大ゲンカ
ヨガ男はかなりの量のパンチを受けたはずだが、平然としている。
「どうだ、これぞヨガの秘術。この体を手に入れんが為に、苦しい荒行に……うおっ!」
雷也の強襲キックに、ヨガ男が吹き飛ぶ。
それでもダメージを与えた様子は無い。
「完全に不意をついたでござるが、単に受けが巧いという訳でもなさそうでござるな」
「勝てるのか、雷也?」
「心配は無用、拙者も考える所があるでござる」
クラウドたちに軽く答え、雷也はヨガ男に立ち向かう。敵も間合いを詰めて来た。
すかさず雷也はジャンプ、空中で体をひねり、勢いでさらに体を跳ね上げる。
マイケル・冗談のようなエアウォーク、空を駆ける様に雷也は飛ぶ!
2mを軽く越えるジャンプは、たとえ大男が相手でも問題にしない。
雷也は回転ソバットを顔面に叩き込む。
ヨガ男はバックスウェーで避けようとするが、一瞬速く、蹴りがヒットし、ヨガ男は顔を押さえながらガクッと膝を折った。
「ばすけっとの試合を見て編み出した、2段跳躍でござる」
予想以上の効果、よほどのダメージを負ったか、ヨガ男は痛みに耐えている様子。
「やはり、お前はその長身から頭部の攻撃に慣れてない様でござるな。その弱点が命取り。この勝負もらったでござる!」
雷也はヨガ男に駆け寄り、下方から顎をかち上げるように、頭突きを放つ!
「ぐおおおっ!」
ヨガ男に明らかなダメージ。
さらに雷也は前方宙返りから、ふらつく敵の脳天にかかと落としを決める。
頭が首にめり込み、完全にやったと思ったが。
「しまったでござるーーーっ!」
雷也の絶叫。
その時、クラウドはヨガ男の邪悪な笑みを見た。
ヨガ男のハイキック。ヨガで鍛えられた全身のバネによる強烈な一撃。
音にならない音を発し、雷也は中庭の植木に背中から激突する。
「ぐはっ!」
肺の中の空気をすべて吐き出し、倒れる雷也。
そして、わずかに身を起こし。
「……あの時、だめえじを受けた様に見せかけたのは、すべて偽りでござったか」
「荒行で手に入れたこの軟体、どんな衝撃も柳のごとく受け流す事ができるのだ」
「最初に殴った時に気付いておくべきだったでござる……無念!」
そう言い残し、雷也は気を失った。
「うそ、雷也くんが負けちゃった」
「マジかよ……、信じられねえ」
眼前の光景に、我が目を疑うクラウド。
「さあ、次は小僧。貴様の番か?」
雷也も勝てなかった相手に、反射神経だけしかない自分がどう立ち向かうというのか。
攻撃を避け続けていても、限界は必ず来る。
しかも、相手はダメージを受ける事は無い。
敗北は火を見るより明らかだ。逃げるか?
だが、雷也を見捨てる訳には……。
「次は、あたしが相手よ!」
どこから、そのやる気が出るのか不明だが、敵に向かって突っ込んで行く晴海。
「ちょっと、待ったー!」
晴海の首根っこを掴み、引きずり戻すクラウド。
「何すんのよ、痛いじゃない!」
「あのさあ、雷也が勝てなかった相手に勝てると思うのか?」
「だからって何よ、敵わないからって逃げるつもり? それでも男なの!?」
「! ……バカ言え! 誰がそんな事……」
考えていた事をズバッと言い当てられ、口ごもるクラウド。思わず顔を背けてしまう。
ホルスターからパチンコを抜き、ヨガ男に立ち向かう晴海。
そうはさせじと、クラウドもメガ正宗を抜き、晴海の前に歩み出る。
「ちょっと、手を出さないで! クラウドくんの助けなんか借りなくったって十分よ!」
「なに意地張ってんだよ、さっきの事まだ気にしてんのか?」
「変な事言わないで! 別にクラウドくんがどうなろうと、あたしには関係ないし」
「自分から巻き込んどいて、関係ねえ事ねーだろ!」
お互い、精神のタガが外れたのか、あふれ出す感情を押さえられない。
「痴話ゲンカか? どうでもいいが、なんなら2人がかりでも構わんぞ」
「望む所だ!」「あたしは1人で戦うの!」
意見が食い違ったまま、戦いに赴く2人。
「でやああっ!」
さっそくメガ正宗の一撃、ヨガ男のスネを狙う。
堤防もアリの一穴から。まずは攻撃を仕掛けないと何も始まらないが、当然のごとくヨガ男にはダメージは無い。
もう一撃と、メガ正宗を振りかぶる。
そこへ、ビシビシッと晴海の放ったクルミ2連弾が、クラウドの背面を襲う。
「痛ってー!」
「クラウドくん、邪魔よっ!」
「どこ狙ってるんだ、下手くそ!」
「あー、人が気にしてる事を言ったわねー!」
口ゲンカをしてる暇もなく、ヨガ男のパンチがクラウドを狙うが、寸での所で身を躾す。
「あっぶねー! よけい面倒くさくなるから、お前は引っ込んでろよ!」
「何よ! 二言目にはめんどくせー、めんどくせーなんて言っちゃって、いつからそんな男になったのよ!?」
「知ったふうな口聞くんじゃねー! お前がオレの何を知ってるっていうんだ、このぺちゃパイ!」
「失礼な! ちゃんと掴んで揉めるくらいはありますぅー!」
晴海は前かがみになると、シャツの上から胸を寄せて上げる仕草を見せる。
一瞬、タジタジっとなるクラウド。
「お主、誰と戦っているんだ? やる気がないなら、どこかへ行け」
「そうよ、邪魔だからあっち行ってよ!」
敵、味方両方から責められ、ついにクラウドの我慢も限界に達した。
「分かったよっ! 消えりゃいいんだろ、消えりゃあよーっ!」
もううんざりだ、どうでもいい。
これ以上、面倒くさい女に振り回されるのはこりごりだ。
クラウドは、それ以上は何も言わずに、この場から立ち去ろうとする。
「どうした? 本当は、あの男と一緒に戦いたかったのではないのか」
「な、どうだっていいでしょ、そんな事! さあ、これからが本番よ!」
「ちくしょーっ! これだから女って奴は!」
何が、冒険家だよ! わがまま、自己中、変人女!
こんな事なら、最初から何も無かった事にした方がマシだっ!
…………。
そう思ってはみても、後ろが気になって足が進まないクラウド。
振り返ってみると、やはり晴海は苦戦していた。
パチンコは5つに1つは当たりはするが、ヨガ男の肉体に軽く弾かれている。
女の子の体力では長期戦は不向きだ。
しだいにフットワークが鈍くなってくる。
とうとう、晴海は足をもつらせて転ぶ。
ヨガ男の左ストレートが、容赦無く晴海を……。
確かに、面倒で変な女だが、やっぱりオレはほっとけない。
「くそっ!」
クラウドは悪態をつきながらも、すでに身体は目的を果たすべく動いていた。




