第27話 第三回会談(5) ー民間預金(1)ー
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ヴォルスがチョークを置いて、ソファに座る。
「では次の一手ですが、その前に、一息入れましょうか」
喉も少し乾いてきたし、暗算をしていたせいか頭が疲れてもいる。休憩が入るのはありがたい。
お茶のおかわりを頼み、飲みながら再び世間話。
「ミレーヌ殿は、神殿付きの僧侶でしたよね」
「はい。今は冒険者も兼ねてますけど」
「私もあまり詳しくはないのですが、僧侶で、かつ冒険者というのは、なかなか珍しいのではないですか」
「珍しいです。ギルドに登録に行った時は、驚かれました」
治癒術が使える僧侶のほとんどは、神殿付きか、国の施設や組織付きのどちらかで、軍属の僧侶以外は、拠点から離れることは殆ど無い。レクトがミレーヌを勧誘しに来た時、他を当たれと言ったが、仮に彼らの身体が空いていたとしても、冒険者として登録し、前線に向かうことを引き受ける者は、まずいなかっただろう。会計としての役割を求められていなかったら、ミレーヌだって引き受けていない。
「冒険者になってみて、いかがでしたか」
「そうですね……まず、思ったよりいろいろ面倒というか、細かい決まりごとがあるな、という感じでした」
「そうなんですか」
「はい。討伐のために冒険者ギルドに登録に行った時、担当の人が不在で手続きに時間がかかるからと、ギルドの規程集を渡されて、良かったら読んでおいてと言われたのですが、まずその分厚さにびっくりしました」
「あの規程集ですか。中身を見たことは殆どありませんが、この部屋にも一冊あります。確かに分厚いですね」
「それで、規程集をぱらぱらめくりながら待っていたのですが、登録の更新方法から依頼の引き受け方から、依頼任務で他の冒険者とかちあった時の対処方法や、果ては冒険者としてのお金の遣い方の指南みたいな内容まであって……あれ」
ミレーヌの頭の中で、何かが引っかかる。
「どうされましたか」
「いえ、何でもありません。結局手続きが完了するまで半日くらい、ずっとその規程集を読んでいました」
「それはお疲れさまでした」
「それで、一番面倒だったのは、いざ実際に冒険者としての活動が始まると、規程の内容によっては厳密に守らないといけなかったり、逆に書いてはあっても誰も守っていなかったりとてんでばらばらで、結局は実情に合わせて修正しないといけないことばかりでして、それが、結構大変でした」
「国の法律と同じですね。元は必要があって作られた法律が、状況が変わってそもそもその条文が不要になったり、過剰になったりする、ということは当たり前にあります。その場合は法の改正や、適用変更の布告等で対応するのですが、それが行われるまでにはどうしても時間がかかりますので、さすがに明確な違反を見逃すことはできませんが、ものによっては現場の運用で対応するしかない、といったことも、しばしば起こります」
「本当に同じですね。ギルドの規程集にも、昔は必要だっただろうけど今はもう誰も使っていない制度とか……あ」
これだ。
「どうされましたか」
「ヴォルス様、先ほど、この部屋にもギルドの規程集があるとおっしゃってましたが」
「はい、あります」
「それを、見せていただいても、よろしいでしょうか」
「もちろんです。少々お待ちください」
ヴォルスは立ち上がり、壁一面を埋めている書棚に向かう。
本や書類が多すぎて探し出すのが大変なのではないか、大臣に本を探させていいのか、自分も手伝わないといけないのではないか、とミレーヌが気を揉んでいると、ヴォルスはさして迷うこともなく、一冊の分厚い本を書棚から抜き出して持ってくる。
「お待たせしました」
「ありがとうございます。すみません、少し、お時間いただきます」
「いくらでも」
規程集を開き、目当ての内容がありそうなところまで頁を進める。確か、冒険者としてのお金の管理方法についての指南のところで……違った、そこには狙いの制度があることしか書いていない。制度そのものの記載は別のところ、たぶん上納金の制度説明の近く……これだ。
頁を行ったり来たりしていたミレーヌの手が止まる。
「ヴォルス様。この制度を使えば、褒賞金を実質減額することができるのではないでしょうか」
規程集を逆向きにしてヴォルスに差し出し、該当の記載を指で差す。
そこには、こう書かれている。
三十四 ギルド預け金
一 冒険者は、自身の所有する金銭を、ギルドに預けることができる。
二 預けた金銭は、以下の範囲内で、自由に引き出せるものとする。
・一度に引き出せる金額は、一ゴルドまでとする
・引き出しから次の引き出しまでは、十日以上の日を空けるものとする
三 預けた金銭の所有者は冒険者自身とし、ギルドは十分な注意を払いその金銭を管理するものとする
以下、細かい条項が並んでいる。
おそらくは、かつて冒険者の互助組織だった頃の名残りか何かだろう。引き出しの条件がやけに厳しいのは、冒険者は金銭管理が甘くなりがちなことへの対応だろうか。今は普通に国営の銀行を使えるし、この規程が出来た頃とは物価などの状況も違うからか、誰もこれを使っていない。この制度があること自体、殆ど知られていないはずだ。ミレーヌにしても、あの時半日かけてギルド規程集を読む羽目になっていなければ、知る由も無かった。
「これは」
規程集の該当箇所を読んだヴォルスが、目を見張る。
「これなら、私たちが、私たちのお金を自分の意思でギルドに預けるだけですので、誰に何を説明する必要もなく、できるのではないかと思います。それで、その預けた額を前もって差し引いたことにすれば、支払を減らすことができるのではないかと」
「できます。その預け金を引き出す際に国からギルドに現金が渡る形になるよう、ギルドに話をつけておきさえすれば、後は何一つ手を入れることなく、実現できます。いやこれは、実に、お見事です。感服しました」
「ありがとうございます」
その誉め言葉は、素直に受け取れる気がした。




