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人ノ精神ヲ喰ラウ鬼 其ノ陸

(もう嫌だあああぁぁぁぁぁ!! どうして……何でだよ……こんなの絶望しか感じられないじゃんかよ……嘘だろ……垣翼めぐるはずっと……ずっと…………こんな生活を送ってたっていうのかよ……生きている事がただ辛いだけの毎日じゃねぇかよ…………人間なんて……こんな酷い事を平気でするなんて……もう俺には人間を救う事に何の意味があるのか分からなくなってしまったよ………………なぁ? ディユン……もう辞めようぜ……人間を救うの。きっと垣翼めぐるもこのまま死んでしまった方が楽になれるんだ……やっと楽にしてあげる事が出来るんだ…………)

 深く、深く、真っ暗な闇の中へと日和の意識は落ちていくのだった。

 どんな光も差し込んでくる事は無い――闇。

 心は粉々に砕け散ってしまった。

何も思わず、何も考えず、何も感じなくなっていく。

ただそこの空間にあるのは『無』だけだった。

『無』――何事も存在しない。

 そんな『無』の空間に居る日和自身の存在すらも『無』になりかけていた時だった。遠くから微かな声が聞こえてくるのだった。しかし言葉の意味は理解する事が出来ない日和。

「□□□!! □□□□□□□□□!! □□□□□□!!」

(……ん? ……何なんだ? ……何を言ってるんだ? …………静かにしてくれ……俺は眠いんだ……そっとしておいてくれ……)

 その声をちゃんと聞こうともしない日和は激しい眠気に襲われていた。その眠気に従うがまま、目を瞑り続ける。

しかし微かな声は止む事は無く、寧ろ徐々に大きくなっていった。それと伴い言葉の意味も分かるようになっていく。

「□□□! □□り! しっ□りせ□か! 目□覚ま□のじゃ! 日和ぃ~~!!」

(……誰だ? ……日和って……俺の名前か? どうして俺の名前を……?)

「いつまでそうしておるつもりじゃ! お前が願っておった鬼から人を助けたいという思いはそれっぽっちのものじゃったのか?」

「ディ……ディユンか? そんな事言ったって垣翼めぐるは今まで幸せと感じる事すらも出来ずに生きてきていたんだ……生きている事自体が『不幸せ』なんだよ…………助けてしまう事で逆に苦しめてしまう……それって助けるって事になるのかな? どちらかと言えばこのまま鬼に飲み込まれれば、もう誰からも傷付けられる事も無いんじゃないのかな……?」

「この馬鹿者が! たかだか数年しか生きておらん癖に何を知ったような口を叩いておるのじゃ! 生きている事自体が『不幸せ』? 鬼に飲み込まれれば誰からも傷付けられんじゃと? そんな事がある訳無かろうが! お前が言うた『罪の無い人間に『憑』いて自分勝手に『喰ろう』て弄んでいるような鬼を放って置ける訳が無い!』と言うた言葉は偽りじゃったのか? 鬼に飲み込まれるという意味がどういう事か分かって言っておるのか? それは永遠に苦しみだけを味わい続けるしかない地獄なのじゃぞ。生きる事はおろか死ぬ事すらも出来ず、無限に続く……それこそ『闇』なのじゃ。そんな『闇』の中に居続けさせる事が本当にスーパー女を苦しみから助ける手段になるとでも思うておるのか? 鬼に『憑』かれたままにしておく事が何より最悪の状態なのじゃ。そういうものなのじゃ……鬼という存在は……『喰ろう』という事にはそういうのも含まれておったのじゃ。だから私は人に『憑』く事を完全に辞めたのじゃよ……禍々しい存在でもあり、不幸しか生み出さないのじゃ。だからこそスーパー女にスピッシュを『憑』かせたままにしておいてはいかんのじゃ。日和よ。そのスピッシュが作り出した『闇』というものは人なら誰もが心の中に持っておる『闇』の部分と共鳴していておるのじゃよ。暗く閉ざされた世界で孤立した人の魂は徐々に意思を失っていく。考える事も思う事も出来なくなってしまうのじゃ。そうして人形の様になった人間の精神を『喰ろう』ていってしまうのじゃ。日和とて今まさにその状況になっておるのじゃぞ。『闇』に飲み込まれてしまってはもう二度と抜け出す事は出来なくなってしまう。希望を捨ててはいかんのじゃ! 信じておれば必ずその先に光を見付け出す事が出来る。私とて長い間生きてきたが、何一つ良い事など無かった。寧ろ不幸じゃったと言うた方が良いじゃろうのう。前にも話したが、来る日も来る日も人を苦しめ、自分自身も苦しめた挙句……その苦しみを後々まで背負う羽目になった。何度も命を絶とうと思うた事もあったのじゃが…………結局、命を絶つ事など出来んかった……怖かったのじゃ……鬼ともあろう者が死を恐れたのじゃ。散々『零』を『喰ろう』て沢山の人々の命を奪ってきたのに自分自身の命は惜しんでしもうたのじゃ。そんな自分自身に希望など持てる筈もなかった。ただ辛く苦しい日々の中で死ぬ事も生きる事もままならん状態じゃった。そんな時、ふと鏡に映った自分を見て思ったのじゃ……『もう一度こうして私と面を向かい合わせて言葉を交わしてくれる者などは居ないのかのう……』単純に思った事じゃった。しかし私はそれを僅かな希望にしたのじゃった。そしてその希望を持ち続け、生きておって良かったと思うたのじゃよ。何故じゃか分かるか? 私は希望を捨てなかったお陰でお前に出会う事が出来たのじゃ。日和、お前はこんな私でも普通に言葉を交わしてくれた。それまで毎日という時間がこんなにも楽しいなどと想像も出来んかった。本来なら私がそんな事を思えるような立場では無い事は重々承知しておったのだが……本当に楽しかった。だから必ずスーパー女の事にしても何か助ける手段がある筈なのじゃ…………可能性はかなり低いがゼロでは無い……だから最後まで希望を捨ててはいかんのじゃ」

「……安らかに死ねるどころか鬼に飲み込まれてしまうとそんな事になるなんて……知らなかったな……最悪な家庭環境で育ってきて周りまでも最低な奴等ばかりで……そんな中で垣翼めぐるは光を見付け出して本当に幸せに感じる事が出来るのか不安だけど、ディユンがそういう言うならその言葉を信じるぜ。これまでも水琴や木乃葉や燈花にしたって不幸だったんだ。けど、みんなそれを乗り越えて光を手に入れてるんだから。きっと垣翼めぐるだって出来る筈なんだ。つい忘れてしまっていたけど、俺はそんなみんなを守りたいからディユン、お前に『憑』かれて鬼になったんだ。だからどんなになっても助け出してやらないと、俺が鬼になった意味が無い!」

「さぁ日和、立ち上がるのじゃ! 精神を強く持ち、そんな闇などから帰って来るのじゃ! これ以上スピッシュの好き勝手にさせておく訳にはいかんぞ!」

 闇に侵され、日和の身体は『無』に飲み込まれようとしていた。必死に精神を奮い立たせるように全身に力を入れる。

(動いてくれ! 俺の身体! 垣翼めぐるを助けるんだ!)

 強い日和の思いとは裏腹に――『時既に遅し』である

 体育館の床に倒れ込んでいる日和は屍のようになっていた。そしてディユンの思考内で聞こえていた声も聞こえなくなる。

 過労時で立っていたディユンが膝から崩れ落ち、両手を床に付ける。

(ま……間に合わんかった…………日和の精神が壊されてしもうたのじゃ……もうこうなってしもうたら私には助ける事が出来ん……)

 その様子を見ていたスピッシュは嘲笑うのだった。

「おほほほほっ! 惨めねぇ! 何て様なの! お前の信じた物なんて所詮この程度なのよ。そもそも人間が鬼に勝てるなんて思う方がどうかしてるのよ。さぁて、今度はお前の番よ。じっくり痛め付けてから、その集めた『鬼』の力を全て頂こうかしらね」

(全て終わってしもうた……鬼界どころか人間界までも地獄と化してしまう……じゃが、そんな簡単に思う様にさせはせぬぞ! 私諸共スピッシュを鬼界に封印してやる…………もうこれしか人間界を救う方法は無いじゃろう……)

 自分の命を掛けてスピッシュを封印しようと決めたディユンだったが、思考内に光の粒が集まり膨れ上がっていくのを感じたと同時に声が聞こえ始める。

(まだ……まだ……助けてられてないのに……俺がここで闇に飲み込まれてしまう訳にはいかない……垣翼めぐるを不幸のままで終わらせる訳にはいかない! それにディユンにしてもこの先、自分自身が創った鬼の事で苦しまない様にしてやらないといけないんだ! スピッシュ! お前の『闇』なんて打ち砕いてやるよ!)

 日和の精神が肉体にも伝わると倒れていた身体に意識が戻る。そして起き上がるのだった。

「あら、目覚めちゃったの? どうだった? 凄く楽しかったでしょ? 見ているだけでゾクゾクしちゃったでしょ! あ、因みに言っておくけど別に私が勝手に創った記憶じゃないからね。全てジ・ジ・ツに起こった事よ! さて折角、目が覚めたところで悪いけど、今度はズタズタに引き裂いて二度と起き上がれないようにしてあげるわ!」

 スピッシュは日和の真横に移動すると頭目掛けて再び鋭い爪で突いてきた。しかし日和は擦れ擦れで身をかわすと、それを握り締めて爪を根元から引き抜いた。

「ぎゃあああ!」

 あまりの痛みにしゃがみ込むスピッシュだったが、日和の膝が顔面を捉える。

「ぐぅぅっ!」

「垣翼めぐるの痛みはこんなモノじゃないぞ! それに人の痛みを楽しんでるんじゃねぇよ! 辛くても苦しくても必死に生きようとした垣翼めぐるの心に土足で踏み込んでんじゃねぇよ! 本気で殺すぞ! 嫌なら今すぐ垣翼めぐるの身体から出て行け!」

 その時、日和の思考内でディユンが話す。

(日和……それは出来ぬのじゃ。何故ならスピッシュはその女の全てを喰らい尽くしておる。その姿がスピッシュそのものなのじゃ。これまでとは違い身体から鬼を出すだけでは助ける事は出来ないのじゃ……)

(全てを喰らい尽くしてるって……それじゃどうしたら良いって言うんだよ! 垣翼めぐるを助け出せる可能性があるって言ったじゃないか?)

(……可能性がゼロでは無いと言うたのじゃ。しかしそれはあのスピッシュが乗っ取っておる身体の中にスーパー女の意識が残っておればの話なのじゃが……)

 そう話すディユンの表情は曇っていた。それは可能性が皆無に等しい事を示唆しているように感じられた。

 日和はその事を悟ると悔しそうな表情を浮かべながら拳を握りしめた。その後、一気に全身の力が抜けたような感じになるとディユンに弱々しく質問した。

(……けどよ。もしスピッシュの身体に垣翼の意識が残っていたならどうすれば救い出せるんだ?)

(日和、お前もしかしてまだ?)

(こんな状況でも希望を捨てるなと言ったのはディユンだろ? それに俺はディユンの言葉を信じるとも言ったぞ。最後まで諦めてたまるかよ! このままじゃ結局、垣翼めぐるは幸せすらも感じる事が出来ないまま死んでしまうじゃないか! なぁディユン、どうすれば垣翼めぐるを助け出せるんだ?)

 曇った表情を一段と曇らせるディユン。暫く黙り込む二人だったが、その様子は明らかに思考内で何かを話している感じであった。

 すると日和が一言「……そっか」と口にして顔を俯かせた。

 何もしてこない日和にスピッシュが余裕の表情を浮かべながら言う。

「どうしたの? 私の事を殺すんじゃなかったの? でもまぁそれは出来ないわよね。だってこの女の身体が存在している限りお前は私を殺す事は出来ない! これは良い! 本当に便利な肉体を手に入れたものだわ! おほほほほっ」

 すると日和は何を思ったのか急に目を閉じて集中している感じになる。

「あらあら? やっぱり自分が想ってきた大切な人は殺せないって事かしら? それなら大人しくその身体を引き裂いてあげるわ!」

 スピッシュは日和目掛けて攻撃を仕掛けてきた。二人の距離はみるみる内に縮まっていく。そしてあと僅かでスピッシュの爪が頭を貫こうとした時、突然思考内に微かな声が聞こえてきた。

(……そんな風に私の事で涙を流してくれて有難う……人として生まれて良い事なんて無かったけど、あなたのその涙が私の悲しみを癒してくれた。だからもう私を殺して下さい。ずっと自分の思っている事なんて言えなかったけど、最後にこのお願いを聞いて欲しいです。私を……殺して……)

 声の主はもう生きている事さえもままなっていない垣翼めぐる本人だった。

 日和は何かを決心したかのようにまたしても擦れ擦れでスピッシュの爪をかわした。そしてそのままスピッシュの心臓目掛けて拳を突き入れた。

「ぐ、ぐはっ……な……何故だ……お前に私は殺せない筈……なのに……」

「もうお前に……垣翼めぐるの自由は奪わせない……」

 スピッシュは日和に凭れ掛かるとゆっくりと消滅していった。

 空っぽになった垣翼めぐるの身体を優しく寝かせるとディユンの元まで歩いて行った。

「ごめんなディユン。力取り戻すの台無しにしてしまったな」

「そんな事もう気にせんで良い。それよりも日和……やったのじゃな……」

「ああ、ちゃんと言われた通りにやったぜ。でも本当に大丈夫なのかな?」

 突然日和の身体が光始めたと共に足元から消え始めた。

 それを見たディユンが日和に言った。

「日和、まさか二度も同じ人間の為に自信を捨ててしまうとはな。一度目は『人間』を。そして二度目は自分の『命』を……。本当にこれで良かったのか? 全ての『浄鬼』の力を使い果たして自分の中にスピッシュを取り込んでしまい、スーパー女の身体に残った僅かな意識に『無かった』事を使い、元の状態に戻した。そして自分と共にスピッシュを消滅させた……本当なら私がするべき事なのじゃが、今の私ではスーパー女を殺してスピッシュを切り離す事しか出来んかった。本当に日和には辛い思いばかりをさせてしまったのう」

「そんな事はないぜ! 俺は今まで一杯楽しい事をやってこれたし、ディユンにも出会う事が出来た。十分過ぎる程幸せだったんだ、だからそんな風に思わないでくれ。それにこれからは垣翼めぐるに楽しい事を一杯知って貰って、幸せを感じて欲しかった。だからきっとこれで良かったんだ。ところで一つ頼みがあるんだけど……良いか?」

「……日和が命と引き換えにした事、決して無駄にはせんぞ。頼み事か。何でも言ってみろ」

「きっとこれから少しの間、垣翼めぐるはあの酷い環境の中で過ごさないといけないと思うんだ。だから当分の間、見守ってやってくれないか?」

「日和が安心出来るよう少しの間、見守ろうぞ」

「あとさ、木乃葉と水琴と燈花と姉ちゃん。俺の記憶だけを『喰ろう』てくれないか? あいつら騒いだりしたら大変だからさ」

「……一つじゃなかったのかのう……。その事なら大丈夫じゃぞ。少女も幼馴染も従兄妹の事も任せておけ」

「有難うな! あっ、あともう一つ」

「何じゃ。最後まで忙しい奴よのう」

「あのさ――」

日和はディユンに本当に最後の頼みをした。優しい笑顔を浮かべ、少し申し訳無さそうにしながら――

「分かった。代わりに私がやっておこう」

「えへへっそれじゃ今まで有難うな。めっちゃ楽しかったぜ」

「それは私の言葉じゃ。平和な日常を送っておった筈なのに私という鬼に出会うてしまったばかりに辛さや悲しさを沢山背負わしてしもうて本当にすまなかった。それと私も人間とここまで心を通わせる事が出来るなど思ってもみなかったぞ。知らなかった人間の素晴らしさを教えてくれて有難う」

 そして日和の身体は光の小さな粒となって空に消えていった。

 果たせなかった木乃葉との約束が唯一の悔いだったが、みんなの笑顔を取り戻す事が出来た事が日和自身の喜びであった。

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