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竜王の世紀  作者: 南木
第1章:グランフォード動乱
12/37

第1期:アルムテンの夜明け

今期の一言:新しい朝が来た。希望の朝だ。

NHK朝のラジオ体操

 竜族国家アルムテンに、朝が来た。

 この日も、東の山の稜線から太陽が顔をのぞかせる。

(※カズミの、この世界における東西南北は太陽の方角を基準にしている)



「……ん、……おぉ!!」


 目を開けた直後に視界に飛び込んできた光景に一瞬驚き、むくっと体を起こしたが、昨日のことを思い出して警戒を解く。


「おはようございます、シズナさん♪ ふふふ…なんか寝顔可愛いなぁ。……………元の世界でやったら懲戒解雇ものだよねこれ」


 自分の隣で、まだぐっすり寝ているシズナを起こさないように、ゆっくりとベットから出ると、わざわざ布団をかけなおしてやる。


「は~ぁ……今何時だろう? 時計、時計……は、ないか。こんな朝をこれから毎日迎えるのか。妙な気分だよ」


 一秒一分単位で正確に動く必要がある軍人だったカズミにとって、時計がない世界はなんだか落ち着かない。


 その後も、着替えがないだの歯ブラシがないだのナイナイづくしを一通り行った後、庭に下りて士官学校からの習慣である朝のトレーニングを軽く済ませる。そして、朝食はどうしようかなと思っていたところに氷竜リノアンがあわてて駆けつけてきた。


「竜王様!!」

「おはようリノアン」

「お、遅くなってしまって申し訳ありません!! まさか竜王様がこれほどまでに早起きであらせられるとは思わず……!」

「いいっていいって」


 どうやら、リノアンは自分がすでにカズミの世話係になっているつもりらしく、主人より先に起きれなかったことを猛烈に詫びてきた。正直、カズミが朝早いのは習慣だからで、リノアンにまでそれを強制する気はない。


 今日もこの竜につきまとわれ……もとい、つきっきりでいてもらうことになりそうだ。もしかしたら長老あたりがひそかにリノアンを自分のお付に任じたのではないかとも思うが、やっぱりカズミにとって秘書はこのリノアンにやってもらうのが一番なのではとも思っている。


 そんなわけで、この後リノアンはカズミから正式に『書記官』に任命された。以降、彼女は常にカズミの傍で行動していくことになる。






 この世界に来て二日目から、カズミがやらねばならないことは山ほどある。

 この国にある各施設を足早に見て回り、何が必要で何が不要かを片っ端からメモさせていき、ついでにそれは可能かどうかもチェックしなければならない。

 戦略シミュレーションゲームなどでは、まず自分の国が置かれた状況を確認するために各種ステータスを見るのが普通でありこれを怠る人はまずいないだろう。

 だが、それが出来るのはあくまでゲームだから。実際となればメニュー画面開いて一目瞭然というわけにはいかないのだ。

 当然その分時間は使うし、数値のような分かりやすい値でステータスを把握することもできない。


「食料の貯蔵は、まあ十分。生産量も悪くはないね」


 まず、カズミはこの国の根本となる食料の確認からすることにした。

 三階建ての建物ほどある、木造の食糧庫には、見た感じ安心できそうなくらいの食糧がぎっしりと詰まれていた。


「ただいざというときのためによりよい保存食を開発していかなきゃ。ただ、夏になっても氷竜たちの技術のおかげで食べ物が痛みにくいのはいいことだ。特にこの『氷樹石』と『保冷石』は素晴らしいと思うよルントウ」

「左様でございますな。わしら竜だけではなく、人間の間でも重宝されております」


 食糧庫が少しひんやりしているのは、特殊な鉱石や氷竜の術道具の効果だった。これにより、食料がより長期間保存できるようになっている。


「竜王様の元いた世界ではどのように食料を保存を?」

「冷蔵庫……中の温度を一定に保つ箱のようなものがあってね。それが各家庭に一台は置いてある」

「なんと、各家庭に一台とは!」

「まあ見た感じ冷蔵庫くらいならいくらでも工夫して作成できそうだね。さて、問題は領土内の食糧の供給をこれ以上増やしにくい事か。この世界にはまだ未開の土地がいっぱいありそうだから、そこを開拓していく感じで。よし……食糧庫はだいたい把握した。ルントウ、次は?」

「はっ、続きましては武器庫で御座います」



「あー…緊張した。急に竜王様が来るって言うから焦っちゃったよ。」

「しかも長老や族長たちまでぞろぞろ来るんだから…何か悪いことしたんじゃないかってビクビクもんだよ。」


 カズミが、ルントウやサーヤ、リヴァルをはじめとする族長たちを率いて食糧庫の視察を終えると。その場にいた食糧庫担当の男性二人は、緊張の糸が切れてへなへなとその場に腰を下ろした。


「でもまあ、竜王様にはよくやってるって褒めてもらえたのは嬉しかったな」

「正直意外だったな。まあ……仰っている内容はちょっとよくわからんかったが」


 午前中だけで10か所も施設を回る予定のカズミ。

 それに加えて長老や竜族長が揃ってお付になっているのだから、その場にいるものたちの緊張具合は半端ではない。


 ただ、中には例外もいる。


「香辛料……保存食……品種改良……どれもこれもっ! わくわくするものばかり! 竜王様はどうしてあんなに物知りなのかな!」

「クレアさんはよく平然としていられるな、怖くないんかい?」

「えー、だって竜王様すごい優しそうだし、頭よさそうだもん! そーだついていけばもっと面白い話聞けるかもしれない! りゅーおー様ー! わたしもわたしもー!」

「おい、まてや!」


 好奇心の塊である木竜クレアにとって、カズミの話はかなり琴線に触れるものがあるらしく職務ほったらかしでカズミたちの列を追いかけて行ってしまった。変なことをしでかさなければいいが…と、部下の人間たちはそろって頭を抱えたそうな。





「こちらが武器庫と、併設の訓練場で御座います。」

「おー、結構充実してるねぇ。」


 鎧を身に着けた壮年の人間男性に案内されながら武器庫を見物するカズミ。

 軍隊は比較的小規模と聞いていたので、武装はあまり期待していなかったが、実際に見てみると剣や槍、盾などの武具がかなりの量保管されており、手にとって確認したところ質や手入れの状態もかなり良い。

 重装備の鎧はあまりないとのことだが、男性が言うにはアルムテン守備隊は山岳で戦うことが多いため重装備の兵士はあまり使われないとのこと。

 さらに言えば人間の兵士は竜が攻撃して敵の戦意をくじいた後に、追撃できるように軽装備で乱戦に強い武器が求められるのだという。


「よろしければさらにすごいものをお見せいたしましょう」

「もっとすごいもの?」

「はっ、こちらにございます」


 男性が鎧の胸元から鍵束を取り出すと、そのうちの一つで、見た目何の変哲もない鉄のカギを奥の扉の鍵穴に差し込む。するとその部屋には、まさに『もっとすごいもの』が並んでいた。


「うわぁ! なんかすごい立派な武器が並んでるじゃないか!」

「ここに保管してありますものは我々アルムテンの保有する一品級の武具です。聖剣、魔槍、神弓……あわせて200近い数が揃っております」


 その部屋に保管されていたのは、見るからに豪華な武具の数々だった。

 なんでも、竜を討伐するためにこの地まで来た強者たちが使っていたものなんだとか。


「ひぇ~……下手な博物館よりすごいんじゃないかいこれ」

「中には神族が所有していたといわれる伝説の武器もございます。もしよろしければ、竜王様もどれか御一つ手に取っていただき、気に入っていただければ携行武器としてお持ちいただければと思います」

「ワシからはこちらの武器がお勧めでございますぞ竜王様。」


 地竜族長ベッケンバウアーが差し出したのは、長さが2メートルを超える化物じみた長さの大剣だ。色合いは地味だが、どっしりした威圧感があり、まるで大きな石柱がそのまま剣になったかのようだった。


「これは……3代前の地竜族長の牙を用いた剣で御座います。」

「竜の牙だって……!」

「我々竜の牙はこうして鍛えなおすことで、この世に二つとない強力な武具となります。そのせいか時折わざわざ武具のために我らを討伐しに来る者もいるくらいです」

「へぇ~……なるほど、これは確かに強力そうだ」


 カズミは、剣を片手で持って何となく斬る動作をしてみる。

 片手だとやや引っ張られるような重さがあった。


「なんと、軽々振り回せるのはやはり竜王様のお力があるせいですかな。御手に持っておりますその剣は鉄の剣25本分に相当しますゆえ、重さを感じぬ地竜にしか扱うことが出来ませぬ」

「道理で重いわけだよこれ!」


 一応感覚的には一般人がしっかりとした木刀を持ったくらいの重さに近い。

 その上これほどまでに長いと、残念ながら戦闘で扱うのもなかなか難しい。訓練のための素振り用にはちょうどいいかもしれないが……。


「竜王様は元の世界でどのような武器をお使いになられていたのでしょうか? お聞かせいただければそれにあったものをお探しいたしますわ」

「元の世界で使ってた武器かぁ」


 ここでサーヤが、カズミも武器を持たないかと提案してきた。

 よく見るとサーヤも、腰に立派な装飾が施された剣を装備している。族長クラスとなれば、いい武器を持ってないと格好がつかないのだろう。


「死ぬ間際までは『銃』使ってたんだけど――――」

「ジュウ? それは一体どのようなもので?」

「あ、しまった」


 つい勢いで銃と言ってしまったが、当然のことながら火薬兵器はこの世界には存在しない。

 しかしカズミは実践的な剣道をあまりやったことは殆どないし、槍や弓、斧なんて触れたことすらなかった。

 よって武器の扱いについてはこの国の誰よりも下手である可能性が高い。

 何とかうまくごまかせないかなと考えた矢先に、意外なところから横やりが入る。


「竜王様ー! ジュウってなんですかー!」

「いや……それはって、君は確か木竜の……」

「木竜クレアで~す!」

「これっ! クレア! このようなところでなにやっとるか!」


 ルントウが叱るのもどこ吹く風、クレアは目を輝かせながらカズミの話を詳しく聴こうと迫ってくる。


「ねーねー! 教えてくださいよー!」

「クレア君、竜王様に失礼だろう、口を慎みたまえ」

「いいよいいよウルチ。せっかくだし、銃について説明してあげるよ」


 氷竜族長ウルチが無理やり彼女を追いだそうとしたが、カズミはせっかくだということで気分転換に銃について教えてあげることにした。


「誰か、大きい木の板と木炭を持ってきてくれるかな」

「すぐにご用意いたします」


 ほどなくしてかなり大きな木の板と、程よい大きさの木炭が運ばれてくる。その間に、訓練をしていた兵士たちも騒ぎを聞きつけて集まってきたため、訓練場は即席の青空教室に様変わりしてしまった。


「まずは銃という武器はこういうふうな形をしている。長い筒に、いろいろなパーツが付いていて……」


 ここからたっぷり10分間カズミによる銃の説明がなされる。

 カズミは一応軍人の卵なので、銃の分解組立はお手の物。内部構造も隅から隅までしっかり把握しているつもりでいた。

 しかし、この世界の住人に合成樹脂や繊維強化プラスチック、金属基複合材料どころか火薬の知識もないため、根本的な部分で理解が難しくなってしまっている。


「カズミ様の元いた世界にはそのような想像もつかない高度なものがあるとは」

「そのような特別な武器を扱えた竜王様は、きっと特別な存在だったんでしょうね」


 特にウルチとリヴァルにはかなり意味不明なものに思えたらしく、よくわからないけど凄いものと認識してしまっていた。


「まあ……確かに一般市民ではなかったんだけど、基本的な銃なら少し訓練するだけで誰にでも使えるようになるよ。もっとも、その手軽さから普通の人は持っちゃいけないことになってるけど。射程だって初期の銃でも50歩くらいあるし、今では300歩も先に届く銃だってあるんだ。威力は種類によってまちまちだけど、一秒に何十発も弾丸を撃ちだせるものもあれば、鉄の塊だって貫通する驚異的な威力を持ってるものもあるんだ」

「しかし、そのようなとてつもない武器になりますと、製造するのに一体何年かかることになるのでしょうね」


 木竜族長ヘンリエッタが気になったのは製造工程の方だった。

 次々とよくわからない物体の名前が出てきたため、貴重なアイテムを用いて構成されているものと思っているらしい。


「いや、火縄銃くらいなら半年もかからないで作れるはず。現にマスケット銃なんかは昔はどの国も万単位で保有してたみたいだし」

「はいはーい! 竜王様! ずばり作り方さえわかれば量産は可能ですね! わかりました、私やってみまーっす!」

「やってみる? まあいいけど僕の知識はあんまりあてにならないからそれでも良ければ」

「本当にできますのクレアさん? 貴女は農業専門の木竜でしたわよね」

「そうですね……私はクレアのやる気次第だと思いますよ」


 なんと1から銃を開発すると言い出したクレア。

 元々彼女は農業関連の役職についているので、武器などは専門外のはず。しかしヘンリエッタは、クレアの意見を前向きに受け止めたようだ。


「竜王様、こうみえましてもクレアは研究肌でございまして、農業分野だけではなく、からくりなども得意としているんですよ。ですから、ひょっとすればその『銃』というのも再現できるかもしれません」

「そうだね、まあ急がなくてもいいから気長にやってみてよ」

「はーい!」




 一方訓練場では、入ってまだ一か月以内の新兵たちが武将の指示の元訓練に励んでいる。装備はやはり軽装で、比較的短めの剣か軽めの槍に、円形の楯が主である。


「なかなか士気は高いみたいだね」

「はっ、日ごろの訓練を欠かせばいざというとき役に立ちませぬ。彼らには今後さらに厳しい訓練メニューが課されます」

「いい調子ですねセルディア。ただ、途中で半分くらい兵士がやめちゃうのはどうにかならないかな」

「お言葉ですがリヴァル族長、訓練程度で音をあげていては実戦は務まりませぬ」


 先ほどから武器庫や訓練場を案内している男性……セルディアは、なんでもリヴァルが遠くから『拾ってきた』人材だそうな。

 彼の訓練はかなり過酷で、新兵の時期はまだいいが、主力軍は基本的にアルムテン周囲の高山で訓練を行うのだという。

 当然、落伍者がかなりの数にのぼるため使える兵士がなかなか育たないらしい。それでもセルディアは『量より質』という自論は崩さない。


「高地トレーニングをしているのか……。なかなかハードなことやってるね。でも、いざというときのために備えて平地だけでも戦えるくらいの戦力もそこそこ揃えておいた方がいいんじゃないかな。数もそれなりにいないと出来ることが限られちゃうからね」

「竜王様の意見もごもっともです。ですが我が国はまだ、兵士を指揮する人物が絶対的に不足しています」

「なるほど、隊長クラスの育成も急務というわけだね」

「その通りです」


 昔から「千の兵は得やすくとも将一つは得難い」と言われているが、交戦経験が少ないアルムテンでは、経験を積んだ兵士があまりにも少ない。

 しかも、すぐに用意できるものではない。士官学校出身のカズミにとって、この問題は痛いほどよくわかる。


「わかった。兵士のことは僕も何とかできないか考えてみるよ。それまで訓練等は今までの人員に一任する」

「はっ」


 出来れば自分自身で兵士の訓練をしたかったが、生憎そのような時間的余裕はなかった。





「……城下町の区画割をしたのは誰?」

「内政の総責任は自分が承っております」


 アルムテンの街並みを視察した後、カズミはすぐに内政責任者を呼ぶ。どうやら城下町の管理をしているのは氷竜族長ウルチだそうだ。


「とりあえず……住居まで各竜族ごとに決まったテリトリーが設定されてるのはまあ仕方ないとしよう。竜族ごとに必要な施設や好む環境が大きく違うから、同じところに固まって住んでいた方が効率はいいんだろうと思う。でもね、僕としてはなるべくどの竜族も分け隔てなく一緒の場所で暮らしてほしいんだ。これから先、竜族間で円滑なコミュニケーションが取れないと世界征服なんて夢のまた夢だからね」

「これは厳しいお言葉。そうですね…………基本的にどういった過ごし方をするかは

各竜族の自治に任せておりましたゆえ。申し訳ございません」


 内政担当と言っても、街並みを整備するということは全く行っていなかったらしい。一応それには訳があり、もともとこのアルムテンのちに集まってきた竜族はコミュニティー単位で引っ越してきたのが大半であり、里があったときと同じ感覚で建物を立てていたかららしい。

 氷竜族長といえども、他の竜族に干渉することは滅多にないのだ。



「でもね、それ以上に問題なのが……通路がめちゃくちゃなことなんだよね。数万人単位の人が暮らしてるのに、道があっち行ったりこっち行ったり広くなったかと思えば細くなったり……こんな非効率な区画整理は今すぐ見直すべきだ」

「そ、それはそうなのですが、すでに住宅や店が立っているところを無理やり広げてしまいますと……」

「今すぐにやるのは無理だよ。でも、いつかはやらなきゃならない。ウルチ、君には都市の再整備を計画してもらおうか。当然上下水道も付けたうえでね。それだけの物資や労働力は僕が何とかするから」

「ウルチよ、これは責任重大じゃぞ。竜王様の期待を裏切らぬようにな」

「はっ……このウルチ、身命を賭してかかります」


 カズミが最も気になったのはその劣悪なインフラだった。

 汚物処理は一応きちんと行われているみたいだが、当然水道はないしそれ以上に幹線道路がなく町自体が迷路のようになっているのが非常に気に入らない。出来ることなら竜王命令で強制的に都市の再配備をしたいくらいだ。


 もっとも、どれほど予算が必要なことか。


「ああそう、予算だ。国庫もちゃんとこの目でチェックしておかないと」

「あの竜王様、少々お待ちいただいてよろしいですか?」

「ん?」

「記録用紙がなくなってしまいましたので、新しいものを補充してまいります」

「ああ……」


 ふと、リノアンの手元を見ると、彼女が筆記に使っていたのは羊皮紙のようだった。今時なかなか見ないなと思っていたが、どうやらこの世界ではそういった古いタイプの紙が当たり前だのようだった。


(紙か……)





 いろいろやっているうちにすっかり夜になり、適度に夕食を平らげ、水浴びをして自分の部屋に戻ってくる。


「ん~……なんだろう。もう小腹がすいてきた気がするなぁ。夕飯の量はいつもよりも多いくらいだったし」


「おかえりなさいカズミ様」

「あっ、ただいまシズナさん。どう、具合は?」

「お陰様でこの通り、健康体そのものです。それよりもカズミ様…どうして朝私を起こしてくれなかったのですか?」

「え?」


 部屋に入ると、シズナが迎えてくれたがなぜか彼女はむすっとした表情をしている。なんでも、朝起きて隣にカズミがいなかったのが不服だったらしい。


「そうはいっても僕朝起きるの早いからね……。シズナさんをそんなに早く起こしたら迷惑かなって」

「まあ、そのようなお気遣いを。ですが……私としては一緒に寝かせていただいているのに一緒に起きれないのはさみしいのです。おねがいです、明日からはカズミ様が起きたら私も起こしてください……。朝の時間も共に過ごしたいのです」

「いいのかな? まあ、そこまで言うなら……」


 朝早く起きても、シズナがやることは何もないんじゃないかなと思うカズミだったが、特に何も言わず椅子に腰かけ、リノアンから分けてもらった羊皮紙を机に広げる。そして、インクとペンを取り出すとなにやらいろいろと書き込んでいった。


「……? 今すぐに必要なこと…ですか?」


 今カズミが書き込んでいるのは、今日の視察でこの国に必要と判断したものの一覧。

 やりたいことはたくさんあるが同時並行できることは限られているため、どれを優先的にやっていくかを考えなければならない。


 まず最も優先順位が高いのは


・上下水道の整備


 族長たちと話し合った結果、簡単な上下水道の整備くらいならすぐにできるとのことだった。ここから各家庭に水道を引くとなると、非常に時間がかかるものの、数か所に主要なパイプを通すだけでも断然違う。特に風呂とトイレはカズミの個人的な理由で早めに設置したかった。


 続いて優先順位が高いのは


・食事の改善

・紙の発明

・道路の舗装


 これらの事項はその気になればすぐに可能だ。特に紙は、上質だが生産性がよくない羊皮紙と持ち運びに嵩張る木の板などが筆記具の主流となっているこの世界では、もしかしたら大きな可能性を秘めていると思われる。

 それ以外にも、香辛料は知識が無いだけで育成自体はあまり問題ない。なにしろ植物のエキスパート木竜族がいるのだ、早速近いうちに香辛料の開発や食事のレシピの開発などを行わせていきたい。

 道路の舗装は一見するとあまり意味がないかもしれないが、されているとされていないとでは日常生活の利便性が大きく違うし、その上見た目もきれいになる。荷物が頻繁に通る道を中心にインフラの整備をしていくことで生産性の底上げを図るのが狙いである。


 それ以外にも、工具や農具はまだまだ改良の余地が大幅にあるので、そのあたりは未来の知識を生かして最先端の道具を開発することにする。頑張れば10年以内には蒸気機関が実現するかもしれない。



「けど……ネックなのはやっぱり拡張性のなさだよなぁ」

「拡張性ですか?」

「そう。この国は言ってみれば水槽みたいなものだ。水槽の中に住む魚は、そこに住んでいる限りは一生安心で、餌も十分にある。でも住める魚の数はその水槽の中に入るだけの数…………決して多くないし将来にわたって水槽に入れる魚の数は多くならない。もっと魚を飼いたいならより広い場所が必要になるんだ」

「それ、なんとなくわかる気がします」

「結局この国が今以上に発展するには、もっと広い土地が必要になるんだ」

「戦争……ですか?」

「最終的にはそうなるかもしれない…………いや、世界征服を目指すんだからいずれにしても戦争は絶対に避けられない。でもね、たたかわないで領土を増やす方法だってないわけじゃないんだ」

「あ、それでしたら私の故郷ミラーフェンなんてどうですか! 自然が豊かですし、湖に面していますので食べ物には困りません!」

「却下。お姫様を攫われた国が仲良くしようなんて言うと思う?」

「……それもそうでしたね。ですがいつかはカズミ様にも、私の故郷を訪れてほしいものです。そしてお父様とお母様にお会いして……」

「まあ、それは追々ね」


 カズミにも案がないわけではなかった。対外情勢に詳しいサーヤやリヴァルに聞いたところ、アルムテンの領土に隣接する国は四つあり、それぞれ西側に位置する『エオメル』南西に位置する『オデッソス』『グレーシェン』そして南方に位置する『イスカ』という。


 その中でエオメルとオデッソス、グレーシェンは友好的で風竜を通じて交易品のやり取りをすることが頻繁にあるという。一方でイスカはアルムテンに対して敵対的で、よく冒険者を複数派遣して、竜を狩りに来ることがある。


 しかし最近もう一つ問題が浮上した。

 はるばる南の彼方から、大国カルディア聖王国軍が攻めてきたのだ。

 侵攻軍は険しい山越えの最中レーダーのめちゃくちゃな攻撃を食らって、現在イスカ領で鳴りを潜めているのだという。その際、周囲のグランフォード諸国を十数国巻き込んだらしく、それらの国々と一気に敵対することになってしまった。中にはシズナの故郷であるミラーフェンや婚約相手がいるセスカティエもいる。場合によっては友好的な三国の中からも、敵に回る国が出るかもしれない。


 逆に言えば、これらの敵を各個撃破しつつ友好国を一つか二つ固めれば、それだけでも十分拡張性の確保につながる。得た領土を足掛かりにして、徐々に国土を広げていくことで将来的にはグランフォード統一を目指す。

 目標はだいたい40年ぐらいだろうか、竜は寿命が長いので人間と違って制限時間はたっぷりある。


「人口が増えれば、それだけいろいろなことが出来る。なにはなくとも、人的資源の確保は最優先でいきたいね」

「……あの、一つ思ったのですが、北西の方には未開の地が広がっていると聞きます。そちらに拡張することはできないのでしょうか?」

「いや、あっち側はまだ情報が少なすぎて判断が出来ないんだ。それに聞くところによると、獣人たちは人間との共存が難しいらしい。どうにかして種族間の隔たりをなくしていければいいんだけど……」


 カズミはまだ知らないが、獣人は人間にとって非常に厄介な病原菌を持っているため、下手をすると獣人が持つ病原菌で疫病が大流行しかねない。

 この問題さえクリアできれば、あとは種族間のわだかまりを消すだけなのだが、それもどれほどまでに時間がかかることやら。



「……カズミ様、あまり根詰めすぎますと体に悪いですよ。お茶を入れましたので、よろしければ召し上がってください」

「ありがとう、ちょうど喉が渇いていたんだ」


 カズミがシズナから受け取ったのは、どうやら薬草茶のようだった。

 本来はヘンリエッタがシズナの体調を気遣っておいていったのだが、薬草茶という割には苦味はあまりなく、あっさりした風味がある。


「いいね、これ。蜂蜜なんか入れればもっとおいしく飲めるかも」

「次に淹れる時はご用意させていただきますね♪」


 カズミのほっこりした笑顔を見たシズナも、思わず笑顔になった。

 長い一日を終えたカズミは今日もまたシズナと共に床に就いた。

 きっと明日も、忙しい一日が待っているだろう。


登場人物評


ミカヅキ・カヅミ(三日月和壬) 竜王10Lv

22歳 男性 竜族

【地位】竜王

【武器】なし(今のところ)

【特技】竜王ビーム…口からビームを出して敵単体に無属性攻撃。

    射程1~3 無属性

【ステータス】

力:46 魔力:42技:16敏捷:14 防御:55 退魔力:47 幸運:21

【適正】統率:A 武勇:C 政治:A 知識:B 魅力:B

【特殊能力】 未来知識 狙撃 山岳戦 救急 諜報 エリート


 本作の主人公。戦闘の最中建物の崩壊に巻き込まれ、生死不明の状態となり魂だけが竜王の肉体に憑依することでこの世界に召喚されることになる。

 性格は楽観的で普段は物事をあまり深く考えない、基本的にサバサバしてる。だが、まかりなりにも軍のエリート街道を突き進むほどの優秀さを持つため、現代における様々な技術を習得している。が、活かせるかどうかは別問題。

 いまだに自分がとんでもなく偉い存在と認識していない節があり、どんな相手でも自分と対等またはそれ以上に接するため、初対面の相手と親しくなりやすいというのが最大の長所だろう。

 竜王の肉体を得たことで驚異のスペックを手に入れたが、残念ながらその力をうまく引き出すことが出来ないでいる。いかにして人間からの脱却が出来るか、それが今後の課題である。


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