第2話 ダーリンの特技
「●●●●●●●●●●●」
な、何故なの?
何度言語習得の魔法をダーリンに唱えても、一向に効果が現れない。
私の魔法が効かないのかしら?
自分でこんな事言うのもアレだけど、私の魔法ってちょっと異常な威力らしいよ?
まだ私が幼い頃、防御壁を張っている父に向かって色々な魔法を試し打ちしていたら、止めてくれと本気で懇願されたくらいだよ?
ダーリン、変なモノでも食べたんじゃないのかしら?
困ったなぁー、どうやってコミュニケーションを取ればいいのかな?
……待てよ? そ、そうか!
ガリガリ、ガリガリ。
言葉が駄目なら恐らく文字も駄目。
それなら絵を書いて会話すればいいじゃない。
玉座の傍にしゃがみ込み、石畳の床を人差し指でスイスイと削り、今の状況を描いて行く。
やっぱり私って天才ね。
ふは、ダーリンどうよ? 私の画力は! 私のが、画力……画力なさ過ぎ! 下手過ぎ!
そういや絵なんて今まで描いた事なかったよ……。
そろりとダーリンの顔を見上げてみる。
……歩幅1歩分、ダーリンは後退りしていた。
ひ、引いちゃうくらいヘタっぴでしたか?
うへへ、ちょっと引き攣っている表情にもそそられてしまうよねー。
そんな時だった――
ダーリンが筆を握っているみたいに、宙で右手を走らせた。
そ、そうか。筆か。ダーリンが何か書いてくれるのかな?
そうだよね、指で床を削るのはちょっとだけ女子としてはしたなかったね。
ゴメンね、ダーリン。
『誰かー。今すぐ玉座の間まで何か書く物を持って来て! 扉の外まででいいからね! 絶対に中まで入って来ちゃダメよ!』
ダーリンに100点満点の笑顔を向けたまま、僕に念話を飛ばした。
僕が持って来たのは、急ピッチで拵えられたのか、毛先が不揃いな筆が2本と、大きな桶に入った謎の赤い液体と青い液体の2種類。
……この筆、今まさに誰か僕の毛を引き抜いて作ったでしょ。
それにこの液体、城の地下に放置してあった禁術に使用するヤツじゃなかったかしら?
まぁいいわ。今後使う事もないだろうし。
「はい、どうぞ。ダーリン」
毛先が拳くらいの大きさもある筆を受け取ってくれたのだけど、まだ困った表情で首を傾げている。
暫く悩んだ後、ダーリンは赤い液体に筆を付けて床に絵を描き始めた。
何を書くのかな?
ど、どうしたのダーリン。どうしてチラチラと私を見るの?
私は何処にも行かないよ? ダーリンの傍から一生離れな――わ、私だ。
すぐに気付いた。
ダーリンは私の似顔絵を描いている。
「ぅわー凄い、とっても上手だよ!」
私の赤い髪に合わせて、赤い液体でスラスラと筆を走らせる。
時には大胆に色を付け、時には器用に筆先を整えて細かな部分も表現されていく。
肩に届かないように切り揃えていた髪は――アレ、右側ちょっと跳ねてる? ヤだなー、それ寝癖だよ。
チャームポイントでもある側頭部から生えている短い角も、耳の上部にちょこんと描かれている。
何だかじっくりとダーリンに観察されているみたいで、ちょっと恥ずかしくなって来たじゃない。
赤い瞳にもしっかりと色付けされて、見事に私は完成した。
……でも何故私を書いたのかしら?
ダーリンを眺めていると、今度は青い液体で私のそっくりさんの隣に何かを描き始めた。
これは――ダーリン、かな?
でもさっき描いた私と違って、あまり似ていない……。
ダーリンのカワイイ鼻は何だかシャープに尖っているし、クリクリな瞳もキリリと描かれている。
そして偽ダーリンの上部に、私には読めない文字が書かれた。
「樹」
ダーリンは、偽ダーリンと自分を交互に指差し何度も「いつき」と言っている。
……いつき? この文字の読み方――もしかしてダーリンの名前なのかな?
「……いつき?」
「●●、樹」
ダーリンは自分を指差してコクコクと頷いている。
いつき。
ダーリンの名前、いつきって言うのね!
変わった名前だけど、凄くカワイイ響き。
……そ、そうか。そういう事ね!
私はいつきが可愛く描いてくれた、私のそっくりさんと私を交互に指差した。
「ディエイラ!」
嬉々として自己紹介した。
未来の奥さんの名前だよ!
「ぢえら?」
「違う違う、ディエイラ」
「でぃえら?」
「惜しい。でぃ・え・い・らよ」
どうやらいつきには発音が難しいみたいね。
「でぃえいら?」
「そう! ディエイラよ。よろしく、いつき!」
名前が、名前が分かり合えただけなのに、何、この幸せな気持ちは!
いつきと心が通じ合えたみたいで凄く嬉しい。
もっと……もっといつきの事が知りたい!
「いつき、次よ。もっといつきの事を教えて!」
偽いつきの隣のスペースを指差し、おかわりを催促した。
いつきは理解してくれたのか、ひとつ、またひとつと絵を完成させる。
身振り手振りを加えながら、絵の解説もしてくれた。
殺風景だった床は、どんどんといつきの絵で埋め尽くされて行く。
気付けば玉座の間は、足の踏み場もない程沢山の『いつき』と、私の幸せな気持ちで埋め尽くされていた。