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人ノ心臓ヲ喰ラウ鬼 其ノ貳

 心の中がモヤモヤしていた日和はさっきの会話がやっぱり納得出来ずにいた。

(ああ~! 何かよく分からない問題になってきたぞ……どうして木乃葉はあんな言い方をしてきたんだろ? もしかして何か怒ってるのか? でも俺、怒らせる事なんてしてないぞ。ちょっと聞いてみるか?)

「……木乃葉」

「ん? 何よ?」

「何て言うか……何か怒ってる?」

「えっ!? 全然怒ってなんかないけど……どうして?」

「いやぁ……別に! 怒ってないなら良いんだ」

「変なの?」

(怒ってる訳じゃないんだな。じゃあ何だろう? タイミングが悪かったのか? でも思い出話にタイミングなんて関係あるのか? 普通に会話をしていた流れで話したんだから特におかしな点は無いよな。ん? 待てよ……学校が終わってこんな時間まで作業をやってて疲れていない筈が無い。っという事は疲れていて返事が曖昧になっちゃったっていう事なら納得がいくんじゃないか? おっ! 全然不思議じゃない。自然な流れじゃないか! だとすれば、この質問で全ての謎が解ける!)

「なぁ。木乃葉!」

「どうしたの?」

「図書委員って毎日こんな事やってるの?」

「今日は新刊があるから色々移動しているけど、普段は簡単な整理くらいだよ」

「でも流石にこんなにあると疲れちゃうよなぁ」

「そうでも無いけど……日和疲れちゃった? ごめんね。あともう少しで終わるから」

(疲れてないだとおおお! 全っ然謎なんて解けやしねぇじゃねぇかぁ~。じゃあ本当にマジでさっきの答えがコイツの本音なのかよ……もう何かどうでも良くなってきたな。木乃葉にとってその程度の思い出だったって事だよな……)

 また少し寂しい気持ちを感じながら作業を続けていると、木乃葉の言葉でやっと終わりを迎える事が出来たのだった。

「やっと終わったぁ! 何とか今日中に片付ける事が出来て良かったよ」

「俺が手伝ったから出来たんだぞ!」

「分かってるよ。一人だったら絶対出来なかったけど、日和が手伝ってくれたから終わらせる事が出来たんだもん。何かお礼しないといけないね。何が良いかなぁ~? じゃあ何でも言う事聞いてあげるっていうのはどう?」

「な……何でも俺の言う事を忠実に聞いてくれるって!?」

「……いや、そこまで言ってないよ」

(さぁどうする? 何でも願いを叶えてくれると言っているんだ。この好意を無駄にする訳にはいかない。夜の教室で幼馴染といえど仮にも青春真っ只中の男女が二人っきりで女の方から男の望みを受け入れてくれると言っているんだ! 良いのか? 良いんですか? 良いんです! よし。一旦落ち着こう。心を冷静にするんだ。何かの本にこういう場こそ冷静でなければいけないと書いてあったような気がするぞ。それにしてもまさかここにきて木乃葉がこんなにも大胆になってくるなんて想像もしてなかったぞ。きっと未来の大予言者ですら、この事を想定していなかったに違いない……よし! それならこれにしよう!)

自分の世界に浸り切った日和の姿は邪悪そのものでしかなかった。木乃葉は産まれて感じた事のない程の身の危険を察した。

そして日和の口から出た言葉は

「木乃葉。お前さっき凄く不安そうな表情して何かに怯えてたように見えたんだけど、もし何かお前の身に起きている事があるとするなら俺に話して欲しい。これが俺の木乃葉に聞いて欲しい願いだ」

 そんな事を言われるなんて思ってもみなかった木乃葉は驚いた表情を浮かべた。

 更に日和は言葉を続けるのだった。

「どんな事で悩んでいるのか苦しんでいるのか分からないけど、何かで辛そうにしている木乃葉を見ているのは俺にとっても辛いんだ。もしかしたら俺なんかじゃ解決出来ないくらい大きな事かも知れないけど、少しでも木乃葉の悩みが軽くなるなら、少しでも苦しみが和らぐなら俺は出来るだけの事をお前にしてやりたいと思っている! 決して一人だけで背負わないでくれ! 俺達小さい頃からずっと一緒だったじゃん。そしてずっと木乃葉は俺が辛い時には何も気付いてないフリをして慰めてくれた。どんなに気付かれないように隠してても木乃葉には分かってたんだと思う。でもそれって逆でも言える事なんだ。木乃葉が俺に隠して何か心に抱えてたら分かっちゃうんだよ。だから平気そうにしてる木乃葉が余計に辛く思えて仕方ないんだ。だからお願いだ……もう隠さなくていいから俺に話してくれよ」

 いつしか木乃葉は顔が見えないくらい深く俯いていて震えているようにも感じた。

 それは泣いているようにも見えた。

「…………」

 何も話そうとしない木乃葉に近付いていく日和。

 優しく肩に手を当てようとした瞬間――


「バァ~!」


日和は驚いて後ろに仰け反ると尻もちをついた。

 その姿を見て木乃葉はケタケタ笑いながら言う。

「驚いた? だって日和何を言い出すかと思ったらそんな真面目な顔して真剣な話をするんだもん。途中で思わず笑いそうになっちゃったじゃん。私が日和に心配して貰うようになったらおしまいだよ。さっきのは日和を驚かそうと思ってそういう風に振舞っただけ。私の迫真の演技。まさに女優顔負けだったんじゃない? すっかり騙されるんだもん。日和もまだまだ未熟だね!」

 木乃葉は人差し指を立てて意地悪そうな顔で上から覗き込む形で言ったが、日和は何も言葉を返さずに無言で立ち上がる。

(……何か違う。確かに木乃葉は俺を馬鹿にしたような行動を取る時もあるが、それは明らかに冗談と分かるものばかりだ。こんな人を傷付けるような事を言ったりは決してしない。やっぱり俺には言えない何かを隠しているんだ……バレバレじゃないか……)

 そう心の中で呟くと机に置いてある鞄を持ちドアに向かう。そしてドアを開けて振り返らずに言った。

「強がるのもお前らしいけど、幼馴染なんだからたまには素直に何でも話してくれてもいいんじゃないのか?」

「えっ……」

 いつものように怒ると思っていたのにその反応は木乃葉にとって予想外だった。

 日和は続けるように言った。

「あとさ……お前やっぱり覚えて無いんだろ。さっきの蛍の話……別に良いんだけどさ」

「日和、あの……私ね」

「そんな簡単に忘れるような事を『一番大切な思い出』なんて言うなよ!」

 最後まで振り返る事無く、木乃葉の顔を見ずに図書室から出て行ってしまった。

 ドアが静かに閉まった瞬間、木乃葉は崩れた。

「日和……ごめんね…………何でかな……? 本当は凄く大切な思い出の筈なのに……日和との思い出を忘れる筈無いのに……忘れたくないのに……」


(……何で全然思い出せないんだろ…………それだけじゃない……どんどん思い出が失われていっている感じがする……)


 日和は気付いてあげる事が出来なかった。

悲しそうな表情をして日和の背中を見ていた事を……。

振り返らなかったせいで木乃葉が大粒の涙を流していた事に……。

 

 学校を出た日和は相変わらず降り続く雨の中を帰っていた。

 傘を差していても足元はずぶ濡れになり靴の中は雨水で一杯だった。しかし今の日和にはそんな事を気にする余裕は無かった。

(ちょっと強く言い過ぎちゃったかな? さすがの木乃葉も何だか落ち込んでたみたいだったもんな……いや、俺はちゃんと心配してあんな真剣に言ったのに馬鹿にしたような木乃葉の態度は限度を超えていた。あれぐらい強く言って少しは反省させた方がいいんだ! しかも今日俺は無理矢理に手伝わされたんだから怒って当然なんだよな。……明日謝ろう。さすがに俺も言い過ぎたし、可哀想だった……)

 自分のやった事についての反省会が心の中で繰り広げられた。こんな罪悪感に苛まれてる時に何も気を紛らわせる事が出来ない静かな夜道だったら自分自身を責めて、今頃壁に向かって頭を打ち付けてたのかも知れなかった。だが、しかし不幸中の幸いか周りの雨音のお陰で考え込まなくて済んでいた。とにかく明日謝る事で解決の糸口を見付けた日和の頭の中に次に浮かんできたものは垣翼めぐるの事だった。

さっきまで罪悪感に苛まれていたのに解決方法を見付けた瞬間、ストーキングに走るとは一体どんな脳内をしているのだろうか。

だが、そんな事はお構いなしに妄想に浸っていた。

(あぁ……今日は勇気を出して話し掛けよう思ってたのに……こういうのは思った時に実行出来ないとタイミングを失ってしまうんだよなぁ。俺が見てない所で変な奴に声を掛けられてなきゃいいけど……もしかしてこうしている間にも帰り道を誰かにつけられてたりとかないよな……何か心配になってきたぞ! 今からでも……って、もうバイト終わって家に帰っている時間だしな。まぁきっと大丈夫と信じて今日は諦めるかな)

結構危ない発言が目立っているようだったが、一体日和はこの二ヶ月の間に垣翼めぐるのどこまで知ったのだろうか? むしろ日和がこの先、犯罪に手を染めてしまわないか危惧してしまうところである。

幸せと犯罪とで頭を埋め尽くしている日和だったが、いつもなら曲がって帰る道を真っ直ぐに進んでしまうのだった。

その間違いに気付く事もなく、ひたすら進んでいく。

まるで何かに引き寄せられるかのように――

普段は決して通る事のない謂わば知らない道――そして人気の無い道。

ふと我に返った日和は立ち止まり傘を少し上げるようにした。自分が道を間違えてしまった事に気付く。だが、このまま真っ直ぐ突っ切った方が戻るより早いと感じたのか、また傘を下げて歩き始めた。

何かに違和感を感じていた。

知らない道に――いや、違う。

誰も通らない事に――それも違う。

何も聞こえない事に――確かに何も聞こえない。

こんなにも雨が降っているのにさっきまで普通に聞こえてた傘に打ち付ける雨音も地面に叩き付ける雨音も何も聞こえてこなかったのだ。

日和は自分の耳が変になったのかと唾を飲み込んだ。だが、何も聞こえてこないのは変わらなかった。

(一体どうしたんだろ? 物事を集中して考えていると周りの音が聞こえなくなるというがその現象なのだろうか? もしそれなら冷静に周りの音を聞こうとしている今この状況でも頭の中ではまだ違う事を考えているのだろうか? いや、待てよ。風邪をひいた時や体調が悪くなった時にも聞こえ辛くなるんじゃなかったかな……って事は風邪でもひいてしまったかな。まぁ、今日の放課後からこの時間まで手伝いをしていて帰り道にこんなに雨が降っていれば体調の一つも崩してしまうか。まぁ、体調は一つしかないんだけどな。そうと分かれば早く家に帰ってゆっくり寝るのが一番だな)

変な感覚に陥っているのは自分の体調が悪いからだと思い込んだ日和は歩く速さを上げた。そして道なりに真っ直ぐ進むと左右に分かれた丁字路になっていた。

(きっとあそこを右に曲がって行けばいつも通る道に出られるだろう)

そう思った日和は歩く速さを落とさずに曲がって行く。

だが曲がった瞬間、立ち止まってしまった。っと言うより立ち止まざるを得なかった。

その曲がり切った道の先を見据え目に入ってきた光景は一瞬、疑いそうになる程のものだった。現実味なんてこれっぽっちも感じなかった。いや、感じようが無かったと言った方が正しいかも知れない。

真っ直ぐ奥まで延びた道の中腹辺りで街灯の明かりに照らされて人が立っている。身長は遠目からでも分かるくらい高く、長い髪をしていた。

そう……その一瞬で二ヶ月前に駅で見掛けた白銀頭の男を思い出した。脳裏に焼き付いて離れなかった同じ目がそこにはあった。

日和は白銀頭に出会った事にも驚いていたのだが、何よりも衝撃的だったのは白銀頭の足元で血を流して倒れていた人物――


垣翼めぐるに驚いていたのだった。

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