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人ノ記憶ヲ喰ラウ鬼 其ノ壱

目の前には天井が広がっていた。

 ベットの上に横になっている日和は自分自身に何が起こったのか訳が分からなかった。

(此処は何処だ……?)

 不思議に思いながら顔を横に向けると、そこには見慣れた自分の部屋が広がっていた。

(あれ? 水琴が帰って行くのを見送っていた筈なのに……何で自分の部屋のベットの上に居るんだろう?)

 起き上がろうと身体を動そうとするが、まるで全身を鉄板に縛り付けられたかの様に動かす事が出来なかった。

(何だ? 一体どうなっているんだ? 全然身体が言う事を聞かないぞ!)

 ついさっきまで自由に動いていた自分の身体に何が起こったのが理解出来なかった日和は何度も身体を動かそうと試みたがやっぱり駄目だった。

(ちょっと待てよ! 自体が全く把握出来ないぞ! 何が起こったというんだ? よし、一旦落ち着いてよく思い出せ……確かウォールムっていう鬼を『浄鬼』した後で水琴を起こすフリをして悪戯をしようとしていたら起きてしまったから喜んでいるどさくさに紛れて思い切り抱き締めたんだよな……いやぁ~良い匂いだった……その後で水琴のお母さんを呼んで連れて帰って貰ったんだっけ。それから……それから……ベットの上! って重要な部分が全然思い出せて無いじゃん)

「当たり前じゃ!」

 不意に声がした方向に目を向けるとそこにはディユンが立っていた。

 日和は不安な気持ちが爆発したかの様に

「お前! 無事だったのか? 俺は一体どうなってしまったんだ?」

 そんな必死な表情で話し掛けてきた日和の姿が妙に面白かったのかディユンが笑い出した。だが、なぜこんな大変な状況で笑っているのか日和は疑問に思ったが、ディユンの能天気な態度に少し怒りが込み上げてきた。

「お前さ! 何で俺が大変な状況なのに笑っていられるんだよ! 身体が全然言う事を聞かないんだぞ! お前何か知っているなら教えろよ!」

 ディユンは必死に笑いを堪えながら落ち着けと言わんばかりに手を前に出した。

「いや、すまんすまん。日和があまりにも必死な表情をしておるんでつい笑うてしもうた。少女を助けた後の記憶が無うても仕方あるまい。私が日和のところに戻ると、気を失って倒れておったのだからな」

「えっ!」

「まぁ無理もなかろう。普通の人間ならば即死でもおかしくない程の重症だったのだからな。自分の身体が少しでも鬼であった事に感謝するがよい」

「重症って俺全然元気だったじゃないか? それに鬼ならこんな状態にならない筈だぞ。全く身体が動かないんだからな!」

「だから『少しでも』っと言ったであろう。日和は既に生身の人間では無くなってしまっているが、それと同時に鬼でも無い。つまり中途半端な状態という事じゃのう。人間だったならば死んでしまう怪我でも死ぬところまではいかないが、鬼の様に強靭な身体を持っている訳でも無い。あれだけの攻撃をまともに受け続けておって身体が耐えられる筈無かろう。その反動で今の日和の身体は屍と言っても良いじゃろうのう」

「屍って……それじゃもう俺の身体は動かないのか?」

「今の状態が屍と同じと言っただけで本当に屍になっておるわけではない。少し安静に休んでおればすぐにまた自由に動かせる筈じゃ」

「本当か! それなら良かったぁ。ずっとこのままだったらどうしようかと思ったぜ。まだまだ沢山の女の子と触れ合ってないのに動けなくなってしまったら生霊として彷徨ってしまうところだった」

「……やっぱり考える事はそこか! その事だけなんじゃのう! 女にとっては悪霊よりタチが悪いのう……」

 最近頭を抱える事が多くなってきたディユンだった。

 自分の状態が何も心配要らないと分かった日和からは不安の表情は消え、ふと何かに気付いた感じでディユンに話し掛けた。

「そう言えば昨日俺ってどうやって帰ったんだ?」

「昨日? 日和まさか少女を助けたのが昨日の事だと思っておるのか?」

「えっ? 昨日だろ?」

「いや、あの日から三日経っておるぞ。その間ずっと眠っておったのだ」

「そんなに日にちが経ってたのかよ!」

「これでもまだ目覚めるのが早い方じゃったのじゃぞ。私の予想では三週間から一ヶ月くらいは目覚めぬと予想しておったのだ」

「いや、長いだろ! そんなに眠っていたら目覚めるどころか餓死して死んでしまう!」

「鬼になっておるなら三年くらいは食べんでも死にはせん」

「って、何真面目に応えてんだよ! 今のはジョークに決まってるじゃん!」

「ところでさっきから何をそんなに怒っておるのじゃ? 三日間も眠ってしまった事がそんなにショックに感じとるのか?」」

「別に怒っては無いんだけど、何だか落ち付かねぇんだよ! 興奮状態って言うのかな!」

(きっと普段から五月蝿い奴じゃから三日間も大人しく静かにしておった反動が出ておるに違いないのう。いや、本当にこの三日間は静かで平和じゃったのにまた此奴の落ち着きのない言動に付き合ってやらねばならんのかのう)

 ディユンはそう思ったが素直に言ってしまえばまた五月蝿くなってしまう事を考慮して

「それはずっと眠っておったから精神状態が最大限に回復していて力が溢れておる状態ではないかのう。それで話は反れてしもうたが、日和がどうやって帰ったかって事じゃったの。別に疑問に感じる事でもないと思うんじゃが、気を失っている日和を背負いながら私が自転車で帰ってきたのじゃ」

「えっ……ディユンが……」

「感謝は別に良いぞ。思う存分するがよい」

「自転車乗れたのか!」

「そこに驚くのか!」

「いや、ディユンも戦って疲れていた筈なのに俺を背負って連れて帰ってくれたなんて有難うな」

「あれぐらいの戦いで私が疲れる訳が無かろう」

(絶対に言えぬのだ。電車で楽に帰ろうとしたらお金を持っておらなんで駅員に止められて乗れなかったから仕方なく自転車で帰ったなど言えぬのだ。さすがに大人を一人背負って帰って一日半動けなくなったなど口が裂けても言えん)

 意地を張って日和に弱いところを見せなかったディユンだったが、腰のところには満遍無くサ○ンパスが張られいた。

 そんな何気無い会話をしていたが

「ところで日和あの話をして良いか?」

 急にディユンは真剣な表情を浮かべた。それはさっきまでの和んでいた空気を一瞬にして凍り付かせる程のものだった。

真っ直ぐに日和に向けるその眼差しはとても冷たく、鋭く感じた。

「……あの話って?」

「ウォールムと戦っていた時に色々疑問に感じたところがあったと思うが全てを日和に打ち明ける事にする」

その瞬間、日和はディユンの目の奥にある闇が見えたようだった。

「その話って気になる事には気になるんだけど、別に俺は無理にディユンの過去について知りたいとは思わないし、ディユンだって知られたくない過去の一つや二つ持っててもおかしくないと思うぜ。それを言わなかったから信用が薄れるとかいう問題でも無いし、それに時にはお互いの傷を触らない事だって必要なんじゃないのか? だからディユンが言いたくない事なら言わなくていいと思ってるんだけど……それでも打ち明けようとしてくれるのか?」

 こんな風に言っている日和だったが、一番誰よりもディユンの過去の事を気になっているのは日和自身だった。だが、理由は分からないが日和自身が知りたいと思う事を日和自身が知りたくないと望んでいる事も事実だった。

 何故ならその話を聞いてしまう事によって何かが壊れてしまう――そんな予感がしていたのかも知れなかった。

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