File 2-1
次の日の行動は、いたって普通のものであった。
というのも終が、「とりあえず今日は観光でもするとしようか。道連れもこの世界に来たばかりなことだし、言葉の勉強がてらあちこち見て回ることとしよう」と言い出したからである。そんなわけで僕は濡れ衣を着せられそうになった翌日、平和な一日を手にした・・・はずだった。
朝起きてまず最初にしたことは、終を起こすことだった。案の定というか案外というかは人によるかもしれないが、終は寝起きがすごく悪かった。それはもうものすごく悪かった。何回起こしても全く起きなかった。鼻をつまんでも、髪を引っ張っても全く起きなくてどうしようかと思っていたところにリムが起きて終の髪から出て来た。
「おう、おはよう。気の毒な助手さんよ」
「おはよう・・・リムさん。気の毒はやめてくれ」
「さんはいいよ。リムでいいさ。あんたもこんな使い魔に敬称なんて使うもんじゃねぇぞ」
リムはさん付けで呼ばれて照れたのか後ろ足で頭をぽりぽりと掻きながらそう言った。
「これ・・・どうしたらいいの?」
僕は目の前の小さな生物に向かっていつまでも起きない目の前の女を起こす手段を聞いた。いつもはどうやって起こしているのだろうか。
「いつもは自然に起きるのを待ってるかなぁ。なんせこの寝起きの悪さだ。水をかけられたって起きやしないさ」
「依頼があった時はどうするの?朝とかに」
「電話がなると起きるんだよ。それが。よっぽど謎が好きなんだろうなぁ。この変わりもんは」
「それ、やってみたらいいんじゃないかな」
「とは言ってもなぁ。うちには電話は一台しかねぇし。ホテルの電話は内線でしかつながらねぇし」
リムのいうとおり、ホテルに常備された電話の他には、終が携帯している電話とみられる機械一台しかなかった。
「そうなのか・・・あ、もう一台あるよ」
僕は成り行きでこちらに送り込まれた時にポケットにそのまま入っていた携帯電話を取り出した。
「それは・・・電話・・・なのか?見たことのないタイプだが」
リムは僕の携帯を見て首をかしげた。それもそのはず。これは魔法で動くものではないし、この世界のものですらなかったから。
「まぁね。多分こっちでは使えないけど・・・アラームの音を黒電話に設定して・・・と」
部屋の中にプルルルルと大きな電話の音が鳴り響いた。それに反応して終は飛び起きて自分の電話の方へと向かったが、そちらの電話はなっていない。ようやく目が覚めたのか、僕の方を見るとヅカヅカと近づいて来て言った。
「それは!?」
怒られると思っていたので、それは予想外の反応だった。目を煌めかせ僕にそう問いかけた。
「向こうの・・・携帯電話・・・ですが」
「なんと!えらく時間が経ったものだな!日本は相当発展したと見える。そういえば道連れの服装もなんだか見慣れぬものだと思ったわ」
「いや、これは制服・・・ですけど」
「制服?」
「ええ。学校の」
僕は学校に行く途中に死んだものだから、転生時の服装も制服になってしまったのだ。そのせいでこっちの街の人からは変な目だ見られた。
「・・・ああ。確かそんなものがあったか。よし。ではまずこちらの世界に似合った服を買いに行くとしようか」
起きてからは有無を言わさず行動させるのがさすが終といった感じだった。本当はなぜ日本を知っているのか、いつの時代の日本を知っているのかを聞きたかったのだが。
一旦起きてしまえば、朝の準備も早くあっという間に出かける準備を終わらせ、むしろをこちらを急かす始末だった。
「早く出かけるぞ。道連れ」
「すいません!・・・用意早すぎだろ」
というわけで文句を言いながらも僕と終は正面からホテルを出てまずは僕の服を買いに行くことになった。歩いて街を移動する途中、終はやけにウキウキしていて気味が悪かった。
「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「いや、別に嬉しがってなどいないさ」
明らかに嘘だった。どうせ僕に言いたくない事情でもあるのだろう。深くは聞かないことにした。
「それじゃあ、この街について教えてもらえませんか?」
「ん?ああ、そんなことかい?いいとも。昨日は説明できなかったからね。教えてあげよう。この都市の名前はラビ。街の名前は双子町。昨日見たとおり、ラビはうさぎの獣人が警官を務める都市でね。比較的治安はいい。むしろ治安がいいからうさぎの獣人が警官を務めているといっても過言ではないぐらいだ。あと、双子町という名からわかるように、この街は点対称でよく似た構造をしている。僕らが今いる西半分はチンチラビ、東半分はフレジャラビという名前になっている。その名の通り、西半分はチンチララビットという種のうさぎの獣人が警官を務め、東半分はフレッシュジャイアントラビットという種のうさぎの獣人が警官を務めている。前者の特徴は小柄で知能が高い。後者の特徴は巨大である。というぐらいかな。一息に説明してしまってすまないね。ついてこれたかい?」
僕はそのまくしたてるような説明に聞き入っていた。もちろん理解はできたが、少し気になる点があった。
「ついてはいけましたけど・・・一つの街につき一種の獣人が警官を務めているんですか?」
「いいところに気がついたね。その通りだよ。種族が統合されていないと。諍いが起こりやすいからね。最低限統合しておこうという大きな決まりがあるのさ」
「なるほど・・・」
獣人という存在自体が初めて触れるものだったがやはり種族間でわだかまりあるものなのか。
「うん。特にここ、双子町はその諍いが起こりやすい傾向にある」
「それは・・・二つの種族が半分ずつ治めているからですか?」
「その通り。しかも、チンチララビット種の獣人とフレッシュジャイアントラビットの獣人種はとても仲が悪くてね。前者は知能が高く、西半分は比較的治安がいいんだが、後者は巨大で力が強いが前者に比べると知能が低くて犯罪は起こりがちなんだ」
僕たちは歩きながら会話をし続けていたが、リムは髪の中から出てこないようだった。そして、朝にもかかわらずすでに街は活気付き始めていた。
「なるほど。そんな事情が。あの、それで、僕たちはどこへ向かってるんですか?」
「フレジャラビの呉服店だが?」
「・・・」
「なぁに。心配はいらないさ。事件が多いとはいってもチンチラビと比較しての話だ。そんなに遭遇率は高くないさ」
そう言う終の目は明らかにウキウキしている。嘘をつくなって感じだ。
「・・・まぁそれはいいです。もう一つ、気になっていたことがあります。昨日終さんに電話をした時、扉に龍と騎士の絵が描かれていたと話しましたが、あれはなんだったんですか?」
「ふむ。それもいい質問だ。よく状況を認識していたようだね。その龍と騎士は王家の騎士団の象徴だよ。詳しくはおそらく後で説明することになると思うよ」
「そうですか。ではその時にお願いします。・・・最後に、魔王について聞いてもいいですか?魔王城とかあったりします?魔物が住み着いていたりとか・・・」
「ほう?それはいささか魔王に希望を抱きすぎているね。確かにこの世界にも魔王は存在するが、魔王という名が付いているからといって魔王城で勇者を待ち受けているというのはいささか楽観的すぎる。第一なんで魔王側はいつも踏ん反り返って待っていてくれるんだ?第一そんな余裕があるなら世界征服なぞとうになしているのではないか?」
「う・・・確かにそうですけど」
突然説教のように畳み掛けてきた終の言葉に思わず僕は言葉に詰まった。
「すまないね。少し熱くなってしまった。でも、実際この世界の魔王はその点で言うとかなり手強い。これまで転生してきた者たちはみなあの爺さんに色々な強武器や強スキルを与えられてこの世界にやってきたが、こぞって魔王を見つける前に幹部たちが直接手を下すまでもなく死んでいったよ。姦計によってね」
「・・・見つけられず・・・?」
「ああ。当然だが、魔王は直接手を下すことはないし、魔王幹部でさえ直接手を下すことなく、様々な悪事を企んでいる。しかも、奴らは魔物という一番敵と認識しやすい存在を使わない。というのも、そもそもこの世界では人間や獣人が圧倒的に魔物に対して強みを持っているというのが大きな要因になっている。事故が起こらない限りは魔物に負けたりすることはそうないんだよ。でも奴ら、魔王とその七幹部は人間や獣人の感情をコントロールすることによって徐々に街を混乱させていこうと企んでいるんだ」
「そんな・・・感情をコントロールするだけで街を混乱させることなんてできるんですか?」
「ああ。できるとも。すでにいくつもの街がその市民の手によって内戦になり滅びている」
「じゃあ・・・僕たちが事件を解けば魔王退治へ一歩近づくんですね・・・」
「ああ!その通りだとも!」
なんだかうまく乗せられる方へ話を誘導されている気がしないでもなかったが、それは確かなことだった。呉服店までは結構距離があるのか、まだつく気配はなかった。
「その・・・七幹部っていうのは何かわかっていることはないんですか?」
できるだけ情報は知っておきたかった。僕に何ができるというわけでもなかったが。
「ふむ。情報を知っておくのは良いことだ。私がこれまでこの世界で収集してきた情報を聞かせてあげよう。それを話すには、まず私がこの世界にきた経緯から話した方がいいかもしれないな・・・」
終は珍しくもったいぶって言った。でも確かにこの不思議な女の事情については聞きたいと思っていたところだった。日本を知っていることも含めて。




