聖女たちの願い
絶対絶命のピンチだと思われた。
だが。
聞いた者は抗えないはずの山瀬の言霊に逆らい、クラウドは思いっきり顔を背けている。
予想外の事に、山瀬は首をかしげる。
「…………あれ? もう一度言うわ。私の瞳を見なさい……」
やはり、クラウドは変わらず目を合わそうとしない。
山瀬は回り込んで、クラウドの顔を正面から見据えようとしたが、クラウドはそっぽを向く。
再び山瀬は反対側に移動したが、またしてもあさっての方角を向かれる。
「……ねえ? なんで、瞳を見ないの?」
「いや、だって、恥ずかしいし……」
「なに純情ぶってんの。目が合わないと、術を掛けられないじゃない。私の瞳を見なさいよ」
「そんなこと言われても……」
「思い出したぞ!」
突如声を上げる、シリアス続きで出番が無かった、雨森ブラザーズの南斗。
「どうしたの、何を思い出したの?」
「巨乳好きが目立ちすぎて忘れてたけど、本来クラウドは女の子とろくに話も出来ない、シャイボーイだった!」
「そういや、そうだったなー。玲華さん美人だし、クラウドに目を合わせろって言われても、できたもんじゃないよなー」
「何ですって!?」
それを聞いた山瀬は、両手でクラウドの顔を挟み込み、無理やり視線を合わせようとする。
だが、クラウドは、今度は山瀬の胸の谷間をガン見する。
「ちょっと、どこ見てるの! 私の瞳を見なさいってば!」
「そんな事を言われても、おっぱいから目が離せないでごわす」
「急に鹿児島弁になるな! 私の瞳を、見なさいっての!」
「むむむむむむむ、無理でごわーす!」
力ずくで視線を合わせようとする山瀬だったが、どうあがいてでも胸を見続けようとするクラウド。
先程とはうって変わって、コミカルな戦いを繰り広げる2人。
その不毛な攻防を見て、周りの者たちの反応は。
「さっきまでめちゃくちゃ緊迫したシーンだったのに、何やってんだ、あいつらー」
「もう、完全にコントだなー」
「あたし、クラウドくんのおっぱい好きをみくびってたよ……。まさか、洗脳に打ち克つほどのものなんて……」
「三雲くんって、面白い方ですわ~」
膠着状態のまま、時は過ぎ。
5分後。
「勝ったーっ!」
「ま、負けた……」
床に突っ伏して、ガックリと肩を落とす山瀬。
「まさか、私の瞳術が、こんな事で破られるとは……」
「むっつりスケベで良かったー!」
誇らしげな顔で、勝どきを上げるクラウド。
「あいつ、あんな事言ってら」
「アホだ。あいつは、真性のアホだ」
「クラウドくんが無事で良かったけど、なんだかなあ」
「チッ、くだらねえ……」
瓦礫の山がガラガラと崩れ、雹河が悪態をつきながら立ち上がる。
「氷室さん! ご無事でしたの?」
「せっかく、女の足を舐める三雲を笑ってやろうと思ったがな……」
「あ? お前、とっくに起きてたのか?」
「はっ、あの程度でボクがやられる訳がないだろうが」
言いながら、ゆっくりと雪姫の横を通り過ぎる雹河。
バキャッ!
雪姫を押さえ付けていた考古研の男たちが、同時に吹き飛んで倒れる。
一瞬の内に、全員顎の骨を砕かれていた。
「汚い手で、依頼人に触るなよ……」
そう言って、赤い絨毯の真ん中に立つと、雹河は山瀬を睨め付ける。
「そろそろ終わりにしようか。このくだらねえ茶番も、てめえの野望もな……」
「くっ……!」
山瀬はローブの裾を翻しながら、飛びずさって間合いを取り。
『力を解き放ちなさい!』
山瀬の声に玉座の脇に控えていた、オーロラの一の下僕と名乗っていた人物が反応し、身体が膨張して服が弾ける。
「この方は、最初から私に非常に協力的で、肉体改造もむしろ自分から進んで受けられた、いわば最強の『改造人間』です」
「グルルルルル……」
獣のような唸りを上げて、今にも飛びかからんとする男。
「往きなさい! そして、彼をズタズタに引き裂いてやりなさい!」
「ガアアアアアアアアアアッ!」
高い跳躍から、一気に雹河に襲いかかる強化人間。
だが、雹河は冷静に男の顎に右の掌底を撃ち込み、空いた腹に左の掌底を叩き付ける。
吹っ飛んでいく敵のその先に、すでに待ち構えている黒コートの探偵。
雹河は男の頭をガゴギッと、頭蓋骨を砕くかのように踏みつけた。
「……で、何が最強だ?」
「くっ……、『全員、力を解放なさい!』」
考古研部員が全員、貫頭衣を引きちぎりながら、先程の男と同様の全裸の筋肉ダルマに変わる。
男たちから解放されたクラウド達は、雪姫を中心に一かたまりに集まった。
「ねえ、これって地味にセクハラじゃない? 目のやり場に困るんだけど」
「じゃあ、こうやって防いどいてやろうか?」
クラウドは、中華ナベで晴海の顔を隠す。
「それじゃ、前が見えないよ!」
「てめえらは下がってろ、ボクが全員ぶちのめしてやる」
「いえ、あなたはもう、これ以上手を出さないで下さい」
臨戦態勢の雹河を制し、前に進み出る雪姫。
「山瀬さん、もう上沢高校から手を引いてください。わたし達がすでに救い出されている今、これ以上の抵抗は無意味ですわ」
雪姫は、今までのふわっとした雰囲気とは違い、貴婦人のような毅然とした態度で訴えかける。
対する山瀬は、焦りの表情を見せながらも、それでも闘う意志を崩さない。
「いえ、まだ諦めません……。奪還されたのなら、再び奪うだけの事。考古研の皆さん、殺さない程度に痛め付けてやりなさい!」
強化人間たちが、一斉にクラウドたちを襲う。
「雪姫!」
晴海は戦う術を持たない雪姫をかばおうと、前に出ようとするが間に合わない!
雪姫は、胸の前で祈るように手を組みながら、ひざまずく。
「もう、争いは止めてください。わたしは、同じ学校の人達が傷つけ合うのを見ていられません……」
雪姫の瞳から、宝石のような涙が零れ落ち、床の上で弾けた瞬間。
男たちの動きがピタリと止まった。
「どうしたのです! 彼らを叩き潰してやりなさい!」
「あなた方は本当はこんな事をしたくないはず、わたしには分かります。わたしは何をされてもかまいません。ですが、皆さんには手を出さないで下さい。お願いします……」
雪姫は頭を垂れて祈りを捧げる。
その姿に、敵味方関係なく全ての者に注がれる、聖女の慈愛を感じられた。
すると。
『グギャアアアアアアアアアア!』
強化人間たちは一斉に頭を抱えて、悶え苦しむ。
「なんだなんだ? どうしたんだ!?」
「玲華さんの命令と、雪姫の優しさの間で葛藤してるんじゃないかな。たぶん……」
晴海はそう言って、親友の姿を温かく見守る。
敵の一団は1人また1人と倒れていき、とうとう最後の1人まで倒れて動かなくなった。
「……やはり、貴女こそがカリスマ教の天敵となりうる存在。後の禍根となる前に、今ここで仕留めます!」
山瀬は雪姫に向かって、毒蛇のように黒い鞭を撃ち放つ。
だが、間に割って入った雹河に受け止められる。
「てめえの技は見切った。何度も食らうかよ……」
雹河は蒼い左手で握り潰すと、先端から鞭が凍り付いていく。
「私のムチが……」
山瀬は柔軟性を失い、ただの固体と成り果てた鞭を、たおやかな白い手から取り落とす。
次々に手札を失い、追い詰められていく山瀬。
「さて、どうする? 五分刻みに解体されるか、氷漬けになって永遠に眠るか、どっちか選べよ」
蒼いグローブをパキパキと鳴らし、悪魔のような選択を迫る雹河。
ジリジリと山瀬を取り囲むクラウドたち。
だが。
その前に、フェルトの帽子の少女が立ち塞がった。
「晴海?」
「みんな、もうやめよう……」
晴海は、背後の山瀬に語りかける。
「ごめん。あたし、玲華さんの気持ちを理解したい、友達になりたいなんて言いながら、ちっとも分かっちゃいなかった。でも、ようやく分かったよ……」
晴海は、眼前の仲間たちに語りかける。
「玲華さんは独りぼっちになるのが怖いだけなの。だって、あたしもそうだから、痛いほど良く分かる。だから、玲華さんはちっとも悪くないの!」
すがるような晴海の言葉に、戦いの構えを解く男たち。
晴海は、山瀬の方に向かい合い。
「ごめんね、玲華さん。もっと早く、本当の気持ちを分かってあげれたら良かった……。でも、もう大丈夫。あたし、玲華さんについていくよ。なんなら洗脳してもらっても構わない」
「晴海!?」
「晴海ちゃん!?」
「あたし、もう決めたの。あたしは玲華さんの事を放ってはおけない、独りぼっちにはさせられない。あたし達は似た者同士。合わせ鏡のような存在だって分かっちゃったから」
「晴海……、行くな! オレはまだ……」
「クラウドくん、ごめんね」
晴海は仲間たちに晴れやかな、だが、固い決意に満ちた表情を見せて。
「玲華さんの夢を叶えて、戻ってくるのに何年もかかるかもしれないけど、信じて待ってて」
「……」
晴海はまっすぐにクラウドを見つめる。
その眼差しに、彼女の意志の強さを十分に理解しているクラウドは、それ以上何も言えなくなる。
山瀬は、晴海の顔にゆっくり両手を添える。
固唾を飲んで見守る、仲間たち。
山瀬が持つ、その赤い瞳が光る……。
みにょーん!
山瀬は、晴海のほっぺたを白い両手で引っ張った。
「れ、玲華ひゃん!?」
「あっはっはっはっはっ、面白い顔!」
山瀬は変形した晴海の顔を見て、お腹を抱える。
涙を流して笑い、ひとしきり笑った後、涙を手で拭って。
「まいった。私の負けよ」




