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結婚披露宴 3

 マーガレットは脳裏に広がる恐怖の光景、地獄絵図を想像して震え上がった。


(なんとしても止めなければ……!)


 いくらリュセットが酷い仕打ちを受けていたとはいえ、いくら自分が煮え湯を飲まされていたとはいえ……それでも拷問を受けるような光景は見たくないというのがマーガレットの心情だった。

 マーガレットは振り返りアンリ王子を見やる。


「失礼ながらアンリ王子、辞めさせて下さい。これでは程のいい辱めではありませんか」


 しずしずと会釈をしながらもマーガレットは強く断言した。けれどアンリ王子はにっこりと微笑む顔を崩さずにマルガリータの背中を視線で追っている。

 その隣では訳がわからないというようにアンリ王子とマルガリータを行ったり来たりと視線を送るリュセットの姿。リュセットはマーガレットへと視線も投げ、何が起こるのか? と訴えかけている様子。アンリ王子はそんなリュセットの手をそっと取り、空いた片手で頬杖をついた。


「まさか、辱めなどではありませんよ。私自身、特殊な環境に身を置いていた経験があるため、そういった変わったものが好きなのです。ですから私は純粋に心から、変わったダンススタイルを見れることを楽しみにしています」


(……透き通るような白い肌をしているけれど、腹の中は真っ黒じゃない……!)


 にっこりと微笑み続けるアンリ王子は、足を組み直してさらにこう言った。


「……ところで、義母上は踊っては下さらないのでしょうか?」

「私は……」


 イザベラが口ごもる中、アンリ王子はさらに畳み掛ける。


「踊りを見ればきっと、王妃もあなたのことを敬い、ここに住むことを強く願うに違いありませんが……」


 残念です、とでも言いたげに眉尻を落としたその微笑みはイザベラの背中を後押しした。


「そうですわね……少し踊ってみるのも悪くないかもしれませんわね」


(なんでそうなる!)


 マーガレットは奥歯を噛み締めて、身を翻し、ドレスの裾を持ち上げて駆け出した。行先はもちろん、マルガリータが向かう先。


(踊ってみるのも悪くないかもって……社交ダンス以外踊ったことないでしょーが! 何が品格だ! 踊ったこともないようなヘンテコなダンス踊った日にはみんなの笑い者だってなぜ思わない!?)


 マーガレットは人の間を縫いながら、懸命に走る。マルガリータの歩くスピードなど簡単に追い抜けるはずだと確信しながら。


(だいたい、百歩譲ってアンリ王子の言うことが本当で王妃がそれを楽しみにしていたとしても、そんな盆踊りにもならないような踊りを見せられて王妃が敬うとは思えないでしょ!)


 どれだけ脳内地位と財産しかないのか。そんな風に憤りを感じていたその時だった。


「きゃっ!」


 マーガレットはがくりと足を引っ張られるような、何かに引っかかるようなそんな感覚に思わず膝を着いてしまった。

 苛立ちながら焦って走ったせいで、足がもつれたのかと思い、脱げた靴を見やるとーー。


「あっ……」


 マーガレットの靴は無残にもヒールがパックリと折れていた。

 下駄の鼻緒が切れる。靴紐が切れる。……昔から靴に何かが起こると不吉なサインだと、マーガレットの前世からくる記憶がそう言っていた。このヒールが折れた様子も、不吉なサインだと思わざるおえない。もしくは、またこの物語がそうさせているのか……そんな風に考えて背筋にひやりとした冷気が走った。

 この大広間がざわつき出したのは、ちょうどそんな時だった。


「まぁ、はしたない」

「鉄板の上で何をやっているのだ? 踊っているようにも見えるが……?」

「あのようなダンス見たことがないわ。それにあの表情……まるで拷問を受けているようではないの」


 そばにいる人々が口々にそう囁いている様子を聞いて、マーガレットは顔を青ざめた。


(……間に合わなかった!)


 マーガレットは立ち上がり、もう一方の靴も脱ぎ捨て、人だかりに向かって再び走り出した。


「……失礼いたします、通していただけますか!」


 マーガレットは壁のような人だかりを押しのけ、人々がいる中心へと抜け出た。そこでは鉄板の上で踊るように、足を代わるがわる下ろしては上げ、上げては下ろし……それを繰り返すマルガリータの姿があった。

 ーー熱い鉄板の上に素足は長時間置けず、片足をあげてはもう一方の片足が焼けただれるため、もう一方の足を下ろし、片側を上げる。その姿はまるでダンスを踊っているように……。

 そんなホラーな童話の結末を思い出し、マーガレットは叫んだ。


「マルガリータお姉様、早くこちらへ!」


 苦痛に顔を歪めながら滑稽に踊るマルガリータに手を差し伸べる。けれどマルガリータは鉄板の上で脱いだ靴を再び履こうと必死になっている様子で、きっと声は届いていない。靴はなかなか上手く履けず、鉄板の上を転がるように踊っている。その結果、マルガリータは鉄板の上で転んでしまった。

 ドシンという大きな音を立て、尻もちをついているマルガリータの姿を見て、マーガレットは本能的に駆け出した。

 自分も裸足だということなどすっかり忘れてしまったように。


「マルガリータお姉様!」


 そう言って一歩鉄板の上に足を踏み出した瞬間、マーガレットは飛び跳ねた。


「……!」


 何枚かの鉄板をタイルのように地面に貼り付けられたその場所で、マーガレットは踏み出した足を再び下げた。けれどその感覚は思っていたものは違っていた。


「……あつ、くない?」


(というよりも、むしろ冷たい。それもものすごく……)


 マーガレットはハッとして顔を上げた。マルガリータが丸焦げになると思い、とっさに駆け出そうとしたのだが、マルガリータはその場に腰をついたまま、顔を真っ赤にしながらいそいそと靴を履いている。


(えと、冷たくて踊っていたということ……?)


 冷気を感じるその鉄板はきっと、氷と共に置かれてキンキンに冷やされていたのだろう。そうとも知らずに靴を脱いで踊ろうとしたマルガリータは驚いてああなっていたのだと知り、マーガレットは勢いよく大広間の前方、高みから見下ろしているアンリ王子に目を向けた。


(……根性、捻くれてる……)


 マーガレットは怒りの表情を露わにしながら、ズカズカと再びアンリ王子のいるあの場所へと向かった。

 マルガリータは顔を赤らめたまま、なんとも言えない表情でその場を後にし、イザベラはそんなマルガリータの後を追って行った。そしてマーガレットはアンリ王子の目の前に立ち、王子を見下ろした。


「……失礼を承知で申し上げますが、少々お戯れが過ぎるかと」


 マーガレットは怒っていた。イザベラとマルガリータには正直制裁が必要だと思っていたが、あんなに公衆の面前で辱めを受けるのは少々やりすぎだと思っていたのだ。

 鉄板は熱されてはいなかった。命にも体にも別状はない。が、それとこれとは別だった。


「姉は公衆の面前で辱めを受けました」

「転んでしまったようですからね。なんとも胸が痛い光景でした」


 白々しい言葉にマーガレットはさらに逆上する。


「率直に申し上げて、心を痛めていたようには見えませんでしたわ。私達はアンリ王子にの恨みを買うような、何かしたのでしょうか?」


 リュセットは口を挟もうか、どうしたらいいのかといった様子で二人を見つめている。リュセットからすればアンリ王子がイザベラやマルガリータを辱めようとしていたとは考えにくく、だからこそこの結末とマーガレットの言う言葉に戸惑っていた。


「……同じようなことをしたまでだよ。リュセットに対し、あなた達がしていたこととね」


 アンリ王子は再びにっこりと微笑んでいるが、明らかにその仮面は外れていた。

 外面と内面の違いをその言葉や態度から感じ、マーガレットはさらに言葉を戻す。


「私はリュセットを……いいえ、結局はリュセットの状況を改善できなかったのだから同じことですわね。言い訳はいたしません」


 一呼吸置いてから、マーガレットは畳み掛けるようにさらに言葉を紡いでいく。


「アンリ王子が言いたいことは分かりました。が、それでも納得できないですわ。女性を辱める行為もそう、そしてそれを実行するのが例えばリュセットならば納得もできましょう。けれどアンリ王子、あなたは話が別です。リュセットの代わりに仕返しなどという考えで起こした行動であれば、それは王子のおごりではないでしょうか?」


 そう、もしリュセットがそれを望み、リュセットがあの二人を辱めようとしたのであれば、話は別かもしれない。けれどどう見てもそうではないのはリュセットの様子を見ればよくわかる。だからこそマーガレットは憤りを感じていたのだ。

 アンリ王子がリュセットの代わりに復讐するのは絶対に違う。アンリ王子はリュセットの旦那だけれど、それをリュセットに代わって罰を下すのは上に立つ者のやることではないとマーガレットは思っていた。


「リュセットはドレスを着ずにこの城へと来た。ドレス一つも持たずに、嫁いで来た。王子に会うというのに、着飾ることもせず……あなたなら私が言っているこの意味が分かるよね? そしてそれはしなかったのではなく、できなかったのだと言うことも知っている」


 マーガレットは拳をぎゅっと掴んだ。マーガレットはアンリ王子が言いたいことがよくわかっていた。

 王子の前に立つというのに、お城に出向くというのにリュセットはドレスに袖を通すことなくやってきた。リュセットは貴族の娘だ、それなのに……間違いなくそれは、リュセットにとって恥である。

 リュセットの性格として、きっと母親の洋服が彼女にとっての一張羅でもあり、恥ずかしいなどと考えはなかったかもしれない。しかし世間一般的に言えば、それはとても恥ずかしい事であり、リュセットはそれも知っているはずだ。けれど彼女は文句の一つも言わずそんな姿でやってきたのだ。

 挙句、イザベラ達はそれを承知で彼女を送り出している。ドレスも買い与えようなどという考えもなかった。


(アンリ王子の言うことは正しい……そしてその怒る気持ちもとてもよくわかる……だけど……)


 マーガレットの気持ちはちょうどアンリ王子とマルガリータ達の間にいる気分だった。マルガリータのされたことと、リュセットに対するマルガリータ達の普段の態度。それを考えると、憤っていた感情が少しずつ鎮静されていく。

 と、そんな時だった。


「……ありがとうございます」


 綿毛が風に揺られて飛んでいくように、そっと。リュセットはアンリ王子の手を両手で握り返した。


「私はそのお気持ちだけで十分ですわ。ですから、私のためだと言うのであれば、どうかあのお二人を許してあげてくださいませ」


 リュセットは懇願するようにそう言って、アンリ王子に向けて微笑んだ。そんなリュセットの健気な様子を見て、アンリ王子は悲しそうな表情で眉間にシワを刻んだ。


「……あなたはどうして、いつもそんな風にいられるのでしょうか? 怒りはないのですか? あなたのドレスは全て取り上げられ、売られ、新しいものは買ってもらえなかったのでしょう?」


 リュセットの生活をアンリ王子はすでに聞き出していた。その時初めてアンリ王子は納得したのだ。なぜリュセットがこれほどまでに自己評価が低いのかということを。そしてそれは同時に、怒りを覚えた瞬間でもあったのだ。

 そんなアンリ王子の様子を見て、リュセットは再び微笑んだ。それは安心させるような、包み込むような、そんな優しい笑みだった。


「ええ。ですが良い面もあるのです。このように美しいドレスは腰を締め付けなければ着ることができません。それはとても苦しく、時に嘔吐感に苛まれます。私は運良く、それらから解放されていたのです」


 そう言ってにっこりと微笑んだリュセットは、その言葉に嘘偽りは感じられないほど穏やかな美しいものだった。

 隣で微笑むリュセットのその姿を見て、アンリ王子はリュセットの手に空いた手を重ね合わせて、額をこすりつけた。


「本当にあなたと言う人は……毒すらも浄化するような、清らかさを持っている……」


 そんな風に呟くアンリ王子の頭に、リュセットも額をコツンと合わせて微笑んだ。


「いいえ、私の中にも毒はあります。けれどあなたがそうして怒ってくださる気持ちに、私の心は救われたのです」


 リュセットはアンリ王子を真っ直ぐ見据えて、はっきりとした口調でこう言った。


「ですが……もう私のために怒らないでください。私はあなたの怒っている姿よりも、笑っている顔を見る方がずっと幸せな気持ちになれるのです」

「リュセット……」


 アンリ王子は顔を上げ、ほんのり下がっていた眉を持ち直し、微笑んだ。すると、リュセットはさらに優しい笑みをアンリ王子に向けていた。

 マーガレットは何も言わず、その光景を見て、二人はこれからも大丈夫だと感じていた。一時はアンリ王子は危険な思考の人間ではないかと思ったが、リュセットがいるのなら、きっとこの先も大丈夫だと思えたからだ。


「……まぁ、確かに少しやり過ぎた感は否めませんね。お詫びにリュセットの義母親と義姉もこのお城へ移り住んでもらいましょうか」

「それは素敵ですわね! きっとお喜びになりますわ!」


 間違いなく喜ぶだろう。マーガレットは確信を持ちながらそう思った。一瞬毒づきそうになる自分の感情を押さえ込みながら、マーガレットは気を取り直してきちんとした会釈を見せた。


「では、私はこれにて。ルイが待っておりますので、この辺りで帰らせていただきますわ」

「マーガレットお姉様は一緒に私達とここで過ごされないのですか?」


 リュセットは悲しそうに眉を八の字に変えた。


「ええ、ルイはもう王子ではないと宣言されたから、ここにはいたくないと思うの」

「ですが……」

「そんな顔しないで、また会いにくるから。だからリュセット、幸せになってね」


 マーガレットは心からそう言った。その後、満面の笑みを浮かべながら二人に向けて再び会釈をして。


「マーガレットお姉様こそ。お姉様の幸せを心から願っていますわ」

「ありがとう、リュセット。でも私のことは大丈夫だから、心配は無用よ」


 リュセットは小さく首を傾げながら、マーガレットの続きの言葉を待っている。そんな彼女の姿を微笑みながら見つめて、こう言った。


「幸せが来ないなら、私から掴みに行くつもりなの。だからね、私は幸せになるに決まっているの!」


 マーガレットは歯をむき出して笑った。そう言って去って行くマーガレットの後ろ姿を見つめながら、アンリ王子は独り言のようにぼそりとこう呟いた。


「いつか兄上が言っていた通り、マーガレットは変わった令嬢だな……」


 そんなアンリ王子の言葉を聞いていたリュセットは、視線を変えずにこう言った。


「マーガレットお姉様はとてもお優しくて、その上たくましいのですわ」


 リュセットは羨ましそうに瞳をキラキラと輝かせて、去っていったマーガレットの後ろ姿を見えなくなった後もじっと見つめていた。



  *



 こうして、マーガレットの本当の物語は幕を開けることになる。

 それはシンデレラとは別の物語として。そしてシンデレラの意地悪な姉、悪役令嬢としてではない、マーガレットが本当の意味での主役となる物語(人生)が始まるーー。


番外編までおつきあいいただき、ありがとうございました。

これにて完結です。


いつか第二章を書きたいと思い構想も練っていますが、いつ書くかは全くの未定です。

こっそりまた更新中にタグを変えてるかもしれませんが、その時はまたお付き合いいただければ幸いです……。


応援くださった読者様、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] シンデレラと王子のキャラがあまりよくわからなかったです。 シンデレラが人間味薄いので黒いところや王子の一目惚れに落ちる描写がもっと詳しく欲しかったな…あと、心情描写。 まさかの鉄板は驚…
[一言] うわああああああ!!!完結おめでとうございます!!!そしてお疲れ様です!!!鉄板で足を焼かれなくてよかったです!!!そして最後に華麗なるザマァが決まりましたね!!!!マーガレットは怒っていた…
[一言] 冷たい鉄板とは盲点でした。 アンリ王子の憤りは真っ当で真にリュセットを慮ってのものだからこそ彼女は救われたのですね。 マーガレットも後味悪くなくてホッとしてるかな。 何はともあれ彼女達の未来…
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