第1話 飯田直人
俺は日本最高峰の大学を卒業したエリートである。
いや、エリートだった、が正しい表現かもしれない。
俺は確かに大学まではエリートだった。
難関の入学試験を経て、東宝大学、東大に入学できたのだから。
大学に入った時、周囲の人間は俺を尊敬の眼差しで見た。
当然だ。
なんたって俺は東大に入れるような優秀な人間なのだから。
ただ、俺の人生の絶頂期は長く続かなかった。
就職活動。
それは現代のバトルロワイヤル。
俺はその戦いに勝つことができなかった。
良い会社に入れなかった、というだけではない。
一つも引っ掛からなかったのだ。
東大出身だけで就活なんて楽勝だろう。そう思っていた俺に、努力を全く大学生活でしなかった人間に、世間は厳しかった。
全ての会社が同じように俺にお見送りをした。
そうして就職できないまま、なんとなく書いた卒業論文と共に、俺は大学を卒業。
親の脛をかじる自宅警備員となった。
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そうして2年が経った。
『出張なう。今日も仕事忙しい〜。コンサルって大変すぎw』
今日も日課のツイートをする。
「あんた、たまには家にいないで買い物行ってきなさい。いっつもそうやってダラダラしてばっかり」
寝転がっている俺に母親が小言を言う。
無視していると、俺の頭部が小突かれた。
「痛いっ」
「行かないとご飯抜きよ」
正直、行きたくない。
体を重力に任せていると、母親が般若のような形相になっていた。
これはまずい。今日は機嫌が悪い日だ。
エリートは、人の機嫌を読み取るのも得意なのである。
俺はノロノロと立ち上がると、サンダルに足を入れてドアを開いた。
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あーあっちい。
アスファルトから蒸気が漂っている。
俺がアイスなら、今もうすでに溶け切っているな。エリートなのに溶けずに偉い。俺。
そんな風にくだらないことを考える。
今日の晩飯は肉がいいなあ。
けど悲しいことに、社会人になれなかった俺に晩飯の選択権はない。
そして買い物リストを見ると、見事に野菜ばかりだった。
はあ、なんでこんな人生になってしまったんだろう。
もう一回人生をやり直せたら、次は失敗しないのに。
エリートもエリート街道から落ちるとはこの事か。
何も上手くないことを考え、ダラダラと歩く。
その時だった。
俺の人生が終わったのは。
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クラクションが鳴り響く。
ぷぷっー!
随分近くで鳴るな。
そう思った瞬間、衝撃が俺の体を襲った。
痛い。そんなことを思う間もなく、俺の意識は急速に暗闇に落ちていった。
ああ、これで俺の人生、終わるのか。そんなことを思った。
ごめん、母さん。父さん。
最後に思ったことは自分らしかった。
なんで俺がこんな目に。東大を出たエリートなのに。
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どれだけ長い時間が経ったのかわからない。
気がつくと真っ暗な空間に俺はいた。
どうなっているんだ。
けど、暖かい。
何も考えられない、ただ眠い。
そうやってぼんやりして眠り続けた。
どれくらい眠っていたのか分からない。
突然俺を苦しみが襲った。
く、苦しい。
そして、そんな苦しみと同時に世界が眩しい光で包まれた。
おかしい。
明るいはずなのに何も見えない。
巨人?
ぼんやりとした視界で、巨大な人間が俺を抱き上げていた。
人の声が聞こえる。
何を言っているのかわからないけど。
俺は動こうとして、手足をばたつかせた。
動けない。
なんてこった。
どうなっているんだ。
俺は巨人の国に拉致されたのか?
なぜか涙が出てくる。
怖い、怖い、怖い。
俺に話しかけてくる巨人がいる。
何言ってるのかわからないんだよ、やめてくれ。
俺はたまらず泣きじゃくった。東大卒のエリートなのに。
巨人は俺のことをゆすり見守っていた。
泣き疲れた俺は、次第に意識がフェードアウトしていった。
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それから何度か目を覚まして、ようやく理解した。
俺は、赤ん坊になっていた。
そのことに気がついた俺は絶望した。そして同時に狂喜乱舞した。
前世でお世話になった人にこれ以上会えないことに悲しみ、そして人生をやり直せることを素直に喜んだ。
そして、こう決意した。
この人生ではエリートらしい成功を、女にモテモテになってお金持ちになんとしてもなるんだ。
誰にも見下されない人生を歩むんだ。




