第二部 忘れられた朝の墓場
銀の弓使いから逃れ、暗い森の奥へ入ったミナは、鹿が自分のそばから消えるかもしれないと知る。ミナが本当の朝を呼べば、鹿は夜を食べて朝を運ぶという本来の役目へ戻り、今の姿ではいられなくなる。死ぬのではなく、誰にも思い出されない朝になるのだと鹿は語った。
ミナは鹿の首へ手を伸ばし、たとえ姿が見えなくなっても、自分だけは忘れないと約束する。
その言葉を聞いた鹿は、忘れることの意味を知るようにと、ミナを森のさらに奥へ案内した。木々の影が途切れた場所には、無数の白い石が並んでいた。それは人間の墓ではない。かつて確かに訪れながら、誰にも覚えられなかった朝たちの名札だった。
ミナが一つの石へ触れると、知らない村の夜明けが指先へ流れ込んできた。そこには笑う子どもも、祈る老人も、働き始める人々もいた。確かに誰かの一日を始めた朝だったのに、今ではその朝を覚えている者は一人もいない。
鹿は墓場の最も奥にある、まだ名の刻まれていない白い石を示す。ミナが鹿を忘れれば、いずれその石に鹿が置かれるのだという。
ミナはせめて鹿の名を石へ刻もうとする。しかし彼女は、これまで鹿の名を聞いていなかった。名前を教えてほしいと頼むと、鹿は困ったように目を伏せる。名を呼ばれることを恐れているようでもあった。
その時、隣の白い石から淡い光がこぼれ、ミナと同じくらいの年頃の少女の姿になった。少女は朝焼け色の髪を持ち、自分をサーリと名乗る。三百年前に訪れ、今では誰にも覚えられていない朝だという。
サーリは、名前は石へ刻むためだけのものではないと語る。鹿の名も石に閉じ込めるのではなく、ミナ自身が運ばなければならない。その言葉を聞くと、ミナの喉の奥に落ちた星が熱を持った。まるでそこには、初めから鹿の名が眠っていたかのようだった。
ミナの口から、自分の意思とは関係なく、名の最初の音がこぼれる。鹿は怯えたように後ずさり、今その名を呼べば、自分はミナのものになってしまうと止める。
しかしサーリは、名を持つものは誰かの所有物になるのではなく、名によって初めて誰のものでもない存在になれるのだと告げる。
ミナは両手で口を押さえるが、名は朝霧のように指の隙間からあふれ出した。
「アルナ」
その名が森へ響いた瞬間、忘れられた朝の白い石が一斉に光り始める。鹿アルナの折れた角には、淡い金色の芽が生まれた。それは新しい角というより、夜明けの最初の光が形を得たものに見えた。アルナの体を覆っていた黒い傷も薄れ、森の闇が一歩遠ざかった。
ミナは喜ぶが、サーリは彼女もまた忘れられた朝たちに近い存在なのだと教える。
ミナは生まれた時から、普通の子どもではなかった。誰かのために訪れながら、誰にも残らず消えていく朝の性質を持っていたのだという。弓使いが彼女を朝から逃がし、夜へ隠したのも、そのためではないかとアルナは考える。
やがて墓場の外縁に、銀の糸が一本ずつ張り巡らされ始める。ミナたちを追ってきた銀の弓使いが、墓場へ近づいていた。
ミナはサーリに告げられた言葉を思い出し、自分もいつか白い石としてここに並ぶのかと尋ねる。アルナは答えられない。代わりに墓場の入口から、弓使いの声が聞こえる。
「並ばせないために、私はあなたを夜へ隠したの」
弓使いは銀の髪を朝日に似た光の中へ晒し、自分の名をイリシアと明かす。彼女はかつて、朝を縫い止める役目を与えられた者だった。
朝は必ずしも人々へ平等に訪れるわけではない。必要以上に強い朝、人の運命を焼き尽くす朝、誰にも受け取られず消える朝も存在する。イリシアは銀の糸で朝の道を整え、来るべき朝と、来てはならない朝を選別してきた。
しかしその役目の中で、彼女は忘れられる朝たちを見捨ててきた。サーリや白い石となった者たちは、その結果生まれた存在だった。
イリシアによれば、ミナは生まれた朝、村のどの子よりも明るい声で泣いた。その声を聞いた無数の朝たちは、ミナを自分たちの仲間だと思い、連れていこうとした。朝に完全に選ばれれば、ミナは一人の人間として生きることなく、誰かの一日を始めるためだけの存在になっていた。
そこでイリシアは、ミナを夜へ隠した。まだ夜を食べていたアルナを黒い矢で射ち、朝へ続く道を曲げたのである。
アルナは、イリシアの行為はミナを守るためではなく、自分が失敗を恐れたためではないかと問い詰める。イリシアは答えられない。ミナが朝に連れていかれることを恐れたのは事実だったが、同時に、自分の手で朝を制御できなくなることも恐れていた。
イリシアは黒い矢を番えたまま、ミナへ過去を語り続ける。しかし指が震え、矢は誤って放たれてしまう。
矢がミナへ届く直前、アルナがその前へ飛び出した。
黒い矢はアルナの新しく芽生えた金色の角へ突き刺さり、光の芽を半ばから折った。ミナは初めて、恐怖でも驚きでもなく、失いたくない者の名として叫ぶ。
「アルナ!」
アルナの傷から流れ出たのは血ではなかった。淡い朝の光だった。それは金色でも白色でもなく、ミナがこれまで一度も見たことのない一日の色をしていた。
光は地面へ落ち、白い石の間を川のように流れ始める。サーリは、それが誰にも訪れることのできなかった朝だと気づく。アルナが長い間食べ、運ぶこともできず体の内へ抱えていた朝だった。
ミナはその光を両手ですくおうとするが、朝は指の間から逃げていく。代わりに、喉の星が激しく震え、ミナの声が墓場全体へ広がった。
ミナはアルナも、サーリも、ここに眠るすべての朝も忘れないと宣言する。
その言葉に応えるように、白い石へ一つずつ名前が浮かび始めた。名を取り戻した朝たちは、少年、老婆、兵士、赤子など、さまざまな人の姿となって目覚める。彼らは朝を迎えた者ではなく、誰かの朝になるはずだった存在だった。
銀の糸は、アルナの傷から流れる光に触れるたびにほどけていった。イリシアは弓と矢筒を地面へ置き、自分は忘れられることよりも、覚えられたまま罪を負うことを恐れていたのだと認める。
目覚めた朝たちの奥から、ミナと同じ声を持つ朝が現れる。それは、ミナが夜へ隠されなければ迎えるはずだった朝だった。
彼女は、これから何を選ぶかはイリシアでも、アルナでも、忘れられた朝たちでもなく、ミナ自身が決めなければならないと告げる。
だがアルナの傷は深く、朝の光は流れ続けていた。このままでは、彼はすべての朝を失って消えてしまう。
アルナはミナに、朝を呼ぶよう求める。朝を呼べば自分は本来の役目へ戻り、傷も塞がる。しかしアルナは、今の姿ではミナのそばに残れない。
イリシアは、夜に隠れたままならミナは一人の少女として生き続けられるかもしれないと語る。一方、ミナと同じ声の朝は、夜に隠れて生きるか、朝に覚えられ、傷つくことを引き受けるかを選ぶよう迫る。
ミナは夜と朝のどちらかを捨てるのではなく、両方に名前を与えようと考える。自分を守った夜も、自分を連れていこうとした朝も、どちらも失われない第三の道を探そうとする。
しかし、夜と朝はミナが願うほど簡単には分かれていなかった。
アルナの命が朝となって流れ続ける中、ミナは初めて、自分の声で世界のあり方を決めなければならなくなる。




