第17話
***
「さて、次は、ギルドからの預り金の残り三百二十万を、この仕組みにどう乗せるかですが……これも、お訊きしてしまいましょう。ミレーヌ殿なら、どうされますか」
ヴォルスからさらに演習問題――これは演習ではなく現実だが、気分的に――が出る。
「そうですね……三百二十万を二十年後に返済、利息は二分として、毎年六万四千の支払い。でどうでしょうか」
「お見事です。大変妥当な条件だと思います。が、残念ながら、ここではそのままは使えません」
何か間違っていたか。いや、ヴォルスは「妥当」とも言っている。おそらく、大筋では合っていても、見えていない条件があるとか、その辺り。
「理由は二つありまして、一つは、期間の設定です」
「期間……」
金額が金額だから二十年にしたが、それでも足りなかっただろうか。
「通常の商習慣としまして、借金の返済期間は、最長で借入から十年となっています。ごく稀に、国が絡む長期間の事業などでそれ以上になることもありますが、そこには必ず“期間を伸ばさざるを得ない特別な事情”が必要となります」
なるほど、逆に長すぎる、と。
「したがって、この預り金経由の借金も、返済時期を十年より後に伸ばそうとするなら、そのための理由が必要になるのですが、現実にはその理由は“額が大きすぎて払えない”しかなく」
ミレーヌは頷く。確かに、今回の件は全てその「払えない」から始まっている。
「そして、その理由に目をつけられると、他のところまでそれが波及し、痛くもない、いえ、実際に痛い腹を、探られかねない。そのような危険を冒すわけには、いきません」
「ああ……」
ここまでの話の中で、ヴォルスが一貫して、名目――大義名分――を立てることを、極めて重要な条件として置き続けてきたのは、そういうことでもあるのか。
単に「そうあるべきだ」ということではなく、それと同時に、払えない褒賞金を払った“ことにする”この仕掛けを維持するために、必要な経費でもあるのだと。
「ですので、この借金の返済時期は、十年後とします。そして、そのままでは採用できないもう一つの理由は、利率です」
「はい」
「繰り返しますが、ミレーヌ殿が挙げられた二分という利率は、極めて妥当です。実際の商取引でも、低めではありますがあり得る範囲ですし、この場合はそこに国の信用も乗ってきますので、通常ならばまさにこのくらいの利率となるでしょう」
通常ならば。ということは。
「ですが、今は通常時ではありません。魔王との戦いを経て、国も、民も、疲弊しています。今、国がやるべきことは、この疲弊した状態を手当てし、少しでも上向きになるよう働きかけることであり、高い目標を掲げて鞭を振るうことではありません」
「はい」
「というわけで、これらの状況を鑑み、冒険者ギルドと国は、この度のギルドから国への貸付における利率を、一分とすることに同意しました……という筋書きを、ギルドに呑んでもらうことになるでしょう」
「なるほど……」
今は非常時だからという名目……いや、これは名目ではなく、実際にそうだから、通常よりも低い利率にする。元の二分も、まあまあ低めにしたつもりだったが、ヴォルスの考えは、そこからさらに踏み込んでいる。
「結論としましては、預り金の残り、三百二十万のうち二百万を、十年後にギルドに返済するものとし、その間、利息として年に二万ゴルドをギルドに支払うことになります」
「二百万、ですか? 三百二十万全部ではなく」
「ええ、さらに増やすこともできなくはないのですが、借金は借金ですし、それを増やすと利息も増えれば、十年後の返済も大変になりますので、ここでは二百万が上限となります」
「それはそうですね……あれ」
説明を聞いていて、ふと疑問が沸く。
「ヴォルス様、一つよろしいでしょうか」
「なんでしょう」
「十年後に、その二百万を返済できない場合は、どうなりますか」
今ヴォルスが言ったように、十年先送りしたとは言え、借金は借金であり、借金は返さないといけない。二百万より増やすと返済が大変だというのは、必ずしも「二百万なら問題無く返せる」ことを意味しないし、全体の金額が大きすぎて感覚が麻痺していたが、二百万ゴルドという金額は、国全体を限界まで絞り上げてようやく出てくる数字の、さらに倍だったはずだ。それが、十年経てば問題無く返済できるようになるものだろうか。
ヴォルスが答える。
「良くそこにお気づきで。確かに、十年後にこの二百万を返済できるとは限りません。無論、できる限りの手は尽くしますが、確実に返せるかと言われると、分からない、というのが実情です」
「そうですよね……その場合、どうなるのでしょうか」
「まず、返済しないわけにはいきません」
「そうですよね」
「ミレーヌ殿なら、どうされますか」
「ええと……他から借りてそれで返す、でしょうか?」
「それしかないですね。借金を返せなければ、借り手、この場合は国の信用が地に堕ちてしまいます。だから、他から借りてでも、なんとか最初の借金を返済するしかない」
「そうですよね。ただ……」
「そうですね。この場合は、他から借りると言っても、どこにその“他“があるのか、という問題があります」
そう、そこで考えが行き詰まる。
二百万ゴルドを他から借りようにも、一体どこから借りればいいのか。
「うーん……ちょっと、分からないです」
「そうでしょうね。これを解決する方法はあるのですが、普通に考えるとなかなか思いつかない、というよりむしろ思いつかない“方がいい”類の方法ですので」
「思いつかない方がいい……?」
どういう意味なのか、ミレーヌが測りかねていると、微かに唇を歪めたヴォルスが、そのまま答えを言う。
「ええ。その方法とは、“同じ相手から新たに借金をして、それで元の借金を返済する”です」
「それ、有りなんですか」
思わず言葉を整えるのも忘れ、ミレーヌの口から疑問が飛び出る。
気にした風もなく、ヴォルスが答える。
「普通は、無しです。そもそも、最初の借金が返済できない借り手に、追加で金を貸す貸し手は、まずいません」
「そうですよね……」
「ただし、今回の場合、すなわち、借り手は国で、実際には金のやり取りが発生しない名目上の借金で、この貸し借り自体がある意味で国と冒険者ギルドとの間の芝居のようなもの、という条件においては、このような、“新たに借金をして、それで古い借金を返す”という形が成立する余地が……いえ、正確に言いましょう。それを成立させろと圧力をかけることが可能です。実際、国がそれを求めれば、ギルドが断るのは難しいでしょう。つまり、この仕組みを利用して、実質的に返済を延々と先送りすることが、できてしまうのです」
ここまで一度も見せてこなかった、苦々しい顔。
「……はい」
「それでも、もちろん、借金が返せないよりは遥かにマシです。ですので、十年後に、仮にありとあらゆる手を尽くしても借りた二百万の返済の目処が立たない場合に、最後の手段として、これを使う選択肢は、持ってはおきます。持ってはおきますが、原則としてこれは禁じ手です。あくまでも、戦後復興による国内産業の回復と成長、それを背景とした信用と大義名分に基づく、税と、別の借金をもって二百万を返済し、さらに資金が必要ならば、あらためて借金を申し入れる。これを、目指さなければなりません」
この、教師然とした、穏やかな物腰の財務大臣が初めて見せた姿に、ミレーヌは、どう答えていいか分からなかった。




