邪教集団?
「助けて頂いて、どうも有り難うございました」
三つ指をついて、お礼の言葉を述べるオカルト女。
あまりの殊勝さと胸の谷間に、危うく呪い殺される所だったのだが、不思議と腹が立たない。
「お礼に、呪いの藁人形を御土産に差し上げます」
「あ、ありがとうございます」
「それ、もらってどうするの?」
なぜか藁人形を受け取ろうとする晴海に、クラウドはツッコむ。
「だって、人の好意はむげにできないもん」
「そりゃあ、そうだけどさ」
妙にお人好しなところがある晴海。
なんだか危なっかしいなあと思うクラウド。
そこへ、ブラザーズがニヤニヤしながらやって来て、オカルト女を指差しながら。
「ほれ、見てみろー」
「お前の大好きな巨乳だぞー」
「シッ、声がデカいって。オレ、ケバいおっぱいはちょっと」
と、好みの範疇じゃないらしく、ふるふる首と手を振るクラウド。
「じゃあ、御土産をもらう代わりに、一つ質問していいかな」
「私に答えられる事なら、なんなりと」
晴海の問いかけに、素直に頷くオカルト女。
おっぱいの大きな人に悪い人はいないという。
この人も見かけによらず、いい人みたいだ。
「さっき言ってた『カリスマ教』って、何の事?」
オカルト女は、ひいーと言いながら、やにわに後ずさる。
「すいません、すいません、それだけはご勘弁を」
カタカタ震えながら、両肩を抱くオカルト女。
晴海は、脅えるオカルト女の正面にしゃがみ込み、肩に優しく手を添える。
「怖がらないで、この学校に関わる重要な事なの、お願い」
晴海の目に宿る優しい光を見て取ったのか。
「分かりました、誰にも話さないと約束して頂けるなら、あなた方にはお話します」
晴海はクラウドたちの方に顔を向ける。
意を介して、無言で頷くクラウド。
「約束するわ、詳しく教えてちようだい」
オカルト女は姿勢を正すと、ぽつぽつと語り始めた。
「『カリスマ教』は、最近、ある霊能者によって創設された宗教団体だと聞きます。新興宗教は今となっては珍しい物ではありませんが、この宗教が他と趣を異にしているのは、教祖も信者の対象も中・高校生であるという事です」
「中・高校生が信者だって?」
「はい。この宗教の基本方針は『世界の改革』。汚い大人によって形作られ、嘘で塗り固められたこの世界を、自分達の手によって作り変えるのを目的としていると聞きます」
「ふーん、それは大層なお題目で」
「変な名前の教団のくせになー」
聞いた風な、陳腐なフレーズ。ブラザーズもバカにしたように名前をいじる。
「もちろん、思想の自由というのもありますし、掲げている考え方自体は悪くないと思います。ですが、良くない噂も耳にします」
「例えば?」
「具体的には分かりませんが、運営資金や信者を蓄える為に、かなりの残虐な行為を行っていると耳にしました」
「でも、そんな奴らがいたとしても、どうせ子供のお遊びみたいな物だろ、放っておいたらいいんじゃねーか?」
ニュースやワイドショーなんかで、宗教団体の話は見聞きするが、結局はそいつらと関わらなければ、何も面倒は無いはず。
「そうかもしれませんが、こんな噂も聞いています。カリスマ教が布教の手を、この上沢高校に伸ばしていると」
クラウドたちの背筋に、戦慄が走る。
「すると、何か? 上沢高校に、そのカリスマ教の刺客がいるってのか?」
「そりゃ大変だー」
口調からは分からないが、焦っているブラザーズ。
「やっぱり……、邪教集団が絡んでいたのね。生徒会役員の誘拐事件、考古研、カリスマ教、だんだん繋がりが見えて来たわ」
「はい、私は生徒会役員が失踪したと聞いて、カリスマ教が裏で手を引いているとニラんでいました。そこで、私は行動に移したのです!」
「ヘー、どんな事?」
「悪魔を呼び出し、カリスマ教に呪いをかけようと、徹夜で召喚呪文を唱えていました。さあ、皆さんもご一緒に祈りを捧げましょう!」
「さ、必要な事は聞いたから、みんな帰るわよ」
晴海たちは、そそくさと部屋から出て行こうとする。
「お願いします! まとまった人数で円を描いて唱える方が効果が高いのです」
追いすがるオカルト女を、晴海は振り向き様にデコピンを食らわす。
「あうち!」
「あたし、他力本願ってあまり好きじゃないのよね」
「さあて、オレも行くかなっと……」
クラウドも晴海たちの後を追おうとする。
すると、オカルト女はクラウドにしなだれかかり、甘い声でささやきかける。
「ねえ、お姉さんがイイコトを教えてあげるから、一緒にお祈りしません?」
耳に息を吹きかけながら、肩に回した手でクラウドの髪を撫でる。
「今なら、お札セット3枚組も付けるからお得ですよ、どう?」
「どうと言われても、いや、まいったな……」
手慣れた手つきで、クラウドの乳首の場所などを刺激するオカルト女。
「あなた、さっき巨乳が好きだって言われてたわね……。なら、こういうのはどう?」
オカルト女は自分の豊満な胸に、クラウドの顔を押し付ける。
推定Fカップの巨乳と、オリエンタルテイストのお香の香りに包まれて、クラウドの意識は時空を超えた。
この、全てを包み込む感覚は……そう、ガンジス川!
悠久にたゆたうその大河は、そこに生活する全ての人たちを、受け入れ、育み、慈しむ。
このおっぱいもガンジス川と同じく、清濁関係なく全てを包み込んでいくのだろう。
ケバい化粧は仮の姿、クラウドはおっぱいを通じて、彼女の人となりを理解した。
「……わかりました。僕、オカルト研究会に入ります!」
「じゃあ、これ入部届ね。サインをお願いします」
「はい!」
ボールペンを手渡され、サインをしかけるクラウドの後頭部に怒りの鉄槌!
「はい、じゃないわよ! 何やってんのよ! クラウドくん!!」
晴海が放ったパチンコは、クラウドにジャストミート。
「ほら、ブラザーズくん達! とっとと運び出して!」
「インディ娘ちゃん、怖えー」
怒髪天の晴海。命令に素直に従うブラザーズ。
「お邪魔しましたー」
呆気に取られるオカルト女を尻目に、晴海たちはオカルト部を後にした。
*
「あんな色仕掛けに引っ掛かるなんて、情けないぞクラウドー」
「しょーがねえだろ、あんなん引っ掛からん方がおかしいぜ!」
言った後、クラウドは背後から殺気を感じる。
キリキリキリと、からくり人形の様に首だけで後ろを見ると、晴海が凄い形相で、こちらを睨んでいる。
怒った顔も可愛いというレベルではない。
元が可愛いだけに、非常に恐い。
「あ、夏山さん、これは……」
「何デレデレしてんのよ! クラウドくんのエッチ!」
「さすが、おっぱい教信者のクラウド」
「インディ娘ちゃんも気を付けた方がいいよー」
「ブラザーズ! よけいな事言うなよ!」
火に油どころか、核燃料を注ぐブラザーズ。
晴海は、形のいいあごに指を当てて考えた後、一言。
「そうね、肝に銘じておくよ」
「夏山さんも……もう、勘弁してくれよ……」
自分への呼び掛けに、晴海はキッとクラウドを睨むと。
「あたしの事は、インディ娘ちゃんって呼んでって言ったよね。何で、あだ名で呼んでくれないの!」
晴海の剣幕にムッとしたクラウドは、思わず本音を言う。
「インディコなんて、呼びにくいし、恥ずかしいし、なんか変だろ!」
そのセリフを聞いた晴海は、急に顔色を変える。
そして、何も言わずにその場から立ち去っていった。
「……なんだよ、急に」
雷也は、ふてくされるクラウドの肩をポンポンと叩き。
「『女人と小人は養い難し』でござるよ」
雷也から放たれた台詞を、クラウドはしっかりと噛みしめる。
「言葉の意味がわからねえ……」
クラウドは、にょにーんと精進料理のゴマ豆腐が伸びる姿を想像したが、たぶん違うなと思った。
「せっかく情報が出揃って来たけど、なんか雲行きがあやしいなー」
「そだなー」
先程まで真上から照らしていた陽光に陰りが見え、太陽が雲に隠れていた。
「なんか変だろ、か……。クラウドくんにも、そんな風に思われてたのか……」
仲間たちから離れた晴海は、寂しげな表情でそうつぶやく。
そして、自分のささやかな胸を見つめ、はーっと深いため息をついた。
 




