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第12話 『イマジナリーフレンドなんか消せ。いつまでガキやってるの』

生憎の曇天。行く場を無くしてぷらぷら彷徨っている。

 春なら綺麗だっただろう青桜が生き生きと並んでいる道はある意味夏らしい。


『昭、結局今日はどこに行くんだ?』


 元々は川釣りでもする予定だったのだが、いつ雨が振り始めてもおかしくない空模様で渋々断念した。


『んー、心スポでも行こうかと思ってるよ、近いらしいし』


『しんすぽ、ですか?』


 前を歩くたなてが立ち止まり、首を傾げる。


『心霊スポットだよ心霊スポット』


『うむ……少し怖くないか?』


『幽霊なんて馬鹿げたもんがいるわけないし問題ないだろ』


 まあ、自分にしか見えない存在に言うことでもないかもしれないが。


『それでは何故行きたいんだ、そういうものはスリルを楽しむものではないのか?』


『そこさ、トンネルなんだけどヒンヤリしてて気持ちいいらしい』


 なる姉と空は顔を見合わせ肩をすくめる。空は呆れた顔でこちらを見ていた。


『別に曰くがあるわけではないんですよね?』


『うん。白道達から聞いたんだけど、ただ雰囲気が怖いだけだってさ。今は使われてないから人もいないし』


『危なそうだったらすぐ帰るからね』


 なる姉は大雑把に見えて、俺に対する危険には敏感な節がある。


『今をときめく男子高校生に怖いもんなんてこの世にねえよ』 


 俺は先陣を切って歩き出す。


 後ろでなる姉のため息が聞こえた気がした。


…………


 整備されてはいるものの左右を山に囲まれた道を歩く。うねうねと曲がりくねった景色が続いていると、如何にもなトンネルが見えてきた。


 どこからともなく水滴の「ぴちゃん」と跳ねる音が響いてくる。確かに心霊スポットとしてはこれ以上ない雰囲気だった。


 彼女が出来たらまた来てみよう。


 トンネルに目をやると、中には電灯なんてものはなく、ただ奥に白い一点が見えるのがわかる。


「それでは早速入ってみましょー」


 たなてが先を歩いていく。


…………


 異界に入り込んだ錯覚に陥るには十分な環境だった。周囲とは音も空気も視界もほぼ断絶された狭い空間。端の方では沢が流れているらしく、冷たい水音だけが響いていた。


 少し奥に進むと天井のコンクリートの舗装もなくなり、荒々しく削り出された裸の岩盤がライトに照らされる。


「上を見ろ、蝙蝠がいるぞ」


 空が上を指さす。ライトを向けると、蝙蝠がまるで小さな黒色のランチボックスが吊るされているみたいに天井にぺたりと張り付いている。


「やっぱり、この蝙蝠も血を吸ってるんでしょうか」


「生き血を啜って腹いっぱいって感じの悪い顔してるもんな、こいつ」


 暗くてよく見えないが、ズームして画面に写せば子供が泣いてしまう形相をしている。


「いや、日本には血を吸う種類の蝙蝠はいないよ。そもそも吸血を行う種のほうが少数派だからね」


 相変わらずの博識にまたアホっぽく感激してしまう。「でもウイルスは持ってるから、触るのは危ないのは間違いないけど」なんて付け加えてすらいる。


「どちらにせよ、私たちにあの蝙蝠を触ることは無理だがな」


「だね」


 と、前を歩いていたたなてが立ち止まった。

 

「たなて、どうしたんだ?怖くなったか?」


 多分違うだろうと思いつつ軽口を叩く。


「人、倒れてます。」


『はあ!?』


 しゃがみ込んだたなての元に駆け寄ると、黒いワンピースを来た少女が倒れていた。


「昭、幽霊がいたな。どうするんだ」


「幽霊なわけねえだろ!救急車呼ばねえと」


 スマホを取り出し急いで119に掛けようとするが


『救急車は要らないから』


 スッと立ち上がった少女は毅然とした声でそう言い放つ。


「いや、倒れてたんだし、呼んでいたほうが──」


 なる姉が俺の腕を掴んで、首を振る。


『変なやつだな?こんなトンネルで倒れておいて』


『何か事情があったのでしょうか』


二人が話し始めた時、


『事情なんてない』


 空耳か……?


 聞こえる筈のない二人の会話に、少女が答える。


『私達の声が聞こえているのですか?』


『ああ、クソ腹立つけどね』


 まるで当たり前かのように平然と会話をする少女。彼女を凝視するとライトの光が少女を透けているのが分かった。


「おい、お前何者だよ!?」


『あんたの新しいイマジナリーフレンド。言いたいことは一つ』


 そう言うと少女は黙り込んだ。だが空たちも無言の圧に何も言えない様子だ。


 新しいイマジナリーフレンド……?


 しばらくの間、沢の流れる音が空間を支配する。そしてため息をつき、少女は


『イマジナリーフレンドなんか消せ。いつまでガキやってるの』


 余りの予想外の言葉に呆気にとられる。


 イマジナリーフレンドを、消せ?


『お前もイマジナリーなんだよな?なのに消せって?』


『だからそう言ってるでしょ?私ごと消して。私の核はお前自身が消したいと思っている意思そのものだから。なんなら今すぐ消してもいいよ』


 何かを憎む様に、少女は吐き捨てる。


 イマジナリーフレンドを消したいと思っているなんて、俺はそんなこと……。


 本当に思っていない。


 後ろを振り返ると、泣きそうなたなてと、少女を睨み返すなる姉。そして意外にも平気そうな空。


『なあ昭、お前は本当に私達を厄介払いしたいのか?』


 空があくまで状況を確認するように、俺に問いかける。


『いやいや、マジで思ってないって。もし思ってたらこうやって一緒に遊ばないだろ』


 そう、この年になっても消えないことを不思議に思ったりすることはあれど消えてほしいなんて、そんなこと考えたことすらない。


『そうだな。お前はなる姉に頼ってばかりだもんな。テスト然り何然り』


『いや…そんなこともないんだけど』


 斜め上の切り口ではあるが、空の思いのほか毅然とした対応にホッとする。


『で、昭はこう言っている訳だが?』


 視線を少女に移す空。


『私はお人形遊びを卒業しろって言ってるの!そんなの社会じゃ爪弾だから!』


 大声だが、トンネルに反響することはない。


「そんなこと、俺が思うわけねえだろ!」


 俺の怒声がが、トンネルを汚く満たす。ギンギンと響いて、頭が痛い。


 『そのまま一生お人形と生きていくなんてゾッとすること言うの?めっちゃ覚悟あるじゃん?』


『ああ、俺は有るよ!その覚悟が!』


『その覚悟をキモいって言ってんの!』


 口汚い喧嘩。どちらも声を張り上げているのに俺の声だけが反響して、世界が向こうについているみたいだ。

 

 しかし唯一人、空は静かに考え込んでいた。


 そして口を開く。


『お前は昭のことを既に知っているようだから、あえて言わせてもらおう。はっきり言うが、昭よりなるこの方が優秀なこと程度誰でも分かるだろう?』


 確かに空はこちら側、味方をしてくれているのに背筋がゾクリとした。


『自分の人形に能力を大きく超えられるなんて、そんな馬鹿な話があるか?違うか?』


 少女は黙り込んでいる。


『そもそもの話、私達は自分で物事を考えている。お人形ではない。昭の考えに反しておまえという存在がいることが今ここにいて、自分の意見を表明している。これは何よりの証明ではないのか?』


 静かに詰め寄る空。


『社会的には問題なのかもしれないが、わざわざ昭が公表しなければどうということもない。違うか?』


『違うから!』


 そう叫ぶと少女はトンネルの奥へ走り出し、小さな白い光に消えていった。


 辺りに静寂が戻る。


『一体、何だったんだ……あいつ』


 思わずそんな言葉が漏れてしまう。


『昭さん、本当に「消したい」なんて思っていませんよね……』


 たなてが涙目で、小刻みに体を震わせている。


『ああ、思ってるわけないだろ。そりゃ客観的に見れば異常だけど、俺にとってはこれが正常だ。十何年なる姉と一緒に生きてんだぞ?なんで今更消したいなんて考えるんだよ』


 そう言ってなる姉の方を見る。なる姉は、少女が走り去ったトンネルの奥ただ一点を見つめている。


『なあ、そうだよななる姉?』


『うん?あー、そうだね。10年以上の絆が嘘だなんて、ぽっと出のやつに言われても全く傷つかないよ、私。』


 根幹を揺るがすような台詞を吐かれて、正直もっと戸惑うかと心配したが、酷いことにならなくて良かった。


『にしてもさ、こんなにポンポン新しいイマジナリーフレンドが増えるなんて、俺どうなってんだろうな?』


『気をつけたほうがいいかもしれない』


『何にだよ?』


『そうだな……何に気をつければいいのだろうな』


 そう、作ろうと思ってできた訳でもないし対策のしようがない。


 だがこの短期間で三人も増えてしまうなんて、深刻に考えるべきか?


『それにしても昭、やはりお前はどこかおかしい』


『はあ?』


 少女が去って一安心と思って居たところをグサリと刺される。


『お前にしか見えない不確かな存在を、なぜそこまで信じることができる?当然私達は自分自身の意識があることを理解できる。だがお前は分からないだろう?』


『哲学みてえな話だな』


『茶化すな。大切な話だ。』


 上手い言葉が見つからない。俺は……どう思っているんだろう。


『何を根拠に、信じられるんだ』


 詰め寄ってきた空が俺の腕を握る。


『空ちゃん、昭さん困っています』


『私はただ、聞かせて欲しいだけだ』


 ただ真っ直ぐな眼差しに応えられず、目を逸らしてしまう。


『俺は……お前らのことただの空想だなんて、とてもじゃねえけど思えねえよ』


 俺の答えに空はただ頷くだけだった。




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