第35話
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「さて、エルフィ殿に経営を引き受けていただいたおかげで、この窓口機関を発足させることができそうです。しかし、もはや“窓口”などと言う言葉では片付けられないほどに、取り扱う対象の規模と範囲が広がっていますね」
「最初からそのお考えは、お持ちだったのではないですか?」
エルフィがヴォルスに問う。
「そうですね。構想として全く頭に無かったと言うと嘘になりますが、目的を限定しない借入証書と、特定の事業向けのそれと、さらに事業資金の貸し出しの公的化、を一つに束ねる発想までは、ありませんでした。さすがはエルフィ殿」
「恐れ入ります」
「こうなりますと、“窓口”機関ではなく、別の呼び名が欲しくなりますね。何かご希望などはありますか」
「いえ。私からは特にありません」
「では、私からご提案させていただきます。創業者となられるエルフィ殿のお名前をいただき、“ケネット銀行”というのはいかがでしょうか」
「銀行……ですか?」
ミレーヌが疑問を呟く。
「銀行」と言えばそれは、金を預け、必要な時に引き出すことができる国営の窓口のことである。この機関も、借入証書の“窓口”ではあるが、銀行と言ってしまっていいものなのだろうか。
「そうですね。厳密に言うと国営の銀行とは役割が違いますが、借入証書の買い手の立場から見ますと、証書と引き換えに自身の金を預け、それが返ってくる、というものでもありますの。利息がつくところも国営のものとは異なりますが、これもまた、ある種の“銀行”と呼んで差し支えないかと思います」
「なるほど……ケネット銀行、いいですね」
「エルフィ殿ご自身は、これでよろしいでしょうか。創業者ですから、お好きな名前をつけていただくことも可能ですよ」
「大丈夫です」
「では、本機関の名称は、“ケネット銀行”とさせていただきます」
その後、銀行の設立に伴う事務処理や人員の確保と配置、取り扱う商品についての細かい話などを詰めたところで、この日の会談は終わりとなった。
「では、本日はここまでとさせていただきます。お二人とも、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
自分は殆ど横で話を聞いているだけだったけど、とミレーヌは思う。
「最後に、現在の状況を整理させていただきます。褒賞金の残り金額が五千七百六十万ゴルド。そのうち、エルフィ殿のご提案により、ご自身の褒賞金から千四百万をケネット銀行経由で借入証書化させていただく、という状況です。率直に申し上げまして、ここから先、これまでのように大きく支払いを削る手段は、ほぼ無いものと思われます」
「はい」
「そうですね」
まだ半分以上、エルフィの分を除くとしても四割以上残っている中で、ヴォルスから手詰まりを宣言され、改めて一億ゴルドの途方もなさを思い知る。本当に、これをどうにかすることが、できるのだろうか。
「しかし、一方で、一億の半分近くを処理することができたのも事実です。加えて、分割払いからの初回支払い遅延、さらに初年度分の借入証書化による実質遅延により、最初のお支払いまで約二年の猶予期間を作っていただくことができました。また、エルフィ殿のおかげで新しい民営銀行設立の目処がつき、それにより、今後の資金運用のやりやすさと更なる復興の加速についての見通しが良くなっています」
「はい」
「ええ」
「おかげさまで、今の時点ですぐに、焦って残り全部を解決する方法を見出そうとする必要は無くなった、と私は思っています。そのあたりは、復興の進み方と、銀行の運営状況を見ながら、じっくりと考えていくことができる。それだけの猶予と選択肢を、いただけましたこと、改めて皆様に感謝申し上げますと共に、この先も引き続き、よろしくお願いいたします」
「いえ、そんな、こちらこそ、引き続きよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
次回の予定を決めて――ここからは三人で、月に二回、原則として決まった日に打ち合わせを行うこととなった――、ミレーヌとエルフィは執務室を辞去した。
王城を出たところで、エルフィに声をかける。
「エルフィ、今日はありがとう」
「ん、どういたしまして。あんなんで良かった?」
「バッチリ。いきなり断った時はどうしようかと思ったけど」
「んーまあ、本気で断る気は無かったんだけど、最初の証書だけだと物足りないのも事実だったからねー」
「そっか。でもやっぱり凄いね、エルフィは。ヴォルス様と対等に話ができて。私なんか毎回教えてもらってばっかりなのに」
「ま、それは私だからね。でも」
「でも?」
「いや、なんでもない。それより、あの大臣閣下、ヴォルス様は、うん、いいね」
「そうでしょう? ヴォルス様凄いでしょう?」
「うん、凄い――まあ、それはあんたもよ」
「何か言った?」
「何も。帰りにご飯食べてこうか」
「そうだね。マルタの店?」
「いや、学院の近くの、最近できたとこにしよう。評判いいから一度行ってみたくて」
「じゃあそこで、ケネット銀行の設立祝いと行きますか」
「そうね。しかし、銀行の名前は、私よりもレクトの方が……いや、まだ早いか」
「ん? レクトとガルドも呼ぶ? 店に着いたら伝言頼んで……」
一ヶ月後、国公認の事業資金貸出業の許可について国王の決裁が下り、ケネット銀行が設立された。
このケネット銀行が、後にこの国最古にして最大の民営銀行として、国の産業と金融の屋台骨を支えることとなる「ヴァンフリート銀行」の、前身である。




