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プレセア~音楽の街と四季と、楽器職人と~  作者: 八坂
第一節『序奏・冬の終わり』
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「お久しぶりです、グァラン先生」

「こ、こんにちは!」


 品の良い、柔らかな笑顔の女性と、その傍らでは緊張した面持ちの少女。少女が丁寧にお辞儀をすると、女性はころころと鈴を鳴らしたような笑みを浮かべる。


「何のご用かな? カーラーン先生」


 一方でメリルはというと、半眼になってその女性を見据えていた。


「うふふ、今日は先日のお礼に」

「お礼? 君にお礼をしてもらうようなことをした覚えはないが?」

「私はなくても、彼女がね」


 女性は、傍らの少女と、メリルの隣にいる獣耳の少女を見比べると、最後にメリルを見つめ返す。


「あー……そうか。はぁ……中で話をしようか?」

「あら、いいのかしら?」

「もちろんだとも。お礼をしに来たマイスターを追い返すような無粋なマネはしないさ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 傍らにいた少女たちは、そんな二人のやり取りを呆気に取られて見ている。


「どうした? エミエル、いくぞ」

「アリエッタちゃん、行きますよ?」


 二人はそう言い残して工房へと入っていく。


 エミエルとアリエッタは一瞬顔を見合わせて、慌てて二人の後を追った。




「それにしても、本当だったのね。この目で見るまでは、半信半疑だったわ」

「なんのことだ」


 工房『プレセア』の作業場の片隅、先ほどまでメリルとエミエルの二人が無言のお茶会を楽しんでいたテーブルに、今は四人の人物が腰かけていた。


「はじめまして、メリルちゃんのお弟子さん」

「おい」


 緊張の面持ちで座るエミエルに、女性が天使のような笑顔を浮かべて声をかける。窓から差し込んだ茜色が、女性の薄金色の髪をさらりと撫でて、その整った笑顔を彩る。それが後光のように彼女を輝かせているかのように見えた。

 対照的な黒髪をかき上げるメリルは、さきほどから苦虫を噛み潰したような半眼のままだ。


「は、はじめまして、エミエル=クロイツです!」


 エミエルが勢いよく立ち上がり、お辞儀をして見せる。危うくテーブルに頭を打ち付けてしまうのではないかという勢いに、女性がくすくすと笑う。

 彼女もまた優雅に立ち上がると、丁寧なお辞儀をしてみせた。


「セレーナ=カーラーンです。ドルチェ・リートの職人をしているわ」


 彼女は頭を上げると、首を傾げるように微笑んで手を差し出した。ふわり、と春を告げるような花の香りが、工房の木の匂いに重なるように漂う。それが彼女の優雅な所作に華を添えるから、エミエルはその笑顔と香りにすっかり魅せられてしまって、身体は勝手にその手を握ってしまう。


「は、はい、よろしくお願いしま……す……」


 けれど、その手を握った時、蕩けていた脳が一瞬で覚醒する。柔らかい雰囲気とは裏腹に、指先も、掌も硬く張りがある。

 それはまさに職人の手。

 誠実に木や鉄と向き合ってきたものだけが持つ手の感触が、エミエルの掌を通して伝わってきた。


「こちらこそ、よろしくね、エミエルちゃん」


 その言葉と同時に、するりと握手がほどかれる。なくなってしまった感触を確かめるように、エミエルは何度も手を握っては開いていた。


「それにしても、本当にメリルちゃんがお弟子さんを取るなんて……お祝いしなきゃね!」

「ちゃんはやめろ。祝いも不要だ」


 彼女が両手を合わせると、ぽん、と小気味いい音が可愛く鳴った。そんな満面の笑顔の目の前で、メリルは呆れ顔で視線をそらしている。

 そんな三人のやりとりをよそに、セレーナの横にいるアリエッタは、目を爛々と輝かせて、作業場のあらゆる物とメリルの間を何度も往復していた。


「本題はそれじゃないだろう」

「ふふ、そうね。でも、お弟子さんを採ったのが本当だったら、これも本題なのよ?」

「ああ、そうですか」

「そうよ」


 笑うセレーナに、メリルは肩を落としてわざとらしくため息までつく。


「ふふ、それは後にしましょう。今日はお礼に来たのだから」


 一瞬空気が引き締まる。セレーナが所作を整えた瞬間、メリルが目を細めて背筋を伸ばす。辺りを見回していたアリエッタも立ち上がると、姿勢を正してエミエルをまっすぐに見つめた。


「講習会でのこと、聞きました。その節は、ドルチェ・リートの弟子である、アリエッタがお世話になりました」

「その節は、ありがとうございました」


 セレーナとアリエッタが深々とエミエルへと頭を下げる。一方で、謝意を向けられたエミエルは、どうしたらよいかわからず、二人の頭を見比べてから、すがるような目をメリルへとむけた。


「わざわざ来ていただいて、申し訳ない。お気持ちは受け取りました」


 そんなエミエルの様子に、メリルは一瞬肩をすくめて立ち上がる。威厳を込めた声でそう言った。


「ふふ……」

「なにがおかしい」


 頭を上げたセレーナは、満面の笑みをメリルに向けていた。再び緩んだ雰囲気に、同じく頭を上げたアリエッタは、困惑の色を浮かべている。そんな少女を横目に、メリルが3人に席に座るように促した。


「……で、それをだしにして、エミエルを見に来た、と?」


 座るなりメリルは半眼にもどり、足を組む。


「それもあるけど、私もメリルちゃんにしばらく会ってなかったから」

「ちゃんはやめろ」


 メリルの半眼がさらに細くなった。それでも、そこには嫌悪感など微塵もないことにエミエルは気付いて、瞬間小さく笑ってしまっていた。はじめは困惑していたアリエッタもまた、二人の様子を見て、エミエルと同じ瞬間にくすりと笑みをこぼす。

 それは本当に同時で、それに気づいた二人の目が合うと、互いに苦笑してしまっていた。


「で、そちらが?」

「ええ、紹介が遅くなってしまったけれど、こちらは、私の直弟子にあたるアリエッタちゃんよ」


 弟子同士が苦笑しあっているのを見て、メリルが咳払いを一つする。セレーナが、そんなメリルに一つ微笑んでから、そう続けた。「ちゃんはやめてください」とアリエッタが抗議の声を上げつつ、椅子から立ち上がった。


「アリエッタ=クリーゲルです。よろしくお願いいたします」


 アリエッタが一礼する。


「ふむ、クリーゲル先生の所のご息女か。ああ、メリルで良い。座って」


 メリルの言葉に、アリエッタがもう一度礼をして、静かに席に座りなおした。彼女が取った一連の所作を見て、メリルが思い出したようにエミエルを一瞥する。その視線が意味するところをわかっていないのか、首を傾げながらも、柔毛の耳は困惑するように動いていた。

 そんなエミエルの様子に、メリルは自嘲気味に口元を歪めて、すぐに視線をセレーナに移した。


「すまない、セレーナ」

「うん? 私は何も気にしていませんよ? メリルちゃんですし」

「どういう意味かな?」


 殊勝な顔をしていたのに、瞬時に半眼に戻るメリル。


「うふふ……まあ、無事お礼も終えたし、お祝いの話でもしましょうか?」

「はぁ……」


 一切笑顔を崩さないセレーナに、メリルは毒気が抜けていくような脱力感を覚えていた。少しの間何かを考えるようにしていたメリルだったが、小さく嘆息すると、顔を上げる。


「……礼はちゃんと受け取った。それにしたって、君がわざわざ来る理由にはならないだろう」

「そうね、でも私もメリルちゃんに会いたかったから……それに本当に驚いたし、本当にお祝いもしたいのよ? メリルちゃんが弟子を取って、それがこんなに可愛いなんて……」


 セレーナがもう一度エミエルに微笑みをなげかけた。


「可愛さは関係ないだろう」

「うちのアリエッタちゃんも可愛いけどね」

「いや、そんな事は聞いていない」


 エミエルは二人が口を開くたびに、耳をせわしなく立てたりたたんだりしてしまっている。アリエッタの視線も二人の間を行ったり来たりしていた。

 そんな二人の様子に気づいたメリルが、耳の後ろを掻きながら小さくため息をつくと、アリエッタの方へ手をかざした。


「ああ、エミエル。彼女に工房を案内してあげなさい」

「えっ? あっ、はい」

「ふぇっ!? い、いいんですか!?」


「ああ、構わないよ。エミエル」

「わかりました。アリエッタさん、案内しますね」

「ふぁぁ……」


 瞬間、蕩けるような顔を見せたアリエッタは、まるで恋する乙女のようにメリルを見て、続けて深々とお辞儀をした。


「べ、勉強させていただきます、先生」

「うん」


 メリルが頷くと、エミエルの後に続くアリエッタ。その足取りはスキップをするように軽やかだ。二人は、入り口でメリルとセレーナに再度お辞儀をすると、そのまま作業場を後にした。


「いい子ね」


 二人を見送って、セレーナはそう言って、静かにティーカップに口をつけた。


「ああ」

「ふふ……」


 先ほどまでとは打って変わった、静寂が二人の間に流れる。メリルも彼女に倣うようにティーカップを手に取った。

 そんなメリルに、セレーナが柔らかな笑みを浮かべると、口を開く。


「お祝いはしましょうね?」

「何の祝いだ。弟子を取るなんて、よくある事だろう。セレーナ、君のところでは弟子が来るたびにお祝いするのか?」

「ふふ……」


 眉を顰めるメリルに対して、セレーナはまた、くすくすと笑う。


 まるで、メリルの反応を楽しむように笑うと、ティーカップを静かに置いて、あらたまるようにメリルの方へ向き直った。


「あなたが……師になったお祝いよ」


 彼女の笑顔と、その言葉に、メリルはようやくその言葉の意味に気付く。思わずうつむいてしまっていた。頬が火照って、淹れたての紅茶のように熱く、紅くなっているのを自覚する。


「そ、そういうことなら、余計にお祝いなんかいらないな」

「あら、どうして?」


 突っぱねるようなメリルの言葉にも、セレーナの笑みは翳りすら見せない。


「私はようやく弟子を持った。弟子ができただけだ。師になった、などとは言えない」


 うつむきながらも紡いだ言葉は、それすらもセレーナにとっては予期していた言葉なのだろう。彼女はただ静かに微笑んでメリルを見つめていた。


「な、なんだ?」

「ふふ、メリルちゃんらしいな、と思って」

「ぐ……そういう何でもわかった風な物言い。君のそういうところは好きではない」

「あら」


 図らずも、そんな思ってもいない言葉を投げてしまうメリル。けれど、そっぽを向いてみせても、薄目でセレーナの様子を窺っている。

 セレーナは、そんなメリルの様子に、ただ楽しそうに微笑んでいた。

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