまた来るからね。もしかしたら今以上に食べるかも」
「かっ……勘弁してくれ……!」
人のいい店主は、それでもナギサを出禁にすることはない。
料理人として腹の減った者は分け隔てなく接する、それが彼のポリシーであった。
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ナギサ・バーガーバーガー。これが本名でないことは、彼女自身が知っている。
なにせ2ヶ月ほど前にこの街の近くの砂浜で目覚める前の記憶がなにひとつ無いのだから。
自分を指す言葉として『ナギサ』というのはぼんやりと浮かんだが、それが本名からなのか、ただ目覚めた場所が砂浜だったからなのかは、本人にも分からない。
彼女は目覚めた砂浜から歩き、行き倒れた彼女は、善良な人間に拾われた。
そして包む過去も隠す記憶もないため、自身が記憶喪失ではありのまま話した。
彼女を拾った人物は、この街の冒険者組合のマスターだった。
放置してどこぞのいかがわしい連中に連れていかれるよりは、自分がひとまずの寝床と食事を提供しようとする気性だ。
彼女の持つ道具に興味を示したが、見たことのないものだ。使い方は彼女しかしらない。
「その銀色の棒と、箱……? みたいなの、なんなんだ?」
「え、ガンサーベルとボックスじゃないですか。なに言ってるんです?」
「いや……見たことない、というかそのサーベル、柄しか無いじゃないか」
ナギサは「知らないんですかぁ?」と揶揄うような笑みを浮かべ、ガンサーベルの使い方を実演してみせた。
その結果、マスターは非常に驚き、苦悩することになる。
彼女の持つ道具は、明らかに既存の技術ではない。肝心の使い手は記憶喪失で、どこから来た何者なのかも分からない。
彼女自身、この世界のことを何も知らないというのも頭を抱えさせる。
マスターは悩んだ。本当に記憶喪失なのか、何故道具の使い方だけは分かるのか、嘘をついているんのか、何故浜辺で行き倒れていたのか、そもそも本当に人間なのか、などなど。
「お、お前魔法とか使えるか?」
「魔法? ははは、ファンタジーじゃあるまいし」
悩んで悩んで悩んだ結果、様子見を選択した。
記憶喪失であり、大陸や歴史のことを知らず、彼女自身に魔力は無い。
毒になるか薬になるかまだ分からないなら、せめて拾った縁で彼女に世話を焼いてやるのもいい。同じくらいの年頃の娘を持つマスターの親心はそう結論づけた。
「とりあえず、俺は冒険者組合の人間だ」
「おおっ、カッコイイ! ファンタジーって感じ!」
「どうせ金も無いんだろ? 何か仕事を探してやるから、自分で稼げ」
「私も冒険者とか!」
「やめとけ! 冒険者は危険な仕事だ。お前みたいなひょろっちい娘がなるもんじゃねぇ」
「えー! やだーなりたいなりたいなりたい!」
結果的に彼女の勢いに負け、マスターは彼女の冒険者登録をする羽目になった。
「とりあえず名前だが……自分の名前分かるか?」
「分からないから今つけるね!」
「記憶喪失だってのに明るいな……」
「何にしようかなー……そうだ、好きな物を名前にしよ。そのままってのも芸が無いしー」
彼女は文字の読み書きができなかったので、マスターが代筆することになる。
彼女の口から発せられる言葉、そして記入用紙に書かれた文字列。それが彼女の名前となった。
ナギサ・バーガーバーガー、と。
「なんだバーガーバーガーって」
「私ハンバーガー好きだから」
「ハンバー、ガー……?」
「えっ、知らない? あの世界……いや宇宙一素晴らしい食べ物を!?」
「ああ。てかお前そういう記憶はあるのな」
「あれじゃない? 一般常識だけは残ってる記憶喪失的な」
「お前の持ってる一般常識ってやつは、多分ここじゃ違うんだろうぜ」
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ナギサがこの街での暮らしに慣れるのには時間がかかった。
やれ娯楽がない、やれハンバーガーがないなど、『港の国』の冒険者組合のマスターを務める男は散々彼女の愚痴を聞かされた。
一度乗りかかった舟だ。自立できるまで面倒を見てやろうというマスターは、ナギサに様々なことを教えた。
歴史、文化、宗教、読み書き、とにかく彼女が一般人レベルの常識を手にするまではと。
普通の子供ならば数年かけて覚えるものであるが、そのすべてを、驚くべき速さでナギサは吸収した。
「私って勉強めちゃくちゃ得意なのかも」
「ああ、まぁ、それは素直にすげぇな」
ナギサという少女はあまりに特殊すぎる。一介の組合長の手に余る存在だ。
特に彼女の持つ"道具"は、存在そのものが危うい。彼女自身も使い方が分かるときてる。
ひとつは柄だけのサーベル。ナギサはガンサーベルと呼んでいる。
一見すれば、何かの引き金が付いた棒だ。
何を源とするのか分からないが、柄にある引き金とはまた別にあるスイッチを押せば黒い刃が現れる。
もうひとつは、手のひら大の薄い長方形の箱。ナギサはボックスと呼んでいる。
見るからに戦闘用のガンサーベルと違い、一見して使い道が分からないが、これはとにかく多機能だ。
その機能のひとつが翻訳。試しにボックスを切った状態で話してみたが、ナギサの話す言語はマスターの聞いたこともないものだった。人類共通語でないことは間違いない。
「まったく何者なんだお前は……その道具、人に見せんなよ」
出自は謎だが、明らかにとんでもない技術の結晶だ。無用な誤解や争いを避けるために、マスターはこの2つの道具を人前でおいそれと使わないよう厳命した。
ナギサは渋ったが、今自分が置かれている環境の技術力を鑑みて「確かに……」と折れた。
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冒険者になることをマスターは渋ったが、ナギサの運動神経はそれなりによかった。
2つの道具は、彼女をあらゆる危機から守る。冒険者として人類非生存圏の探索をするのにじゅうぶんだ。
調査項目は地形や魔物の生息範囲やその規模、とにかく多岐にわたる。
といっても冒険者の仕事は探索だけではない。騎士がやらないような雑事やお使いで小銭を稼ぐこともできる。
ナギサは小さな依頼もそこそこに、主に探索をメインに行う冒険者となった。
道具を人前で使うわけにもいかないので、彼女は単身危険地域に赴き、そして仕事を果たして帰ってくる。
冒険者を始めて1ヶ月もすれば、『マスターが連れてきた謎の新人』とから『いつもひとりなのに必ず帰ってくる強者』という評価を貰うほどになっていた。
そして、彼女が浜辺で目覚めてから2ヶ月強、現在では街の騎士からも一目置かれ、何かあった時には頼られる。
彼女は既に自分で仕事を選び、自分で稼ぐことができている。そろそろマスターの庇護無しに自立する頃合いだった。
「やったー! 魔物を数匹倒しただけでがっぽがっぽ……! マスターに何か買ってあげようかなー……でもあの人お金は普通に持ってるし……今まで工面してもらった分を返そうかな」
騎士からの急な要請に応じたナギサは、彼らとは別行動をして魔物を倒した。道具を見られてはいけないという決まりは守っている。魔物を倒した証として体の一部を切り取って持っていけば、騎士たちは信じてくれた。
行って帰るのに数日かかったが、報酬をもらった彼女は先日の店に行き、店主を再び泣かせた。
時間はまだ昼。何かをするにはじゅうぶんな時間がある。
「マスターに恩返しした後は……やっぱ旅かなぁー! 大陸は広いし、色んな国とか見てみたいし!」
未だにナギサの記憶は戻らない。
今や記憶喪失の超強い新人冒険者というのが彼女のすべて。
とはいえ失った記憶が気にならないわけではない。
「それに、どこかに私の生まれた場所があるかもしれないし……」
彼女の目標は、とりあえず旅を楽しみながら自分のルーツを探るといったものだった。
「そういえば、この街になんか勇者みたいなの来てるんだっけ? 見てみようかなー。確か白い服を着た集団だっけ?」
「あはぁ~」
勇者という単語に心を躍らせるナギサだったが、不意にかけられた声に足を止める。
なにやらご機嫌そうな、甘く絡みつくような声は、間違いなく彼女に向けられたものだ。
「……子供?」
「やーーーっと見つけたぁ」
そこには黒い修道服のようなものを着た子供がいた。
マスターに教えてもらった知識の中にある。天柱教という宗教の人間が着るような服だ。
天柱教に関わらず、この世界の者は黒を高貴な色としている。それは魔力が黒い色をしているかららしい。ガンサーベルから出る刃もまた黒だ。
「えっと、迷子かな。教会の子?」
「他の奴らに見つかる前に見つけられるなんて、マァゼってばとっても幸運」
「……?」
「まぁ、他の奴が手に入れた情報を聞くだけ聞いて、あいつらには嘘教えてやったもんね。これでマァゼは使命を果たせるの!」
長い銀髪を両サイドでフィッシュボーンのようにまとめた少女は無邪気に笑う。ずっと開かれた深紅の瞳は、ナギサを捉えて離さない。
「あはははは! ねぇあなた、天柱の人よねぇ?」
「へ……? いや、何言って……」
「一緒に来て。そうじゃないとマァゼは使命を果たせないの」
マァゼと名乗る少女の雰囲気は、その口調とは裏腹に鋭い。
一歩、また一歩と距離を詰められる度に、何か嫌な予感が冷たい汗となってナギサの額を流れる。
そんな相手に二つ返事でついていくわけがない。それが分かったからか、少女はめんどくさそうにため息を吐いた。
「生きて連れてこいって言われてるけどぉ、説明面倒だしちょっと眠ってもらうくらいはいいよね? いいの」
勝手な自己完結と共に、何かが空を切った。
その小さい手に握られた何かが、ナギサに一直線に向かう。
ナギサは反応できなかったが、彼女の持つボックスは的確に反応する。
微動だにできなかった主人を、薄いドーム状の被膜が守った。
「えっ、えっ!?」
「AMフィールド? 面倒なの……」
「ちょ、何を、って鎌ぁ!?」
ナギサの目に映るのは、マァゼの身長よりも長く、黒い棒。その先端からくの字に曲がったような同じく黒い刃。とても収穫用とは思えない大鎌だ。
それはガンサーベルの出す刃に似ていた。
「抵抗するなんて、生意気」
マァゼが黒一色の大鎌を振りかぶり、真っ直ぐ振り下ろす。
その一撃もボックスから発せられた被膜が防ぐが、魔物以外から初めて浴びせられる危害と敵意に、ナギサは怯え、軽いパニック状態に陥った。
「ひいっ……!」
「逃げちゃだめぇー!」
「逃げるよおっ!」
ナギサはマァゼに背を向け、一心不乱に走り出す。
周りにいた通行人たちも、状況の異常さを認識したのか、パニックが伝染し大鎌を振り回す危険な存在から逃げるために走り出す。
「あははは! 待てー!」
「だ、誰か……!」
衆目のある街中で突然襲い掛かってくる少女。明らかな異常性にナギサは騎士を探したが、周りにはいない。走って逃げて、騎士が助けてくれるのを待つしかない。
しかし騎士でも太刀打ちできるのだろうかという不安もある。
「(とにかく、周りの人を巻き込むのは……ダメ!)」
2ヶ月の間に街の地理にはある程度慣れた。何度も角を曲がり撒こうとするが、ナギサの背後から這い寄る無邪気な敵意は離れてくれない。
そしてナギサは、何度目かの角を曲がった先にいる、白いワンピースを着た少女を避けきれなかった。
「ああっどいてー!」
「えっ?」
ぶつかり、互いに地面に吸い込まれる。
ああ駄目だ、追いつかれる。あの危険人物は命までは奪わない口ぶりだったが、本当のところはわからない。捕まれば間違いなくロクな目にはあわないだろう。
そう思うとすべてがスローモーションに見えた。
少女が亜麻色の髪をふわりと靡かせ、自分と共に地面に倒れるのも、少女の灰色の目が見開かれて自分を見るのも、1秒に満たない出来事のはずなのに、何倍にも長く感じる。
「……どいて」
「えっ? ……あ、ご、ごめん!」
ナギサが我に返ったのは、自分が押し倒す形で上に乗ってしまった少女から言葉がかけられてからだった。




