79 敵地のエレーナ・レーデン 1
長かった協定の場も終わり、連邦と『帝国』は1年の停戦期間を経て講和という予定にこぎ着けた。
その間に起きる戦闘はすべて「個人間の諍い」と処理されることになる。
再び開戦して戦火の延焼するという事態を避けたい両国の思惑が重なった。
両国への行き来には関所が設けられ、厳しいチェックが行われる。
そういったしがらみに囚われない非武装中立国である『布の国』と『樫の国』が、この先貿易地として栄えていくことは予想に難くないだろう。
ここで連邦にとって問題になったのが賠償についてだ。
今回の戦争で、連邦史上類を見ないほどに戦死者が出た。遺族の数も膨大になる。
被害が予想をはるかに上回ってしまったせいで、連邦としての補償がままならなくなった。
なにせ停戦からの痛み分け。
独立された側の連邦は一方的な被害を受けた状態で泣き寝入り。
国民への補償は各国でやってくれと言わんばかりの協定結果に、連邦所属国の大半が抗議の声を上げた。
どうしようもないことであったが、民のひとりひとりは大局よりも自分たちの暮らしを優先させるものだ。
その暮らしが悪くなったままという現実に、「連邦はもうダメだな」という空気が払拭されることはない。
リックスにとっては良い状況だった。
大樹が枯れ倒れれば、後に残るのは群雄割拠の世だろう。連邦樹立前の戦乱がまた訪れるかもしれない。人々の、文明の進化は思ったよりも早くなる。
少年はリャーヴェに感謝したい気分ですらあった。
その少年に話を持ち掛けてきたのが、亜麻色の髪を持つ少女である。
「帝国領に行きたいって?」
「ええ。あなたならなんとかできるでしょう?」
「そりゃできるけど、貸しにしていいかい?」
「見返りを求めるの? 長寿のくせに」
「ただでさえ君には殺された貸しがあるんだけどなぁ」
「その話は終わったでしょう!」
アポなしで飛び込んで来た魔族にリックスは「ああ約束があったんだった」と忙しさを極める執務を止めて応対した。
内容と事情は彼女本人が話したが、なんとも面白い話だ。
独立したばかりの『帝国』の長を殺そうというのだから。
「連邦としてはこちらから依頼したいくらいなんだろうねぇ」
「あなたとしては?」
「帝国が立ってすぐグラつくのはちょっとねぇ……」
「先に謝っておくわ」
「まぁいいさ。どのみち何が起きても『個人間の問題』だ。君が勝とうがガラニカが勝とうが、言ってしまえばこちらには何もない。手配しておくよ」
『帝国』としては、武に秀でた要人が暗殺などされるはずがない。ということなのだろう。
協定が終わったその日に「暗殺を企てたから返り討ちにした」と2人の元準勇者部隊の首をピーエ広場に晒したばかりだ。
中立国の観光名所でなんてことを、と『布の国』からの抗議は凄まじかったという。
ちなみに『贄の国』に向かうにあたって、ガラニカからのサポートは無かった。ケアのなってない男だとミアは心の中で詰った。
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「というわけで、私は『贄の国』に行くわ」
ミアの言葉は、ホテルの談話室に居た面々を呆気に取らせた。
アイリア学園の生徒を集めたキラミルが学園からの書状を見せてこれからどうするかを聞く場であったが、誰よりも早く手を上げたのがミアだ。
「ちなみに支度はしてあるから。明日にでも出るわね」
「ちょ、ちょっと待て! 整理させろ!」
慌てて立ち上がったラルが指折り確かめていく。
「えっと、クレアが『帝国』皇帝の妹って……マジなのか?」
「知らないわ。向こうがそう言ってきてるだけだから」
「……少ししか見ていなかったけど、確かに似ていると言われれば……」
リーパーがちらりとクレアを見る。既に治っているが、刃を交え腕を折られた相手だ。風貌は覚えているだろうし、何か思うところがあるのかもしれない。
「にわかには信じられないけど……辻褄が合うのよね?」
パルラスはラルとは対照的に落ち着いてティーカプを傾けている。責めるわけでもない口調から、クレアを気遣っていることが見受けられた。
「状況証拠よ。確定はしてないわ。してたとしても……」
殺す、と言いかけてミアは口を噤んだ。皆の前では頑として命を奪わなかった手前、決まりが悪い。
しかしミアの鬼気迫るものを感じた皆は、なんとなく察してしまう。
束の間の沈黙を破ったのはキラミルの咳払いだ。
「とにかく、学園からは戻ってくるようにとのことだ。お前たちを連れ帰りたいところだが……」
「私はしっかり休学届を出したわよ?」
パルラスは涼しい顔で再びカップに口を付けた。
志願兵や帰郷した者たちは、いずれも休学か退学届を出している。パルラスはきっちり規則に沿って家の仕事をしている。
彼女にくっついてきたクレアも同様である。
「――まぁ、私としても戻るのは自分ひとりでいいと思っているさ。だが生徒が何やら企んでいるのを知ってしまえば見逃すわけにも……」
「先生」
ミアは教師に体ごと向き直り、顎を引いて言い放つ。
「私は、戻りません」
「それはどういう意味でだ?」
「代わりに休学届出しておいてください」
「はぁ……分かったよ」
担当クラスではないが、ミア・ブロンズという生徒とはここまで共に戦ってきた。それなりに気質も把握している。
だからこそ、やることがあるのなら『柱の国』に戻って元の生活に……というのを蹴るだろうと思っていた。
「私はどの道、戻らなきゃならん。お前たちもあいつらみたいに色々理由をつけてやる」
実際、戦闘は起こっていないので学園生には戻る権利がある。
だがこんなご時世だ。休学や退学の理由はいくらでも作ることができるし、嘘を書いても通るだろう。
ひとりの大人として生徒を心配する気持ちはキラミルにもある。しかし真に生徒を手助けするなら面倒な書類を引き受けることだろうと身を引くことにした。
そもそも、あの戦いを生き残ったミアとリーパーの実力は教師の助けを必要としないものだ。
目的が何であろうと、本人がそうすると決めたのであれば止めることもしない。できない。
心配しながらもドライ。キラミルは自分のさっぱりとした性格を自覚し、冷たい奴だなと自嘲した。
戦場において常に生徒を心配し守ろうとしてきた彼女に対し、冷たいと責める生徒はいないだろうが。
「レイルシアはどうするんだ?」
「僕も休学で」
「分かった。一応訊いておくが2人とも無期限でいいな?」
「ええ」
「はい」
最早キラミルには訊くべきことも話すべきこともない。
2ヶ月続けてきた贅沢なホテル暮らしに別れを告げるのは辛いが、本来の仕事に戻る時が来たのだろう。
「帝国に行くのに大人の手助けは必要か?」
「大丈夫よ。先生、今までありがとうございました」
ミアがスッと頭を下げた。続けてリーパーも。
キラミルは「そうか」と笑い、談話室を後にした。別れの挨拶は無い。激励も無い。心配無用の意を受け止めた彼女の、巣立ちを見守るような表情がミアたちの記憶に焼き付いた。
「また会う時のためにお土産買っておかないとね」
リーパーが冗談めかして言えば、ミアも珍しくそれに反応し微笑んだ。
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準勇者部隊は現在、待機中である。
連邦直属の虎の子部隊の指揮権は、やはり連邦にある。しかし連邦は協定に忙しく、戦闘を終えたばかりの情勢不安から、普段の魔物や外魔討伐に戻ることもできない。
2ヶ月もの間『布の国』に縛られた隊員たちにはストレスが溜まっていた。
そこにぶつけられたのが、元仲間が処刑されたという急報だった。
ピーエ広場に晒された首はワイジー・ウィスリとスコアルド・ホシャーのもの。
長いこと肩を並べた仲間だ。見間違えるはずもない。
「何故だ……」
リズ・モアサファイアは拳を握りしめ、広場に立ち尽くした。彼女の隣には、隊員たちの姿もある。
「『この者ら、愚かにも皇帝の命を脅かした罪により処刑』……どういうことっすかねぇ……」
「んんんん~~?」
真相が立札の通りか、はたまた別の理由か、それは『帝国』に訊くしかないだろう。
少なくとも彼らに残った事実は、裏切った元仲間が死んだというものだけだった。
せいせいした者、残念がる者、不思議がる者、反応は様々だ。
中でもリズは、丹念に煮えたぎらせたものを台無しにさせられた気分だった。
ケジメをつけるなら、自分の手でとすら思っていたほどの覚悟は、いとも簡単に物言わぬ首となった。
裏切られたことに加え、清算する機会も奪われたリズのやるせなさは、彼女を理解している隊員の誰もが察するところである。
「でも2人だけっていうのが不思議だね、エルク」
「そうだねアルク。ディギルとクレットはどうしてるんだろう」
双子少年の言う通り、裏切り者は4人だったというのに、ここにあるのは2人。
「あの2人は特に戦いを好んでおったからのう……あの皇帝となにか惹かれ合うものがあったのかもしれんの」
老ヒングスは長い髭をさすりながら、いつもと変わらぬ風に呟く。
「……アン、拙者らは今後どうなると思う?」
「そうね……少なくとも、自由に動けなくなるんじゃないかしら」
副隊長アントリテは、天柱教の孤児院出身ながら聖剣氣を持っていることと容姿を気に入った貴族に引き取られ、令嬢として高度な教育を受けていた過去を持つ。
そのため国家の思惑というものを察することに人よりも長けている。
リズに話を振られたアントリテは考える。
戦場で目覚ましい活躍をした部隊をいつまでも待機させておくわけがない。普段の任務に戻ることもまず無いだろう。
2ヶ月の間に、人類大陸の情勢は目まぐるしく変わった。『帝国』なんてものが出来て、2つの国が中立国に。連邦の威光は霞みに霞んでいる。
連邦は残った国を引き留めておこうとするだろう。
そのために準勇者部隊が使われる可能性は大いにありえた。
なにせ連邦の広報は部隊を英雄視させるような広め方をしている。類を見ない武力を持つ部隊を向かわせるだけでその地域の民は勇者が来た時のような歓喜を見せるだろうし、示威行為にもなる。
連邦内安定のために駆けずり回される未来が見えた。
アントリテはそれらを簡単にまとめて告げる。
この国の次は連邦内に縛られるだろう、と。
「そうか……ならばその前に、拙者は行くとしよう」
「行く、とは?」
ただでさえ険しいと見られるガットローの顔がさらに険しくなる。
「決まっている。2人のところへ」
一瞬処刑された2人の後追いかと思われる台詞は、別の意味を持つ。
リズは、まだディギルとクレットが生きていると予想し、彼ら2人にケジメを付けさせに行こうとしているのだ。
「待機命令はどうするんじゃ?」
「知らん。それに、どうとでもなる……だろう? アン」
「そうね。なにせ私たちですもの」
「はぁ……やれやれ。隊長の激情は儂にも止められん。ならばこそ、儂は残るとしようか」
「すまない、翁……」
ヒングスの準勇者部隊での役割は、戦闘もそうだがその豊富な人生経験から周囲との交渉ごとに重きを置かれている。
彼が残るということは、連邦に何かを言われた時にうまいこと言いくるめるという役目を引き受けたということだった。
「翁だけというのもな……俺も残ります」
続いてガットローも手を挙げる。リズは無言で頷いた。
「これは拙者の個人的な行動だ。部隊の看板を背負おうとは思わん。付いて来いとは言わない」
その言葉に、隊員たちは無言で一歩前に出る。
家族同然の部隊。腹の中に物を入れているのはリズだけではない。
というよりも、リズを悲しませる元凶を許さんという意思の方が強いかもしれない。リズが部隊を愛しているように、隊員たちもリズを愛しているのだ。
「それでリズちゃ~~ん、アイツらどうやって探すの~~~?」
「普通に探すのでは時間がかかるわよ?」
「簡単だ――」
準勇者部隊の隊長は、その双眸の奥に秘めていたものを現す。
隊のため普段は秩序の化身となっているリズだが、枷の無い彼女は、まさに一振りの剣。
「知ってそうな者に訊いて、追いかけ、見つけ出し、話をする。場合によっては斬る。それだけだ」
魔物を相手にする時のような洗練された殺気は、隊員たちの気を引き締める。
向かう先には帝国があるのだろう。普通に考えれば国際問題待ったなしだ。
それでも隊員は付いて行く。愛する隊長と共に。たとえ大義のない個人的な恨みであっても、裏切り者を粛正する。
「皇帝を探すぞ。きっとそこにいるはずだ。いなくとも……皇帝に訊こうじゃないか」




