第6期:樹木の要塞
今期の格言:「味方からでなく、敵から学んだのだ。
街の周りに高い壁をめぐらせる事を」
アリストファネス
「えいそーれ!!」
コーン!
「よいこーら!!」
コーン!
緑生い茂る森林に、威勢のいい掛け声と木を打つ斧の音が響く。
ここは、エオメル領のはずれ、オデッソスとの国境に近い森林。
このあたりは良質の木材を切り出す伐採所があり、近くの村から何人もの樵が来て、こうして毎日木に斧を振るい汗を流す。生えているのは主に椚の木で、主にグレーシェン東部各国の建築物や農具などに加工されるほか、薪などの燃料にもなる。
「ぼちぼち昼飯にしよーぜ!」
「うーい」
「汗をかいた後の飯はサイコーだな!」
そろそろお昼時ということもあり、樵たちは木を切る手を休め自分たちの荷物の中から食べ物を取出すと、各々適当な場所に座って一息入れはじめる。
木々が生い茂る森は、春の陽気が気持ちよく、小鳥のさえずりや爽やかな風がそよぐ。いつもと変わらない平和な自然がそこにあった。
ズーン
「ん? 今……地面が揺れたか?」
「音も聞こえたぞ」
ふとどこからか、地響きが鳴り響いた。
先ほどまで木々に止まっていた鳥たちも、何か気配を察知したのか、その場から一斉に飛び去って行った。
ズーン ズーン
「な! なんだ! 何かの足音が…まさか『魔獣』…?」
「俺は魔獣なんぞ見たことはないが、そんなもんじゃない気がするぜ。」
「お…おい、みんな!こっちだ!あれをみろ!」
樵の一人が、何かを見つけたのかやや視界が開けた丘の上に仲間たちを呼ぶと自分たちが住む村の方角を指差した。
そこにはエオメルまで続く街道があり、いつもは藁や農作物、木材などを運ぶ荷馬車がよく通るのだが……今日の光景は今までにない驚愕すべきものだった。
「りゅ……竜だ!」
「それにあの旗は、隣の国の旗じゃねえか?」
「ってことは…つまり………戦争か」
「冗談じゃねえ! 隣の国は竜を飼い慣らしてたってのか!?」
彼らが見たのはまず、燃える炎のような真っ赤な姿の大きな竜。
体長は二階建ての建物ほどはあろうか。大きな足音を響かせながら二足歩行で悠然と歩く姿は、一般の人々なら足がすくんでしまいそうだった。
そして、それに随伴するのが灰色の地に黒のストライプその真ん中に描かれる金色の牛の旗……エオメルの東の隣国オデッソスの旗。
今まさに、アルムテンとオデッソスの連合軍は、シエナ側の国の一つであるエオメルに侵攻しているのである。
…
アルムテンのドラゴンがオデッソスとの国境から侵攻したとの報は、連合軍が国境を越えて数時間のうちにエオメル領主――クリンクの下に届いた。
「いつか来るとは思っておったが、まさかこれほどまでに早いとは……」
年齢はすでに70を過ぎた老齢の領主は、この地方で最も善政を敷いていると評判が高い。
第一次産業がほとんどを占めるこの領地で住民に課す税をかなり低くし、領主自ら積極的に田畑を見回るなど、非常に面倒見がよい。住民たちはそんな領主クリンクのことを「みんなのおじいちゃん」と呼び慕っている。
「斥候の報告によりますと、敵の兵力は500人前後と小規模のようです。ですが、その中に何体か赤い竜……火竜が混じっているとのこと。我が国の軍備ではとても太刀打ちできません」
傍らに控える術師が、斥候の報告からこのたびの侵攻はエオメル始まって以来の危機であることを告げた。
この国はもともと周囲に敵が存在しないため、最低限、賊の討伐さえできればよかった。そのため500人の敵だけならまだしも、竜が来たとなれば自分たちの力だけで撃退するのは不可能である。
「うぅむ……シエナ国王のバティール殿に援軍を頼めば、来てくれるであろうか? いやまず無理であろうな。隣国諸侯に反乱を起こされ、それどころではあるまい。だが……それでも、かつて我が国がシエナから受けた恩を忘れてはならなん」
「そのお考えは立派ですが、ぶっちゃけ勝率ゼロパーセントの今、下手に抵抗して私たちならともかく民を巻き添えにされるのはどうかと」
「3ヶ月は耐えられるか?」
「わかりません。やってみましょうか」
「う~む」
クリンクがまだ若かった頃、凶作に苦しんでいたエオメルはシエナからの援助で瀕死の状態から立ち直った。
その恩を忘れられない彼は、このような危機的状況でも決してシエナから離れようとは考えなかった。しかしながら、領内に住む民のことを考えるとオデッソスとの戦うことは何としてでも避けたい。
「仕方ない。私自らがオデッソスの軍まで出向き、軍を引くよう求めなければ」
「いやいやいや、そんなことまで領主様がしなくていいですってば。自分が向かいますから領主様は住民の安全確保を優先させてください」
「お前だと少し不安なのだがな」
「えー、信じてくださいよもう。この国で一番政治力高いの私なんですから」
竜が攻めてきたというのに、なんとものんきなものである。
…
その間にも進軍を続けるオデッソス軍は、国境を越えて二つ目の町を制圧したところで、その町で野営を行うことにした。町と言っても200人程度しか住んでいないため、食糧や屋根の確保は結局自分たちでやらなければならない。
「こらっ、紐の張り方が全然なってないっ! こんなんじゃ風が吹いたときすぐに飛ぶよ!」
「も、申し訳ありません!」
「そこ! そんな場所に立てたら隣のテントと重なる! 張り直し!」
「お……オスっ……!」
「そんな竃の組み方で料理が出来ると思ってるのか! 煉瓦作ってるんじゃないんだ!」
「ひいぃ!?」
「カズミ様。兵士たちにとても厳しいですわ」
「いつもは優しい顔なのに、戦場に出るとまるで別人ですね……」
サーヤとリノアンが見ているのは、野営地を歩き回って怒号を浴びせる竜王カズミの姿だ。いつもはやさしく落ち着いた雰囲気のカズミが、テントの紐の角度から物資の管理まで何かと口うるさく指示しているのがけっこう怖い。
オデッソスの兵士たちも涙目になりながらせっせと作業しているのを見て、二人はもしかしたら自分たちも戦場ではいろいろダメだしされるかもしれないと思えてくる。
「まったく、自分たちの命がかかってるんだから、もっとしっかりやってくれないと」
「竜王様、なにもそこまでご自身で行わなくてもいいのでは」
「そうですわ、一々限がありませんも。」
「君たちに任せられないから僕がやってるんだよ。追々君たちにも叩き込むから覚悟するように」
『は、はいっ』
そういうカズミも、宿舎などの接収は行わず自分で持ってきたテントを立てている。別に宿屋に配慮しているわけではなく、狭い部屋とベットしかない宿屋よりも自分でテントを立てて寝たほうが落ち着くからだそうだ。
しかもカズミが自分一人で立てたテントは誰よりも早く完成した上に、何から何まで寸分たがわず組み立てられており、同じ素材にもかかわらず完成度はほかの者よりも群を抜いて綺麗に見えた。伊達に士官学校に通っていたわけではない。
「それはそうと明日以降の予定なんだけど……」
「竜王様! エオメルからの使者を名乗るものがお目通り願いたいと」
「エオメルからの使者か。いいよ、通して」
打ち合わせを行おうとしたちょうどそのとき、エオメルから派遣された使者がカズミのもとに来訪した。来たのは、術士のローブを身にまとったエメラルドの髪の女性だ。
「御目通りいただきましてありがとうございます。私はこの国の内政官を務めますスターラと申します」
「はじめまして。僕が……えっと、竜王のカズミだ。こっちこそよろしく」
ぺこりと礼儀正しく頭を下げるスターラ。
それに対してカズミも名乗りを返すが、まだ竜王を自称するのには慣れていないようだ。
「話と言うのは何かな。講和かな、それとも降伏する?」
「はい、我が国の領主クリンク様は貴国との争いを望んではいません。その上我が国はめぼしい財もない弱小国家です。貴国にとって得られるものはこの国には何もないことをあらかじめ申し上げます。しかしながら、なけなしではありますが、貢物の用意もございます。出来る限りのことは致しますので、どうか軍をお引きくださいますよお願い申し上げます」
「そっか」
カズミは特に表情を変えず淡々とスターラの話を聞く。
確かに、アルムテンがエオメルを攻めても現時点で得られるものはそれほど多くなく、むしろ軍を動かしただけ赤字がかさんでしまう。それよりも、今シエナと争っている隣国のファズレーやオーヴァンを攻略したほうがよっぽど利益があるように思える。が…
残念ながらカズミは目先の利益のために戦争しているわけではない。
「僕が求めるのは完全な服従なんだ。講和なんて温い段階で済ますつもりはないから」
「なっ」
あまりの非情な言葉に、スターラは一瞬言葉を失う。
「ですがっ! 私たちはアルムテンはオデッソスとは昔から懇意にしてきました! それなのになぜ、攻撃されなければならないのですか! 今まで通り仲良くすることはできないのでしょうか!」
「でも君たちはシエナ側につくんだよね」
「……はい、こればかりは譲れないと領主様が」
「なら敵ってことでいいじゃない。友好的だけど敵よりって言うのはこっちとしても面倒なんだよね。だから僕が求めてるのは服従か死か。理不尽かもしれないけど君たちが君たちで決めたことなんだからちゃんと責任を持って貫き通してほしいな」
「そんな!」
そのあとも長時間スターラはカズミの説得を試みた。
やはり優しそうに見えるカズミだが、一切の譲歩を見せず交渉は困難を極めた。ただ、カズミ本人も平然としているように見えるが内心は……
(ごめんねスターラさん。この国も厳しいってことは分かるんだけどね。僕の身勝手でこの国はアルムテンの覇権の礎になってもらうっていうのはどうも心が痛むなぁ)
交渉の間ずっと良心の呵責にさいなまれていたカズミであった。
結局和平交渉は失敗。竜たちのの歩みは止まらず、エオメルの国民たちはパニックに陥った。このままでは竜に町や村を焼き尽くされるかもしれない。そう思った住民たちは、領主の館がある中心都市まで一斉に避難を開始。三日後には何千人もの人々がエオメル中心都市に逃げ込むことになった。
エオメルの領主の館がある中心都市……サモアは森林におおわれた高低差のある土地に作られた堅牢な街である。
人口およそ2万人。緩やかな坂道が続く街道を除けば周囲はほぼ崖で、大勢の人が一度に通ることが出来る道は正面以外存在しない。
城壁も意外と高く築かれているが、これは大昔竜王討伐の前線拠点がこの地にあったのをこの地に移住してきた人々がそのまま再利用したためで、やや平和になった現在でも手入れは行き届いている。建材が古いのがやや心もとないが……
「結局敵は出てきませんでした。どうやら籠城戦を選んだようです」
「そのようだね。さて、セルディア、君ならどう攻める?」
「竜王様、その前にあれを」
「ん?」
サモアの城壁が肉眼でとらえられる場所まで来た連合軍。
陣地を築いている間にカズミはリノアン・サーヤ・セルディアと攻撃方法を検討している。カズミにとっては初めての攻城戦であり、前世で培った軍事技術はこの場であまりあてにならないことは分かっていた。
いや、普通の攻城戦であればまかりなりにも軍人だったカズミにも多少はやりようがあるかもしれない。だが、仮にもここは何が起きるかわからないファンタジーな世界である。それを証明するように、目の前の城塞に変化が起きた。
「おおぉ……」
見よ! 高台に建つ城壁の壁面が、見る見るうちに樹木に覆われていくではないか!
樹木の成長はとどまるところを知らず、城壁を覆うだけではなくその周囲にも太い根や幹を張り巡らせる。10分後、そこには古くて大きな城壁ではなく、大木が張り巡らされた樹木の要塞が出来上がっていた。
「迎撃準備、完了」
「まさか私が生きているうちに使うことになるとは思わなかった。だが、これが竜相手にどこまで通用するか」
クリンクがこの国の領主となってすでに何十年も経っているが、今まで大規模な外敵の侵入は一度もなかった。
それゆえ一度も使われることのなかったエオメル唯一の大規模防御……それがいま彼女が操っている『大樹の護り』という術である。
《スターラ、術力を出し惜しみしてはいけませんよ。負担は私が引き受けますから》
「ありがとうございます精霊さん。私は決して負けませんから」
術丈を片手に術を操るスターラの傍には、ややうっすらとして見える女性がいる。彼女はこの地に根付く木々の精霊であり、スターラの一族は代々この精霊から与えられる力を駆使して術を使っているのである。
この世界には『術士』と呼ばれ、不可視の力を操ることができる兵種が多数いる。術士たちは使う術や役割によって『~術士』とよばれ、かなりアバウトな線引きがされている。例えば神族の持つ力を使える『聖術士』や攻撃魔法に特化した『魔術士』など
スターラも術士の一人であるが、彼女は世界でもそう何人もいない特殊な術士だ。
「どうやら、彼女は『防衛術士』だったようですね」
「ぼうえいじゅつし? なにそれ?」
「術士たちの中でも、都市防衛機構の術を発動させることに特化した者のことです。普通はその地に代々住んでいる一族に受け継がれるか、または都市防衛専用に訓練を施された術者たちが就く場合があります。聞いた話では、ほかの術士と違いなり手が非常に少ないため、貴重な存在なのだとか」
セルディアの言う通り、防衛術士は都市防衛のための切り札であり、いるといないとでは攻城戦の難易度が(攻守どちらとも)大幅に違ってくる。
しかしながら、基本的に防衛術士は大規模な術を使うためにあらゆる面を犠牲にしており、都市が攻撃されない限り役立たずと言っても過言ではない。そのため実力を見せるまでは冷遇されがちであり、厳しい修行の割に合わない術士なのである。なり手が少ない原因はそこにある。
もっとも、スターラのように、一族代々その土地の防衛術士の家系と言う例もあり、一概に不遇とも言い切れないが。
とにかく、レアで強くて地味。それが防衛術士なのだ。
「まあ、木竜でもないのに見事な木術ですわ」
「防備を固めることが出来るだけでなく、おそらく大木の隙間を縫って攻めたとしても枝を自在に操って足止めしたり絞め殺すこともできるのではないかと思われます」
「ん~普通の軍だったら何千人いても攻略は難しいね」
通常兵器しか持たない軍が相手ならば、彼女一人の力で撃退可能だろう。
「ふふふ、ですが竜王様。私たちは火竜…」
「相手が悪かったとしか言いようがないね。
それとセルディアはヘンリエッタさんと合流して別方面から攻撃を。」
「了解しました」
「よーし、あとは準備が整い次第攻撃開始だ!」
『はっ!』
カズミの合図から、サーヤを先頭に火竜たちが一斉に突入を開始した。
ワルスをはじめとした8人の火竜は元竜へと姿を変え、その巨体で木々をなぎ倒しながらサモアの城塞に迫る。ただ、サーヤだけはなぜか元竜の姿に戻らず、人型で先頭を突っ走っていた。
「続けー! グレーシェンの連中だけにいいところを見せられっぱなしにするな!」
『ウオォーッ!』
オデッソスの歩兵たちも火竜たちの後に続く。
彼らの役目は、小回りの利かない竜のサポート。現代戦に例えると、戦車と随伴歩兵のような関係である。
《スターラ、敵がきます》
「はいっ!」
突進する火竜たちの行く手をふさぐように太い樹木が複雑に絡み合う。その幹は限りなく伸長を続け、ついには巨大な蛇のように、火竜たちを絞め殺そうと襲い掛かってくる。
「ふふ、私たち火竜に触れると火傷しますわよ!」
ボワアアアァァァァァァァッ!!
サーヤの身体から爆発的に炎が広がる。それと同時に、他の火竜たちも一斉に口から炎を吹きだした。
火竜の発する業火は絡み合う樹木を一瞬で消し炭にした。残念ながら、樹木には耐火性が全くないのであっという間に燃えてしまう。
《くっ…木々が燃えてゆく…》
「あ、あわわ……大樹の護りが」
「むぅ、相手が悪かったか」
燃やされた樹木を再び伸ばそうにも、再生が全く追いつかない。逆に火竜たちは火砕流のように高熱の炎を容赦なくまきちらし、目の前にある邪魔なものはすべて焼き尽くしてしまう。
特にサーヤの発する炎は鉄をも溶かす高温であり、威力・攻撃範囲共に凄まじい勢い……その姿はまるで歩く活火山。流石戦闘評価で族長が選ばれる火竜族の中で族長をやっているだけはある。
「おー燃える燃える。」
「竜王様そろそろ。」
「ああ、そうだね。合図を。」
カズミはリノアンから促されると、そばに控えていた弓兵に
上空に向かって火矢を放つように命じた。
…
「ヘンリエッタ族長、竜王様からの合図です」
「ずいぶん待たされましたけど、私たちの出番はちゃんと残ってるかしらね」
「ご冗談を、おいしいところを攫う気満々ではありませんか」
「あら、言うようになったわねセルディア。まあいいわ、さっさとおいしいところを根こそぎ攫いに行きましょう。この子たちも十分やる気のようですし」
エオメル首都の北東側…正門からちょうど右90℃くらいの場所にある小さな泉のほとりには木竜族長ヘンリエッタと部下の木竜、それに、わざわざアルムテンから派遣された300名の兵士がいた。
カズミがいた正門方面から馬を飛ばし、ようやく合流したセルディアだったが休む間もなく次の作戦行動に移らなければならないようだ。
「アルムテンの兵にとって初めての国外遠征だ。けど緊張せず、いつもの訓練通りにできればいい。我々の強さをグレーシェンの民に思い知らせてやるんだ」
『応!』
ヘンリエッタとセルディアに率いられたアルムテンの山岳歩兵たちは、あえて傾斜が最も急な地点から進軍を開始した。
防衛術で成長した樹木はこのあたりまで伸びているが、やはり密度は正面と比べて薄く、普通に人が歩いて通れる隙間がある。また、防衛術の樹木の幹には探知装置としての効果もあり、人が近づくだけでその存在を察知することが出来るのだが、正面で火竜が暴れていてそっちの方に意識が集中しているうえに、木竜たちの術によってひそかに樹木の機能を停止させてしまい、アルムテン軍は何の妨害を受けることもなく断崖を進んでゆく。
その一方、正面付近は相変わらず激しい戦闘模様を呈している。
「矢を放て! これ以上近づかせるな!」
《そんなヘロヘロ矢、効くかよ》
城壁の上から必死に矢を放つエオメル守備隊だったが、その装備は安価な弓であり、迫りくる火竜にダメージを与えることが出来ない。
「道をあけやがれですわ!」
サーヤはその頭上に自身よりも大きい直径の火球を掲げると、そのまま都市の城門にシュート!
ドカアアァァァン!
『どわあぁっ!?』
城門の上にいた兵士たちを巻き添えに、直撃した個所を思い切り吹き飛ばす。その威力は木製の城門が燃えるだとかそんな威力ではなく、まるで隕石でも直撃したかのように木っ端みじんになってしまった。
「領主様……これ以上はもう……」
「全部隊、戦闘配置に着け! 門が破られた!」
道が完全に開けるや否や、後方にいたオデッソスの歩兵たちが門を目指して一気に突っ走る。やや重装備が基本のオデッソス軍の歩みはそれほど速くはないが、弓矢が飛んできても全く寄せ付けない。
だが、エオメル守備隊の受難はこれで終わらない。
「た、大変です! 町の北側から……敵が!」
「冗談だろう! 北側は険しい崖になっているはずだ! そんなところから敵がくるのか!」
《私の探知にも反応がありませんでした……いったいどこから?》
アルムテン別働部隊が上った崖の先には、兵士が全く配置されていなかった。このようなところを上ってくるとは思いにもよらなかったに違いない。
アルムテンの山岳部隊は、外敵から侵入者を排除するためこんな場所よりも険しい山岳地帯を軽々と移動する。そのため崖を登るくらい朝飯前だった。
「ようやく気が付いたみたいねぇ。でももう遅い。少しの間お眠りなさい」
ヘンリエッタの口から甘い香りのする霧が広範囲にばらまかれた。
この霧には催眠効果があり、吸ったエオメル兵は強烈な眠気に襲われる。対するアルムテン兵には木竜神官による状態異常除けの術が施されているため、霧の中を自由自在に動くことが出来た。
「ぬぅ、眠気が……」
「はふぅ、おやすみなさぁい……」
《ああっ! スターラ寝てはなりません》
精霊の声もむなしく、霧を吸い込んだスターラはその場で爆睡。
クリンクも眠気の為視界がもうろうとする有様。
もはや戦いどころではなくなってしまった。
もっとも、木竜たちがやりすぎたため…
「ふあぁ……眠いですわ。」
《もくりゅ~のやろ~……こっちまで花粉飛ばすんじゃ……ね~よ~》
正面から攻撃している味方もちゃっかり巻き込んでしまったようだ。なお、なぜかカズミには全く効かなかったようである。
…
こうして、エオメルは攻撃からわずか数時間で陥落した。
頼みの綱の防衛術も火竜の前には歯が立たず、炎は術用の樹木のみならず都市周辺の森林にまで延焼した。
大火災に発展するの見過ごせなかったカズミによって急いで消火活動が行われたものの、消火には結局三日もかかってしまったらしい。
それはともかく、木竜の花粉の霧によって無力化したエオメルにほぼ無傷で乗り込んだオデッソス・アルムテン連合軍。
領主クリンクとその配下スターラはとりあえず丁重にベットに運ばれ兵士たちも武装解除させるだけにとどめた。
「む……ぅ、いかん……寝てしまったようだ。それにしてもここは」
「おはようございます領主さん。よく眠れたかな?」
「……!! お、お前は!」
「初めまして。僕は…えっと、竜王のカズミだ。以後よろしく。」
「竜王…!? 我々は負けてしまったのか! おぉ神よ……」
起きたら目の前に竜王を名乗る青年がいた。インド人もびっくりだ。
あまりにびっくり仰天するものだから、クリンクは危うくぎっくり腰になるところだった。
「そう、君たちの負け。だから今日からエオメルは僕たちアルムテンが支配することになったんだ」
「……そうか。なら、さっさとこの老いぼれの首を斬るがいい。民を守れなかった私にはもう生きる資格はないのだからな」
「だが断る」
「なんと?」
「生憎僕たちは君たちの命を奪いに来たわけじゃない。欲しいのはこの土地なんだよね。だからクリンク、あなたにはこれからアルムテンの行政官としてエオメルを治めてほしいんだ」
「!!」
カズミの一言で、クリンクはまたしてもぎっくり腰になるところだった。なんと竜王の配下として引き続きエオメルを統治してほしいと言われたのだ。
「だが、私は……」
「話は聞いてるよ。クリンクさんはシエナに恩義を感じてるんだってね。昔受けた恩をずっと忘れないなんて凄いと思うよ。だから、そんなクリンクさんがこの先ずっとエオメルを治めてくれれば僕も安心なんだ。どう? 引き受けてくれるよね?」
「少し……考えさせてくだされ。」
クリンクは散々迷ったものの、結局アルムテンに帰順する道を選んだ。
竜の支配下に置かれるというのはあまり面白くない話であったが、クリンクの予想に反し、カズミは厳しいながらもよい統治者であることに気付く。
カズミはエオメルを一時的に占領下においている間、兵士たちに略奪や暴行を固く禁じた。実際、オデッソス所属の傭兵数名が略奪を起こしたと聞くや否や、即座に処刑させたという。
この一件で竜王カズミが軍記に厳しい姿勢がはっきり見て取れたため兵士たちは恐ろしくなって命令違反が減少することとなる。その上、アルムテンの技術で林業の発展を支援することも厭わないと聞かされた。
こうしてエオメルは、前日の大規模な攻撃が嘘だったのではと思えるほどにいつも通りの平穏が戻ってきた。
変わったことと言えば、領主クリンクのもとに補佐と言う名目でアルムテンから木竜と氷竜が派遣されてきたことくらい。クリンク自体すでに70と言う老齢であり、そろそろ領主としての負担も重いので、いずれはスターラが後継者のいないクリンクに代わって領主の後を継ぐことになるだろう。
エオメルの攻略に成功。
作戦開始から、3週間後のことであった。
登場人物評
ヘンリエッタ 木竜族34Lv
約1400歳 女性 竜族
【地位】木竜族長
【武器】豊穣の杖
【楽しみ】生まれたばかりの孫がいる
【ステータス】力:29 魔力:40技:31敏捷:28防御:19
退魔力:36 幸運:30
【適正】統率:C 武勇:D 政治:B 知識:B 魅力:C
【特殊能力】救急 森林戦
木竜族のおばあさん。物語の初めでは重体のシズナを介抱した。
竜族の中で比較的寿命が短い木竜にしてはやたら長生き。族長たちの中で最長老であり、なんと年功序列の地竜族長ベッケンバウアーよりも長生きしているのだから驚きである。
植物や医術に関してはカズミに劣らないくらい知識が豊富であるのと同時に、
よくほかの竜からいろいろと相談を受けることもある。彼女自身面倒見がいいため、ついつい世話を焼いてしまうのだとか。
しかしながら、木竜の例にもれず若干腹黒いところがあり、物事をいつの間にか自分が利益を得るように仕組んでることも多く侮れない。
数年前に娘夫婦が生んだ卵から長男が孵ったようで、時間を縫っては溺愛しているという。