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竜王の世紀  作者: 南木
第1章:グランフォード動乱
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第8期:若者たちの活躍と暴走

今期の一言:やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、

      ほめてやらねば、人は動かじ。 ―山本五十六



アルムテンが本格的に動き出してから2か月ほどが経過した。

竜たちの勢力範囲はエオメル・オデッソス・グレーシェン・ブランドルにまで広がり、あまりの速さに周辺国家は何の手を打つこともできないでいた。


特にこの世界の宗教の中心を担う教皇領では、竜に対抗するため、各地に散っている主力たちを集めるべく奔走中であり、カルディア聖王国も本格的な遠征軍の準備にあと数か月は動くことが出来ない。カズミによる電撃戦は今のところ順調に成果を上げていた。



「エオメルの次はブランドルも一日で陥落!さすがは竜王様だ!」

「いよいよ我ら竜族の時代がやってきたようじゃ!」

「この調子なら世界征服も夢じゃないわ!」


竜族たちはこぞって竜王カズミの手腕を褒め称えた。


「カルディアもシエナも大したことはなかった。

時代の支配者は竜族なのは確実だろう。」

「いや~、うちは代々火竜に仕えてるから、活躍が派手で楽しいぜ!

火竜たちがこうブワッと炎を吹けば城壁なんてあっという間に粉みじんだ!」

「いいよな火竜や風竜は。うちは氷竜だしな…まあそれでも竜王様は

氷竜にもきちんと活躍の場を与えて下さるだろう。」

「次はいよいよイスカ攻略かな?私も兵士になったばかりだけど早く前線に行って活躍したいよ。」


竜族を信仰する人間たちも、次々と入るアルムテン軍の戦勝報告に酔いしれた。

竜王の復活を心から待ち望んだ者たちは当然として、内心では竜王の復活に

不安を抱いていた人間たちも、カズミに賞賛の言葉を惜しまない。





「竜王様は…本当に前にいた世界で一兵卒だったのですか?

短期間でここまでの成果を上げてしまうなんて。」

「正確に言えば士官だから、一応兵士を率いる役職にはいたけど実際に兵士を率いて戦ったことは一度もないよ。いや、それ以前に実戦を経験したのは死ぬ直前のたった一度きりだったし。今回の戦いだって僕の力がどうこうというよりも、アルムテンが元々持っている力が勝利を可能としただけ。こんなことで褒められるのもなんだか恥ずかしいよ。」

「謙虚なのですね、竜王様は。」


久々に神官長のセムと話しているカズミ。なんでも、アルムテンの領土拡張に伴い新しい地域でも竜信仰を広めていこうと考えているらしい。


興味深いことに、この世界における信仰は一神教的なものではなく、

古代の神話における神々…つまりは多神教をもとにしている。

なぜならこの世界では神族がはっきり存在しているから、

その分信仰も目に見える形で作られてきているのである。


現に、教皇…つまり神々の教えを広める最高司祭は人間ではなく神族だと言われているし、雨乞いや疫病の治癒を祈れば目に見えてはっきりとした効果が表れるのである。人々の日常は祈りと共にあるといっても過言ではない。



「では竜王様…そろそろご用意を。」

「わかった。教えてもらった通りにすればいいんだよね。」


勝利の喜びに沸く国民たちと違って、

カズミにはあまり喜ばしくない仕事が残っている。それは…








「…竜王の名の下、君たちは力を尽くしてくれた。君たちのおかげでこうして僕たちは次の世代への繁栄を作ることが出来る。だから…今はしばらく休んでいてほしい。きっと…また会える日が来るから。勇敢なる魂たちに限りない感謝を。

………ありがとう。」


「ううっ…あなた、どうか安らかに……っ」

「おとおさん…僕も、おおきくなったらりっぱな…へいしになるから……!」

「息子よ…わしより早くいなくなってしまうとは。立派に戦って

竜王様のお役にたてたのは嬉しいが…わしはやはり寂しいのじゃ。」



ここはアルムテンの北にある丘陵地帯。

竜王カズミをはじめとして何人もの竜や人間が集まり、沈鬱な雰囲気の中

厳かに死者の埋葬が行われている。


そう、カズミは竜王として先の戦いで戦死した兵士たちを弔わなければならなかった。戦死した兵士は24名。これを多いとみるか少ないと見るかはいろいろ意見があるだろうが、やはり戦いとなれば多かれ少なかれ味方に死者が出ることは避けられない。ある者は敵の放った矢を避けられず、ある者は数人の敵に一度に攻撃され…

死んでしまった者は二度と生き返らない。



「覚悟はしていましたが、同胞が死ぬというのは悲しいものです。」

「そうだね…。彼らは僕が殺したようなものだから、余計重く感じるよ。」

「……っ、しかし竜王様!」

「分かってるよベッケンバウアー。これからこういったことは何回も、何十回もある。僕たちが目指す場所は死者たちで築かれた丘の向こうにあるんだから。」



かつての世界で、カズミが軍に所属している間に同僚が殉職したことはなかった。

なので、自分を慕う人々に死を命じることが少々怖かった。


「…たしか、彼らの魂は生まれ変わったら竜になるんだっけ。」

「そうですな。確実なことは何とも言えませんが、

人間の間ではそう信じられております。」


地竜族長ベッケンバウアーの言う通り、竜信仰をしている人間は来世で竜に生まれ変わると信じられている。これはカズミにとって非常に興味深い事だった。本当にそうなるのかどうかも含めて…。


何しろ摩訶不思議な術が存在する世界なので本当にそうなってもおかしくはない。



「ありがとうございました竜王様。かれらもきっと喜んでくれるでしょう。」

「いえいえ、僕も彼らの頑張りを無駄にしないように頑張らないとね。」






「ただいまーっ。」

「おかえりなさいませカズミ様♪」


仕事が一段落したカズミが久々に自分の部屋に戻ると、窓辺の机で本を読んでいた

シズナがわざわざ席を立って出迎えてくれた。どうやら彼女が読んでいるのはカズミが暇つぶしに書いた料理のレシピ集のようだ。彼女の何かに役立っているのならちょっとうれしい。


最近は仕事ばかりでロクに休んでいなかったので、こうやってゆっくり過ごせる時間がいつもより素晴らしく思えるカズミだった。


「う~ん、自分の部屋に戻ると落ち着くなぁ。仕事場にいるとついつい次に何するかを延々と考えちゃうからなかなか気が休まらないし。こーやって久々のフカフカベットに……っと、あれ?」


ここでカズミは、あることに気が付く。


まずベッドがいつも通りフカフカなこと。普通のことかとも思うかもしれないが、

カズミは元の世界では自分の周囲はすべて自分で整理していたので、ずっと部屋を開けていたにもかかわらずこの部屋にあるものすべてが完璧に整理整頓され、きれいに掃除されて美しい状態を保っているのが不思議に思えた。いつの間に使用人のような役の人か竜がやってくれているのだろうか?


「この部屋っていつも誰が掃除してるの?」

「私です。」

「ええっ!?」


カズミはびっくりして思わずベッドから飛び起きた。


「ご、ご…ご迷惑でしたでしょうか?」

「いやいやいやいや、迷惑どころかすごく助かってるよ!でもまさかお姫様のシズナさんがこんな広い部屋を……う~ん、なんか申し訳ないなぁ。本来なら僕がやるべきなのに、やってもらっちゃって…。」

「むしろカズミ様こそ竜王様ですから、ご自身で行う必要はないかと……。」


まあ確かにその通りである。

部屋の掃除をしている暇があったらその分政治に充てるべきである。

どうもやはりカズミは自分が偉いという自覚に欠けているようだ。


「そっか。ありがとうシズナさん、おかげで僕もゆっくりできそうだよ。」

「ええ、ここはカズミ様と私の『愛の巣』ですから…

私がしっかりお守りします。」

「の゛っ!?…ケホッケホッ!?」


と、ここで唐突な爆弾発言。お茶を飲もうとしていたカズミは思わず咽てしまう。


「まあっ!大丈夫ですか!?」

「…へーきへーき、我ながら一本取られたよ。あはは…」

「?」


(そうだよね…シズナさんは一応婚約者だし。)


シズナに告白されてからそろそろ二か月が過ぎようとしているが、カズミとシズナの間にはほとんど進展の気配がなかった。手を繋いだことも無ければキスしたことだってない。ところが不思議なことにシズナは特に慌ててアプローチをしてくる様子もない。カズミとて別にわざと放置しているわけではないのだが、このところ

予想以上に忙しい日々が続くのでなかなかかまってあげられない。カズミは彼女に何をしてあげられるのだろう?



「ごめんねシズナさん。何もしてあげられなくて…。」

「いいんですよ、カズミ様。カズミ様にはカズミ様の使命があるのですから、私のわがままでおとめしては帰って申し訳ありません。ですが……やはり時々は二人きりでゆっくりできる時間が欲しいですね。」

「そっか…僕もなるべく時間を作れるようにするよ。」



が、その願いはむなしくすぐに破れてしまうことになる。





コンコンコンコン!


「りゅ、竜王様!失礼いたします!火急の用件でございますわい!」

「ん?ルントウ?いいよ入っても。………どうしたの、そんなに息を切らせて?」


やや乱暴にノックの音が響いたかと思うと、

長老のルントウが物凄い勢いで部屋に転がり込んできた!

どうやらここまで全力疾走してきたらしく、もう老年とはいえ

体力自慢の地竜がぜえはあと息を切らせている。

よほどの緊急事態なのだろうか…?



「も、申し上げまする!風竜族と火竜族と雷竜族の一部が…!

竜王様の命令もないまま、独断でイスカ領に攻撃をしかけに

出撃してしまったそうです!」

「なんだって!!??」

「外に出ていたリヴァルから大急ぎでこの事を伝えられ、現在火竜族長サーヤと雷竜族長レーダーが慌てて後を追っておりまする!」

「リヴァルから…、ってことはリヴァルが今アルムテンに戻ってきてて、サーヤトレーダーが後を追ってると…。ちょっとまって、これ限りなく最悪の事態だよね!?くっ、仕方がない!ルントウ、リヴァルとベッケンバウアーに正門前に来るように伝えて!僕も準備するから!」

「畏まりましてございます!」


「また、お仕事ですか?」

「ああ…それも飛び切り面倒な、ね。」


やはり世の中いつもうまくいくとは限らないのである。







そもそもの事の発端は1週間ほど前、ブランドルを落としてすぐのころだった。



「見てみてーっ!竜王様から貰ったんだーっ!」

「なになに?紙…?でも何か書いてあるね。」

「感謝状って書いてある。ってことはクレアちゃん竜王様に感謝されたの!?」

「すごーい!かっこいい!」

「いいでしょーっ!これね、寒天版を開発したご褒美だって!お金もくれたよ!」


カズミの発想で、個人またはチームで何かしら手柄があった者には竜人問わず表彰することとなり、クレアは寒天版の発明でアルムテンの事務作業の大幅な効率化に寄与したとしてカズミから報奨金と賞状をもらった。クレアのほかにもブランドル攻略で功があった者、セルディアやリューシエなど十数人がカズミ直々にご褒美をもらっている。特に感謝状の効果はなかなかのもので、よほど竜王に褒められるのがうれしかったのかもらったお金よりも賞状の方を大事にしている人がほとんどだったという。


木竜クレアは、もらった感謝状をさっそく友人の前で見せびらかして自慢を始めているようだ。友人である風竜レームと地竜ルルード、それに火竜のマローネはクレアが見せつける感謝状にくぎ付けとなっていた。


「ね、ルルード!私たちも何かすごいことしたら竜王様に褒めてもらえるかな!」

「すごいこと……何かできることあるかなぁ?」

「よしっ!マローネは兵士になるっ!そして戦いで大活躍すればきっと!」



少女竜たちがわいわい騒いでいるところに、偶然風竜族の守長

(守備部隊の隊長のような職)であるアレンと

火竜族の守長ワルスが通ったことで事態は思わぬ方向ぬ進む。



「いいよなー、竜王様からの感謝状もらえるなんて。俺たち風竜は伝達だとか探索だとか運搬だとかそんな任務ばっかりだから活躍する機会がめったにねぇよ。それに比べてワルスはいいよな、毎回毎回最前線だから大活躍だろう?」

「そうはいってもな…アレン、火竜族(うち)だって姉御(サーヤさま)の活躍が派手すぎるから我らがどう頑張っても一番にはなれないんだろうよ。」


守長という、兵士たちを束ねる役職の二人にとって竜王から認めてもらえるのが

何よりもうらやましかった。だが、戦争なんてそうそう起らないし、あったとしても族長クラスの竜が参戦すれば手柄は全部持って行かれてしまう。特に風竜はカズミにとって便利な機動力である反面、最前線にぶつけるような使い方をしたがらないので、功績をあげる機会は余計に減ってしまう。



「あーあ、早く戦争おきねぇかな。」

「まったくだ。次はイスカなんだろうが、いつになることやら。」


物騒なことを口にするアレンであったが、次の機会は当分ないものと思われる。なぜならつい先日ブランドルを攻略した直後、カズミは攻勢をいったん止めると通達していたからだ。なんでも急に領土が広がったうえにシエナに反乱を起こした四国が何かの拍子にアルムテンの領土に侵攻してくる可能性もあるので、あと一か月ほどは兵士の休息と物資の補充、部隊の再配備をするそうだ。エオメル、ブランドルの攻略が早かったのでイスカ攻略ももうすぐかと思われたが、兵士数が少ないためそう簡単に連戦はできないのである。



「よう二人とも、難しい顔してどうした?そんな辛気臭い顔してないで、今日は戦勝祝いに百杯くらい飲もうぜ!なんならあたしが『その後』までつきあってやるよ!」

「エリカ…また煩い奴が来たなぁ。」

「お前に言われたくないと思うぜアレン。まあ、同感っちゃ同感だが。」

「煩いたぁごあいさつだね!あたしの酒が飲めないってのかい?」

「素面でからんでくんじゃねーよ。」


と、そこに割り込んできたのが雷竜のエリカ。口調は乱暴だが女性である。

クールな外見とは裏腹にかなりぶっきらぼうな口調のアレンだが、

それ以上にきつい口調で話す短髪に鬼のような角を生やした女性と

比べるともはやどっちが男だかわかったものではない。



「なに、感謝状が欲しい?へ~ぇ、いくら竜王様直々にいただいたものとはいえ

紙一枚にそこまで価値があるとは思えないんだが。」

「馬鹿野郎、なんてこと言いやがる!お前にとっちゃどうでもいいかもしれんが

俺たちにとっては竜王様に認められた証なんだ!失礼だぞお前!」


カズミがこの場にいたらむしろエリカの意見に賛成するかもしれない。


「感謝状だけじゃないぞ、結構な量のお金ももらえるんだ。」

「何!?お金だって!?そりゃほんとうかワルス!」

「ああ、本当だとも。なんでも1グランくらいもらえるんだとか。」

「1グランとか何十日かは酒飲みたい放題じゃねぇか!すげえ!

あたしも断然ご褒美欲しくなってきたぜぇ!」

「何て奴だ…。金の方がいいのかよ。」


強欲な傾向にある雷竜らしい、現金な反応。

しかもその金の使い道は全部酒代と決めてしまうあたりもすごい。



「よっしゃ!だったら戦争しようぜ戦争!あたしが一番乗りしてご褒美げっとだぜ!うはうはうは!」

「もう一遍言うが…バカかお前は。その戦争が起きないから、俺たちは悩んでんじゃねぇか。」

「おまけに戦争でもお前はレーダー族長の部下だろ?一番乗りなんて無理だろ。」

「馬鹿はお前らだ!戦争が無かったら作ればいいだろーが!」

「は!?」「何…?」

「だーかーらー、あたしたちと若い奴ら何人かでこれから攻略予定のイスカを

竜王様や族長たちより先に攻略しちまおうぜ!そうすればカズミ様も

あたしら若者たちの活躍を誉めてくれるだろうよ!」

「なるほど、その手があったか!」

「そうだな。今までの戦いを見てきたが…長老が言うほど人間はそこまで強くはない。現にエオメルは俺たち火竜に手も足も出なかったし、ブランドルも俺たちの手にかかればたったの一日でけりがついた。…なるほど、10数人くらい竜がいれば国一つくらいは余裕だろう。」

「よーし、そうと決まれば話は早い!族長たちにばれる前に出発だ!」

『おーっ!』




アルムテンの人々に今以上に頑張ってもらうために、そしてその頑張りに報いるために定めた報奨制度。たしかにその効果は劇的なものだった。竜も人も、竜王カズミが見てくれると思うと今まで以上に仕事に精を出し始めた。アルムテンと言う国家は報奨金をアクセルとして更に加速することができたのだ。だがアクセルを付けたら止まるときどうすればいいのか。カズミは車にアクセルを取り付けはしたが、ブレーキがまだ作られていないことに気が付かなかった。そしてそのブレーキはアクセル以上に作ることが困難なものなのだから……



カズミは、自らの大きな過ちを悟り愕然とした。

だが今は落ち込んでる暇はない。被害をとどめるために、すぐ動かなければ。




ここで、イスカという国について再度解説しておこう。


グランフォード地方最東端に位置する国、イスカ。

国の面積自体はシエナに並ぶくらい広大な領土を有するが、その8割は山地、密林、そして植物が生えない荒野が広がる不毛の地である。人口の約半数は首都に住む住人の数であり、残りの半数が不毛の地で細々と生計を立てつつも、襲いくる魔獣や蛮族、そして上位の存在に住みかを追われた魔族などを撃退し続けており、

の不屈の魂は長い年月をかけイスカの人々を屈強な戦士へと育て上げた。イスカは外国へ出稼ぎに出た労働者からの仕送りによってかろうじて経済が成り立っている。特にイスカ出身の傭兵はその戦闘力の高さから各地から引く手あまたであり、

傭兵たちもまた祖国の誇りを汚さない様、雇い主には忠実であり続けるのだとか。ただ、国民全体が貧乏なため金銭感覚にシビアなのも特徴だったりする。



イスカ出身の冒険者は、時折一獲千金を夢見て竜を狩りに行くことがある。

ときどきアルムテンから採取のために単独で行動する竜を狙って襲撃するため

アルムテンとしては昔から敵対してきた歴史がある。

不毛な国土ゆえにカズミはこの国の攻略は後回しにしようとしていたが、

竜たちがこの国に抱いている恨みは予想以上に大きいものである。



「よーし、全員そろってるな!」

『おーっ!』


今、イスカ領の国境付近に位置する小さな砦を前に

エリカをはじめ14人の竜が上空に舞っている。


「攻撃開始だ!今までの恨みをはらせ!動く者はすべて粉砕しろ!」



若い竜たちはその場で元竜変化すると、砦めがけて一気に襲い掛かる。守備隊は僅か100人前後しかいないこの砦は突然の猛攻に対処することはできなかった。


「りゅ、竜だ!竜が襲い掛かってきたぞ!」

「逃げろー!皆殺しにされるぞ!」


《逃がすものかよ》


火竜が火炎弾を放ち壁を撃ちぬき、雷竜が電撃を放ち敵の攻撃を無力化する。逃げる者には風竜が空中から襲い掛かり牙や爪、それに突風で逃げ出す人間を容赦なく殺戮する。熟練の冒険者が数人がかりで掛からなければならない竜が10体以上も

同時に出てきたのだから相手にとってはたまったものではない。国境守備隊は一時間もかからず殲滅され、砦は跡形もなく破壊されてしまった。


《よーし、次だ!拠点を見つけ次第攻撃だ!》


もしカズミがこの場にいたのなら、竜特有の航続距離と破壊力を生かしこういった拠点は無視して交通の要所を飛び石に占領しつつ一気に首都に迫っていただろう。こちらは強大な戦力を有するとしても、なるべく相手に守る隙を与えないようにするためだ。だが、エリカやアレンたちは殺りくと破壊を目的としているため、

町や村を見つけ次第襲い掛かり、破壊の限りを尽くしている間にイスカの首都に竜族襲来の方が早くも伝わってしまい、防備を整える時間を与えてしまった。だが、反面このことが各竜族長の耳に入る時間的猶予を作ったのも確かであり、もし彼らがい直線に首都を目指していたとしたらいい意味でも悪い意味でもこの先の展開は大きく変わっていただろう。



竜の群れがイスカに襲来!

砦の守備隊の僅かな生き残りからもたらされたこの報に、

イスカの首都リムレットの住人達は恐れおののいた。


今、イスカには領主が不在なのである。



「とうとう、きてしまったか。」

「いつか来るとは思っていましたが、こうも早いとは思いませんでしたなぁ。」


イスカの府庁にある一室にいるのは青髪をポニーテールにした術士の男性と、ごっつい鎧を着た筋骨隆々の大男。かれらはこの国の支配者であった元領主ヘルモントから遠征の留守を任されていた将軍なのだが、領主の一家は例の遠征の際に全員が命を落としてしまい、次期領主が決まるまでこうして二人で政治をやりくりしてきた。亡くなった元領主のヘルモントは隣国ブランドルの領主ゼーレに勝るとも劣らない勇者であり、一流の冒険者でもあっただけに彼の喪失はイスカにとって大きな痛手であった。



「とにかく住民を避難させなければ。」

「避難させると言われましても、どこに行かせますかね?」

「そもそも非難させている時間があるかどうかすらも怪しい…。だが、背に腹は代えられん。兵士たちになるべく安全な地域に誘導させるんだ。竜相手では町が壊滅しかねない。人々の安全のためにことを起こさなければ。」

「ふむぅ……。」


いくら人を逃がすためとはいえ、残り少ない兵力を住民の護衛に使うとなれば防衛力は一気に激減する。だからといって護衛も付けずに放り出すにはあまり治安のよろしくない国である。領内ではどこから傭兵崩れの賊が出るかわからないからだ。



「……話は聞かせてもらった。我らも力を貸そう。」

「む、これはトライアノス隊長。

お恥ずかしい話をお聞かせしてしまったようですなぁ。」


と、ここで部屋に入ってきたのはカルディア兵の装備に身を包んだ壮年の男性。顔の中心鼻柱の上に真横に走った斬り傷をはじめ、体のあちらこちらに古傷がくっきりと残っており、幾多の戦場を潜り抜けてきたことを如実に表している。そんな彼の名はトライアノス…アルムテン討伐軍を率いていた百人隊長(センチュリオン)の一人で、大敗北の中この地まで引き揚げてこれた唯一の隊長クラスの人間だった。


「我らカルディア聖王国軍は今回の遠征に際し、無様な失態をさらし続けた。

ゆえに…この機会にぜひとも汚名を返上させていただきたい。」

「ふぅん………、いいでしょう。

一兵残らず全滅する危険が高いですがそれでもよろしければ。」

「はっ、ありがたき幸せ。」


(見ていろ、竜ども。同胞たちの仇…この命と引き換え必ずや!)


トライアノスの拳にぐっと力が入るのを、イスカの将軍二人は見逃さなかった。




ベッケンバウアー 地竜族31Lv

約1250歳 男性 竜族

【地位】地竜族長

【武器】竜牙剣イフス

【好きな時間】用事のない雨の日

【ステータス】力:38 魔力:18 技:24 敏捷:20 防御:36

退魔力:25 幸運:17

【適正】統率:B 武勇:B 政治:B 知識:B 魅力:C

【特殊能力】山岳戦 防御戦闘 耐雷性(大) 


他の族長たちに比べてやや影が薄い地竜族族長。何事も堅実且つ慎重であり

何事も準備万端にしてから行うため、失敗することは殆どないが仕事は遅れがち。

また、ルントウほどではないが頑固一徹タイプのオヤジで、

一度決めたことは梃子でも動かせない。彼の外観的特徴としては、

筋骨隆々な巨体に腰まで届く立派な顎鬚、それに地竜でも珍しい

額から生える一本の大きな角を持つ。これは「凶角」と言われる10000人に一人

くらいの確率で現れる角で、この角を持つ竜は強力な体と引き換えに

寿命が短くなると言い伝えられているが、彼の年齢からしてデマっぽい。

若いころはその角のせいで何かと反抗的な若者だったらしいが、

そんな彼も年老いた今ではルントウと共に「最近の若い者は」が口癖となったとさ。


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