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第一部 夜を背負う少女

世界の果てに近いある村では、夜だけを食べる一頭の鹿によって朝がもたらされていた。鹿が夜を食べ尽くすたびに空は白み、人々は新しい一日を迎える。誰もその仕組みを詳しくは知らなかったが、鹿がいる限り朝は必ず来るものと信じられていた。


ところがある冬の日、その鹿が村の井戸のそばに倒れているのが見つかる。鹿の角は折れ、腹には黒い矢が深く刺さっていた。村人たちは鹿の死を恐れながらも、誰一人として矢を抜こうとはしない。黒い矢に触れた者は、鹿が食べるはずだった次の夜を背負わされるという言い伝えがあったからである。


ただ一人、生まれてから声を出すことのできなかった少女ミナだけが、鹿へ近づいた。鹿の目を覗き込んだミナは、その奥に自分の知らない朝を見る。怯えながらも矢を握った瞬間、空から星が一つ落ち、彼女の喉の奥へ入り込んだ。


ミナが黒い矢を引き抜くと、鹿は長く白い息を吐き、閉じていた目を開いた。同時に、ミナの喉から初めて声がこぼれる。けれど声を得た代わりに、彼女の背中には黒い布のような影が張りついた。それは翼にも、傷にも、重い荷物にも見えた。


鹿はミナだけに届く声で、彼女が夜を背負ったことを告げる。これから朝は、ミナの痛みを通って訪れるのだという。


村人たちは、ミナが声を発したことを喜ばなかった。むしろ彼女が夜を背負ったと知り、自分たちまで災いに巻き込まれるのではないかと恐れ始める。ミナを見れば、自分の夜まで引き受けさせられると言い出す者もいた。やがて人々は、朝を呼ぶのであれば村の外で呼べばよいとして、ミナを追い出そうとする。


鹿が抜かれた黒い矢を月明かりにかざすと、その矢羽には銀の糸が巻かれていた。村で使われているものとは明らかに異なる糸だった。村の老婆だけが、それを見て死人のような顔をし、何かを知っている様子を見せる。しかし老婆は何も語らず、村人たちもミナを守ろうとはしなかった。


ミナは黒パンを二つだけ袋に入れ、鹿とともに村を出る。村の門は、誰も触れていないのに内側から開いた。見送る者はいなかったが、窓の奥ではあの老婆が泣いていた。


村の外へ出たミナは、自分が一歩進むたび、足跡の中に小さな星明かりが残ることに気づく。鹿は、夜は彼女を殺すためではなく、何かを運ばせるために背負わされたのだと語る。しかし、その行き先がどこなのかは教えなかった。


森へ入った二人の後ろから、ミナの足跡に残る星明かりを舐め取る奇妙な獣が現れる。犬にも狐にも似ていない濡れた毛皮の獣で、背中には無数の目があった。獣は星明かりを食べるたびに目を開き、最後にはミナが最初に発した声まで真似る。


鹿は獣を追い払おうとするが、折れた角には以前の力がなく、蹄から生み出した朝霜さえ獣に食べられてしまう。その時、ミナの口から星のような息が漏れた。彼女の声に触れた獣の目は一つずつ閉じ、やがて眠りに落ちる。


鹿は、ミナの声には、まだ朝を知らないものを眠らせる力があると説明する。ミナは獣を恐れながらも、その姿をどこか哀れに思い、手持ちの黒パンを一かけらだけそばに置いていく。鹿は、夜を憐れめば夜に姿を覚えられると忠告するが、ミナはパンを取り戻さなかった。


さらに森の奥へ進むと、木々の間に無数の銀の糸が張られていた。糸の向こうでは、何者かが弓を構え、二人を狙っている。ミナは怯えながら、銀の糸へ自分の声を触れさせる。


その瞬間、森の景色が水面のように揺らぎ、糸に残された過去が映し出される。そこには、まだ角を折られていない鹿がいた。鹿は夜を食べながら、白い塔の前を歩いている。塔の上には銀の髪をした弓使いが立ち、涙を浮かべながら黒い矢を番えていた。


弓使いは鹿へ矢を放つ直前、誰かに向かって、これで「あの子だけは朝から逃がせる」と呟いていた。


幻が消えると、銀の糸の向こうから、弓使い本人が姿を現す。彼女はミナが過去を見たことを知り、逃げも隠れもしなかった。ミナは、弓使いの言った「あの子」とは誰なのかを問う。


弓使いは、その子はミナ自身だと答える。


鹿は怒りをあらわにし、折れた角を弓使いへ向ける。弓使いは、ミナを害するためではなく、朝が彼女を選ぶ前に、夜へ隠したのだと説明する。鹿を射たのも、朝へ続く道を曲げ、ミナをその目から逃がすためだったという。


しかし鹿は、その言葉を守りではなく言い訳だと退ける。弓使いが銀の糸を弾くと、森の奥に朝焼けのような赤い道が現れる。鹿はそれを、選ばせるふりをした檻だと見抜き、ミナを連れて反対側の暗い森へ逃げ込む。


弓使いは追わず、ただ一本の黒い矢を地面へ突き立てる。そして、ミナが朝を呼べば鹿は消えると告げる。


暗い森を歩きながら、ミナは鹿に「消える」とはどういうことか尋ねる。鹿は、自分は本来、夜を食べて朝を運ぶ存在だったが、今はミナが背負った夜に結ばれていると話す。ミナが本当の朝を呼べば、鹿は役目を終え、彼女のそばにはいられなくなる。


それは死ではない。ただ、誰にも思い出されない一つの朝になることなのだという。


声を持たなかった少女は、ようやく手に入れた言葉で、自分を救った鹿を失う可能性を知る。夜を背負うことが何を意味するのかも、弓使いがなぜ自分を朝から隠したのかも、まだ分からない。


それでもミナは、鹿とともに暗い森の奥へ進んでいく。自分に与えられた声が、朝を呼ぶためのものなのか、それとも誰かを忘れないためのものなのかを知るために。

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