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ネックレス

 外は夕日が最後の力を振り絞り、赤々と輝きを保っていた。そんな頃、マーガレットとカインは家を出た。


「やはり夕刻は冷え込むな」


 外の景色を見ながら、カインは優しく愛馬を撫でている。黒馬はカインの手に頬を寄せながら気持ち良さそうに目を閉じた。


「本当にその格好で寒くないのか? 馬に乗ればもっと寒いのだぞ」

「大丈夫。このショールがあるから」


 カインがジュストコールを着るようにとマーガレットに提案したが、マーガレットはそれを断っていた。重いジュストコールを持って出るのも大変で、それをイザベラやマルガリータ達に見つかると厄介だからだ。


「頑固者め」

「カインに言われたくないけど」


 言われたら言い返す。強気なマーガレットにほくそ笑みながら、そんなマーガレットを軽々と抱きかかえた。


「……!」


 まるで空を舞うようにふわりと乗馬させられたマーガレット。驚きのあまり声が出なかった。軽々と女性を抱きかかえるカインの力強さ。突然変わった視界の高さに驚きつつも、しっかりと馬のたてがみを握りしめた。


「バスケットは持って帰らないのか?」


 ちょうどカインが乗馬しようと鞍を掴み(あぶみ)に足をかけた時、マーガレットが来た時に持っていたバスケットがないことに気がついた。鐙から足を外し、再び家の中へと戻ろうとするカイン。その様子を見て、マーガレットはカインの服を掴んだ。


「いいの。特に大切なものは入っていないから。それに次回のマッサージで必要だと思った時、持ってくるのも面倒だから」


 その言葉を受けたカインは踏みとどまり、再び鐙に足をかけて馬に飛び乗った。すると、いつもならすぐに動き出すはずが馬が動かない。カインが馬に走り出すように指示を送っていないことに気がついて背後を振り向こうとすると……。


「本当に寒くないのか?」


 再びそんな質問が背後から浴びせられた。


「体が冷えているぞ」


 思ったよりも外は冷えていた。部屋の中で暖炉を囲んでいたせいで、余計に体の体温が外気の寒さに慣れていないせいだ。


「気のせいでしょ。もう遅いから早く帰りましょ……っ!」


 再び馬のたてがみをぎゅっと掴み直した瞬間だった。カインがマーガレットの腰をぎゅっと掴み、引き寄せた。


「そっ、そんな風に掴まなくても、ちゃんと馬に掴まっているから大丈夫よ」


 ここへ来る時、マーガレットは大きなバスケットを持っていた。そのせいで馬のたてがみにうまく掴まれず、代わりにカインがマーガレットの体を支えていた。今回はそんな風にならないように、マーガレットはバスケットを置いて帰ろうと考えていたのだ。もちろん中に必要なものが入っていないという点と、そうすることでカインはマーガレットを支える必要がなくなり、馬をゆっくりと走らせる必要がなくなるという点があった。

 けれど、一番の理由はやはりこの距離だ。


「暴れるな、俺が寒いのだ」

「……!」


 マーガレットの髪を耳にかけ、その耳に囁きかけるカイン。これはマッサージの時の仕返しだろうか。マーガレットの頬が熱を帯びて行くのを感じながらも、夕日が赤くてよかったと思わざるおえない。そうすればこの頬の赤みも夕日のせいだと言って誤魔化すことができるから……と、まるで自分に言い聞かすようにそう考えていた。



  *



 馬を走らせ街へと向かっている間に、空はあっという間に闇へと飲み込まれていた。


「もう辺りは暗い。家まで送る」


 カインはマーガレットを抱きおろした後、やはり思い直したかのようにそう助言した。けれどそれをマーガレットはあっさりと辞退した。


「気にしないで。この時間でも街の中であれば明るいわ。それに時々、この時間に外に出ることもあるし、大丈夫よ」


 なんてそれは嘘だった。日が暮れてから一人で外に出ることをイザベラは良しとしない。女性の品格を問われるためだ。それに街の中とはいえ、夜遅くに家を出るのはやはり危険だった。けれどそれを言えばカインは間違いなく家まで送ろうとする上、カインが家に帰るのがさらに遅くなってしまう。マーガレットにとってはそちらの方が気がかりで、申し訳なく感じていた。

 本当はこんな予定ではなかった。マッサージを終えたら家に早く帰るつもりでいた。外出禁止を言い渡されていただけに、なるべく大人しくしておこうと思っていたからだった。だからこそ、マーガレットがうたた寝をしてしまったのは大きな誤算だった。


「暗くなってからも外出するのか? マーガレット、お前は本当に用心が足りない」

「毎回出てるわけじゃないわ」

「それでもだ」


 思わずカインの口調が強くなる。それに気づいたカインは、コホンと咳をした後再び元の調子に戻った。


「もしここの後マーガレットに何かあればと思うと、俺は心配でならない。それに、もし本当に何かあった時、俺が後悔するんだ。お前をどうして一人で帰らせたのだ、とな」


 カインはマーガレットが羽織っているショールを掛け直した後、カインはマーガレットの肩を掴みながら真剣な瞳でまっすぐ見据えた。そんな風に言われては、これ以上断りきれない。観念したマーガレットはふう、と肩を揺らしてため息をこぼした。


「……分かったわ。だけど家の近くまでね。馬はここに置いてちょうだい」


 その条件はせめてものあがきだった。家の前までくればイザベラ達に見つかる可能性がある。それに馬で向かえば知人に見つかる可能性が出てくる。そうすれば知人の噂話の恰好の的となり、いずれはイザベラの耳に届く可能性がある。


「お前はつくづく変わったやつだな」


 馬を預けた後、マーガレットの隣を歩きながらしみじみとそう言った。変わったやつの意味が聞きたくてマーガレットはカインに向けて視線を上げる。するとカインは遠くを見るような目でこう言った。


「普通なら歩くよりも馬で送ってもらう事を選ぶだろう」

「歩くのも気持ちがいいとは思うけど?」

「そう思う者はそれほど多くはない。特に女性はな」


 カインが可笑しそうに笑いながら言う様子を、マーガレットは首を傾げながら聞いていた。


「それに、マーガレットは男のようだ」

「なっ、失礼な!」


 思わず拳を握りしめ、カインの腕を叩いた。そんなマーガレットの拳を捕まえながら、カインはさらに言葉を紡いだ。


「落ち着け褒めているのだ。マーガレットは自立していて、媚びない。だから俺も接しやすいと言う意味だぞ」

「それでも男は失礼よ! そもそも男だと感じるのであれば、送ってもらわなくても結構よ!」


 カインの手を振りほどき、口元を尖らせながら腕を組んだ。けれどカインは再びマーガレットの腕に触れ、こう囁いた。


「あくまで例えだ。精神的なところを言ってるだけで、何もマーガレットを男だと思っているわけではない。それにお前が男ならば俺も送ろうなどと言うものか」

「あらそう」


 聞く耳持たずとはこの事だ。マーガレットの機嫌は直りそうもない。そんな中、数メートル越えた角を曲がればマーガレットの住む屋敷につく。それに気づいたマーガレットは立ち止まってカインに別れを告げようとした。


「ここまででいいわ。もう家はすぐそばなの」


 すると、カインはマーガレットにならって立ち止まり、服の下につけていたネックレスを取り出した。それを首から外し、マーガレットへとつけ渡す。


「これはお詫びのしるしと、お守りだ。取っておけ」


 胸元に楕円形のシルバープレートがついたネックレス。プレートには不死鳥が炎の翼を広げながら盾をその爪で掴み、その中には獅子に似た獣が二体向き合う形で描かれている。

 そのエンブレムには見覚えがった。町のあちこちに旗が掲げられ、その旗に描かれているエンブレムと同じものだからだ。


「これって、お城の紋章よね……?」

「ああ、騎士が手柄をあげると王族から直々に送られるものだ」

「……! そんな大切なもの、もらえない」


 決して重くはないはずのそのネックレスが、突然重みを増した気がした。マーガレットは慌てて首の後ろに手を回しそれを外そうとするが、カインはそれを制した。


「外すな、お守りだと言っただろう。それに貸すだけだ。いつか返してもらうまでな」


 そのいつかっていうのはいつのことなのか……マーガレットは困惑しながらどうしたものかとネックレスのトップに触れていると、その手を掴んでカインは何かをマーガレットの手の中に握らせた。


「こっちが今日の報酬だ。受け取れ」


 手を広げるとその中には大型銀貨(グロ)一枚が握らされていた。それは約束の小型銀貨(ソルド)5枚をゆうに超える金額だった。


「こんなに受け取れないわ!」


 今日は手の感触とカインの体の状態をチェックしたまでで、本当に何もしていないのと同じだった。だがしかし、マーガレットはそう思っても、カインは違った。初めての体験にいたく感動していた。


「受け取れ。次回も同じ金額を出すとは限らん。あくまで初回のマッサージに箔をつけたまでだ」

「箔って……」


 こんなによくしてもらってもいいのだろうか。不安から顔を上げると、カインは笑ってマーガレットの髪を耳にそっとかけてやる。


「欲がない女だな。あんなに普段は着飾っていたのに、今日は地味なこのような服に身を包み、報酬に色をつければ怒るのだからな」

「私はちゃんと自分の身の丈を知っているからよ」


 強欲に飲まれてはいけない。山より高い理想を掲げてはいけない。自分の立ち位置と自分のあるべき姿をきちんと見極める。


 ーーさもなければ、きっと最後は地獄に落ちる。


 マーガレットは知っている。自分の人生の物語がどういう方向へ向かうのかを。だからこそ自分の足で歩き、足を地につけて前を向いていかなければならない。

 この世界に転生した初日からマーガレットはそう心に誓っていた。


「だからお前は面白い」


 カインはマーガレットに渡したネックレスのトップを指で弄んだ後、そこにそっとキスを落とした。


「次はいつ会える?」

「一週間後。また同じ時間に同じ場所で」


 ネックレスから手を離し、そのままマーガレットの頭を撫でた。


「一週間後か。先だな」

「マッサージにはそれくらいの時間をおいた方がいいから。いくら練習とはいえ、あまり受けすぎるのは良くないのよ」


 その理由も嘘ではない。けれどそれよりもマーガレットはしなければならないことがある。イザベラに言われた裁縫をすること。そもそも一週間は外出禁止を言われている。今朝イザベラの友人に会ったように、次回も抜け出したところで知り合いに会う可能性は大いにある。それをなるべく避けたかった。


「では一週間後に。腕を磨いておけよ」

「そちらこそサボってばかりいないで、職務と鍛錬、怠らないようにね」

「はっ、生意気だな」


 カインは最後にもう一度マーガレットの頭をクシャリと撫で、そのまま来た道を歩いて行く。マーガレットはマーガレットで、ネックレスのトップをぎゅっと握りながら、カインの背中を見送ったーー。

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