一章『姉と、日常。』その10
冬夏たちが夕飯を食べている頃。
自分の家に戻った来夢は、妙にリアルなウサギの顔が描かれたシャツと無地のズボンに着替え、スーパーで買ってきた弁当を食べてから居間のソファに座り込んで一休みしていた。
居間はよく片付いているように見えるが、それはものが少ないだけで、よく見ればうっすらと埃が積もっているところがあって汚れていた。
あまり使われていないからだろう。
そんな部屋の状態を特に気にすることもなく、来夢は適当につけたニュース番組を、ぼうっと眺める。
今頃冬夏と春秋は仲直りでもしているだろうかと少し心配したり、今日も戻ってこなさそうな父親の事を考えながら。
来夢の父親は『帳』のお偉いさんだ。しかも、結構な。
そのため、一緒に住んでいることになっているのだが滅多に帰ってこない。
母親は――いない。
物心ついた時には居なくて、小さい頃は帳の施設でいろんな人にお世話されていた記憶がある。
そのせいか来夢にとっての母親は何人か居た。
全員大事な「お母さん」で、その点で言えばさびしいということはなかった。
ただ、やはり、一人で家に居るとどうも居心地悪く感じてしまうことがある。
しばらく人が生活していない、いくつもの部屋。
そんな中に一人きりでいる自分という存在が、どうにも居心地が悪い。
来夢は週のほとんどは楠城家の人間と食事をとるが、それは多分、自分の家の居心地が悪いせいもあるのだろう。なんなら一緒に住んでしまいたいくらいだ。
「……でも、一緒に住んだら住んだで困っちゃうよねぇ……あたしも隠し事とか色々あるし……はぁ」
大きくため息をつく。
お父さんがもうちょっと多く帰ってきてくれればいいのにとも思うが、立場もあって忙しく、無理な相談なのは理解していた。
昔はあまりにもさびしい時は自分から帳の本部に行っていたが、高校生にもなってちょくちょく親のところに顔を見に行くのは恥ずかしい。
母親代わりの人たちにならいいかな――とも思うのだが、やっぱり素直になれない。
自分でも面倒だなぁ、と思うのだけど、しかし、そういう年齢だし仕方ないよね、とも納得してしまう。
……余計にタチが悪い。
「――止め止め! めんどくさいこと考えるの止めー! あー、いやしさんのごはん食べたーい!」
軽く叫びながらソファーに寝っころがる。
今日は仲直りすると言っていたから遠慮したけど、明日は無理やりでもご相伴にあずかりに行こう。そうしよう。
明日の夕飯の予定を決定して、ソファから勢いをつけて立ち上がる。
その瞬間、ふと、制服のポケットに入れたままだった手紙の事を思いだした。
報告書類など作って気疲れしていたせいか、すっかり開封するのを忘れていたのだ。
少し慌ててテレビを消し、階段を上がって二階の自室に戻る。
そしてハンガーにかけていた制服のポケットをあさり、手紙を取り出した。
ぱっと見、封筒に仕掛けがあるような感じはしない。
内部の透けを防止するような加工もされていないように見える。
けれど念のため来夢は机の引き出しから取り出した厚紙を丸めてから封筒に当て、電灯に透かしながら厚紙の中を覗いた。
やはり特に透け対策はされていないようで、簡単な工夫で内部の状態は簡単に見ることが出来た。
刃物などが仕掛けられている形跡、なし。
来夢の使う『創り札』のようなものも入っていない。
安全を確認し、来夢はハサミで慎重に封を切った。中からは数枚の紙が出てきたが……
「……? これ……」
一枚は普通にプリントアウトされた手紙のようだったが、残り数枚はどうやら何かのノートをコピーしたもののようだった。横の罫線が引かれている。
日付の欄が大きめにとられているところを見ると、日記かなにかだろうか。
しかも、そのノートのコピーらしき物体に、来夢はどこか見覚えがあって――
「え……あ、ちょ……っと……ウソ!? なんでこれが――!?」
ノートのコピーに数行目を通した来夢は、顔を真っ赤にして慌てて本棚を漁る。
その奥に隠されていた一冊のノート、正確には日記帳を取り出し中身を確認して、あわただしい手つきでそれを本棚の奥に戻した。
その表情はめまぐるしく変わる。
照れ、羞恥、恐怖、慌て――混乱を極めた来夢はコピー用紙を握りつぶしながら、はっとした表情で部屋のカーテンを閉めた。地平線の奥から届くような、太陽の光の残滓を遮るように。
そして握りつぶしていたものをばらばらに引きちぎってゴミ箱に捨てると、封筒に入っていた、他とは趣の違う罫線の入っていない印刷用紙に目を通す。
そして、そこに書かれていた内容を見て。
青ざめた来夢は、手の中から用紙を取りこぼした。
×××
大留 来夢 殿
秘密は私の手の中にある。
守りたくばこれから私の指示に従う様に。
追って再び連絡をする。