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人の手足ヲ喰ラウ鬼 其ノ参

「別に変な妄想なんてしてない! お前の方こそ一人で垣翼めぐるの部屋に入って変な事したんじゃないだろうな!」

「お前と一緒にするでない! そんな不純な思考しか持っておらぬ者はお前だけじゃ!」

「好きな人を想う時は誰だって不純な考えくらい持っている。お前も男ならそんな考えの一つくらい理解出来ても良いんじゃないのか?」

「私達『鬼』には性別などは無いのじゃ。お前が私を見て男だと思うのは『そう見えている』だけに過ぎないのだ。それに第一、性別など曖昧なものだ。身体という表面上での区別であるにも関わらず、簡単にそれを変えてしまう事など容易いものだ。生まれてきた時の姿が全てではなかろう。神だけが創造を許された事すらも今では人間の手で生み出す事も出来るようになり、肉体の変化に至っては当たり前のように日々行われておる。だから表面上の優劣だけでそんなにも心を躍らせて不可解な妄想に浸っておるのが馬鹿馬鹿しく思えてならんのだがお前はどう思う?」

 日和は少し考えたような表情をして一言「う~ん」っと唸った。それを見ていた白銀頭は

(どうせ人間ごときなど安易な考えで行動しておるに過ぎないのだ。此奴にしては尚更何も考えておる訳が無い。これで少しは現実が見えるようになれば良い……)

 微かに勝ち誇ったように口元を緩ませていた白銀頭。

考え込んでいた日和が口を開いた。

「何かお前の言っている事、よく分からなくて理解出来なかったんだけど……つまり外見ばかりに捉われるなって事だよな? 確かに垣翼めぐるの事はよく知らないし、あの外見で好きになったってところはある。可愛いだけだったらテレビに出てくるアイドルを好きになればいいと思うけど、やっぱりそうじゃないんだよな。何て言ったら良いか分からないんだけど……心とか気持ちだと思うんだ。褒められたり励まされたりすると胸のこの辺りがポカポカ温かくなってくるし、逆に怒られたり冷たくされたりするとズキズキ痛くなる。どっちも直接的な事はされてないんだけど実際に伝わってくる感覚なんだ。でもそれってちゃんと自分の気持ちや心を持っているって事なんじゃないかな? それと同じで好きになるって感情もその人に会って伝わってくる温もりや優しさに反応してなる事なんじゃないかと思うんだ。人間には外見以外にも声や話し方や仕草などがあると思うし、その一つだけでも俺は垣翼めぐるに惹かれてたと思う。気持ちなんて理論や議論で言い表す事なんて出来ないよ。そう感じてしまったらそれが全てなんだから。俺が垣翼めぐるが好きって事が理由であり結論にもなるんだからな」

 今度は立場が逆転したかのように日和が勝ち誇り、白銀頭が疑問の表情を浮かべ始めた。

(此奴の話の方こそ意味がさっぱり分からぬ。心や気持ちが何だというのだ? そんなもの邪魔に過ぎぬではないか。だが、何故此奴はこんなにも自信満々に言い放てるのだろうかのう? 人間というものは得体の知れぬものなのかも知れぬな……っというより何故私が此奴ごときに教えられんといかんのか。人間のくせに生意気にもほどがある)

 白銀頭は日和に言い返す言葉よりどう言ったら黙らせる事が出来るかを考えていた。

「あっそういえばさ」

 何かを思い出したかのように日和が急に言った。

「昨日の続きなんだけど」

「昨日の続きとは?」

「お前が勝手に話を切って一瞬で寝たから俺自身、中途半端で終わった感じなんだぞ!」

「まだ私に聞きたい事があるのか?」

「当たり前じゃねぇか。昨日の今日で全て状況を把握出来てると思うなよ」

「まだ寝足りない感じだが仕方がないのう。それで何が聞きたい?」

「垣翼めぐるの事なんだけど……」

「またその話か! だから言うたではないか! 何もしておらんし、どんな匂いだったかも分らんというのに!」

「誰もそんな事聞いてないんだから真面目に俺の話を聞けよ」

(……急に真面目になりおって。これまでの話の流れだったらふざけておったのは此奴の方ではないか。何故、私がふざけてると怒られないといけないのかのう……)

 正直、垣翼めぐるという言葉を一日足らずで聞き飽きてしまい、話の流れすらも勘違いしてしまうほど、白銀頭は寝ている日和の思考に冒されていた。

「で、垣翼めぐるの何が気になるのじゃ?」

「死んでいたのを『無かった』事にして垣翼めぐるは無事に助かったのは分っているんだけど……じゃあ『憑』いてた『鬼』はどうなったんだ? 垣翼めぐるの死を『無かった』事にしたと同時に『鬼』の存在も『無かった』事になるのか? それとも未だに垣翼めぐるは『鬼』に『憑』かれたままでいるのか? そもそも『憑』かれていた人間が死ぬと『鬼』はどうなってしまうんだ? 一緒に死ぬのか? それとも何処かへ逃げて行くのか?」

「それはだな……」

 言葉に詰まった様子で言うのを止め、少し黙り込んだ。その表情は出会って一日も経ってない日和が見ても明らかに動揺していた。

 「なんだよ……言えない事なのか?」

 白銀頭の様子に何かを感じ取った日和は恐る恐る質問をぶつける。

 「もしかして垣翼めぐるの身体の中にはまだ『鬼』が『憑』いてるのか? それなら何故あのまま家に送り届けたんだよ! 『憑』いてる『鬼』をお前の特性の『浄鬼』とかいう力で何とかしないと結局また同じ事の繰り返しなんじゃないのか?  救ってくれるって約束したじゃねぇか!」

 そう言いながら日和は右手で肩を叩くように掴んだが、白銀頭は無言で顔を背けた。

昨日の事は結局、何も解決出来てなかったと思った日和は感情をぶつけ始めた。

「ちくしょう! 垣翼めぐるを助ける事が出来たなんて勝手な思い込みで喜んでいた俺は馬鹿だ! 何故あの時、そういう疑問を感じなかったんだ……少し考えれば思い付く事じゃないか……それにお前もお前だよ! っていうかお前が一番『鬼』について良く知っている筈じゃないのかよ! どうしてそういう大事な事を俺が気付くまで何事も無かったかのようにしていたんだよ! 気付いてたんだろ? やっぱりお前も所詮は『鬼』だな……信じた俺が馬鹿だったよ!」

 白銀頭の肩に置いていた手が滑り落ちていくのと同時に日和は崩れた。やっと現実に戻ってきたような感覚だったのにまた非現実へと連れ戻されたようだった。

(……俺は命を『喰われて』まで垣翼めぐるを救ったのに……人間としての自分を捨ててまで……『鬼』になってまで助けたいと思い、助けられたと勝手に思った……けど全て無駄だったって事なのか?)

 日和が心でそう嘆いていた時、空気が揺れ始めた。その変化にいち早く気付いた白銀頭は周りを見渡した。

(な、何だ? この『澪』は何処からきておるのじゃ!? だんだん大きくなっておる……)

 ふと目の前に居る日和を見た瞬間、

(まさか此奴がやっておるというのか……確かに私の力を与えているとはいえこれ程までに『澪』を高める事など出来る筈が無い……だが、これ以上放って置くと何が起こってしまうか予想もつかぬ。まずは落ち着かさねば……)

「なんてのう! そんな事になっておるのに私が放って置くと思っておるのか? 本当にお前は単純じゃのう。そんな事では人間で生きていくのは難しかったじゃろうて。『鬼』になって正解じゃったのう」

 その言葉を聞いた瞬間、空気の揺れは一切無くなり『澪』すらも感じなくなった。

 崩れていた日和は顔を白銀頭の方に向けて言った。

「本当か? じゃあ本当に垣翼めぐるは助かったんだな? もう『鬼』に『憑』かれてないんだな?」

「無論じゃ。いつまでも心配ばかりしておらんでいい。よくもそんな性格で今までやってこられたもんじゃ。私だったら心配し疲れて死んでしまうわい。でもそんなに気になろうものならこれから様子を見に行ってみるか?」

「えっこれからか? そりゃあ垣翼めぐるの様子が気になるから見に行きたいけど、昨日あんなに大変な事があったばかりなのに今日普通にバイトに行っているかな?」

「その辺りは全然関係と思うがのう。昨日何があったとしても『無かった』事になっておるのだから急に特別な事が無い限り今日はいつも通り普通に過ごしていると思うがのう」

「そっか。じゃあちょっと行ってみてもいいか?」

「別に構わんがあくまでも昨日のあった事は全て何も無かったかの様にしなければいかんぞ」

「分ったよ。それなら早く俺の中に戻れよ」

「あぁ分かっておる」

(何とか力を落ち着ける事には成功したが本当にやる事成す事予測が付かんわい。それにしてもあの女の事は此奴にはまだ話さん方が良さそうじゃの。『鬼』が『憑』いてるだの『喰われてる』だの言ってるのがまだ可愛く思える程じゃ。次元が違い過ぎる……『憑』いている『鬼』というか……あの女は危険過ぎるほど厄介じゃぞ……)


 垣翼めぐるの様子を見る為に日和は自転車に乗り駅に向かった。

 いつも通り慣れた道なのに何故か新しいレンズを通したように新鮮な感覚だった。。

(吹き抜ける風がこんなにも気持ち良いなんて今まで思ったりもしなかったのにどうしてだろうな? やっぱり人間から鬼になると物の見え方も感じ方も変わってしまうんだろうか? だけど何か……これ……早くね?)

 冷静に自転車から見える風景を楽しんでいた日和だったが、どんどん車を追い越していっていた。『鬼』になった日和は力が強くなっていたのだった。

そんな異常な光景でも白銀頭は何も言わなかった。っというより寧ろ『鬼』としては当たり前の光景なのかも知れない。

「何か別に駅まで行って電車に乗らなくてもこのまま行けそうじゃねぇ? っていうかその方が早い気がしてきた。今日の俺めちゃ元気なのか全然疲れない」

「そりゃあ当たり前じゃ。人間と鬼を一緒にするでない。元々の創りが違うんじゃからのう。今のお前なら人間相手で負ける事は無いであろう」

「そうなのか? 自分じゃ全然分らないんだけどな」

「そういうものであろう。自分の能力こそが一番の未知数なのじゃからな。他人と同じ力を持っていても、他人の方がどうしても長けているように見えてしまうものじゃ。自分にとって自分自身程の弱者は居ないであろう」

「う~ん。お前ってたまに意味不明な事を言い出すよな」

「お前がただ単に無能なだけじゃ。脳ある者なら私の言葉を理解出来ないなど有り得ないからのう。ところで『日和』はいつからそんなに無能なのじゃ?」

「俺は生まれた時からずっとこのままだよ! って何で俺の名前を知っているんだよ?」

「生まれた時から無能とは不幸よのう。何故名前を知っているかなど質問の意味が分らんな!」

「いや、だから俺、お前に名前教えてないのに何で知っているのかって聞いているんだよ! 因みに俺の名前はレシートには書いてないからな」

「レシートを見て名前を覚えるなど何処かのストーカではないのだからな。私はお前に『憑』いておるのじゃから、考えている事や思考内にあるものなら全て手に取るように分かるのじゃ」

「……何かお前にストーカされてるみてぇ」

「何故私がお前みたいな『汚い物』をストーカせねばならんのだ」

「汚い物ってなんだよ! 人を汚物みたいに言うんじゃねぇ! お前の方がよっぱど汚い物っぽいけどな!」

「無礼だぞ! しかも『っぽい』とはなんだ! どっちかハッキリしない時に適当に決めるように言うでない!」

そんな言い合いも傍から見れば自転車に乗った高校生が感情的に独り言を言っているようにしか見えないのだが、自転車のスピードが速い為に会話は風に掻き消されて周りには一切聞こえていない事が救いだった。

 どちらが『汚い物』かという子供染みた事を言い合っている間に垣翼めぐるがバイトをしているスーパーの近くまで来ていた。

「本来ならお前みたいな奴が私と言葉を交わすなど有り得ない事なのじゃからな! それなのに次から次へと侮辱する言葉を吐きおって! そういう要らん事ばかりに脳を使い過ぎなのじゃ!」

……まだやってた。

白銀頭の言葉に怒りを覚えた日和は目一杯ペダルを漕いでいた為、流石に疲れてしまった様子だったが、止まった場所は目的のスーパーの真ん前だった。

「はぁっはぁっ。お前……もうそろそろ……いい加減に……ってあれ? ここって……もう着いたのか? やっぱり今日は自転車の方が早かったな」

「今日っていうよりこれからは何処に行くのもその乗り物の方が良いかも知れぬぞ。人間が己の楽の為に作った乗り物より自分自身の力で動かした方が断然早いに決まっておろうが。さて、少し様子を覗いたらさっさと帰るぞ」

「お前はずっと『憑』いてるから疲れも何も無いだろうけど、俺なんかずっと自転車漕いでたんだぞ! 少しはゆっくりさせろよ!」

 日和は疲れた感じで自転車から降りると駐輪場まで押して行った。

 垣翼めぐるを見る為に何度も通っていた場所なのに何だか久し振りに来たような感覚になった。

 昨日という一日に色々な事が有り過ぎたせいもあったし、現実味の無い『非現実』を目の当たりにしたのがやっぱり大きかった。

 何だか日常で当たり前にやっていた事が凄く特別な事のように思えてしまう。

 そう感じてしまう事自体がもう日和が人間で無いという証拠になってしまっているのではないだろうか。

 どこか落ち着きのない表情でスーパーの中に入って行く日和は、垣翼めぐるの姿を意識して店内をキョロキョロと見回す。

 やっぱり怪しい姿は未だに健在だった。だが、どんなに見回しても垣翼めぐるの姿は見当たらなかった。

(やっぱり『無かった』事になったとしても昨日あった出来事は実際に起きていた訳なんだし、そんな上手くはいかないよな……)

 日和が諦めて帰ろうとバックヤードの前を通り掛った時、中から聞き覚えのある遣り取りが交わされていた。

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